Newsletter No.18   17 March 2000

 

「エッダ」による独唱と管弦楽のための作品 − ヨウン・レイフス

 ヨウン・レイフス Jón Leifs (1899-1968) は、20世紀アイスランドのもっとも重要で独創性に富んだ作曲家のひとりと言われています。その大きな理由のひとつは、ヨウン・レイフスが西欧の音楽様式とアイスランドの民俗性を融合させて、独特の音楽を作り出したことにあります。

 20世紀初頭、“外国” の音楽教育を受けたアイスランドの作曲家たちは、自分たちの作品に自国の伝統音楽を反映させることには、ほとんど関心がなかったようです。それだけに、同じように西欧で学んだヨウン・レイフスが民族音楽に楽想を求めたことが同時代の人たちから懐疑的な眼で見られたとしても、驚くにはあたりません。しかし、アイスランド固有の音楽の要素をブレンドすることにより、アイスランド音楽が新たな魅力を獲得することになったのは事実です。実際、その後、多くの作曲家がヨウン・レイフスの例にならって “ふたご歌 (tvísöngur)” の平行五度や “リームル (rímur)” の変拍子を採用した音楽を作曲するようになります。先駆者としてのヨウン・レイフスはアイスランド音楽史上、特筆されるべきものでしょう。

 民族音楽にアイデンティティのよりどころを求めたヨウン・レイフスは、自国の伝統文学を題材とした音楽を書くことによっても、アイスランドの作曲家としての独自性を主張しました。代表的な作品とされるのが、口承文学「サガ」に着想を得た、“サガ交響曲” として有名な交響曲第1番《サガの英雄たち》です。「サガ」とともにアイスランド文学、そしてノルウェー民俗文学のもうひとつの宝とされるのが頭韻詩「エッダ」です。ヨウン・レイフスは、1924年の《ハウヴァマウルの3つの詩》を手始めに、未完におわった作品《エッダV − 神々のたそがれ》まで、「エッダ」に基づく独唱と管弦楽のための作品を作曲しています。

 その中から3つの作品を収録した新しいアルバムが、アイスランドの ITM からリリースされました。いずれも、199951日にレイキャヴィークで開催されたヨウン・レイフス生誕100周年記念ガラコンサートで初演、または初演いらい初の再演となった作品です。当然ながら初録音ということになります。

 《グヴズルーンの歌 (Guðrúnarkvða/The Lay of Guðrún)》の題材は、夫シグルドを自らの兄たちに殺され、悲しみに打ちひしがれたグヴズルーン (グドルーン) の物語です。「エッダ」から選んだ4つの詩を自由にコラージュし、前半ではシグルドの亡骸のそばに座るグヴズルーンの話をバスとテノールが、後半ではメッツォソプラノがグヴズルーンのやり場のない嘆きを歌うという構成。典型的なヨウン・レイフスの音楽で、平行五度や変拍子が効果的に使われます。ドイツ軍がスカンディナヴィアに侵攻した1940年春、“ノルウェーの無名兵士の名誉のために” 作曲された作品です。

 《フンディング殺しのヘルギの歌 (Helga kviða Hundingsbana/The Lay of Helgi the Hunding-slayer)》は、英雄ヘルギとヴァルキューレのひとりシグルーンの悲恋の物語が題材です。「エッダ」の『フンディング殺しのヘルギの歌』の最後の部分、シグルーンの兄弟に殺されたヘルギが神々に許されて自分の墓丘にもどり、訪ねてきたシグルーンと再会を喜びあう場面を、アルトとバスの独唱で歌います。墓丘のなかにしつらえられた寝所で愛を交わす恋人たちの歓びと、明け方になってヴァルハラに戻らなければならないヘルギの別れの怒りと悲しみ。約8分という短い時間に抒情と激情がくっきりとした対比をみせる、印象に残る音楽です。

 《グロウアの呪文 (Grógaldr/Gróa's Spell)》はドラマティックな作品です。結婚相手の女性を求めて危険な場所に赴くスヴィプダグルに、墓に眠っていた母グロウアが与える旅の守護の呪文を題材にしています。「目覚めよ、グロウア、目覚めよ!」と歌うテノールの呼びかけから曲がはじまり、アルトがグロウアの9つの呪文を順番に歌っていきます。最後の2つの節は、スヴィプダグルを旅に送り出す歌です。低弦と打楽器を主体とする力強い管弦楽にのせて歌うアルトが大きな役割を果たし、呪文の部分になってからは、絡むように歌うテノールの声がテクスチュアに色彩感を添えます
(「エッダ」全体の5分の2だけを訳出した、ちくま文庫版の「エッダ」 (中世文学集V) には、この《グロウアの呪文》は含まれていません)。

 このアルバムには、もう1曲、独唱と管弦楽のための作品《夜 (Nótt/Night)》が収録されています。この曲もガラコンサートで演奏されましたが、この作品だけは「エッダ」が題材になっていません。たしか、ヨウン・レイフスが独唱と管弦楽のために書いた曲の中で、「エッダ」に基づかない唯一の作品のはずです。アイスランドの詩人ソルステイン・エルリングソン Þorstein Erlingsson (1858-1914) の、46の節からなる同名の詩がテクストとされています。ヨウン・レイフスはこの中から10の韻文節だけを選んでいますが、それでも1330分という比較的長い作品です。若い男女の自由な恋をテノールとバリトンが歌う、穏やかで内省的な曲なので「エッダ」のよる他の3曲とは雰囲気が異なりますが、管弦楽で演奏する間奏曲だけは、むしろ、この4つの作品の中ではもっとも力強い音楽といえそう。《ヘクラ (Hekla)》や《間欠泉 (Geysir)》など、火山の噴火を想起させる、あのヨウン・レイフスの音楽です。

 演奏しているのは、1999年のガラコンサートを主催したレイキャヴィーク室内管弦楽団です。創設から25年、地道な活動をつづけ、今ではアイスランド交響楽団とともにこの国を代表する団体にまで成長しました。コンサートミストレスを務めるのはルート・インゴウルスドウッティルです。独奏ヴァイオリンのためのアイスランド音楽を集めた素敵なアルバムを ITM に録音しているので、ご存知のかたも多いことでしょう。

 《フンディング殺しのヘルギの歌》以外は比較的編成の大きな管弦楽が要求されているため、レイキャヴィーク室内管弦楽団は、打楽器奏者を中心に補強しています。録音は、1999年の5月と10月にレイキャヴィークのラウングホルト教会で行われました。ヴォーカルと管弦楽の自然なバランスが作品にふさわしく、各楽器のきめの細かい音色と豊かな響き、そして程よい空間を感じさせる音質の録音です。

ITM ITM9-01 ヨウン・レイフス (1899-1968) 独唱と管弦楽のための作品集
 グヴズルーンの歌 (Guðrúnarkvða) 作品22 (1940)
 夜 (Nótt) 作品59 (1964)
 フンディング殺しのヘルギの歌 (Helga kviða Hundingsbana) 作品61 (1964)
 グロウアの呪文 (Grógaldr) 作品62 (1965)
  ソウルン・グヴズムンズドウッティル (メッツォソプラノ)
  グヴズビョルン・グヴズビョルンソン (テノール) グヴズヨウン・オウスカルソン (バス)
  エイナル・クラウセン (テノール) ベルグソウル・パウルソン (バリトン)
  グヴズルーン・エッダ・グンナルスドウッティル (アルト)
  ヨウハン・スマウリ・セヴァルソン (バス) フィンヌル・ビャルナソン (テノール)
  レイキャヴィーク室内管弦楽団 ヨーハン・アルネル (指揮)
 [録音 19995月、10月 ラングホルト教会 (レイキャヴィーク、アイスランド)]

参考ディスク

ITM ITM6-04 ヨウン・レイフス (1899-1968)
 管弦楽のための前奏曲《間欠泉 (Geysir)》 作品51 序曲《故郷への帰還 (Landsýn)》 作品41
 3つの抽象画 (Þrjú óhlutræn málverk) 作品44
 ヘクラ (Hekla) 作品52
  レイキャヴィーク男声合唱団 アイスランド交響楽団 ポール・ズーコフスキー (指揮)

BIS CD908 ヘイクル・トウマソン (1960-)
 グヴズルーンの第4の歌 (Fjórði söngur Guðrúnar)(1994-96)
  ベーリト・メラン (ソプラノ) メレーテ・スヴェイストロプ (ソプラノ)
  ウッラ・クスク・イェンセン (メッツォソプラノ) イサベル・ピガニョル (メッツォソプラノ)
  ソウルン・A・クリスチャウンスドウッティル (ソプラノ)
  ヘルディース・A・ヨウナスドウッティル (アルト) ルディ・シセック (バスバリトン)
  スヴェルリル・グヴズヨウンソン (カウンターテナー)
  フォウストブレーズル男声合唱団 CAPUTアンサンブル クリスチャン・エッゲン (指揮) 

 

シベリウス90歳誕生日記念コンサート − サー・トマス・ビーチャム

 このところイギリスの放送局 BBC は録音保管庫に眠っている放送音源を次々とCD化しています。つい先日も、オスモ・ヴァンスカがBBCスコットランド交響楽団を指揮したショスタコーヴィチの交響曲第3番《メーデー》という意外な録音が発売されたばかりです。そして、こんどは、シベリウスのファンにとって、このうえなく貴重な演奏のひとつが陽の目を見ることになりました。

 1955年12月8日、ジャン・シベリウス の90歳の誕生日を祝ってロイヤル・フェスティヴァルホールでコンサートが開催。新しいディスクは、その際の演奏のライヴ録音です。ロイヤル・フィルハーモニックが演奏し、シベリウスの長年の友人サー・トマス・ビーチャム Sir Thomas Beecham が指揮をしています。この日は、フィンランド文化とシベリウスの音楽への献身努力に対して、フィンランド政府から白薔薇勲章を授与されるという、サー・トマスにとって晴れの日でもありました。

 2枚のCDで構成されるアルバムには、最初に演奏されたイギリス、フィンランド両国の国歌のあと、《白鳥姫 (Svanevit)》組曲、交響曲第4番、《ペレアスとメリザンド (Pelléas et Mélisande)》組曲、音詩《タピオラ (Tapiola)》、そしてアンコールとして演奏された《テンペスト (Tempest)》組曲の《ニンフの踊り (Nymfien tanssi)》まで、当日の曲目が全部収録されています。“このシーズンにはやったことのない”アンコールを演奏するというサー・トマスの愛敬のある短いコメントや、遠いヤルヴェンパーの自宅で放送を聴いているシベリウスにあてた、演奏後のスピーチもそのまま聞くことができます。

 拍手だけは、あまりに長くつづいたためか、適当なところでフェイドアウトする処理が施されています。ジョークに対する聴衆の笑い声がすさまじいためにサー・トマスのスピーチが聞き取りにくいのが残念ですが、“北の詩人”に対する会場の暖かい雰囲気は実感として伝わってきます。自分の曲の演奏もさることながら、敬意あふれる拍手を、シベリウスはどんな思いをいだきながら聞いていたのでしょうか。後日ビーチャムの元には、感謝とお祝いの電報がシベリウスから届けられたといいます。

 この演奏会のことはシベリウスとビーチャムの結びつきに関連して触れられることも多く、また色々な意味で記念すべきコンサートなので、BBC に録音が残っているだろうとは思っていました。でも、これほど鮮明な音で聴くことができるとは、ちょっと信じられない気がします。強奏部の弦楽器に多少の潤いが望みたい個所があるなど、欲を言えばきりがありませんが、この音質であれば、演奏を味わうには過不足ありません。音楽を生き生きと聞かせてくれるいう点では、同じビーチャムが EMI に録音したディーリアスなどよりも、むしろ好ましい音のように思います。

 ビーチャムのシベリウス演奏については、かなり好きずきが分かれるかもしれません。《白鳥姫》から交響曲第4番の第2楽章あたりにかけて、どことなくとまどったような感じがつきまといますが、曲が進むにつれて次第に興が乗ってきます。このへんはライヴの面白いところでしょう。

 この演奏について、ひとつの意見がブックレットに引用されています。パーシー・ケイター Percy Cater による、この演奏会の批評の締めくくりの部分です。「ビーチャムが、比類ないと言ってもいいほどの解釈を聞かせた音詩《タピオラ》に注目したい。何かを予期させるような神秘さ。シベリウスの音楽のもつ不思議な色彩の精妙な表現。脈打ち、震える空気。クライマックスの築き方の巧みさ。力強いクレシェンドの個所の驚異的な弦の演奏。こういった積み重ねにより、ふたりの巨匠の強い結びつきという事実が示される」。

 そのとおりだと思います。スピーチの中でサー・トマスは、作曲者シベリウスに対して“敬意と尊敬と愛情”を捧げると言っています。ビーチャムの暖かい演奏からも、その気持ちがはっきりと感じられます。といって、音の透明感や北国の響きに欠けるということでないのは言うまでもありません。

 個人的な感想をつけくわえるなら、好きなシベリウス演奏がまたひとつ増えたと言えばいいでしょうか。特に《メリザンドの死》などは“特別な演奏”と呼びたいような気がします。

 このアルバムの余白には、交響曲第7番が収録されています。1954年9月16日、ロイヤル・アルバートホールで行われた BBC プロムナードコンサートのライヴ録音による演奏です。“プロムス (Proms)”と呼ばれる、アンドリュー・デイヴィスあたりが“お気楽”な演奏と余興で楽しませてくれる、あの肩の力を抜いたコンサートのことだと思います (違っていたら、ごめんなさい)。

 シベリウスの第7交響曲がプロムナードコンサートの曲目にあがるということは、考えてみると、とても素晴らしいことです。特にロイヤル・フィルハーモニックがお祭り気分とは無縁の真摯な演奏をしているだけに、そのことが余計に印象的です。サー・トマスの演奏は、精緻さに徹して音楽を磨き上げたパーヴォ・ベリルンドやヴァンスカとは異なり、もっとおおらかなスタイルに特色があります。アプローチこそ異なりますが、フィンランドのふたりにひけを取らないだけの輝かしい演奏として独特の魅力を感じます。曲の最後でビーチャムは、mf でと指定されたトランペットをホルンや弦と同じ ff で演奏させています。異論もあることでしょうが、独特の効果を生んでいるのは確かです。余談ですが、この前日のプログラムも素晴らしく、《ある伝説 (En Saga)》とヴァイオリン協奏曲 (ヘンリー・ホルスト独奏)、そして交響曲第6番が演奏されています。録音は残っていないのでしょうか。とても気になります。

 もうひとつのおまけは、1955年の記念コンサートに先立ってビーチャムがシベリウスの音楽と人柄について語った、BBC のインタヴュー録音です。ともに葉巻の愛好家だったらしく、ビーチャムは、シベリウスがいつも太い葉巻を吸っていたことをうらやましげに、そして冗談ぽく語っています。

 「サー・トマス・ビーチャムの演奏を知るか、聞いたことのある者にとっては思い出の録音として。そして、この素晴らしい音楽作りを自分で体験できなかった若い人たちにとっては、かけがえのない記録として」。ブックレットの解説を書いたグレアム・メルヴィル=メイスン Graham Melville-Mason は、このシベリウスのライヴ録音を聞けることについて、こう記しています。同感です。


BBC Legends BBCL4041 2CD's ジャン・シベリウス (1865-1957)
 劇付随音楽《白鳥姫 (Svanevit)》 組曲 作品54 交響曲第4番 イ短調 作品63
 劇付随音楽《ペレアスとメリザンド (Pelléas et Mélisande)》 組曲 作品46
 交響詩《タピオラ (Tapiola)》作品112
 劇付随音楽《テンペスト (Stormen)》 組曲第2番 作品109-3 − ニンフの踊り (Tanz der Nymphen)
 交響曲第7番 ハ長調 作品105
 フィンランド国歌 イギリス国歌 ビーチャム、シベリウスについて語る *
  ロイヤル・フィルハーモニック管弦楽団 サー・トマス・ビーチャム(指揮)
  [録音 1955128日 ロイヤル・フェスティヴァルホール シベリウス生誕90周年記念コンサート (ライヴ)、
     1954
916日 ロイヤル・アルバート・ホール (第7番) (ライヴ) * 19551124日]

 

Naxos のベールヴァルド、ピアノ五重奏曲

 スカンディナヴィアだけで発売されていた Naxos のローカルリリースCDが、最近になって少しずつ国際リリースされるようになりました。全曲録音が進行中のアイスランド交響楽団とペトリ・サカリによるシベリウスの交響曲をはじめ、エングルンドの2曲の交響曲とピアノ協奏曲 (8.553758)、ラウタヴァーラのピアノ作品集 (8.554292)、スウェーデン・ロマンティック・ヴァイオリン協奏曲集 (8.554287)、ノルウェー・ヴァイオリン愛奏曲集 (8.554497) など、魅力的なディスクを挙げるとキリがありません。

 素晴らしいディスクとして、ヤーコ・クーシストがヴァイオリンを弾いた、アウリス・サッリネンのヴァイオリン、チェロ、ダブルベースとピアノのための作品全集という、曲、演奏ともに味わい深いディスク (8.553759FIN) がありますが、残念ながら現在はフィンランドでしかリリースされていません。

 先月リリースされたばかりのベールヴァルドのピアノ五重奏ための作品集も、これらのアルバムにまけないだけの素敵なアルバムです。フランス・ベールヴァルド Franz Berwad (1796-1868) の2曲のピアノ五重奏曲は、彼の円熟期にふさわしい完成度の高い作品だと言われてきました。

 特にハ短調の曲は、いかにも、伝統にとらわれずに自分の道を進んだばかりに自国の批評家たちから認められなかったベールヴァルドらしい、構成面のユニークさをもった作品です。第1楽章は、ベートーヴェン風のアレグロ・モルトで始まり、まもなくゆったりとしたテンポのスケルツォに入っていきます。スケルツォとされてはいても、中間部をのぞき、優雅な歩みで散策でもするかのような音楽なので、“スケルツォ” とは一体何なのかと考えてしまいます。最後に、もう一度モルト・アレグロの旋律に戻りますが、大きな展開を見せることはなく、すぐに緩徐楽章に引き継がれます。アレグロの音楽が強い印象を与えるので、いかにスケルツォが大部分を占めているとはいえ、楽章全体をスケルツォとしなかったのは当然でしょう。それだけにいっそう、不思議な音楽という印象が強烈です。

 イ長調の曲も、劣らず素晴らしい作品です。躍動感のある、それでいて淑やかな音楽。ベールヴァルドの近代的な感覚がそこかしこから感じ取れます。この曲を献呈された、友人のリストは、音楽をとりまく保守的な環境を知っているだけに、その独創性を称賛しながらも、ベールヴァルドの作曲家としての人生が厳しいものだと予言したと伝えられています。実際、ベールヴァルドの真価が存命中に認められることはなかったようです。

 ハ短調の曲にはすでに、ステファン・リンドグレン Stefan Lindgren がベールヴァルド四重奏団 Berwald Quartet と共演した、切迫感の強い鮮やかな演奏による録音があります (Musica Sviciae MSCD521)。ベンクト=オーケ・ルンディン Bengt-Åke Lundin (b.1963) とウプサラ室内ソロイスツ Uppsala Chamber Soloists による新しい録音は、もっとリラックスしたスタイルの、室内楽を楽しむといった情趣の演奏になっています。そのため、最初は、ちょっと弱いかなという印象を受けるかもしれません。しかし、そのぶん、第1楽章など、アレグロの部分の “ベートーヴェン的” な趣が薄められ、楽章全体のおさまりがよくなっているように感じられます。スタイルから想像されるとおり、ルンディンらによる演奏がイ長調の曲で一層の魅力を発揮することになっているのは、言うまでもないと思います。

 この NaxosCDのプロデュースと録音は、Opus3 レコードのオーナー、ヤン=エーリク・ペーション Jan-Eric Persson が担当しました。Opus3 以外のレーベルの録音を、ましてや製作まで手がけることなどほとんどないヤン=エーリクですが、演奏者たちのたっての希望により、真空管式の録音機材といっしょにウプサラまで出向いたということです。以前にも一度だけ、この時も演奏者の依頼で Naxos のためにショスタコーヴィチのピアノ三重奏曲を録音したことがあって、そのディスクもカタログに残っています (8.553297)

 この録音の音質には、ほんとうにため息が出ます。ピアノと弦楽器それぞれの音に艶と潤いがあり、全体のバランスも自然。適度に奥行きのあるアクースティックな空間にピアノ五重奏の演奏が展開する様は、まさに Opus3 の音。優れた録音が多い、Naxos ローカルリリースのディスクの中でも、このアルバムの音質は格別です。

 契約上の問題があってブックレットにもどこにも記載されていませんが、この録音は HDCD にエンコードされています。ヤン=エーリクが“趣味で”サービスしたということです。HDCD のディスクは、デコーダーを通さない場合でも良好な音質で再生されると言われます。そのことが関係しているかどうか定かではありませんが、間違いなく実に見事な録音です。


Naxos 8.553970 フランス・ベールヴァルド (1796-1968) ピアノ五重奏のための作品全集
 ピアノ五重奏曲第1番 ハ短調 (1853) ピアノ五重奏曲第2番 イ長調 (1857)
 ピアノ五重奏曲 イ長調 の2つの楽章
  ベンクト=オーケ・ルンディン (ピアノ) ウプサラ室内ソロイスツ

 

参考ディスク

Musica Sveciae MSCD521 フランス・ベールヴァルド (1796-1968) ピアノと弦楽作品集
 ピアノ五重奏曲第1番 ハ短調 ピアノ三重奏曲 変ホ長調 ピアノ三重奏曲 ニ短調
  ステファン・リンドグレン(ピアノ) ベールヴァルド四重奏団 ほか

Bluebell ABCD037 フランス・ベールヴァルド (1796-1868)
 交響曲第3番 ハ長調《サンフォニー・サンギュリエール(風変わりな交響曲)》(1845)
 交響曲第4番 変ホ長調《サンフォニー・ナイーヴ(天真爛漫な交響曲)》(1845)
  ロンドン交響楽団 シクステン・エールリング(指揮)

Opus3 CD19702
ヴィルヘルム・ステーンハンマル (1871-1927) 弦楽四重奏曲第6番 ニ短調 作品35 (1916)
スヴェン=ダーヴィド・サンドストレム (b.1942) 弦楽四重奏曲第3番 (1987)
ミカエル・エードルンド (b.1950) ブレインズ・アンド・ダンシン (1981)
  セッテルクヴィスト弦楽四重奏団

 

スウェーデン短信 − Phono Suecia Modern Classics

 スウェーデンからの便りによると、1999年スウェーデン・グラミー賞の選考結果が発表され、Musica Sveciae Modern Classics (ムシカ・スヴェシエ・モダンクラシックス)の第5作としてリリースされた“スウェーデンのヴァイオリンソナタ”が、クラシカル音楽アルバム部門の最優秀ディスクに選ばれたということです。このディスクには、シーグルド・フォン・コック、ヒルディング・ルーセンベリ、H・メルケル・メルケシュのソナタが収録され、20世紀前半のスウェーデンの音楽を紹介するこのシリーズの中でも特に素晴らしいアルバムとの定評があります。批評家だけでなく、素敵な音楽が楽しめるディスクとして音楽愛好家からも幅広く支持されているだけに、当然といえば当然かもしれません。

 このシリーズの次回作は、ヨースタ・ニューストレム Gösta Nystroem (1890-1966) の作品集です。《シンフォニア・デル・マーレ(海の交響曲)》(交響曲第3番)(1946-48) と管弦楽伴奏による歌曲集《海辺の歌 (Sånger vid havet)》(1943)、そして劇音楽《テンペスト (Stormen)》の前奏曲の3作品が収められます。スウェーデン放送交響楽団をエフゲニー・スヴェトラーノフが指揮し、メゾソププラノはシャルロット・ヘレカントです。

 順調に作業が進めば、4月中旬から下旬にはリリースされることになりそうです。すでに他に録音がありますが、ニューストレムの代表作だけに新録音も期待されます。

Phono Suecia PSCD705 スウェーデンのヴァイオリンソナタ
シーグルド・フォン・コック (1879-1919) ヴァイオリンソナタ ホ短調 (1913)
ヒルディング・ルーセンベリ (1892-1985) ヴァイオリンソナタ第2番 (1940)
H・メルケル・メルケシュ (1882-1961) ヴァイオリンソナタ
  セシリア・シリアクス(ヴァイオリン) ベンクト=オーケ・ルンディン(ピアノ)

(TT)

 

新譜情報

Alice Musik Production ALCD020 deluxe album クロード・ロヨラ・アルゲーン (1920-1990)
 幻想曲 (Fantasia) (1955 rev.1956) (ピアノのための)
  マッツ・ペーション (ピアノ)

BIS CD972 ハーラル・セーヴェルー (1897-1992) チェロ協奏曲 作品7 (1930-31)
 交響曲第8番 作品40 《ミネソタ (Minnesota)

  トルルス・モルク (チェロ) スタヴァンゲル交響楽団 オーレ・クリスチャン・ルード (指揮)

BIS CD1115 ジャン・シベリウス (1865-1957) ラハティ交響楽団、フィンランド独立記念日コンサート
 報道の日祝賀演奏会の音楽
  (Musiikkia Sanomalehdistön päivien juhlanäytätöön) (1899)
 即興曲《ウレオ川の氷解け (Islossningen i Uleå älv)》作品30
 
(朗読、男声合唱と管弦楽のための)
 レンミンカイネンへの歌 (Laulu Lemminkäiselle) 作品31-1 (男声合唱と管弦楽のための)
 おまえに勇気はあるか (Har du mod?) 作品31-2 (男声合唱と管弦楽のための)
 アテネ人の歌 (Atenarnes sång) 作品31-3 (少年合唱、男声合唱と管弦楽のための)
  ヘルシンキ大学男声合唱団 ラハティ少年合唱団 ラッセ・ポユスティ (朗読)
  ラハティ交響楽団 オスモ・ヴァンスカ (指揮)

Content SAK4610-5 クリス・ニューマン
 悲しい秘密 (1981-82) * フランスの新しい歌 (1988)
  クリス・ニューマン (ヴォーカル) ヘンリク・レーヴェンマーク (ピアノ)     [* ライヴ録音]

Content SAK4610-6 ラーシュ・ハルネス (1950-) Wo der Wind den Steg umwehet
 夏の日々 (Sommardagar) (1995) (ピアノのための8つのコラール)
 968月の日々 (Augustidagar 96) (1996) (ヴァイオリンとピアノのための5つの瞑想)
 Die Sternseherin Lise (星をみつめるリーゼ) (1998)
  (マッティアス・クラウディウスの詩によるヴィオリンのための変奏曲)
 歌曲集《ある時彼が目を覚ますと (När han vaknar en gång)(1998) (ソプラノソロのための)
 歌曲集《Wo der Wind den Steg umwehet (風の吹く小道のあたりで)》 (1998)
 
(ソプラノ、ヴァイオリンとピアノのための)
  スサンネ・リュデーン (ソプラノ) アンナ・リンダール (ヴァイオリン) クリスティーネ・ショルス (ピアノ)

Euridice EUCD013 ノルウェーとイギリスの教会音楽
ベンジャミン・ブリテン (1913-1976) テ・デウム ハ長調
クヌート・ニューステット (1915-) 主の慈悲
テリエ・ビョルクルン (1945-) アヴェ・レジナ オーラ・プロ・ノービス
リチャード・ファラント (?-1580) 主よ、あなたのやさしい慈悲により
 顔をおかくしにならないでください、主よ
クリストファー・バウワーズ=ブロードベント (1945-)
 たたえん、輝かしいチェチーリアよ メディア・ヴィータ
ノルウェーの宗教的民謡/ビョルン・アンドル・ドラーゲ (編曲) 天国で 癒し薬 マリアの婚礼の宝石
ヘンリー・パーセル (1659-1695) おお神よ、あなたはわたしの神です
ウィリアム・バード (1543-1623) 彼、彼らをやしなう (Cibavit eos)

ハーバート・ハウエルズ (1892-1983) サルヴェ・レジナ
  コン・ブリオ ミカエル・ロネベルグ (指揮) ビョルン・アンドル・ドラーゲ (オルガン)
  クリストファー・バウワーズ=ブロードベント (オルガン) エレン・ドレーヴヴァトネ (ソプラノ)
  アンナ・スンストレム・オーテルヴィーク (メッツォソプラノ、アルト)

Serpent SERCD18 リヒァルト・シュトラウス (1864-1949) 管楽器のための音楽
 軍隊行進曲 作品57-1 戦争行進曲 作品57-2 13の管楽器のためのセレナード 作品7
 ホルン協奏曲第1番 変ホ長調 作品11 万霊節 作品10-8
 騎兵のための分列行進曲第2番 楽劇《バラの騎士》組曲 交響詩《ドン・ファン》 作品20
 ブランデンブルク行進曲 (1906)
  ハンス・ヴィーデルベリ (ホルン) 王立スウェーデン海軍軍楽隊 アンドレアス・ハンソン (指揮)


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CD artwork © ITM (Iceland), BBC World Wide Music (UK), BIS, Naxos, STIM (Sweden)