Newsletter No.3   25 September 1998

 

Swedish Society Discofil の旧録音について

 このところ時折、Swedish Society Discofil (スウィーディシュ・ソサイエティ) のCDに関する問い合わせを受けます。貴重な音源をもつこのレーベルは、1980年代CDの初期は、精力的にLP時代の録音のCD化を行っていました。ステーンハンマルやアッテルベリなどの作品の重要な録音が新しいフォーマットに移しかえられ、スウェーデンのロマンティック音楽のファンを楽しませてくれたのはこの時期です。その後プロデューサーのフランク・ヘードマン氏が亡くなり、このレーベルは Prophone (プロフォン) の傘下に入りました。優れた録音で定評のある Proprius (プロプリウス) の親会社です。Prophone は当初、オスカル・リンドベリのオルガン曲やエリーク・サティーのピアノ作品などの新録音に力点を置いていて、そのために旧来の録音は、既にCD化された作品の発売のみという状態がしばらく続きました。

 そして、ここ数年ほど前から再び、このレーベルの所有する膨大なカタログのCD化に手がつけられるようになりました。まず優先されたのは、旧録音をオリジナルのマスターテープからリマスターすることでした。アルヴェーンの自作自演の管弦楽曲集 (SCD1003) やヴェステルベリの演奏するルーマンの《ドロットニングホルムの音楽》 (SCD1019) などがより自然な音で楽しめるようになったのは、このおかげです。

 それでも、大事な録音がいまだ倉庫に手つかずの状態で残っています。既にCDになっている録音の音質改善は後でいいから、旧録音のCD化を先にしてほしい、というファンの声もありますが、音質を重視する Prophone の方針は変わらないようです。最新の情報によると、1996/97年版の総合カタログで予告された、アルヴェーンの交響曲第4番の初の商用録音のリマスターも延期されたようです。色々と事情はあるのでしょうが、残念です。ただひとつ言えることは、一度に100枚のCDを“何とかシリーズ”で発売して「あとは知りません」という、そういうお国柄でないのは確かですから、気長に待ってさえいれば、そのうちには望んでいた作品に出会えるだろうということです。

 それに、最近はリマスターして発売される際に曲目の組み替えや追加も行われることも多く、ずっと聴きたいと思っていた録音が日の目を見る可能性も高くなってきています。プレス切れの続いていたラーションの作品集も、作品を組み替えてのリマスター再発売になりました。抒情的な《冬物語》は 《田園組曲》などの小品との組み合わせ (SCD1051) で、ヴァイオリン協奏曲とヴァイオリン小協奏曲はセーデルルンドのオーボエ小協奏曲とのカップリング (SCD1056) で、それぞれ発売されました。

 同じく在庫切れになっているアルヴェーンの《グスタフ二世アードルフ》組曲とクーベリクの指揮したステーンハンマルの名作《セレナード》は、リマスターされますが、時期は未定とのことです。《エレジー》で有名なアルヴェーンの組曲の方は他に録音がないはずですから、早くやってもらえればと思います。発売が決定しているのは、ユシー・ビョーリン(ユッシ・ビョルリング)の録音を集めた“海に”というアルバムと“スウェーデンのピアニスト”。この2枚のアルバムの詳しい内容は近日中に発表されることになっています。

 ちなみに、ヘードマン氏の奥さんが経営する Bluebell (ブルーベル) は、新録音を発売するかたわら、スウェーデン出身の歌手の録音を中心に、旧録音も少しずつながらCD化しています。ヘドマン氏の好みの反映した面白い録音もあるので、今後の予定をこっそりと教えてもらおうかと思っています。最近届いたアルバムは、ダーラナ室内管弦楽団による室内管弦楽のための作品集です (ABCD3007)。オスカル・リンドベリの《アダージョ》とセーデルルンドの《カンツォネッタ》他2曲、ほかにスヴェンセンの《ロマンス》が、ホルストやウォーロックらの作品と一緒に収録されています。ヴァイオリン・ソロも担当する、指揮者のカール=ウーヴェ・マンベリが節度のある情感の表現を行い、端正な音楽を作り上げていて、オレブルー室内管弦楽団とともに今後の活躍が期待されます。

 

ユニー・グランデルトの交響曲と弦楽四重奏曲

 北欧の音楽情報センターの中で自分のレコードレーベルを持っているのはスウェーデンとアイスランドです。とりわけスウェーデンの Phono Suecia (フォノ・スヴェシア) は最近、興味深いアルバムを続々と発表しています。今回の2枚のCDの曲は、どちらも私たちにとっては初めて接する作曲家の作品でした。1枚はユニー・グランデルト Johnny Granderdt (1939-) の交響曲第5番と弦楽四重奏曲第4番 (PSCD111)、もう一枚はユーハン・ハンメルトの《ストックホルム・カンタータ》です。

 グランデルトの交響曲は、均整のとれた、相当に面白い音楽です。この作品には、アメリカの前衛おじさん、チャールズ・アイヴズの音楽を思い起こさせるところがあります。様々な音が同時に聞こえてくる音楽の組み立て方がそう感じさせるのだと思いますが、決して単純なアイヴズの真似ではないようです。「似ていても、違う音楽だ」と思わせるものがあります。それは、ブックレットの表現を借りると、アイヴズの曲が “市場の真ん中にいると、あちこちから多様な音に襲われる” ように書かれているのに対して、グランデルトの場合、“三次元の空間を深みに向かって旅する途中で色々な音に出会う”、そのあたりの違いからきているように思われます。第2楽章アダージョでは、“北欧らしい” 音楽がきこえていたかと思うと、急に管弦楽のトゥッティがそれを中断するので、びっくりします。そのあたりが現代の音楽なのでしょうか。弦楽四重奏曲の方は室内楽曲としてはやや長い作品なので(約44分)、少しばかり刈り込んだ方がいいという意見もあるかもしれません。それでも作者の誠実な音楽づくりに共感できる、充実した作品だと思います。

 

ハンメルトの《ストックホルム・カンタータ》

 ユーハン・ハンメルト Johan Hammerth (1953-) 《ストックホルム・カンタータ (Stockholmskantat)(PSCD121) は、結局は開催されなかった EXPO97 のために委嘱された、ストックホルムの “ある一日” の夜明けから翌日の明け方までを、ナレーション、ソプラノとバリトン、2組の合唱と管弦楽で描いた作品です。万博のための音楽というと1897年、ステーンハンマルも同じようにカンタータを作曲しています。そして、この百年の間に “都市” は大きく様がわりして、当然のことながらハンメルトの音楽もステーンハンマルの曲とは全く違った作品になっています。構成的には、重層構造の音楽によって、時空を超えた都市の様相の変化が語られるという形式がとられています。ペストの流行した14世紀にいたかと思うと、落書きだらけの現代に戻る、という具合にめまぐるしく変化します。街の壁の落書きを合唱が “歌い”、その一方で独唱者ふたりが “愛を語る”。一風変わっていながらとても面白い音楽なので、79分の大曲にもかかわらず一気に聴いてしまいました。スウェーデン語のナレーションがわかると、もっと面白いかもしれませんね。ただ、このCDを聴くのは、体調のいいときにしたほうがいいかもしれません。同じく “一日” を描いたといっても、シュトラウスの《アルプス交響曲》の気楽な音楽とは相当に違います。指揮しているのはセーゲルスタム。彼のようなタフな人でなければ、この作品はここまでコントロールできなかったかもしれません

 

フィンランドの現代の作曲家のこと

 現代の音楽のことを言ったついでに、最近CDを何枚か聞きかえすことがあったので、フィンランドの現代の作曲家ふたりのことに、ちょっと触れておきたいと思います。

 フィンランドの作曲家・音楽学者のミッコ・ヘイニオは、現代のフィンランドの作曲家を、エングルンドやサルメンハーラに代表される伝統主義者と、エーリク・ベリマンやヘイニネンらのモダニストに分類し、ラウタヴァーラを“伝統的手法とも融和するモダニスト”と位置づけています。カレヴィ・アホによる、もう一歩ふみこんだ区分けもあり、いずれにしても、ひとくちに現代の音楽といってもさまざまです。

 エルッキ・サルメンハーラ Erkki Salmenhaara (1941-) は、フィンランドの伝統楽器カンテレのための《インヴェンツィオ (Inventio)(Finlandia 1576-54429-2) という、清冽な音の世界をもつ魅力的な作品によって、知る人ぞ知る作曲家です。現在ヘルシンキ大学の助教授で、1990年同大学の350周年記念に際しては交響曲第5番の作曲を委嘱されました。アレクシス・キヴィの象徴詩 《至福の島 (Lintukoto)》 をテクストにした、ソプラノとバリトンの独唱、合唱と管弦楽のための大がかりな作品で、全体は4つの楽章に分かれ、35分程度の祝典的な作品です。とても今の時代に書かれたとは思えない曲で、「遠くはなれた海の真ん中に、素晴らしい島がある、島は葉の生い茂った木々と芝におおわれ…」と合唱が歌い始めると、たちまち旋律と和声の魅力に引き込まれてしまいます。しかも、“魅力的なメロディ”のある大編成の曲だからといって、大時代的だとか退嬰的だとかいわれる音楽になっておらず、“あのシベリウスを生んだフィンランドの伝統”を感じさせるだけの内容をもつ作品といえると思います (University of Helsinki UHCD350)

 その対極にいるのが、《ビム・バム・ブム (Bim Bam Bum)》などの “前衛的な” 合唱曲で有名な、エーリク・ベリマン Erik Bergman (1911-) です。モーツァルトの《魔笛》と同じく寓話を題材にしたオペラ《歌う樹》は、先のサルメンハーラのように “親しみやすい” というわけにはいきませんが、何度か聴いているうちに、ベリマンの音世界のもつ色彩感や触感が非常に貴重なものに思えてきます (Ondine ODE794-2D)。ベリマンの作品に限らず現代の音楽に接する場合、“わけのわからない” 開始の音楽を聞いて「もうダメ」とあきらめると、魅力的な作品を聞き逃すことになるかもしれません。何度聴いても「どうもね」という曲もありますが、慣れるというのは大事なことかもしれません。ためしに、“伝統的な” エイナル・エングルンドと “急進的な” パーヴォ・ヘイニネンの両者のヴァイオリンソナタを組み合わせたアルバム (Ondine ODE726-2) を通して聴いてみてください。音楽の世界の幅の広さと豊かさが実感できると思います。

(TT)


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