Newsletter No.25   17 November 2000

 

Hero? Me, too? − 光通信

 みなさん、オケと一緒にノってますか?

 ノルディックサウンド広島の所属アーティスト (自称) のひかるです。興味がありましたら、最後までおつきあいください。

 T
uba player という仕事ですが、みなさんはどんなイメージをお持ちですか?ホントのところ、この職業、オケの中ではとても楽しいんですよ。ドヴォルジャークの第9番の交響曲の出番の少なさはご存じでしょうか。実は、もっと凄いのがあるんです。彼の《スターバトマーテル》(悲しみの聖母)作品58 という合唱付きの曲がそれです。演奏時間は約95分、tuba の出番はというと、35分過ぎくらいから。約42秒ほど吹いて、“お疲れさまでした”という感じ。

 その後、小生はどうしたか。お客様には悪いけど(実際はそんなことはまったく思っていない)、本番中に眠りました。コーラスとオケに囲まれて、ステージの上の特等席で。この曲は、大学のオケのツアーで演(や)ったんです。広島、東京、大阪と休みなしの3日連チャンで…。東京のオーチャードホールは、よく眠れましたよ。大阪の日 − ザ・シンフォニーホール − は、35分の間が(前日までの疲れで…)とても眠くて、小生の体がピクッとなったのを見た人がいるかもしれません。

 ちなみに、小生は "From the New World" をまだ演ったことはないんですが、第1楽章で寝過ごさないようにしようと常に心がけています。

 さて、今回の“私のこの一枚”。エールリングがスウェーデン放送のオケを振ったストラヴィンスキーのCDを推薦します。“ハルサイ”は、明確で鮮烈な演奏です。

 ところで、“ハルサイ”の第1部 − 大地礼賛 − の6曲目“賢者の行列”の主旋律は、どの楽器を何本使っているかご存じですか? これ、tuba 2本で演奏されているんです。演奏者たちは、ここぞとばかりにそのメロディを吹いています。このディスクでも、2人の奏者の熱意が、きっちりとわかります。

 と、まあ、こんな角度から見ていただくと、いかに tuba player が楽しいかをわかってもらえると思うのですが…。移動は重労働ですが…(笑)。

 ご意見、ご感想はノルディックサウンド広島気付で。

 では、また次回 (次回があるの?)。


参考ディスク

BIS CD400 イーゴリ・ストラヴィンスキー (1882-1971)
 詩篇交響曲 (1930 rev.1948) バレエ《春の祭典》(1913)
  スウェーデン放送合唱団 スウェーデン放送交響楽団 シクステン・エールリング (指揮)

 

海と心をかよわせた作曲家 − ヨースタ・ニューストレム

 スウェーデンの音楽学者レンナート・レイメルス Lennart Reimers は、スウェーデンにおける現代音楽の創始者としてヒルディング・ルーセンベリ Hilding Rosenberg (1892-1985) とヨースタ・ニューストレムのふたりの名を挙げています。この見方は一般的にも支持され、“ロマン派音楽の閉所恐怖症的な性格”に対する反動としての彼らのモダニズムは、20世紀スウェーデン音楽を大きく発展させたものとして評価されています。

 ルーセンベリは、ステーンハンマル Wilhelm Stenhammar (1871-1927) に師事、大陸に渡って新しい時代の音楽に触れた後、急進的な音楽で当時のスウェーデン音楽界を騒がせながらも、進歩的な技法と伝統的な技法を巧みに融合した音楽で次第にスウェーデンを代表する作曲家としての地位を築いていきます。カール=ビリエル・ブルムダール Karl-Birger Blomdahl (1916-1968)、スヴェン=エーリク・ベック Sven-Erik Bäck (1919-1994)、イングヴァル・リードホルム Ingvar Lidholm (b.1921) ら個性的な作曲家を育て、指揮者、ピアニスト、オルガニストとしても活躍したことは、数多くの録音や資料が語るところです。

 そのルーセンベリも国際的な知名度となるといまひとつでしょうが、ルーセンベリの存在感が強烈なために、どことなく彼の陰に隠れてしまいがちなニューストレムがそれほど知られていないというのも、また残念な話です。

 “海の作曲家”と呼ばれるヨースタ・ニューストレム Gösta Nystroem (1890-1966) は生まれはスウェーデン中部のダーラナ地方、シルヴェルベリという内陸の町です。しかし、じきにオステルハニンゲという、ストックホルム近郊の、海から数キロしか離れていない町に移りました。ストックホルム群島 (アーキペラーゴ) のいくつかを、シーツを帆のかわりに小舟で巡ることが、子供時代のヨースタの大きな楽しみのひとつだったようです。父親は町の教会の音楽監督をつとめ、音楽的な環境で育ったヨースタは、若いころから父の代わりにオルガンを弾くようになり、16歳では、すでにオルガニスト、作曲家としてスウェーデン各地での演奏活動をするようになっていました。そのころ共演した音楽家のひとりが、チェロ奏者のトゥール・マン Tor Mann (1894-1974)。指揮者としても活躍し、ニューストレムの作品では、歌曲集《海辺の歌》 (アウリッキ・ラウタヴァーラ独唱) と劇音楽第4番《ヴェニスの商人 (Köpmannen i Venedig/The Merchant of Venice)》の録音があります。

 師範学校に入学し1912年には教員資格も取得したものの、気が進まず、そのまま大陸に渡ると、1912年の夏にはスペイン各地を旅してまわりました。ニューストレムにとって“冒険”だったこの旅行について、レイメルスは、ニューストレムの“開放的な”人柄をうかがわせる典型的な行動として重要視しています。後になって失われたものの、ニューストレムは膨大な量の土地の民間伝承を書き留め、そのことから、子供の時分から親しんでいたバロックやスウェーデンの国民的ロマンティシズムを超えた音楽への衝動をかきたてられた、というのがその理由です。レイメルスはもうひとつ、スペインから帰国後に入学したストックホルム音楽院をたった一年で中退してコペンハーゲンに渡り、画家として生計を立てながら芸術的な空気を楽しんだことをいかにもニューストレムらしい行動として挙げています。コペンハーゲンではカール・ニルセンと音楽について話し合ったとも伝えられており、そのことが強い刺激になったことも容易に想像できます。

 レイメルスによると、20世紀の第13年から第19年にかけてのこの時期のニューストレムの作曲活動については、ほとんど資料がないということです。1919年 − 1920年という意見もあります − 滞在先のドイツから、モーセス・ペルガメント Moses Pergament (1893-1977) に呼び出されてフランスに行った際、携えていった作品がパリ北駅の雑踏で失われてしまったためです。スウェーデンで出版されていた作品 − 数曲の歌曲、ヴァイオリンと管弦楽のためのロンド、そして《ヴァルス・マリーン (Valse Marine) (海のワルツ)》。手がかりとなるのは、わずかその程度。その1曲、ピアノのための小品《ヴァルス・マリーン》など、メランコリーと華やかさが交差するロマンティックな趣の曲で、この曲を聴くだけでも、後のニューストレムとはかなり作風が異なることがわかります。結局、ドイツでシェーンベルクの和声理論に触れたことと、1919年から12年にわたって滞在したフランスで様々な刺激を受けたことが、ニューストレムの音楽を大きく変えることになったと言えそうです。

 このころ、第一次世界大戦の終結とともにベル・エポックも過ぎ去ったパリは、音楽史の中でも際立ってめまぐるしい変化の時代を迎えていました。ドビュッシーは1918年に世を去っていたものの印象主義は健在。一方、反ロマン主義と反印象主義を標榜する Les Six (六人組) − アルテュール・オネゲル、ダリユス・ミヨー、ジョルジュ・オリック、フランシス・プーランク、ジェルメーヌ・タイユフェール、ルイ・デュレ − が活動を始めたのがこの時期です。ストラヴィンスキーも元気、1920年には《プルチネッラ》が初演されています。そしてこの年、北欧音楽にとって画期的な出来事が起きます。バレエ愛好家ロルフ・ド・マレー Rolf de Maré が資金を提供し、振付師のジャン・ボーリン Jean Börlin とともにバレエの改革に乗り出したスウェーデン・バレエ団 Les Ballets Suédois の旗揚げです。本拠地となったのは、1913年にロシア・バレエ団がストラヴィンスキーの《春の祭典》を初演したシャンゼリゼ劇場。最初のシーズンの演目として、ヴィーキング・ダール Viking Dahl (1895-1945) の《精神病院 (Maison de Fous)(Phono Suecia PSCD704) が初演されました。

 ニューストレムが滞在したパリは、そんな時代のまっただ中でした。それまでドイツにだけ目を向けていたスウェーデンの作曲家たちも次々とパリを目指してやってきます。1905年にパリに留学したH・メルケル・メルケシュ H. Melcher Merlchers (1862-1961) は1919年にはスットクホルムに戻ったものの、ペルガメントはニューストレムに先立ってパリに来ており、その後1928年にオーケ・ウデーン Åke Uddén (1903-1987)、1930年と1931年にはグンナル・ド・フルメリ Gunnar de Frumerie (1908-1987) とダーグ・ヴィレーン Dag Wirén (1905-1986) が相次いでパリに到着します。いずれも、その後のスウェーデン音楽を彩った作曲家たちです。

 ニューストレムは、まずレオニード・サバネエフ − タネーエフの弟子 − に師事。その後、ヴァンサン・ダンディのもとで作曲を学びます。ニューストレムの音楽のしっかりした構成感は、セザール・フランクの弟子だったこのダンディに負うところが多いと言えそうです。そのほかに、オネゲルの表現主義とネオバロック、ストラヴィンスキーの緊迫感のあるリズム、ヒンデミットの古典主義。ニューストレムの音楽に影響を及ぼしたものとして、レイメルスはこれらの名を挙げ、「子供のころに学んだバロック音楽とスカンディナヴィア後期ロマンティシズムの抒情の間の最後のつながりが確立された」と結論づけます。

 ニューストレムは、フランス滞在中には作曲以外にも絵画、そして小さいころからの趣味の船旅を存分に楽しみました。地中海、ビスケー湾、大西洋…。これらの体験がその後のニューストレムの音楽にどれだけ大きく反映されたことか。心の動きを投影しつつ瞑想する音楽であっても、いつもどこかに“開放感”がある。そうしたニューストレムの作品は、間違いなくスウェーデン音楽史上でももっともユニークな音楽に数えられるはずです。

 Phono SueciaMusica Sveciae Modern Classics シリーズの9作目のアルバムとしてリリースされたディスク (PSCD709) には、ニューストレムの音楽の魅力を伝える3つの作品が、海を共通テーマにして収録されています − 劇音楽第2番《テンペスト》(1934) の前奏曲、歌曲集《海辺の歌》(1942-43)、シンフォニア・デル・マーレ (海の交響曲) (1947-48)。

 この3曲のなかでもっとも重要な録音は、シェイクスピアの劇《テンペスト (Stromen/The Tempest)》のための音楽の前奏曲でしょう。これが初めてのCD録音にあたるはずです。1934年、ヨーテボリ市立劇場の柿落としの上演に際して作曲された音楽です。ニューストレムはシェイクスピアの戯曲に対して愛着を持っていました。第4番にあたる交響曲を“シンフォニア・シェイクスピアーナ”と名付けたことから想像されるだけでなく、子供のころには、薪小屋で友だちや兄弟たちを集めてシェイクスピアの作品を“上演”することさえ試みたということですから、筋金入りです。そこにもってきて、物語の舞台となるのが海のなかの孤島。ナポリを追放されたプロスペローが、妖精のエーリエルと醜い野蛮人カリバンだけの住む島にたどりつくところから劇が始まるとなれば、前奏曲としてふさわしいのは、まず嵐の情景です − 同じ戯曲のために作曲したシベリウスの音楽 (1925-26年) も波のうねりと風の描写から始まります。海を愛したニューストレムにとっては、願ってもない題材です。

 ニューストレムが、この作品を書いたのはスウェーデン西部、ブーフースレン群島のヒュッペルン島。回想録の一節に、そのときの様子が記されています。「ときどき真夜中に起きだしては、島の北側にあるごつごつした岩礁まで暗闇の中を出かけていくことがあった。そして、これはという衝動が起きるのを待ち構えては、何時間もずっとそこに立つか座るかしていた。幾夜もただ待つだけ。そしてやっと、その衝動がやってきた。そこから聞こえてきたのは、とどろき、うねる海のリズムと競り合うセイレーンの歌声だ。ひとたびアイデアを書き留めるや、ヴァイオリンの咆哮、トロンボーンとホルンが奏するトリトンのひと吹き、雷鳴のとどろき、そしてセイレーンの歌がつぎつぎと生まれてきた」

 この前奏曲の音楽は、まさにニューストレムの言葉のとおりです。炸裂する金管楽器、そして船乗りを誘惑するセイレーンの歌を歌う女声合唱。歌声の古典的なスタイルが、レイメルスの指摘どおり、パリ時代の1924年から1925年にかけて作曲された交響詩《北氷洋 (Ishavet)》に見られるような、ニューストレムの表現主義者、モダニストとしての過去を思い起させる激しい音楽と見事な対照を見せます。エフゲニー・スヴェトラーノフ指揮のスウェーデン放送交響楽団は曲のダイナミズムを的確に表現しており、深みのある声でセイレーンを歌うスウェーデン放送合唱団の女声合唱ともども、役目を果たしているといえそうです。

 ニューストレムの作品目録で“劇付随音楽第2番”とされている《テンペスト》は、全曲の出版は行われず、この録音もスウェーデン音楽情報センターの手稿譜により行われました。ただ、劇中で歌われる3つの歌だけは初演の2年後に出版され、独立して演奏されることもあります − エーリエルの第1の歌 (Ariels sång 1)、エーリエルの第2の歌 (Ariels sång 2)、ユーノーとケレスの歌 (Junos och Ceres sång)。いずれも、遥かな響きの素朴さのうちに、モダニスト的な技法による豊かな表現がうかがえる味わいのある曲です。

 歌曲集《海辺の歌 (Sånger vid havet)》は、レイメルスだけでなく、多くの人たちがニューストレムの最高傑作のひとつと呼ぶ作品。
個人的にも、これまで出会った、スウェーデン生まれのもっとも純度の高い歌曲集のひとつと考えています。第1曲《岩礁で (Uti i skären)》(エバ・リンドクヴィスト Ebba Lindqvist 詩)、第2曲《夜景画 (Nocturne)》(エーディト・セーデルグラン Edith Södergran 詩)、第3曲《海の歌 (Havets visa)》(ヤルマル・グルベリ Hjalmar Gullberg 詩)、第4曲《海辺に家をもっている (Jag har ett hem vid havet)》(ラグナル・イェンデル Ragnar Jändel 詩)、第5曲《月の出を待つ (Jag väntar månen)》(ヤルマル・グルベリ 詩)。いずれもニューストレムとほぼ同世代の詩人たちです。さまざまな海の気分というテーマこそ共通していても、それぞれの詩は多彩な海の表情を詠んでいます − “光に照らされ、蜃気楼のようにゆらめく”(リンドクヴィスト)、“岸辺の道が大きな影でおおわれ、茂みがすすり泣く”(セーデルグラン)、“先史の時代の声が聞こえる”(グルベリ)、“どこにいる? どこに隠れている? ここは、けっしておまえの家にはならない、と呼ぶ声”(イェンデル)。“死んだ者の話をする”ために海辺で月の出を待つのもグルベリです。

 多彩といえば、5つの歌の音楽の面についても同様でしょう − 印象主義的な微光(第1曲)、北欧の民謡風(第2曲)、古風な教会旋法スタイル(第3曲)、交響的雄大さの縮小(第4曲)、7度とオクターヴの表現主義的な声の跳躍(第5曲)。レイメルスは各々の歌をこのように分析しています。

 「青い海の水平線よりも壮大で、神秘的なものがあろうか? 思考の自由と飛翔の象徴として海に勝るものはない」ニューストレムのこうした想いが、これら5つの詩に託して語られる音楽。「いつかくるだろう 風が凪ぎ 砂浜の草が歌い 太陽が眠るときが」と始まる第1曲が象徴する、なにもかもが停止してしまったかのような世界。この世界のもつ魅力 − あるいは、魔力 − は、ちょっと比類がありません。青白い月が照らす海辺へ放り出されてしまうような切迫感。つきつめた孤独を歌いながらも、けっして絶望の淵といった情緒を醸し出さないのは、ニューストレムが“ロマンティシズム”を拒否していることと無縁ではないような気がしますが、どうでしょうか。試しに、アメリカの抒情作家サミュエル・バーバーがマシュー・アーノルドの詩に曲をつけた《ドーヴァーの岸 (Dover Beach)》とくらべてみると、ニューストレムの抒情のスタイルのユニークさが際立って聞こえることでしょう。

 ちなみに、ニューストレムの友人のペルガメントは新聞評でつぎのように語っています。

 「…5人の詩人による、海と愛と孤独と悲しみの6つの詩…洗練された、あきらかに現代のスタイル。異なった要素が、くもの巣のように複雑に織り合わさっている。時には、血と土と塩水の発酵した秘伝の混ぜ物のように沸き立ちながら」(訳注:文章中の詩人と詩の数が、実際の曲集と異なります。英訳しかないため、ペルガメントの勘違いなのか、翻訳の際の誤りなのかはわかりません)。

 この歌曲集は、フィンランドのソプラノ歌手、アウリッキ・ラウタヴァーラ Aulikki Rautawaara (1906-1990) に献呈され、さきに触れたとおり、彼女がニューストレムの旧友トゥール・マンの指揮するスウェーデン放送管弦楽団と共演して録音しています (Swedish Society Discofil SCD1039)。北欧の名歌手、ヒシュテン・フラグスター (キルステン・フラグスタート) Kirsten Flagstad (1895-1962) やビルギット・ニルソン Birgit Nilsson (b.1918) と同じ冷たい響きの声の持ち主で、いささかもオーバーになることなく、聴き手の心に切り込んでくるような白熱した感情表現も共通しています。ソプラノとはいっても声域は広く、第2曲の歌詞 “sömn och dröm (眠りと夢)”の低声の深々とした響きなど、新録音のほうのメッツォソプラノ、シャルロット・ヘレカント Charlotte Hellekant、あるいは同じくメッツォソプラノのグンヴォル・ニルソン Gunvor Nilsson もかないません。

 ラウタヴァーラにくらべると、ヘレカントは暖かさの感じられる声をしています。同じスウェーデンのフォン・オッテル (オッター) らと同じような声の質といってもいいでしょうか。表現もややオペラティックに感じられ、ラウタヴァーラの歌に慣れすぎていると、最初は違和感があるかもしれません − このことは、スヴェトラーノフの指揮についても言えそうです。また、ストレートな発声のラウタヴァーラにくらべて多目のヴィブラートも、多少、好みがわかれるところかもしれません(どこかの国の歌手にしばしば見られるような“ヴィブラートこそ表現”というような思い違いをしていないことは明らかです)。しかし、ドラマを強調した歌は魅力で、これはこれで味わいのある歌唱だと思います。

 歌曲集《海辺の歌》には、管弦楽伴奏版とは別に作曲者の手によるピアノ伴奏版があります。ほぼ同じ時期に書かれたとされていますが、どちらが先なのかはわかっていません。画家でもあったニューストレムの管弦楽法が情景と感情を的確に投影していることは間違いないにしても、ピアノ版も同様に直接的な音楽を聞かせてくれます。スウェーデンのメッツォソプラノ歌手グンヴォル・ニルソンがエーリク・リースベリ Erik Risberg と共演した録音 (Intim Musik IMCD007) で、この版の演奏を聴くことができます。ニルソンの声はヘレカントよりもラウタヴァーラに近く、冷たさを感じさせて素敵です。第4曲などで、ドラマティックな表現がややヒステリックかな、ということをのぞけば、楽しめる演奏です。“ヨースタ・ニューストレム生誕100年”というこのディスクには、歌曲と一緒に《テンペスト》の3つの歌、そしてシンフォニア・デル・マーレの中で歌われる《ただひとつのもの (Det enda)》がピアノ伴奏による演奏で収録されています (ピアノの小品《ヴァルス・マリーン》もこのディスクで聴くことができます)。

 初演の時から暖かく迎えられ、ニューストレムのもっとも有名な作品となった《シンフォニア・デル・マーレ (Sinfonia del Mare) (海の交響曲)》 (交響曲第3番) は、モダニズムとロマンティシズムが“和解”したと考えられている曲です。第二次世界大戦が終わり、観光客が大挙して押しかける前の1947年から1948年にかけて、イタリアのカプリ島で作曲されました。インスピレーションの基になったのは、エバ・リンドクヴィストの詩「ただひとつのもの (Det Enda)」です。

 恋する人から逃げる者のように、
 ひたすら、ひたすら費やしてやまない情熱に倦み、
 そうして海から逃げてきた。
 だが、まもなく時がくれば、ひとり戻らねばならぬだろう
 岸辺にすわり、この世にただひとつのものがあることを知りながら
 そしてすべての生がむなしいものと知るように
 恋する人から離れひとり生きる者のように、
 そうして知る、
 林の中に過ごす明るい日々と
 耳を傾ける鳥の歌を
 すぐにあきらめるだろう
 海からの風のひと息のために

 スウェーデン語の原詩とブックレットの英訳には多少の違いがあるので、原詩から翻訳してみました。つたない訳でしょうが、勘弁してください (詩心のないものにとっては、とてもではありませんが、手におえません)。

 単一楽章の曲ですが、新録音のブックレットにあるように、レント、アレグロ、レント、アレグロの4つの部分に分けることはできます。そして、二度目のレントで、リンドクヴィストの詩がソプラノによって歌われます。

 「シンフォニア・デル・マーレとなる交響曲の全曲は、この詩をとりまくようにして組み立てた。七つの海のすべての船乗りに捧げる交響曲。海はそこにあり、アナカプリに住むスコットランド系のイギリス娘と同じように霊感を与えてくれた。ぼくらはモンテ・ソラーロを散歩し、アネモネの花を摘み、恋人ごっこをして遊んだ。かなりはっきりとした形式上の問題があるにもかかわらず、この交響曲は、そうやって横幅を広げていったと思う。エバ・リンドクヴィストの美しい詩の静けさと海に似たリズムに負うところが多い」

 ニューストレムのこの文章が、この交響曲の性格をすべて語っていることと思います。間違いなく、20世紀に書かれた、もっとも神秘的で力強く、美しい交響曲のひとつ。あとは、それを存分に楽しむことしかないでしょう。 新録音を担当したのはスウェーデン放送交響楽団。指揮はエフゲニー・スヴェトラーノフです。ロシア音楽の演奏に関しては定評があるということですが、スウェーデン作品の録音 − アルヴェーンの交響曲第2番と《山の王》− を聴いたかぎりでは、何か違ったところを探っているのではないかという印象が拭い去れません。そのことは、同じ曲を北欧の指揮者による録音とくらべると、一層はっきりします。総じてテンポが遅く、いまひとつ音楽の推進力が感じられません。堂々としているといえば、そうかもしれませんが、個人的にはどうも。シンフォニア・デル・マーレの場合も40分38秒(ブックレットの表示)かかっていて、旧録音のヴェステルベリの35分46秒とでは5分もの差があります。

 この作品には、すでにスティーグ・ヴェステルベリ Stig Westerberg (1918-1999) が同じスウェーデン放送交響楽団を指揮し、エリーサベト・セーデシュトレム Elisabeth Söderström (b.1927) がソロを歌った1971年の録音があり (Swedish Society Discorfil SCD1015)、北欧音楽のファンの多くにとって、誰に頼まれたところで手放すことのできない愛着のある演奏となっています。終始、緊張感を保ちながら、音楽の局面に応じてすばやく表情をごくごく自然に変化させることのできる巧みさ。数あるヴェステルベリの録音のなかでももっとも見事なもののひとつでしょう。ニューストレムの音楽に対する共感が大きくものを言っているような気がします。

 そういう演奏があるために、スヴェトラーノフには気の毒ですが、そこは大指揮者です。彼自身のアプローチでニューストレムの音楽の中に入り込もうとしており、これといった新しい発見はないようですが、スヴェトラーノフならではの演奏を作り上げているように思います。強弱のつけ方について、それを大げさで作為的ととるか、それともドラマティックな音楽運びととるかはやや微妙ですが、弱音の部分で神秘的な音楽を表出しようとするなど、細部にいくつかの試みが見られることなどは、さすがというべきでしょうか。ただ、このディスク、録音時期とエンジニアが他と違うせいか、交響曲だけ音量レベルが明らかに低いので、ヴォリュームをあげないと、スヴェトラーノフの演奏がよく聞こえてこないということにもなりかねません。ソロを歌うヘレカントは感情の動きの伝え方が自然で、とても好感がもてる歌い方です。この場合も、セーデシュトレムが − ヴィブラートの多さが時代を感じさせはするものの − 見事な情感の表現を聞かせているために、やや損をしているようですが。

 これまで録音で聴くことのできるニューストレムの作品は、北欧ポスト・ロマン主義 − 歌曲集、シンフォニア・デル・マーレ、シンフォニア・コンチェルタンテなど − が中心となっていました。広く人気があるためでしょう。ニューストレムの作品目録には、興味のもてそうな作品がまだたくさん残っています。弦楽オーケストラのための2曲の協奏曲。レイメルスが《海辺の歌》や《シンフォニア・エスプレッシーヴァ (Sinfonia Espressiva) (表情ゆたかな交響曲)》 (第2番) (1932-35) とともに、ニューストレムのもっとも重要な作品として挙げた、表現主義の色彩が濃厚な作品といわれる《コンチェルト・リチェルカンテ (Concerto Ricercante) (究められた協奏曲)》 (ピアノと管弦楽のための) (1959) 、あるいはCD録音のない《シンフォニア・シェイクスピアーナ (Sinfonia Shakespeareana) (シェイクスピア交響曲)》 (第4番) と《シンフォニア・トラモンタナ (Sinfonia Tramontana) (北風の交響曲)》 (第6番) も、なんとしても聴きたいところです。

(TT)


Phono Suecia PSCD709 ヨースタ・ニューストレム (1890-1966)
 劇附随音楽第2番《テンペスト (Tempest)(1934) − 前奏曲
 歌曲集《海辺の歌 (Sånger vid havet)(1942-43) (ソプラノと管弦楽のための)
 シンフォニア・デル・マーレ (海の交響曲) (Sinfonia del mare) (交響曲第3番) (1947-48)
  シャルロット・ヘレカント (メッツォソプラノ)
  スウェーデン放送合唱団女声合唱
  スウェーデン放送交響楽団 エフゲニー・スヴェトラーノフ (指揮)

参考ディスク

Swedish Society Discofil SCD1015 ヨースタ・ニューストレム (1890-1966)
 交響曲第3番《海の交響曲》(1946-48)
 シンフォニア・コンチェルタンテ(チェロと管弦楽のための協奏交響曲) (1945) 
  エリーサベト・セーデシュトレム(ソプラノ) エアリング・ブロンダル・ベンクトソン(チェロ)
  スウェーデン放送交響楽団 スティーグ・ヴェステルベリ(指揮)

Swedish Society Discofil SCD1039 ヨースタ・ニューストレム (1890-1966)
 歌曲集《海辺の歌》 (1943) 劇附随音楽第4番《ヴェニスの商人》 歌曲集《魂と風景》 歌曲《真夏の夢》
  アウリッキ・ラウタヴァーラ(ソプラノ) ストックホルム放送管弦楽団 トゥール・マン(指揮)
  シェシュティン・メイエル(カースティン・マイヤー)(メッツォソプラノ) ヤン・エイロン(ピアノ)
  クレース=ホーカン・アーンシェー(テノール) トマス・シュバック(ピアノ)

Intim Musik IMCD007 ニューストレム生誕100年 ヨースタ・ニューストレム (1890-1966)
 シンフォニア・デル・マーレ(交響曲第3番) − ただひとつのもの
 ペール・ラーゲルクヴィストの詩集「苦悩」の8つの詩 (1923-28)
 プレリュード・パストラル(牧歌的な前奏曲)(ピアノのための)
 劇附随音楽第2番《テンペスト》− エーリエルの第1の歌 エーリエルの第2の歌 ユーノーとケレスの歌
 ヴァルス・マリーン(海のワルツ)(ピアノのための) 春の夜 敬虔 詩篇
 歌曲集《海辺の歌》 (1943) 
  グンヴォル・ニルソン(メッツォソプラノ) エーリク・リースベリ(ピアノ)

Caprice CAP21332 ヨースタ・ニューストレム (1890-1966)  交響詩《北氷洋》(1924-25) 
  ストックホルム・フィルハーモニック管弦楽団 ペーテル・エーレス(指揮)
 シンフォニア・ブレーヴェ (小さな交響曲) (交響曲第1番) (1929-31)
  ヨーテボリ交響楽団 シクステン・エールリング(指揮)
 シンフォニア・セリア (まじめな交響曲) (交響曲第5番) (1963)
  ストックホルム・フィルハーモニック管弦楽団 ユッカ=ペッカ・サラステ(指揮)

BIS CD782 ヨースタ・ニューストレム (1890-1966)
 シンフォニア・エスプレシーヴァ (表情ゆたかな交響曲) (交響曲第2番) (1935-37)
 シンフォニア・セリア (まじめな交響曲) (交響曲第5番) (1963)
  マルメ交響楽団 パーヴォ・ヤルヴィ(指揮)

 

新譜情報

BIS CD1021 現代スウェーデン・トランペット協奏曲集
ダニエル・ベルツ (1943-)
 トランペット協奏曲《歌と踊り (Sånger och danser)(1994-95)
ヤン・サンドストレム (1954-) トランペット協奏曲第2(1996)
フォルケ・ラーベ (1935-)
 サーディンの石棺 (Sardine Sarkophagus/Sardinsarkofagen) (1994)
  ホーカン・ハーデンベリエル (トランペット) マルメ交響楽団 ギルバート・ヴァーガ (指揮)

◇一世代を代表するスウェーデンのトランペット奏者ホーカン・ハーデンベリエル Håkan Hardenberger (1962-) が現代スウェーデンの作曲家の作品を3曲演奏しています。いずれもハーデンベリエルと仕事をする機会の多かった作曲家たち。ハーデンベリエルが思うままに妙技を披露し、自由な想像力を駆使しながら聴き手と“会話”しています。作曲者との間に立ち、聴き手に何かを伝える。ハーデンベリエルが単なるトランペット吹きではなくアーティストだということが感じられるでしょう。

BIS CD1067 ジャン・シベリウス (1865-1957) 初期ピアノ作品集 第1
 スケルツォとトリオ ホ長調 JS134K la (1885 arr.1886)
 コン・モト、センプレ・ウナ・コルダ 変ニ長調 JS52 (1885)
 3つの小品 (1885)
 
 アンダンテ JS74 メヌエット JS5 テンポ・ディ・ヴァルス JS2 
 スケルツォ ホ長調 とトリオ イ長調 JS134K 1b (1885 arr.1886)
 和声の定則にもとづく11の変奏曲 ニ長調 (1886)
 主題のカタログ (50の小品) (1887)
 ピアノと朗読のための幻想曲《切望 (ため息の神秘) (Trånaden (Suckarnas mystèr))JS203 (1887)
 アンダンテ 変ホ長調 JS30a (1887) オーバード (Aubade) 変イ長調 JS46 (1887)
 黄昏に (Au crépscule) 嬰ヘ短調 JS47 (1887) 
 5つの小品 (1888)
  テンポ・ディ・メヌエット アレグロ モデラート ヴィヴァーチェ アンダンティーノ
 3つの小品 (1888)
  アンダンティーノ JS44 アレグレット JS18 アレグロ
  フォルケ・グレースベク (ピアノ) ラッセ・ポユスティ (朗読)
 
◇シベリウスのヴァイオリンとピアノのための初期作品集 (BIS CD1022, 1023) でヤーコ・クーシストの伴奏をしたグレースベク Folke Gräsbeck (1956-) が、シベリウスが20歳から23歳の間 (1885年−1888年) に書いた未出版の習作ピアノ曲を調査、演奏。すべて初録音。

BIS CD1101 オルガンのためのロマンティック・オリジナル作品集
ジャン・シベリウス (1865-1957)
 2つの小品 作品11l (1925/1931) イントラーダ 葬送音楽 
 フリーメーソンの儀式のための音楽 作品113 (1927 rev.1948) − 第1曲《開始の讃歌》 第10曲《葬送行進曲》
アントニーン・ドヴォルジャーク (1841-1904) 8つの前奏曲とフーガ B302 (1859)
アレクサンドル・グラズノフ (1865-1937) 前奏曲とフーガ ニ長調 作品93
  前奏曲とフーガ ニ短調 作品98 幻想曲 作品110
  ハンス=オーラ・エーリクソン(オルガン)

◇シベリウスの《フリーメーソンの儀式のための音楽》は、テノール、男声合唱とハルモニウム(オルガン)のために書かれた全11曲からなる作品。このCDのためにシベリウスの遺族から提供された手稿譜により、ハルモニウムの2曲が録音された。1958年生まれのスウェーデンのオルガニスト、ハンス=オーラ・エーリクソン Hans-Ola Ericsson が演奏するのは、聖ペトルス・カニシウス教会、フリートリヒシャーフェン/ボーデンゼー(ドイツ)の Gerald Woehl (1998年) オルガン。

BIS CD1161 サリー・ビーミシュ (1956-) カレドニア街道 夜明け 
 いいえ、恐れてないわ(イリーナ・ラトシンスカヤの6つの詩) 想像上の太陽の音
  サリー・ビーミシュ(朗読) ション・ハール(サクソフォーン)
  スウェーデン室内管弦楽団 オーラ・ルードネル(指揮)

Gramophone 誌の Editor's Choice に選ばれた協奏曲集 (CD971) につづく、イギリスの作曲家ビーミシュ Sally Beamish の作品集。スウェーデン室内管弦楽団は、1995年にオレブルー室内管弦楽団とオレブルー室内管楽合奏団が融合した団体。1997年からはトマス・ダウスゴー Thomas Dausgaard が首席指揮者の地位にある。ヴァイオリニストとして出発したオーラ・ルードネル Ola Rudner は、スウェーデンとオーストリアの主要なオーケストラを指揮、ウィーン室内管弦楽団とも共演した。1995年にはフィルハルモニア・ウィーンの芸術監督に就任し、日本ツアーを行う。ウィーン・フォルクスオーパー、ベオグラード・フィルハーモニック管弦楽団なども指揮した。

BIS CD1053 オペラの笛吹き
ジャコモ・ロッシーニ (1792-1968) 序奏、主題と変奏 (オペラ《湖上の美人》による)
イーヴァル・ハルストレム (1826-1901)
 紡げ、紡げ、私の金の糸巻棒 (オペラ《山の王の花嫁》から)
フランツ・ダンツィ (1763-1826)
 モーツァルトのオペラ《ドン・ジョヴァンニ》の《奥さまお手をどうぞ》による幻想曲
WA・モーツァルト (1756-1791) ジングシュピール《魔笛》K620 − ああ、愛の喜びは露と消え
CM・フォン・ヴェーバー (1786-1826)
 ジングシュピール《魔弾の射手》− 静かに、静かに、敬虔な調べよ
ドナート・ロヴレリオ (1841-1907)
 ヴェルディのオペラ《トラヴィアータ》のモチーフによる演奏会用幻想曲
カミーユ・サン=サーンス (1835-1921) オペラ《サムソンとダリラ》− 春は目覚めて
ヴィルフリート・ヒラー (1941-) オペラ《ハメルンの笛吹き》から
  マッティン・フロースト(クラリネット) シンガポール交響楽団 ラン・シュイ(指揮)

◇スウェーデンの若手クラリネット奏者マッティン・フロースト Martin Fröst が、オペラのアリアに基づく幻想曲とアリアを管弦楽の伴奏で録音。

BIS CD1106 アガーテ・バッケル・グロンダール (1847-1907) ピアノ作品集
 6つの演奏会用エチュード 作品11
  (第1番〜第3番《教授テオドル・クラック博士に》 第4番〜第6番《エドムント・ノイペルトに》)
 3つの小品 作品15 (セレナード 舞踏会で ユモレスク)
 4つのスケッチ 作品19 組曲 作品20 (前奏曲 夜想曲 ガヴォット メヌエット スケルツォ)
 3つのエチュード 作品22
  ゲイル・ヘンニング・ブローテン (ピアノ)

◇ノルウェーの女流作曲家バッケル・グロンダール Agathe Backer Grøndahl は、19世紀ノルウェーでもっとも人気のあった作曲家のひとり。ピアニストとしても有名で、ノルウェーだけでなくヨーロッパでも、クララ・シューマンの後継者として尊敬された。当時としてはリベラルな、芸術を愛する裕福な家庭環境と才能に恵まれ、充分な音楽教育を受けることができた。ベルリンでピアノと作曲を、イタリアではハンス・フォン・ビューローとフェレンツ・リストのもとでピアノを学んだ。ドイツ・ロマン派音楽を受け継いだ作風。魅力的な旋律と洗練された響き、そして強靱で詩的な表現力のある音楽はグリーグにも賞賛された。中心となる作品はピアノ曲と歌曲。作品11の第1曲(変ロ短調)と第3曲(ト短調)、作品15の第1曲《セレナード》は、リヴ・グラーセル Liv Glaser (b.1935)NKFに録音していた (NKFCD50019-2) が、これだけまとまった曲集はCDでは初めて。ピアニストのゲイル・ヘンニング・ブローテン Geirr Henning Braaten (b.1944) は、古典から現代の作品まで幅広いレパートリーをこなし、グリーグのピアノ曲全集の録音もあった (Victoria VCD19025-VCD19035B)。先日も来日し、東京などでコンサートを開いた。

BIS CD1181 北欧の光 (Nordic Light)
エドヴァルド・グリーグ (1843-1907)
 組曲《ホルベルグ (ホルベア) の時代から (Fra Holbergs tid)》作品40 − 前奏曲 (Preludium)
カール・ニルセン (1865-1931) (ヨハネス・アナセン 編曲)
 素晴らしい夕べのそよ風 (Underlige aftenlufte)
フィニ・ヘンリケス (1867-1940) (ハンス・パルムクヴィスト 編曲) 蚊の踊り (Myggedans)
エドヴァルド・グリーグ (1843-1907) はじめての出会い (Det første møde)
 劇付随音楽《ペール・ギュント (Peer Gynt)》作品23 − アニトラの踊り (Anitras dans)
ラーシュ=エーリク・ラーション (1908-1986) 田園組曲 (Pastoralsvit) 作品19 − ロマンス (Romans)
テューレ・ラングストレム (1884-1947)
 悲劇的なディヴェルティメント (Divertimento elegiaco) − 軽やかなスケルツォ (Scherzo leggiero)
ダーグ・ヴィレーン (1905-1986) 
 セレナード (Serenad) 作品11 (弦楽オーケストラのための) − 行進曲 (Marcia)
ウッレ・ヤンソン (20世紀) (ハンス・ニューベリ 編曲) 教会マーチ (Kyrkmarsch)
ヴェルムランド民謡 (ハンス・パルムクヴィスト 編曲)
 美しきヴェルムランド (Ack Värmeland du sköna)
リレ・ブルール・セーデルルンド (1912-1957)
 3つの国民的ワルツ (Tre Folkliga valser) − 国民的ワルツ (Folklig vals)2
エルナ・タウロ (1916-1993) (ハンス=エーリク・ホルゲション 編曲) 秋の歌 (Höstvisa)
ジャン・シベリウス (1865-1957) (マグヌス・エーリクソン 編曲)
 クリスマスの歌「私には富も名声もいらない」 (Julvisa "Giv mig ej gland, ej guld, ej prakt") 作品1-4
エドヴァルド・グリーグ (1843-1907)
 2つの悲しい旋律 (To elegiske melodier) 作品34 − 最後の春 (Siste vår) (春)
カール・ニルセン (1865-1931) 小組曲 (Liten svit) FS6 (作品1) − 間奏曲 (Intermezzo)
エドヴァルド・グリーグ (1843-1907)
 劇付随音楽《ペール・ギュント (Peer Gynt)》作品23 − オーセの死 (Åses død)
オーレ・ブル (1810-1880) セーテルの娘の日曜日 (Sæterjentens søndag)
ヒゥーゴ・アルヴェーン (1872-1960)
 バレエパントマイム《山の王 (Bergakungen)》− 羊飼いの娘の踊り (Vallflickans dans)
アルマス・ヤルネフェルト (1869-1958) 子守歌 (Berceuse) (1904)
エドヴァルド・グリーグ (1843-1907)
 組曲《ホルベルグ (ホルベア) の時代から (Fra Holbergs tid)》作品40 − アリア (Air)
  ロイヤル・ストリングズ (王立ストックホルム・フィルハーモニック管弦楽団 弦楽セクション)
  マグヌス・エーリクソン (指揮)

Caprice CAP21611 エスキル・ヘムベリ (1938-2004) 歌曲と室内楽作品集
 4つの抒情詩 (Fyra lyriska dikter) 作品2 (ソプラノ独唱のための)
 群れてはえる鮮やかな野いちごのように、君、美しきもの…
  (Som smultron i livliga flockar, du fägring...) 作品24 (ソプラノとオルガンのための)
 zona rosa (バラ色の地帯) (弦楽四重奏曲第1番) 作品32
 Canti di luce e di stelle (光と星の歌) 作品45 (ソプラノとピアノのための)
 les adiuex (告別) (弦楽四重奏曲第2番) 作品60
 ...in the earth (地の中の… ) 作品74 (メッツォソプラノとピアノのための)
 海と夏の5つの詩 (Fem dikter om havet och sommaren) 作品76 (ソプラノとピアノのための)
  ソールヴェイ・ファリンゲル (ソプラノ) エレン・アンドレアセン (メッツォソプラノ)
  エーリク・ルンドクヴィスト (オルガン) ナネッテ・ヌヴェルス=ステーンホルム (ピアノ)
  グスタヴ・アスプルンド (ピアノ) ヴィルナ弦楽四重奏団

◇ヘムベリ Eskil Hemberg は、現代スウェーデン音楽界の重鎮のひとり。オルガン奏者、カントール、合唱指揮者、教育者、王立音楽アカデミー会員。これに職歴を加えると、いくらスペースがあっても足りないほど。国際合唱音楽連盟を共同で創設。1999年に広島で行われた全日本合唱コンクールに際しては、審査員として来日した。指揮者としての代表的録音は、アッラン・ペッテション Allan Pettersson (1911-1980) の《裸足の歌 (Barfotasånger)》組曲 (Caprice CAP21359)。ペッテションの同名の歌曲集から6曲を選び、ソプラノ独唱と混声合唱のためにみずから編曲した。

 ヘムベリについて博士論文を書いたアメリカの音楽学者スタンリー・ウォルド Stanley Wold は、ヘムベリは何よりもテクストの意味するところを伝えることを重視し、そのためにさまざまな作曲技法を活用したと説明する − たとえば“コラージュ”技法、3つの調性による多調 (tritonality)、引用、十二音など。《4つの抒情詩 (Fyra lyriska dikter)》は、自身の詩。《群れてはえる鮮やかな野いちごのように、君、美しきもの… (Som smultron i livliga flockar, du fägring...)》を書いたのは、ヘムベリと一緒に仕事をすることの多い、マリー・ルイーズ・ラムネファルク Marie Louise Ramnefalk"Canti di luce e di stelle" は、ペール・ラーゲルクヴィスト Pär Lagerqvist の詩のジャコモ・オレリア Giacomo Oreglia によるイタリア語訳がテクスト。"... in the Earth" のテクストは、ノルウェー系アメリカ人OE・ロルヴォーグ O. E. Rölvaag の小説「地の中の大男」からとった7つの英語の詩。《海と夏の5つの詩》の作者は、ヘムベリお気に入りのハリー・マーティンソン (マッティンソン) Harry Martinson。語法に慣れてくるうちに、駆使されている色々な技法のむこうから詩人と作曲家の声が聞こえるようになってくる。ブックレットには原詩のみ記載("Canti di luce ..." だけは、イタリア語とオリジナルのスウェーデン語)。短い弦楽四重奏曲が2曲 − 弦楽四重奏の歴史を“優しく、洗練された、やや皮肉な”まなざしで見つめた "zona rosa" と、自殺した友人を追悼する男声合唱曲 "The Gallery" (作品20)に基づく "les adieux"。後者の第2楽章には "Mesto (悲しみ)" のタイトルがつけられた。

dacapo 8.224162 JPE・ハートマン (1805-1900) ピアノ作品集
 4つのカプリース 作品18-1 (1835) 2つの特徴的な小品 作品25 (1839)
 歌曲形式の6つの音の小品 作品37 (1842/82)
 HC・アンデルセンの詩による6つの性格的な小品 作品50 (1849) 練習曲 作品53 (1851)
 幻想的小品 作品54 (1855)
  ニーナ・ゲーゼ (ピアノ) 

JPE・ハートマン J. P. E. Hartmann は、ほぼ60年間にわたってピアノのために曲を書いた。初期の作品はウィーン古典派の影響が強く、後年の作品にはモダニズムに片足を置いたといってもおかしくないような意欲が感じられる。《幻想的小品》は、クララ・シューマンに献呈された曲。ピアニストのニーナ・ゲーゼは、ロベルト・リフリングとアンカー・ブリーメに師事。ソロイスト、室内楽奏者としてスカンディナヴィア、ドイツを中心に活躍する。既発売のハートマンのソナタ3曲 (dacapo DCCD9112) では、ロマンティックな味わいが丁寧なフレージングにより表現されていて魅力的。

Finlandia 8573-82357-2 2CD's クリスチャン・シンディング (1856-1941) 交響曲全集
 交響曲第1番 ニ短調 作品21 (1887/92) 交響曲第2番 ニ長調 作品83 (1907)
 交響曲第3番 ヘ長調 作品121 交響曲第4番《冬と春》作品129(管弦楽のためのラプソディ)
  ノルウェー放送管弦楽団 アリ・ラシライネン(指揮)

◇後期ロマン派のノルウェーの作曲家シンディング Christian Sinding の既発売の第1番と第2番 (3984-27889-2) と新録音の第3番と第4番をセットにした交響曲全集。

Finlandia 8573-82856-2 クリスチャン・シンディング (1856-1941)
 交響曲第3番 ヘ長調 作品121 交響曲第4番《冬と春》作品129(管弦楽のためのラプソディ)
  ノルウェー放送管弦楽団 アリ・ラシライネン(指揮)

◇2000年4月ノルウェー放送ホール(オスロ)録音。

Fuga FUGA9095
 アブラハム・オヤンペラ、1904-1908年録音集成
オスカル・メリカント (1868-1924) 南国の春の鳥に なぜ僕は歌うのか そっと奏でてくれ、朝の調べよ
フレードリク・パーシウス (1809-1891) 少年兵士
フレードリク・エールストレム (1801-1850) 白鳥
ジャン・シベリウス (1865-1957) 夢
ジュゼッペ・ジョルダーニ (1743-1798) カロ・ミオ・ベン
WA・モーツァルト (1756-1791) ドン・ジョヴァンニのセレナード“窓辺においで”(2種)
フランツ・シューベルト (1797-1828)
 さすらい人 D489 音楽に寄す D547 万霊節の日のための連祷 D343
ガブリエル・リンセーン、オット・コティライネン、アルマス・ヤルネフェルト、フリートリヒ・ジルヒャー、
カール・コラン、ハルフダン・シェルルフ、ピョートル・チャイコフスキーの作品
  アブラハム・オヤンペラ (バリトン) オスカル・メリカント (ピアノ)
オスカル・メリカント (1868-1924) 即興曲 変ト長調 作品44-2 スケルツォ 作品6-4
  オスカル・メリカント (ピアノ) [録音 1906年、1908年]

◇シベリウスの交響詩《クッレルヴォ》の初演(1891年)メンバー、フィンランド歌唱史に残る伝説的バリトン歌手アブラハム・オヤンペラ Abraham Ojanperä (1856-1916) が1904年から1908年にかけて録音した、フィンランド放送など所有の音源の集成(全23曲)。うち約10曲は、数々の歌曲やピアノ曲で知られる作曲家オスカル・メリカント Oskar Merikanto (1868-1924) のピアノ伴奏によるもの。メリカントのピアノ曲自作自演も2曲収録。

Fuga FUGA9120 マイッキ・ヤルネフェルト=パルムグレン、1904-1929年録音集成
アルマス・ヤルネフェルト (1869-1958) 子守歌
J・バッケル・ルンデ 昇る太陽
フィンランド民謡 朝早く ポルスカ 夏の夕べ
ジャン・シベリウス (1865-1957) 逢い引きから帰ってきた娘 黒いバラ(2種) 葦よ、そよげ
オスカル・メリカント (1868-1924) 太陽が輝くとき/なぜ僕は歌うのか ねんねん、坊や
セリム・パルムグレン (1878-1951) 君はわたしのもっと近くにいた 春の歌 この道はどこに
レオポルド・ルーセンフェルド、オイゲン・ヒルダッハ、ヨハネス・ブラームスの作品
  マイッキ・ヤルネフェルト=パルムグレン (ソプラノ) アルマス・ヤルネフェルト (ピアノ)
  セリム・パルムグレン (ピアノ) 管弦楽団 ナサニエル・シルクレット (指揮)
セリム・パルムグレン (1878-1951) 舟歌 作品14 五月の夜 作品27-4
  セリム・パルムグレン (ピアノ) [録音 1938年]

◇フィンランドのソプラノ、マイッキ・ヤルネフェルト=パルムグレン Maikki Järnefelt-Palmgren (1871-1929) の1904年から1929年の録音集成。マッティン・ウェゲリウス音楽学校時代、同じフェルッチョ・ブゾーニ門下の作曲家で指揮者のアルマス・ヤルネフェルト Armas Järnefelt (シベリウスの義兄) と婚約。卒業後、奨学金を得てパリに留学し、マティルド・マルシェジとベルトラン夫人に師事。1893年に帰国後アルマスと結婚し、同年ベルリンに移る。ブゾーニの尽力もあり、ブレスラウ・オペラ、ベルリン・クロール・オペラ、その他マグデブルクとデュセルドルフの歌劇場とも契約、ヴァーグナーの作品を中心に歌う。その後フィンランドに戻り、ヴィープリ(現在ロシア領カレリア)で指揮活動をするアルマスと共演して、フィンランド、ロシア、ドイツなどを公演してまわる。1900年パリ万博のフィンランド・コンサートにアイノ・アクテ Aino Ackté とイーダ・エークマン Ida Ekman と共演。アクテとは不仲のライヴァルとなる。1904年の《タンホイザー》、1905年の《ヴァルキューレ》、1906年の《さまよえるオランダ人》のヘルシンキ公演は、フィンランド初のヴァーグナー全曲演奏となる。その後1907年にアルマスと離婚し。イタリアに渡り、マリア・カンポフェロ(“ヤルネフェルト”のイタリア語への直訳)の芸名でトリノ、リミニの歌劇場の舞台に立つ。イタリアに来合わせていた作曲家でピアニストのセリム・パルムグレン SelimPalmgren との交際が始まり、1910年に結婚、フィンランドに帰る。同年パルムグレンのオペラ《ダニエル・ユート (Daniel Hjort)》の初演で、シーグリド役を歌う。1921年にはパルムグレンとともにアメリカに渡り、フィンランドとスカンディナヴィア移民のためのコンサート活動行う。その後イーストマン音楽学校の教授にむかえられたパルムグレンとともにロチェスターに移り、1926年まで滞在。帰国後は、歌曲の歌手として活躍する。

Fuga FUGA9121 エイノ・ラウタヴァーラ、1905-1909年録音集成
トイヴォ・クーラ (1883-1918) そんなことを言うべきじゃない この幾千の年月よ
ジャン・シベリウス (1865-1957) 夕べに 川面に漂う流木
ジュリオ・カッチーニ (1551-1618) うるわしのアマリッリ
オスカル・メリカント (1868-1924) 雷神鳥 夜想曲  
エルッキ・メラルティン (1875-1937) オペラ《アイノ》− ヴァイノのアリア
アルマス・ヤルネフェルト、クリノウスキ、C・フランツの作品 フィンランド民謡
  エイノ・ラウタヴァーラ (バス) オスカル・メリカント (ピアノ)

◇エルッキ・メラルティン Erkki Melartin (1875-1937) のオペラ《アイノ》の初演 (1909年) でヴァイノ役を歌った、フィンランドのバス歌手エイノ・ラウタヴァーラ Eino Rautavaara (1876-1939) の1905年から1909年までの録音の集成。1905年、ロベルト・カヤヌス指揮の《ローエングリン》ヘルシンキ公演のテルラムント。1907年の《カヴァレリア・ルスティカーナ》ではアルフィオ、同年の《魔弾の射手》ではカスパルをそれぞれ歌った。オスカル・メリカントの《エリーナの死》、アルマス・ラウニス Armas Launis の《クッレルヴォ》 (タイトルロール) と《7人の兄弟》 (ユハニ役) での歌唱も絶賛を博す。1912年にカッリオ教会 (ヘルシンキ) のカンター (独唱者) に任命され、1923年からは教会音楽の歌手、合唱指揮者などに専念。作曲家エイノユハニ・ラウタヴァーラ Einojuhani Rautavaara (b.1928) の父。ちなみに、エイニユハニ・ラウタヴァーラのシベリウス・アカデミーでの作曲の師アーレ・メリカントは、このCDでエイノの伴奏をしているオスカルの息子。

ITM ITM7-13 フロウズマル・インギ・シーグルビョルンソン (1958-)
 ストックセイリ (Stokkseyri) (1995-97) (カウンターテナーと室内管弦楽のための)
 七重奏曲 (1998) (フルート、クラリネット、打楽器、ピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラとチェロのための)
  スヴェルリル・グヴズヨウンソン (カウンターテナー) CAPUT アンサンブル

◇アイスランドを代表する名手ぞろいのグループ、CAPUT アンサンブルによる、フロウズマル・インギ・シーグルビョルンソン Hróðmar Ingi Sigurdbjörnsson の室内楽作品2曲。15歳で“メルキオール (Melchior)”というポップロックバンドに参加、数枚のレコードをリリースする。その後レイキャヴィーク音楽大学、そしてオランダのユトレヒト音楽院 − 作曲家のイェープ・ストラッサーに師事 − で楽理と作曲法を学ぶ。学生時代の最後の作品、ピアノのための変奏曲は、1990年のISCM (国際現代音楽協会) のプログラムに選ばれた。アイスランドに戻ってからは、シーグルスヴェイン音楽大学やレイキャヴィーク音楽大学で教えながら作曲活動をつづけ、さまざまな器楽奏者、室内楽グループ、オーケストラのために、これまでに60曲を超える作品を書いている。独唱、合唱と管弦楽のための《歌の交響曲 (Ljóðasinfónía/Symphony of Songs)》は、1991年の NOMUS (北欧音楽委員会) 賞にノミネートされた。

 カウンターテナーと室内管弦楽のための歌曲集《ストックセイリ (Stokkseyri)》は、アイスランドの詩人イーサク・ハルザルソン Ísak Harðarson が1994年に出版した詩集に作曲された。カモメが鳴き、池の水面に映る星…。現代社会の喧噪を逃れ、アイスランド南部の小漁村ストックセイリの大空の下に広がる果てしない海原を眺めるうちに、“怒れる”詩人として名を馳せたイーサクが見いだしたパラダイス。穏やかで素朴な情景をみつめる詩人の心が、12の詩に詠まれている。作曲者のフロウズマルは、さまざまなジャンルと様式の音楽 − ミニマリズム、ブルース、ポップス、ジャズ、そして調性音楽、無調音楽、教会旋法 − を融合させながら、詩人の想いを、美しい和声の親しみやすい音楽として表現する。カウンターテナーという異次元的存在の歌声が大きく活かされ、表現の広がりの獲得に貢献している。七重奏曲も、クレチマー音楽、ジプシー音楽、ロック、ミニマリズム、バルトークの音楽などによる、コラージュ的な作品。

 カウンターテナーのスヴェルリル・グヴズヨウンソン Sverrir Guðjónsson は、ヨウン・ノルダル Jón Nordal の《春の朝の祈り (Óttusöngvar á vori/Matins in Spring)(ITM7-09) で素晴らしい歌唱を聴かせ、中世の雰囲気を残すアイスランド民謡集“墓碑銘 (Epitaph)(Opus 111 OPS30-253) も評判を呼んだ。

Naxos 8.554387 ジャン・シベリウス (1865-1957) 交響曲全集 第4
 交響曲第6番 ニ短調 作品104 交響曲第7番 ハ長調 作品105
 劇音楽《テンペスト (Stormen)》組曲第2番 作品109
  アイスランド交響楽団 ペトリ・サカリ (指揮)

◇ペトリ・サカリとアイスランド交響楽団による Naxos シベリウス交響曲全集の最後の1枚。第4番とならぶシベリウスの代表作第6番と第7番に、数ある彼の劇音楽のなかでも屈指の充実した作品《テンペスト》の第2組曲が組み合わせになっている。先にリリースされた第1番から第5番までの交響曲の演奏では、透明感のあるクールな響きが活かされ、独特の魅力が感じられた。弦楽器群にあと一歩のスケール感があればとか、ところどころ不徹底な部分が見られるということはありながら、そのことでサカリとアイスランド交響楽団の演奏に対する愛着が薄れることはない。英 Gramophone 誌 (Award 号) の批評では Andrew Aschenbach が、第7番のトロンボーンの最初のソロ、練習番号 E の前のティンパニの入り、ヴィヴァチッシモへの経過句の処理について注文をつけながらも、終わり近くのラルガメンテのクライマックスと終結の数小節の演奏を称賛。“真の情熱と決意を発揮する” 第1楽章と第4楽章、“細部の表現が面白い中間の楽章” など、第6番の演奏に対しても賛意を呈している。“広がりのある、低域の音色感が自然な” 録音もプラスになったのか、Editor's Choice に選ばれた。

Ondine ODE965-2 ベルンハード・ヘンリク・クルーセル (1775-1838) クラリネット協奏曲全集
 クラリネット協奏曲第3番 変ロ長調 作品11 クラリネット協奏曲第2番 ヘ短調 作品5
 クラリネット協奏曲第1番 変ホ長調 作品1
  カリ・クリーク (クラリネット) フィンランド放送交響楽団 サカリ・オラモ (指揮)

◇クルーセル Bernhard Henrik Crusell はフィンランドのウーシカウプンキの貧しい家庭に生まれ、ヌルミヤルヴィの軍楽隊の隊員からクラリネット演奏の基礎を学ぶ。ヘルシンキのはずれのヴィアポリ砦の楽隊に見習いとして入隊。後に連隊はストックホルムに移動、歌劇場管弦楽団のクラリネット奏者の座を射止める。40年間その地位にとどまり、同時に作曲家としても活躍した。室内楽、声楽のための作品やオペラ《小さな奴隷娘 (Den lilla slavinnan)》などを書き、スウェーデンでもっとも人気のある作曲家と呼ばれたこともある。オペラの台本をスウェーデン語に翻訳、《フィガロの結婚》、《セヴィリアの理髪師》、《フィデリオ》などは特に高く評価された。スウェーデン語による初のオペラ全曲録音、バリトン歌手ヨン・フォシェル John Forsell (1868-1943) らによる《フィガロの結婚》(Caprice CAP21586) も、クルーセルの翻訳にSC・ブリングが加筆した版により歌われている。3曲のクラリネット協奏曲は、クルーセルの代表作として人気があり、すでに少なくとも5人の奏者 − カール・ライスター、エマ・ジョンソン、アントニー・ペイ、シーア・キング、ペール・ビルマン − により録音された。もっとも充実した作品とされる第2番(ヘ短調)は、気高く、優しい旋律と、陰影のある表情とのびやかな音楽の流れが素晴らしく、クラリネットの国際的なコンペティションの課題曲になったこともある。

 カリ・クリーク Kari Kriikku (b.1960) は、マグヌス・リンドベリ Magnus Lindberg (b.1958) の作品の初演など、特に現代の作曲家の室内楽演奏で頭角をあらわした、フィンランドの奏者。アンサンブル・アンテルコンタンポランなどと共演するかたわら、バーミンガム市交響楽団とモーツァルトの協奏曲をバセットクラリネットで演奏したこともある。Ondine に、この新しいディスクの指揮者サカリ・オラモ Sakari Oramo (b.1965) がヴァイオリンを弾くアヴァンティ!四重奏団との共演によるクルーセルのクラリネット四重奏曲全集 (ODE727-2) などの録音がある。暖かみと深みを感じさせる柔らかいクラリネットの響きが和やかな雰囲気を醸し出す。ファビアン・ダールストレム − シベリウスの作品目録の著者 − の校訂版による録音。

Phono Suesia PSCD116 ぼくの好きなもの (My Cup of Tea)
ステーン・メリン (1957-) 作品集
 Ce n'est pas possible (そんなこと無理だ) (1993) (ピアノのための)
  フレードリク・ウッレーン (ピアノ)
 Q is Q (QQ) (1983) (弦楽四重奏のための)
  アンナ・リンダル (ヴァイオリン) ジェルリー・リー (ヴァイオリン)
  トゥルビョン・ヘーランデル (ヴィオラ) クリカン・ラーション (チェロ)
 2つの歌 (1991) (バリトンとピアノのための)
  ランプ (Lampan) 眠れないオデュッセウス (Sömnlös Odysseus)
  ウッレ・ペーション (バリトン) ヘンリク・ロヴェンマーク (ピアノ)
 シェラーバク変奏曲 (Källarbacksvariationer) (1993) (サクソフォーン四重奏のための)
  ストックホルム・サクソフォーン四重奏団
 ソノーラ (Sonora) (1985) (ピッコロトランペットとピアノのための)
  ウルバン・エーリクソン (ピッコロトランペット) ルーヴェ・デルヴィンゲル (ピアノ)
 存在なき地 (Landet som icke är) (1982) (ソプラノ、ピアノと混声合唱のための)
  マリア・アレクシス (ソプラノ) フレードリク・ウッレーン (ピアノ) 
  エーリク・エーリクソン室内合唱団 エーリク・エーリクソン (指揮)
 nänns (大胆であれ) (1991) (弦楽三重奏のための)
  アンナ・リンダル (ヴァイオリン) パスカル・シッフェルト (ヴィオラ)
  クリカン・ラーション (チェロ)
 静かに (hyssj) (1995) (フルートとギターのための)
  ミカエル・ペッテション (フルート) マグヌス・アンデション (ギター)
 Seven heaven (至福) (1998/99) (ソプラニーノ・サクソフォーン、ピッコロ、ディジェリドゥ、ウクレレ、
  打楽器と男声 (フーリガンたち) のための)
  ヨリエン・ペッテション (ソプラニーノ・サクソフォーン) ミカエル・ペッテション (ピッコロ)
  イーヴォ・ニルソン (ディジェリドゥ) マグヌス・アンデション (ウクレレ)
  ユニー・アクセルソン (打楽器)
  フーリガンたち
   M・アンデション、J・アクセルソン、T・イェンネフェルト、S・メリン、I・ニルソン、他

◇スウェーデンの作曲家ステーン・メリン Sten Melin のもっとも重要な曲はカンマルアンサンブルN (KammarensembleN) が演奏した“Keep the Change (変化しつづけろ)”(Phono Suecia PSCD120)。調子の異なる一組の鐘を一定の順序にしたがって打つ鳴鐘術、転調鳴鐘 (change-ringing) を感情の変化と重ね合わせたユニークな作品として、強いインパクトを与えた。この作品集では、アルバムタイトルから想像されるとおり、“不意打ちが得意な”、ユーモアのセンスのある作曲家メリンの多種多様な顔が楽しめる。“有刺鉄線と His Master's Voice を響きよく融合させた”(?) という《ソノーラ (Sonora)》。《Seven heaven》は、想像を絶する編成による、“地球の隅々から、世界音楽万歳、永遠の至福を求めて。アボリジニー、バルカン半島、ケイジャン・ポップの痕跡と、サッカーファンの喉だけが発することのできる野蛮な雄叫びとともに。消費する魂のための90年代の花の力。作曲家ステーン・メリンの、音楽による爆発”。《存在なき地 (Landet som ike är)》に代表される静かなリリシズムの“まじめな”音楽との落差は、激しすぎるかもしれない。ステーン・メリンの世界の広さを実感させる作品集。ブックレットの裏表紙には、熱線銃で溶かされたLP盤が、シリコン樹脂を使ってマグカップとくっつけられた写真が使われている。このLPは、メリンが“最低の録音”と断罪した、カラヤン指揮のモーツァルトのレクイエムとのこと。

Phono Suesia (Musica Sveciae Modern Classics) PSCD707:1 スウェーデンのロマンス (歌曲) 第1
クヌート・ホーカンソン (1887-1929)
 5つの歌曲 作品1 − 塀にもたれて (Lutad mot gärdet)
  美しい五月になると (När den sköna maj)
 3つの歌曲 作品29B − 可愛い子に (Till ett skönt barn)
 2つのカールフェルトの歌 作品40 − シャトーワイン (Slottstappning)
ユーセフ・ヨンソン (1887-1969)
 3つの歌曲 作品26 (1924) − エゾノウワミズザクラの下で (Under häggarna)
  銀の飾りのように (Som ett silversmycke)
 光の祭典 ("Det stundar...") 作品20-3

ユーセフ・エーリクソン (1872-1957)
 「音楽」とヴィルヘルム・エーケルンドのその他の詩 作品56 (1942) − 音楽 (Musik)
 歌曲集 作品44 (1926) − 明るい夜の澄んだ鳥のさえずり (Den ljusa nattens ljusa fågeldrillar)
  恋するひとびと (Förälskat folk)
 ペール・ラーゲルクヴィストの4つの詩 (Fyra dikter av Per Lagerkvist) 作品42
  空にひろがる雲のなんとなつかしい (Så gamla äro alla moln)
  丘の上に古い町がある (På berget ligger en gammal stad)
  わたしの求める真の歓びはいずこに (Var är den djupa glädje som jag sköker)
  知っている、おぼろげに感じることのかなたに (Jag vet att borom det jag dunkelt anar)
ハラルド・フリュクレーヴ (1882-1919)
 歌曲集 第2(1910/11)
  もう尋ねないことにした (Se'n har jga ej fråget mera) ずっとわたしは (Jag har vani...)
  木々は夢を見ながら立っている (I drömmar träden stå)
ヨースタ・ニューストレム (1890-1966)
 ペール・ラーゲルクヴィストの詩集「苦悩 (Ångest)」の8つの詩 (1923-28)
  この世にあるのは君だけ (Det finns ingenting i världen mer än du)
  君にたとえられるものはない (Ingenting är som du, som du)
  わたしの苦悩は寂しい森 (Min ångset är en risig skog)
  愛はなにもない (Kärleken är intet)
  君の唇は雨上がりの森のよう (Dina läppar äro som skoggar efter regn)
  君の目はうつろ (Dina ögon äro så bara)
  わたしのために小道を (För mig på stigar)
  星の下で (Under stjärnorna)

アルゴット・ハクヴィニウス (1886-1966) 岩礁の草 (Gräset på skäret)
 月明かり (Månljuset) 群島の島 (Skjærgaardsø)
 グスタフ・フレーディングの「エーリク王の歌」から (Ur "Kung Eriks visor" af Gustaf Fröding)
  ヴェーラム・ヴェーラムソンとの楽しい日々の歌
   (En visa "Om när jag var lusting med Welam Welamsson")
  わたしと馬鹿なヘラクレスの歌 (En visa "Om mig och narren Herkules")
  踊りを踊ったあとのカーリンのための歌 (En visa "till Karin när hon hade dansat")
  牢獄からカーリンに歌う歌 (En visa "till Karin ur fängelset")
  エーリク王の最後の歌 (Kung Eriks sista visa)
  カーリン・インゲベック (ソプラノ) ガブリエル・スオヴァネン (バリトン)
  ハンス=エーリク・グークソユル (ピアノ)

Phono Suesia (Musica Sveciae Modern Classics) PSCD707:2 スウェーデンのロマンス (歌曲) 第2
シーグルド・フォン・コック (1879-1919)
 昔のスウェーデンの歌 (Gammalsvenska wijsor) (1919)
  − 嘆きは狂気の沙汰かもしれない (Skulle iagh sörja, då wore iagh)
   なんじ心の慰めと百合 (Du hjätans tröst och lilia)
   嵐の中、大きな危難にさらされた船乗りのように (Som een siöman utih stoor fhaar)
   希望の歌 (Önske-wijsa)
グスタヴ・ヌードクヴィスト (1886-1949)
 3つのブー・ベリマンの詩 (1937)  愛はばらの花園 (Kärleken är en rosenlund)
  あなたの声が聞こえた (Jag hörde din röst) この世の願い (Jordens önskan)
 「抒情詩」の3つの歌 (Tre sånger ur Lyrik) (1917)
  メロディ (Melodi) 運命の歌 (Ödesvisan) 祈り (Bön)
 嵐の中の松明 (Facklor i stormen) (1936) − あなたの手にもたれて (Över dina händer lutad)
インゲマル・リリエフォシュ (1906-1981) 
 ヤルマル・グッルベリの詩による3つの歌 (Tre sånger till text av H. Gullberg)
  鏡の歌 (Spegelsång) 問いと答え (Fråga och svar) 日の出 (Soluppgång) 
  月の出を待つ (Jag väntar månen)
  望むなら僕と手を重ねても (Lägg din hand i min)

◇ステーンハンマルがリンドブラード Adolf Fredrik Lindblad (1801-1878) の《ある夏の日 (En sommardag)》をカンタータ《歌 (Sången)》に引用したことにもうかがえるとおり、スウェーデンには歌曲の豊かな伝統があります。その伝統を引き継いだ20世紀の作曲家たち。名のある人も無名の人も、心のうちを語る詩人の詩に共感を寄せ、それが美しい作品として実を結びました。カーリン・インゲック Karin Ingebäck (1967-)、ガブリエル・スオヴァネン Gabriel Suovanen (1974-)、マレーナ・エルンマン Malena Ernman (1970-)、ウッレ・ペーション Olle Persson (1958-)スウェーデンの4人の歌手は美しい声で慈しむように歌っています。スウェーデン語の原詩と英訳がブックレットに掲載されています。

 

新譜情報 − Jazz

Caprice CAP21654 イェルケル・リンドストレム − テビの四月 (April in Täby)
 Tango Cantabile (タンゴ・カンタービレ) Storbandtrubbel (ビッグバンド・トルッベル)
 Humble Embracement (そっと抱きしめて) Alfred (アルフレード) Mylla (腐植土)
 Blå Boulevanrd (青の大通り)
 Aska (もえかす) Glöd (燃える情熱) Eld (火)
  イェルケル・リンドストレム (サクソフォーン、指揮) ラジオ・ジャズグループ・ヌヴォー
  リグモル・グスタフソン (ヴォーカル) リンダ・ペッテション (ヴォーカル)

◇1960年代の終わりにスウェーデン放送が作ったビッグバンド、“ラジオ・ジャズグループ Radio Jazz Group”には内外のジャズ・ミュージシャン − ニルス・リンドベリ Nils Lindberg、イェオリ・リデル Georg Riedel、ヤン・ユーハンソン Jan Johansson、ベンクト・ハルベリ Bengt Hallberg、マッツ・グスタフソン Mats Gustafsson らスウェーデンの奏者に、ジョージ・ラッセル George Russell、ギル・エヴァンズ Gil Evans、アンソニー・ブラクストン Anthony Braxton、デンマークのパレ・ミケルボー Palle Mikkelborg ら − が数多く参加し、スウェーデン・ジャズの発展に大きく貢献した。“ラジオ・ジャズグループ・ヌヴォー Radio Jazz Group Nouveau”は、その伝統をひきつぎ、21世紀のダイナミックなジャズ・オーケストラとして新たな出発をするグループとして結成された。このアルバムには、サクソフォーン奏者のイェルケル・リンドストレム Jerker Lindström が作曲、編曲した作品が収録され、最近では珍しいビッグバンド・ジャズを楽しませてくれる。リグモー・グスタフソン Rigmor Gustafsson とリンダ・ペッテション Linda Pettersson のふたりの女性ヴォーカルが魅力をつけくわえる素敵なアルバム。

 

新譜情報 − Blues, Folk, Pop & World Music

Danica (Denmark) DCD8215 プリ・ヴェ、キャバレー・ライヴからレヴィ・レヴィまで − シモン・ローセンバウム
 キャバレー・ライヴ プリ・ヴェ クロウネン ファルト・ポ セレナード 他
  シモン・ローセンバウム(ピアノ、ヴォーカル)

◇ミュージカル系統の音楽を得意とする、デンマークのベテラン、シモン・ローセンバウム Simon Rosenbaum の弾き語り自作自演集。女性歌手がゲスト参加。

Sjelvar (Swden) SJECD13 スウェーデンのフィドル − スヴァンテ・ペッテション
 グロッダ・モルス・ポルスカ ゴトランドの夏の夜 他
  スヴァンテ・ペッテション(フィドル)

◇スウェーデンの保養地として名高いバルト海の島ゴトランドのスペルマン (フィドル奏者) スヴァンテ・ペッテション Svante Petterson (1911-1994) の独奏曲集。全部34曲のうち30曲はスペルマンの伝統的レパートリー。

Turn Left EUCD15 サウンドオフ − ベルグムン・ヴォール・スカスリン
 ゴールドカード・ビジネス・ラウンジ/ライティング・レターズ・イン・トランジット エア・インソムニア 他

◇ノルウェーのインストルメンタル・グループ、ベルグムン・ヴォール・スカスリン Bergmund Waal Skaslien が、ヴィオラとサンプリングによる素材を使って作り上げたアヴァンギャルド作品集。


HOME

© Nordic Sound Hiroshima

CD artwork © BIS, STIM (Sweden), Ondine (Finland)