Newsletter No.27   16 January 2001

 

新しい世紀に

 20世紀から21世紀へ。世界は新しい世紀に突入するこの新年を静かに迎えた、とメディアは伝えています。新しいミレニアムに入った去年ほどのにぎやかさがなかったのは、100年に一度の新しい世紀の到来も、1000年に一度の出来事にくらべれば騒ぐほどのことでもないということでしょうか。

 話はちょっと変わりますが、音楽ファンというのは新しい年の最初に聴く曲をとても大切に考えています。特に クラシカル音楽を聴く人たちに、そのこだわりが強いようですね。年頭の決意というほどおおげさではなく、朝のシャワーと同じ程度のことだとしても、選ぶ曲を間違えると新しい一年をはじめそこなったような気分になることもなくはないでしょう。個人的なことを言うと、新千年紀最初の去年はシベリウスの第7番の交響曲を聴きました。わたしにとっては、“孤島へもっていく” 交響曲です。でも今年は現役の作曲家の作品を選びました。パーヴォ・ヘイニネンの 《夏の音楽》。

 「どうしてシベリウスじゃなかったわけ?」

 ヘイニネンを聴いたことを話したら、友人のひとりから言われてしまいました。

 シベリウスの第5番のオープニングあたりは、たしかに新世紀の幕開けにふさわしい音楽でしょう。でも21世紀の初めは、どうしても同時代の音楽にしたいと思いました。大きな問題を抱えたまま新世紀に入ってしまった “20世紀の音楽”。この世紀の変わり目は、クラシカル音楽ファンの立場から言うと、とても大きな意味をもっていたという気がします。21世紀になって、もう一度20世紀の音楽を聴きなおしたい。それだけのことですね。

 ヘイニネン Paavo Heininen (b.1938) を選んだのは、このフィンランドの作曲家の音楽が好きだから。それに、20世紀の音楽の最大の課題 −− 新しい音楽と聴衆の間に横たわる広い溝 −− を抱えながら、妥協することなく創作をつづける彼の姿勢には共感します。いまでこそ20世紀フィンランドと北欧を代表する作曲家のひとりといわれていますが、それまでの道は平坦なものばかりではなかったようです。交響曲第1番 (1958) の初演の際のスキャンダル −− 音楽が複雑すぎる、として、初演の指揮者が一部を演奏しただけで残りを放棄したこと −− は、今だに語り伝えられています。新しい音楽を求め、“十二音技法による大規模な作品を書く” というヘイニネンの野心。新たな表現方法を模索する道を選んだ作曲家たちが多かれ少なかれ直面する困難ですね。ロマンティックな装いの音楽が多くの人たちに愛される一方、自分が感じたことを表現する最良の方法が新しかった −− あるいは、新しすぎた −− という理由だけで拒まれる。それまでの時代の人たちも似たような境遇にあったかもしれませんが、20世紀に生まれた作曲家たちには、以前とは違った苦労をしているような気がします。

 ともあれ、《夏の音楽 (Musique d'été)(Finlandia FACD365, 3984-23403-2) を聴いたのは正解でした。この曲についてフィンランドの音楽学者ラウリ・オトンコスキ Lauri Otonkoski は、「新古典的な作風の交響曲第2番と表裏一体の、厳格な音列技法による作品」と言っています。たしかに、ヘイニネン以前の作曲家たちの影を感じさせる交響曲 −− 1962年の作品 −− に対して、1963年に作曲 (1967年に改訂) された 《夏の音楽》 は新しい音楽です。しかし、7人の奏者 −− フルート、クラリネット (一部サクソフォーンに交替)、ヴァイオリン、チェロ、ハープシコード、ヴィブラフォーン、打楽器 −− が織りあげる透明な抒情の世界は、むしろ交響曲よりもずっと “わかりやすい” 音楽に聞こえます。リズムと旋律があいまいでなく、曲の構成もひじょうにつかみやすい。なんといっても、それぞれの楽器の音色の色彩がとても強い印象を残します。最初の時から好きになった音楽ですが、久しぶりに聴いて、こんなに “ロマンティックな” 音楽だったかなと、時間の経過が作品の印象を変えることに驚かされます。その後20世紀の語法による音楽をいろいろと聴いたおかげで、“新しい音楽” もすっかり “ぼくらの時代” の音楽になってしまったと考えればいいのでしょうね。

 それにしても、20世紀の音楽はこれからどうなるのでしょうか。さっき言った溝は、ベルクのピアノソナタやバルトークの弦楽四重奏曲のように、時間が経つにつれ埋まっていくものなのでしょうか。大衆的な人気という面から考えれば、すっかり溝がなくなってしまったということでもありませんが、ベルクの曲もバルトークの曲も間違いなく “古典” になりました。でも、1960年代以降の音楽は、ベルクやバルトークの音楽よりも更に複雑な技法で書かれていることが多く、そのことがわかっただけで聴衆の間に拒否反応を生みかねません。20世紀の音楽と一緒に育った世代にとって、この現実はとてもさびしいことです。  今後は、ポストモダンの音楽がどうなるか、あるいは、作曲家と聴き手の間に存在する演奏家という無視できない存在も20世紀の音楽の問題を更に複雑なものにするかもしれません。それだけに、21世紀になった今、もう一度20世紀の音楽をあらためて聴きつづけるのは、わくわくするほど楽しいことでもあります。

 ヘイニネンの音楽で新しい世紀を迎えた後、そんなことを考えながらも安心して眠ることができたのは言うまでもないでしょう。

 ひと眠りした後は、セーヴェルーの第8番の交響曲を聴きました。前の3つの交響曲 −− 第5番《クワジ・ウナ・ファンタジア (幻想曲風)》 (1941)、第6番《シンフォニア・ドロローザ (悲しみの交響曲)》(1942)、第7番《詩篇》(1945) のいわゆる “戦争交響曲”−− のインパクトが強すぎて、どうしてもかすみがちなこの曲。去年リリースされた、オーレ・クリスチャン・ルード Ole Kristian Ruud (b.1958) がスタヴァンゲル交響楽団を指揮した録音 (BIS CD972) であらためて聴くと、なかなかどうして面白い作品です。

 ハーラル・セーヴェルー Harald Sæverud (1897-1992) は、個性的ではあっても急進的ではない作風が幸いしたおかげが、存命中から一般的な人気がありました。グリーグとならんでもっとも “ノルウェー的な” 作曲家としてノルウェー国民の尊敬を集め、1992年に没した際、ノルウェー王国の国葬がとりおこなわれたのは有名な話です。交響曲第8番は、ミネソタ州政府の委嘱により作曲されため、《ミネソタ (Minnesota)》の副題がつけられています。1858年にアメリカ合衆国の32番目の州になったミネソタは、フランス移民の入植から開拓が始まりましたが、その後はドイツからの移民が多数を占めるようになります。しかし、州議会の資料によると、ミネソタは、電話帳に一番多い名前がドイツ系の “スミス (Smith)” でない唯一の州とのこと。もっともありふれた名前は “ピーターソン (Peterson)”。言わずと知れたスカンディナヴィア系の苗字です。こうした背景もあって、1958年に100周年を祝うことになるミネソタ州政府は、それを記念する交響的な音楽の作曲を北欧の作曲家に委嘱することを企画。そして選ばれたのがセーヴェルーです。

 ちょっと横道にそれて……。アメリカの州は、自分たちの州が “誇るもの” をスローガンとして車のライセンスプレートに掲げています。ミネソタ州の誇りは “Land of 10000 Lakes (1万の湖の地)” (実際には、10エーカー (約4ヘクタール) 以上の面積があるものだけを数えても、1万5千以上の湖があるということです)。名前をもった湖が6万というフィンランドには及びませんが、それでも多い。また、ミネソタ州は、カナダと国境を接する、アメリカでもっとも北にある州のひとつです (口の悪いアメリカ人は、「あんな寒いところにも人が住める」などと言います)。そして、“曇った” あるいは “空の色をした水” を意味する先住民ダコタ・インディアンの単語が州の名前になっていることからも想像されるとおり、美しい自然は州の誇りです。そんなことからミネソタ州が北欧に親近感を抱いているとしても不思議はありません。

 「わたしの全生涯は、この作品を書くための準備だった」と、セーヴェルーがアメリカの報道陣に語ったのは、どこまでが本音かわかりません。でも、「ミネソタの地図を机の上に掲げ、ミネソタの歴史に考えや感情を集中させながら作曲に打ち込んだ」というのは、確かでしょう。第1楽章《むかしむかし (Once upon a Time)》、第2楽章《希望とあこがれ (Hope and Longing)》、第3楽章《楽しい一日 (Gay Day)》、第4楽章《人間と機械 (Man and the Machine)》。それぞれの楽章で、イメージされたミネソタの歴史のページが作曲者の思い入れとともに描かれます。そして未来へむけての明るい展望とともに閉じられる全曲。セーヴェルーは、戦争中のつらい思いを経験しながらも人間に対する愛情を抱きつづけたに違いありません。“戦争交響曲”の時代から新しい時代へ。作曲者の心の動きが感じられるような気がします。

 この曲でもうひとつ面白いのは、20世紀の中ごろに活躍したアメリカの作曲家 −− ロイ・ハリスやヴァージル・トムソンら −− の音楽の響きも聞こえてくることです。意図されたことなのか、作曲者のうちにある “アメリカ” がさせたことなのかはさておいて、“アメリカの香り” は違和感なくセーヴェルーの音楽と溶け合っています。セーヴェルーの音楽の許容性が高まった結果だと考えると、“この作品を書くための準備” というのもあながち外交辞令だけとも言えないということでしょう。

 セーヴェルーのあと、実を言うと、もう1曲ほどヘイニネンの作品を聴きました。ヴァイオリンソナタ。これも、また大好きな曲です。オープニングから、それはもう美しい!

 ヘイニネンとセーヴェルー。急進的と伝統的、現役の大家とすでに歴史になった大家、という違いこそあっても、アカデミズムに埋もれた音楽ではないという点では共通していると思います。音楽と聴衆との間に溝があったとしても、少しずつ埋まっていくのではないでしょうか。問題は、彼らの音楽が“ライヴで広く”聴かれるかどうか、ということにかかっているような気もしますが。

 今世紀、新たに書かれる音楽に期待するとともに、20世紀の音楽をじっくりと聴き直すことになりそうです。

参考ディスク

Finlandia 3984-23403-2 ミート・ザ・コンポーザー パーヴォ・ヘイニネン (1938-)
 アリオーゾ 作品16 (1967) 交響曲第2番 作品9 《喜びの小交響曲》 (1962)
  ヘルシンキ・フィルハーモニック管弦楽団 ウルフ・セーデルブルム (指揮)
 ピアノ協奏曲第2番 作品15 (1966)
  イルモ・ランタ (ピアノ) ヘルシンキ・フィルハーモニック管弦楽団 ウルフ・セーデルブルム (指揮)
 セレナード 作品31-1 (1974)
  アンシ・カルットゥネン (チェロ) トゥイヤ・ハッキラ (ピアノ)
 夏の音楽 作品11 (1963/67)
  アヴァンティ!室内管弦楽団 ユッカ=ペッカ・サラステ (指揮)
 ピアノソナタ 作品32a プレリュード=エチュード=ポエム 作品32b
  ヨウコ・ライヴオリ (ピアノ)

BIS CD972 ハーラル・セーヴェルー (1897-1992) チェロ協奏曲 作品7 (1930-31)
 交響曲第8番 作品40 《ミネソタ (Minnesota)

  トルルス・モルク (チェロ) スタヴァンゲル交響楽団 オーレ・クリスチャン・ルード (指揮)

Ondine ODE726-2
エイナル・エングルンド (1916-1999) ヴァイオリンソナタ (1979)
パーヴォ・ヘイニネン (1938-) ヴァイオリンソナタ (1938)
  カイヤ・サーリケットゥ (ヴァイオリン) マリタ・ヴィータサロ (ピアノ)


NOMUS2001

 NOMUS (北欧音楽委員会) の雑誌 "Nordic Sounds" の最新号 (No.4/2000) によると、2001年NOMUS賞の受賞者にデンマークのパレ・ミケルボー Palle Mikkelborg (1941-) が選ばれました。

 作曲家と演奏家が隔年で賞を受ける NOMUS 賞。2001年は演奏家の番です。ロックのオーレ・クリスチャンセン Ole Kristiansen (グリーンランド)、ポップスとジャズのピアニスト、マウヌス・ヨハネセン Magnus Johannesen (フェロー諸島)、ジャズピアニストのヴラディーミル・シャフラノフ Vladimir Shafranov (オーランド)、ジャズピアニストとしてスタン・ゲッツやゲーリー・バートンらとも共演したことのあるブーブー・ステーンソン (ボボ・ステンソン) Bobo Stenson (スウェーデン)、元アバのベニー・アンデション Benny Andersson (スウェーデン)、歌手、ソングライターのシーセル・エンドレーセン Sidsel Endresen (ノルウェー)、ブラズ・ブラザーズ Brazz Brothers (ノルウェー) という名のブラスバンド、パーカッション奏者マリリン・メザー Marilyn Mazur (デンマーク)、ベース奏者スクーリ・スヴェリソン Skúli Sverrison (アイスランド)、サクソフォーン奏者シーグルズル・フローサソン Sigurður Flosason (アイスランド)、ギター奏者ラオウル (ラウール)・ビョルケンヘイム Raoul Björkenheim (フィンランド)、クルーセルの協奏曲を録音したばかりのクラリネット奏者カリ・クリーク Kari Kriikku (フィンランド)、そしてミケルボー。即興的な音楽の分野でめざましい活動をする人たちが、今回の候補者でした。

 パレ・ミケルボーはジャズのトランペット奏者として出発し、その後作曲家としての活動も開始。現在はデンマーク作曲家協会員でもあります。ミケルボー自身が語るところでは、トランペット演奏も作曲もすべて独学で習得したとのこと。角のチョコレート・ショップ −− 遊び友だちの家 −− に置かれていたトランペット、そして友だちの父親の助言を受けた両親が息子に買い与えた一本のトランペットがすべての始まりとは、よくある話です。近所の仲間を集めてバンドを結成。バンドのために作曲も始める。これも似たような話には事欠きません。ミケルボーの話は、ほんとうに、どこにでもあるミュージシャンのサクセス・ストーリーです。ところが、協会の会員に迎え入れられるまでの作曲家となると、事情はすこし違ってきます。実際ミケルボーも、最初に加入を希望した時には、作品が “娯楽性が強すぎる” という理由で断られています。このことについてミケルボーは、「時代が変わったのか、わたしが変わったのか。それは、何とも言えない。今は、ただ喜んでいられるということ」 と述懐しています。

 ミケルボーの曲は、ジャズ畑出身の作曲者の音楽にしばしば見受けられる “フュージョン” 的な作品とは違うといわれます。アッシジの聖フランチェスコ、ウィリアム・ブレイク、リルケらの詩をテクストに、合唱と2台のハープのために書かれた《真夜中に (A Noone of Night)(dacapo 8.224144) について Nordic Sounds 誌のジョン・ウォーナビー John Warnaby は、“伝統的なアプローチ” と “調性のある和声” による音楽の力を高く評価しています。不思議な雰囲気と存在感のある作品。たしかに、一般的にいわれるフュージョンとは相当に色彩の違う音楽です。

 1997年のヴィルヘルム・ハンセン作曲家賞と1999年のカール・ニルセン、アネ・マリ・ニルセン奨学金につづく今回の選出。作曲家としての活動だけでなく、“トランペット奏者” ミケルボーの評価が定着したのは、デンマーク音楽にとっても嬉しいことに違いありません。

 過去の受賞作と受賞者の一覧が記事と一緒に掲載されているので、ご紹介します。北欧音楽を代表する作品や演奏者が並んでいるのはさすがですね。

1965年 カール=ビリエル・ブルムダール Karl-Birger Blomdahl (1916-1968)
 オペラ《アニアーラ (Aniara)(Caprice CAP22016)
1968年 ヨーナス・コッコネン Joonas Kokkonen (1921-1996)
 交響曲第3番 (BIS CD508, Finlandia 4509-99965-2)
1970年 ラーシュ・ユーハン・ヴェルレ Lars Johan Werle (1926-)
 オペラ《テレーズの夢 (Drömmen om Thérèse)
1972年 アーネ・ヌールハイム Arne Nordheim (1931-)
 エコ (Eco) (ソプラノ、合唱と管弦楽のための) (Aurora ACD5070)
1974年 ペーア・ネアゴー Per Nørgård (1932-)
 オペラ《ギルガメシュ (Gilgamesh)(dacapo DCCD9001)
1976年 アトリ・ヘイミル・スヴェインソン Atli Heimir Sveinsson (1938-)
 フルート協奏曲 (ITM ITM7-06)
1978年 アウリス・サッリネン Aulis Sallinen (1935-)
 オペラ《騎馬兵卒 (Ratsumies)(Finlandia 1576-51101-2)
1980年 ペレ・グズモンセン=ホルムグレン Pelle Gudmundsen-Holmgreen (1932-)
 シンフォニー・アンティフォニー (Sinfoni/Antifoni) (dacapo DCCD9010)
1982年 オーケ・ヘルマンソン Åke Hermansson (1923-1996)
 ユートピア (Utopia) (管弦楽のための)
1984年 スヴェン=ダーヴィド・サンドストレム Sven-David Sandström (1942-)
 レクイエム (Caprice CAP22027)
1986年 ハブリジ・ハトルグリームソン Halfliði Hallgrímsson (1941-)
 独奏ヴァイオリンと弦楽合奏のためのポエミ (Poemi) (ITM ITM6-02)
1988年 マグヌス・リンドベリ Magnus Lindberg (1958-)
 クラフト (Kraft) (管弦楽とエレクトロニクスのための) (Finlandia 0630-19756-2)
1990年 オラヴ・アントン・トメセン Olav Anton Thommessen (1946-)
 プリズムを通して (Gjennom Prisme) (チェロ、オルガンと管弦楽のための) (Caprice CAP21403)
1991年 ニルス=ヘニング・エアステズ・ペーザセン Niels-Henning Ørsted Pedersen
 (ジャズベース奏者)
1992年 アンデシュ・エリーアソン Anders Eliasson (1947-)
 交響曲第1番 (Caprice CAP21381)
1
993年 オストロボスニア室内管弦楽団 (記念アルバム Caprice CAP21443)
1994年 エーリク・ベリマン Erik Bergman (1911-)
 オペラ《 歌う樹 (Det sjungande trädet)(Ondine ODE794-2D)
1995年 エーリク・エーリクソン Eric Ericson (指揮者)
1996年 ベント・セーアンセン Bent Sørensen (1958-)
 ヴァイオリン協奏曲《朽ちゆく庭園 (Sterbende Gärten)(dacapo 8.224039)
1997年 ビョルク Björk (Guðmundsdóttir) (歌手、ソングライター)
1998年 ロルフ・ヴァリーン Rolf Wallin (1957-)
 クラリネット協奏曲 (Aurora ACD5002, ACD5011)
1999年 ライフ・セーゲルスタム Leif Segerstam (指揮者)
2000年 カイヤ・サーリアホ Kaija Saariaho (1952-)
 ロン (Lonh) (彼方から) (ソプラノとエレクトロニクスのための) (Ondine ODE906-2)

 

リリースおくれのディスクについて

 シベリウス自作自演の《アンダンテ・フェスティーヴォ》のCD化についてお知らせしてから、かなりの時間が経ちました。当初は1999年内のリリースが予定されていましたが、いまだに実現していません。リリース計画はもちろん生きていますが、組み合わせの交響曲の録音をどうするかとうことで手間取っています。昨年末に Ondine に問い合わせた時にも、リリースの時期は未定ということでした。決定しだいお知らせしますので、もうしばらくお待ちください。

 エミール・ハートマン Emil Hartmann の交響曲全集 (Danacord) もリリースが遅れています。デンマーク王立図書館に保存されている楽譜に誤りが多すぎたことが原因です。パート譜の準備だけで去年の夏の大半を費やし、とても録音どころではなかったとのこと。現在、1カ月に1曲のペースで録音が進んでおり、順調にいけば今年の6月ごろまでには全7曲の音源が完成する予定です。オーケストラは、ベンディクスの全集 (Danacord DACOCD436/437) を録音したロシアのオムスク・フィルハーモニック管弦楽団。指揮者も同じエフゲニー・シェスターコフです。

 

新譜情報

Caprice CAP21596 ヘレーン・ヤーレン、オーボエ協奏曲集
ヨハン・クリスチャン・バッハ (1735-1782) オーボエ協奏曲 ヘ長調 T290/10
 オーボエ協奏曲 ヘ長調 T287/7
ジュゼッペ・フェルレンディス (1755-1802) オーボエ協奏曲 ヘ長調
WA・モーツァルト (1756-1791) オーボエ協奏曲 ハ長調 K314/271k
  ヘレーン・ヤーレン (オーボエ) ムシカ・ヴィテ ペーテル・チャバ (指揮)

◇スウェーデン生まれのヘレーン・ヤーレン Helén Jahren は、ハインツ・ホリガーのもとでオーボエを学んだ後、ソロイストとして活躍中。サロネン、オラモ、シェーンヴァント、ネーメ・ヤルヴィらと共演。ヨーロッパ各地でリサイタルも開催しました。ベリマン、スヴェン=ダーヴィド・サンドストレム、ノルドグレン、セーアンセン、トメセンら、現代北欧を代表する作曲家たちが彼女のために作品を書いています。1994年のクルーセル週間 (フィンランド) では、カイパイネン Jouni Kaipainen (1956-) のオーボエ協奏曲を初演。同曲を Ondine に録音しました (ODE855-2)。ムシカ・ヴィテとの共演には、ルーマンの《オーボエと弦楽のための合奏協奏曲 変ロ長調》(BIS CD460) とラーションのオーボエ小協奏曲 (BIS CD473/474) の録音があります。現在はデンマーク、オーゼンセのカール・ニルセン音楽アカデミーの教授を務めています。

 オーストリア古典主義の協奏曲を集めたこのディスク。一番の魅力は、透明感のある丸い音色のオーボエと躍動感のある音楽でしょう。ヤーレン自身が書いたモーツァルトの第2楽章カデンツァでは、オーボエの響きが美しい余韻を残します。明瞭な音質の録音は、チェル・セーデルクヴィスト Kjell Söderqvist がプロデュースしました。

 ムシカ・ヴィテ Musica Vitae は、南スウェーデンのヴェクシェに本拠を置く室内アンサンブル。古典から現代作品まで幅広い様式の作品をこなす団体です。ペトリ・サカリ Petri Sakari の指揮で行ったロンドン・コンサートをライヴ録音したディスク (Chamber Sound CSCD9102) (カール・ニルセンの小組曲やシベリウスの《アンダンテ・フェスティーヴォ》などを収録) が代表的録音。このグループの芸術監督を務めたことのある、ハンガリー出身のペーテル・チャバ Peter Csaba は、ヴィルトゥオージ・ディ・クフモを指揮したシベリウスの弦楽オーケストラ作品集 (Ondine ODE830-2) でも、緻密で、きびきびした演奏を聴かせていました。

 ジュゼッペ・フェルレンディス Giuseppe Ferlendis (1755-1802) は、ザルツブルクのオーケストラで活躍したオーボエ奏者。モーツァルトのオーボエ協奏曲は、彼のために書かれた作品。作曲者としての作品は、このディスクのヘ長調と、ハ長調の2曲のオーボエ協奏曲だけが知られています。

Caprice CAP21643 セルゲイ・ラフマニノフ (1873-1943) チェロとピアノのための作品集
 2つの小品 作品2 チェロソナタ ト短調 作品19 6つの歌 作品8 − 夢
 歌曲集 作品4 − こんなにも多くの時間、こんなにも多くの夢
 14の歌曲 作品34 - ヴォカリーズ
  ペトヤ・スヴェンソン (チェロ) ベンクト=オーケ・ルンディン (ピアノ)

◇スカンディナヴィア・チェロ (Caprice CAP21590) で、グリーグ、シェーグレン、コッコネンのチェロソナタとリードホルムの《ラウディによる幻想曲 (Fantasi sopra Laudi)》で作品に対する共感にみちた演奏を聴かせたスヴェンソン Petja Svensson (1972-) とルンディン Bengt-Åke Lundin (b.1963) のコンビによる第2作。チェロとピアノのためのオリジナル作品と、歌曲を編曲した作品が演奏されています。スヴェンソン自身、ラフマニノフの音楽のもつロマンティックな雰囲気と情熱が好きだとか。とかく朗々と歌いすぎたり粘ったりして品を落とすことの多いチェロという楽器。ことさら “しみじみと” 弾き語りたがる奏者もいますが、最近になって、センスのいい演奏をするチェリストが目につくようになってきました。数人を例に挙げるなら、アルト・ノラス、トルルス・モルク、ヤン=エーリク・グスタフソン。それぞれにタイプは違いながら、美しいチェロを聞かせてくれます。このスヴェンソンも、節度のあるヴィブラートの使い方と柔らかく深みのある響きが魅力。必要とあれば劇的な激しさを表現し、音楽をじっくりと練り上げていることがわかります。

 スヴェンソンは、ストックホルムのエズベリ音楽学校でフランス・ヘルメション Frans Helmerson とトゥールレイフ・テデーエン Torleif Thedéen に学んだ後、ブダペストのリスト音楽アカデミーとロンドンのギルドホール音楽演劇スクール (ラファエル・ウォルフィッシュのクラス) に留学。その後、数年にわたり、ウィリアム・プリースのもとで研究をつづけました。自分の流儀を押しつけないプリースの教え方が及ぼした影響は大きい、とスヴェンソンは語ります。現在はソロイスト、室内楽奏者として活躍中。2001年には、ルンディンと一緒のツアーも予定されています。

dacapo 8.224163 ニルス・ロシング=スコウ (1954-)
 孤島 (Archipel des solitudes) (1995) (メッツォソプラノ、合唱と管弦楽のための)
 ウィンドシェイプス (Windshapes) (1992) (管弦楽のための3つの絵画)
  ハネ・フィッシャー (メッツォソプラノ) デンマーク国立放送交響楽団・合唱団 レイフ・セーゲルスタム (指揮)

◇デンマークの作曲家ロシング=スコウ Niels Rosing-Schow の音楽は、知的で禁欲的な性格と、活気にみちた即興的な要素への衝動との間に位置するとされる。1984年からイブ・ネアホルム Ib Nørholm (b.1931) のもとで作曲法を学ぶようになるが、それ以前も作品を発表しており、知名度は高かった。1986年からは奨学金を得て、フランスに留学。トリスタン・ミュライユやクセナキスらの影響を受けた。《孤島 (Archipel des Solitudes)》は代表作のひとつで、1995年のデンマーク放送局コンサートホール50周年記念の祝典のために委嘱され、メッツォソプラノ独唱をともなう大合唱と大管弦楽のために書かれた大がかりな作品。多彩な音色を駆使した和声の音楽は、北欧音楽の新しい方向性のひとつを示すものと評価されている。

Danacord DACOCD542 ルイ・グラス (1864-1936) 交響曲全集 第2
 交響曲第3番 ニ長調 作品30 《森の交響曲 (Skovsymfonien)(1900-01)
 交響曲第6番 作品60 《スキョル王の子孫 (Skjoldungeæt)(1924)
  プロヴディフ・フィルハーモニック管弦楽団 ナイデン・トドロフ (指揮)

Danacord のルイ・グラス Louis Glass 交響曲全集の第2作。第3番の交響曲は、イギリス人ライターのロナルド・アドレムにグラスのことを “HC・エアステズ公園のブルックナー” と呼ばせた、いわくつきの作品。デンマーク後期ロマン派の作曲家グラス −− 現代アメリカのミニマリスト、“フィリップ”・グラスと混同され、あらぬ誤解をこうむることがある −− の6曲の交響曲の中でもっとも“デンマーク的”な響きをもつ音楽とされる。牧歌的な気分が人気を集め、デンマークの交響曲としては、20世紀初頭、もっとも演奏される機会の多かった作品のひとつ −− トゥール・アウリン Tor Aulin (1866-1914) の指揮によりストックホルムで演奏された記録がある。録音は今回が初めて。

 交響曲第6番の副題《スキョル王の子孫 (Skjoldungeæt)》の “スキョル” は、古代デンマークの英雄。グラスは、この交響曲のモットーとしてインゲマンの詩 「ヴァルデマー大王と部下たち」 の2節を選んだ −−『墓よりよみがえれ、死んだ世代よ』 と 『われらを忘却の審判から救ってくれ』。音楽の面では、「JPE・ハートマン −− そして、ある点ではハイセ、ゲーゼ、ランゲ=ミュラー −− の作品の中の北欧的とされたスタイルをさらに展開させた」 と、グラス自身がプログラムに記した。“フィルムスコア (映画音楽) 的なカッコよさ” をもった直截的な音楽。トドロフ指揮のプロヴディフ・フィルハーモニック管弦楽団による録音は、南アフリカ国営放送協会交響楽団 (ピーター・マーチバンク指揮) (Marco Polo 8.223486) につぐもの。

Finlandia 3984-29713-2 アリエ・アモレーゼ(愛のアリア)
G・F・ヘンデル (1685-1759) オペラ《セルセ(クセルクセス)》− なつかしい木陰よ
 オペラ《アルチーナ》− イルカニアの洞窟に 緑の牧場よ
 オペラ《ジューリオ・チェーザレ(ユリウス・カエサル)》− 静かに隠れて
 オペラ《アリオダンテ》− 暗く不吉な夜が過ぎる
 オペラ《ヘラクレス》− どこへ逃げればいいのかしら
ヘンリー・パーセル (c.1659-1695) オペラ《ディドとアイネイアス》− 私が土の中に横たわるとき
クリストフ・ヴィリバルト・グルック (1714-1787)
 オペラ《オルフェオとエウリディーチェ》− なんと澄んだ青空 エウリディーチェを失って
 オペラ《パリーデとエレーナ(パリスとヘレネ)》− おおいとしい恋人よ
ジョヴァンニ・バッティスタ・ペルゴレージ (1710-1736) もしも私を愛して、ささやいてくれるなら
ジャン・パウル・エジーデ・マルティーニ (1741-1816) 愛の喜び
アントニオ・カルダーラ (1670-1736) 心なごむ森よ
ジューリオ・カッチーニ (1551-1618) うるわしのアマリッリ
ジョヴァンニ・パイジェッロ (1740-1816) うつろな心
フランチェスコ・デュランテ (1684-1755) 踊れ、踊れ、やさしい乙女よ
  モニカ・グループ (メッツォソプラノ) オストロボスニア室内管弦楽団 ユハ・カンガス (指揮)

◇フィンランドのメッツォソプラノ、モニカ・グループ Monica Groop (b.1958) のバロック期のオペラ・アリアとイタリアの古典歌曲集。歌曲も管弦楽伴奏による演奏。

Finlandia 8763-82185-2 声 − ペーテリス・ヴァスクス (b.1946) 作品集
 カンタービレ (1979)(弦楽オーケストラのための) 交響曲第1番《声》(1991)(弦楽のための)
 カンタータ(フルートとハープシコードのための) 鳥のいる風景(フルートのための)
 ムジカ・アドヴェントゥス
  オストロボスニア室内管弦楽団 ユハ・カンガス(指揮)
  アルギルダス・ヴィジルダ(フルート) アイナ・カルンシエマ(ハープシコード)

Finlandia の既発売ディスクからのコレクション。ヴァスクス Peteris Vasks は現代ラトヴィアを代表する作曲家。徹底した全体主義の抑圧のなかで少年時代をすごした経験が作品に反映し、ヴァスクスの作品からは、さまざまな感情の移ろい −− 悲しみから歓喜へ、絶望から希望へ −− が語りかけてくる。コンサートの聴衆だけでなく、もっと多くの人々に自分の音楽を聞いて欲しい、という作曲家の祈りがこめられた作品群は、国際的にも一層の注目を集めるようになるはず −− 弦楽四重奏曲2曲 (第2番《夏の歌》と第3番) はスウェーデンの Caprice に録音された (CAP21635)

Finlandia 8763-82186-2 …探求のように… − レポ・スメラ (1950-2000) 作品集
 1981年からの小品(ピアノのための) …探求のように…
 弦楽と打楽器のための交響曲 (1998)  ピアノ協奏曲 (1987 rev.1997)
 B.B.B. とその友人のために
  ラウリ・ヴァインマー (ピアノ) ヤーン・オウン (フルート) ヘイキ・マトリク (ギター)
  オストロボスニア室内管弦楽団 ユハ・カンガス (指揮)
  エストニア国立交響楽団 アルヴォ・ヴォルメル (指揮)

◇トゥールとともにエストニアの新しい世代を代表する作曲家と認められていたスメラ Lepo Sumera も、20世紀の最後の年に没してしまった。首都タリンに生まれ、ヘイノ・エッレル Heino Eller とヘイノ・ユーリサル Heino Jürisalu に作曲を学んだ後、エストニア放送局のプロデューサーを務め、ソビエト連邦から離れエストニア共和国として独立する1988年から1992年にかけては、文化省の大臣の地位にあった。ピアノ協奏曲は、5曲の交響曲 (BIS CD660, CD690, CD770) とともに彼の代表作とされる曲。北欧的な透明感と民族音楽の響きが共存する。このディスクの録音は1997年の改訂版による演奏。第2楽章のコーダのオーケストラ部分にかなりの変更が加えられている。オリジナル版の演奏はカレ・ランダルのピアノによる録音 (BIS CD690) で聴くことができる。

Finlandia 8763-82587-2 ウルマス・シサスク (b.1960)
 グローリア・パトリ (1988)(アカペラ混声合唱のための)(抜粋)
  エストニア・プロジェクト室内合唱団 アンネ=リーサ・トレイマン(指揮)

◇ルネ・エースペレ Ren Eespere (b.1953) 門下のエストニアの作曲家シサスク Urmas Sisask の大作 (全24曲、約100分) の宗教曲《グローリア・パトリ (Gloria Patir)》は、さまざまな様式を取り入れて作曲した、彼の代表作とされる作品。グレゴリオ聖歌、ポリフォニー、ルネサンス舞曲、バロックのモノディ、中世のマドリガル……。その全曲録音 (Finlandia 4509-95577-2) から、瞑想的な曲を抜粋したディスク。

Finlandia 8763-84587-2 ウルマス・シサスク (b.1960)
 《星空》組曲 (Tähtitaivas-sarja) 第2番 作品54 《南の空》
  ラウリ・ヴァインマー (ピアノ)

◇シサスクは、アマチュア天文学者としても知られる。生まれ故郷のヤーネダでは、音楽によるプラネタリウムとしてレクチャーコンサートを主催。天文観察にも情熱を傾けているという。新たに録音された組曲は、《星空》組曲 (銀河巡礼) 第1番 (Finlandia 4509-95880-2) につづく作品。

Finlandia 8763-84714-2 セヴン・シーズンズ
アントニオ・ヴィヴァルディ (1678-1741)
 ヴァイオリン協奏曲集《和声と創意への試み》作品8 から 《四季》
ヤーコ・クーシスト (b.1974) 組曲《季節の間に (Between Seasons)》作品7
  レーカ・シルヴァイ (ヴァイオリン) ヘルシンキ・ストリングズ
  チャバ・シルヴァイ (指揮) ゲーザ・シルヴァイ (指揮)

おお、くらべようのない美しい星よ◇フィンランドのヴァイオリニスト、ヤーコ・クーシスト Jaakko Kuusisto −− 現在、ラハティ交響楽団のコンサートマスター −− は作曲家としても活動を始めているが、一般的に録音で彼の音楽を聴くことができるのはこれが初めてのはず。組曲《季節の間に》は、単独で演奏されることもあるものの、もともとはヴィヴァルディの《四季》の各楽章間にはさんで演奏するために書かれた作品。《五月の日》、《風と水》、《初雪》の3曲は、いずれも内省的な音楽だとのこと。独奏のレーカ・シルヴァイ R ka Szilvay はゲーザ・シルヴァイの娘。1999年にウィーンのムジークフェラインで国際デビューし、2001年の今年は、カーネギーホール(ニューヨーク)、コンツェルトハウス(ウィーン)、ウィグモア・ホール(ロンドン)、バーミンガム市交響楽団ホール、アムステルダム・コンセルトヘボウ、シテ・ド・ラ・ミュジーク(パリ)、パレ・デ・ボーザール(ブリュッセル)などでのコンサートが予定されている。  

KMH Förlaget KMH-CD12 素朴 (Naïve) − 現代スウェーデン歌曲集
ユルヴァ・ニューベリ (1967-)
 真実よ、リンゴのように (Som äpplen, sanningar)
  (メッツォソプラノ、ヴァオリン、チェロ、ダブルベース、アコーディオン、打楽器のための)
オーロヴ・オーロフソン (1947-)
 それから、沈黙が (Och efteråt vilar tystnaden) (メッツォソプラノとピアノ五重奏のための)
 The Voice of the Rain (雨の声)
スヴェン=ダーヴィド・サンドストレム (1942-)
 メッツォソプラノとピアノのための情景《さあ、あなたのために飲みましょう (Nu dricker jag dig till)(1981)
アンデシュ・ヒルボリ (1954-) 夕べ (Kvä)
ブー・リンデ (1933-1970)
 10の素朴な歌 (Tio naiva sånger)
  おお、くらべようのない美しい星よ (O makalösa stjärna) 愛の代償 (Kärleskpris)
  おまえの謎を当てよう、坊や (Gissa din gåta, lillebror) ある朝、濃い霧が (En morgon var röken arg)
  子供が足早に (Barnet travar) 幸福 (Sällhet) ぼくにも君にもない (Varken mej eller dej)
  説得 (Övertalning) カルヴェン・ピルッコは天国で踊る (Kalven Pirkko dansar i himmeln)
  天国の景色 (Det himmelska landskapet)
ブルール・サミュエルソン (1919-)
 ヒューゴー・ハミルトンの3つの歌 (Tre Hugo Hamilton-visor)
スヴェン=エーリク・ベック (1919-1994) 子守歌 (Vaggvisa) (1940)
ステーン・メリン (1957-)
 存在なき地 (Landet som icke är) (ソプラノ、ピアノと混声合唱のための) (1982) − 導入部
  マレーナ・エルンマン (メッツォソプラノ) アンナ・リンダル (ヴァイオリン)
 
 マッツ・オーロフソン (チェロ) ホーカン・エレーン (ダブルベース)
  アニータ・アイナス (アコーディオン) マークス・レオソン (打楽器)
  クリカン・ラーション (指揮) リュセル四重奏団
  オーロヴ・オーロフソン (ピアノ) ステファン・ボイステン (ピアノ)

◇スウェーデンのメッツォソプラノ歌手マレーナ・エルンマン Malena Ernman (1970-) は、1998年秋、スヴェン=ダーヴィド・サンドストレム Sven-David Sandström のオペラ《都会 (Staden)》とロッシーニの《セヴィリャの理髪師》でオペラ歌手としてデビュー。スウェーデン・オペラに将来有望な新しいスターが誕生した、と批評家たちが一致して賛辞を呈したといわれます。翌春にはストックホルムとヘルシンキでカルメンを歌い、その後ベルリン、チューリヒ、ブリュッセル、パリと活躍の舞台をひろげていきました。共演した指揮者はバレンボイム、ルネ・ヤーコブス、アーノンクール、シクステン・エールリング Sixten Ehrling、マンフレード・ホーネック。フランスのオルレアン音楽院に2年間の留学経験があり、19996月、ストックホルムの王立音楽大学 (KMH) で独唱者としてのディプロマを取得しています。透明感のある美しい声と無理のない発声は、北欧の歌手に共通するもの。自然な表現力により、現代の歌を面白く聴かせます。

 サンドストレムのメッツォソプラノとピアノのための情景《さあ、あなたのために飲みましょう》は、シェイクスピアの「ロメオとジュリエット」第4幕第3場 (ジュリエットが、ローレンス修道士の作った仮死状態にする秘薬を仰ぐ場面) をテクスト (スウェーデン語訳) とするドラマティックな作品 (約11分)。オーロヴ・オーロフソン Olov Olofsson がピアノを弾いています。夭逝したブー・リンデ Bo Linde の《素朴な10の歌》は、変化に富んだ雰囲気の曲集。ベック Sven-Erik Bäck の《子守歌》は、引き出しの中に眠っていた楽譜をオーロヴ・オーロフソンが発見。エルンマンにより初めて歌われます。心を和ませる素朴で優しいメロディの作品。オーロフソン自身が作曲した2曲も美しい音楽です。

Ondine ODE961-2 エイナル・エングルンド (1916-1999) 管弦楽作品集
 交響曲第4番《郷愁 (Nostalginen)(1976)
 交響曲第5番《フェニカ (Fennica) (フィンランド風)》(1977)
 演奏会組曲《万里の長城 (The Great Walls of China)(1949)
  (マックス・フリッチュの劇のための)
  タンペレ・フィルハーモニック管弦楽団 エリ・クラス (指揮)

◇フィンランドの作曲家エングルンド Einar Englund は、急進的な音楽が流行した1950年代後期に創作を休止し、教職に専念したことがあった。1970年代になって作曲活動を再開。彼の音楽からは、より豊かな情緒が感じられるようになっていた。第4番の交響曲は、弦楽と打楽器のために書かれた、《郷愁》 という副題が似つかわしい抒情的な作品。彼の7曲の交響曲のなかで、もっとも人気が高いとも言える。第5番は1977年のフィンランド独立60周年のためにフィンランド政府から委嘱された作品。荘重で儀式的な音楽は、第7代大統領ユホ・クスティ・パーシキヴィ Juho Kusti Paasikivi (1870-1956) −− ソ連との信頼関係の構築に努め、中立政策を進めたといわれる −− の思い出に捧げられた。マックス・フリッチュの劇《万里の長城》のための音楽は、絶対音楽を好んだエングルンドが書いた数少ない附随音楽のひとつ。演奏会用組曲は8つの曲で構成され、タンゴ、ルンバ、ジャズを様式化した音楽を含むことが特徴的。

Phono Suecia PSCD123 鍵 − パヴォル・シマイ (1930-) 作品集
 木管五重奏とピアノのための六重奏曲《Bridges (橋)》(1992)
  プラハ木管五重奏団 ダニエル・ヴィースネル (ピアノ)
 Scenes (情景) (1995)Facing Death (死と向かいあって) (ホルンと6人の打楽器奏者のための)
  ソーレン・ヘルマンソン (ホルン) クロウマータ
 シシフォス (Sysfos) (1984) (ピアノのための)
  フレードリク・ウッレーン (ピアノ)
 Cartoons (戯画) (1990) (木管五重奏のための)
  プラハ木管五重奏団
 クラリソン (Clarisson) (1980/96) (クラリネットとピアノのための)
  マッティン・フロースト (クラリネット) ペール・テングストランド (ピアノ)
 ヌードロン (Nordron) (1979-97) (シンフォニックバンドのための)
  ヨーテボリ・ミュージック B・トミー・アンデション (指揮)

チェコスロヴァキア (当時) に生まれたパヴォル・シマイ Pavol Simai は、ブラティスラヴァの国立音楽アカデミーでヤン・チッケルに作曲を学んだ後、東ベルリン (当時) のドイツ芸術アカデミーでパウル・デッサウのマスタークラスに参加。ブラティスラヴァ放送局のプロデューサー、チェコスロヴァキア映画社 (ブラディスラヴァ) の音楽担当。ブラティスラヴァ音楽院の教職を最後に、1968年スウェーデンに移住。ストックホルム音楽大学で作曲の研究をつづける。その後、スウェーデン各地の音楽学校で作曲を教えるかたわら、ヨーテボリの新聞で音楽批評も担当する。

 この (おそらく) 初めての作品集に収録されたのは、シマイの作品の中から、“さまざまな芸術形態 −− 音楽、美術、詩作 −− が共生する”曲。絵または詩を出発点として誕生した音楽では、それぞれ独立した芸術が新しいものが生み出す面白さが追求される。このディスクの曲を関連づけるキーワードは、“ユーモア” と “距離”。アウシュヴィッツ強制収容所解放50周年記念の曲《Scenes (情景)》の最後の楽章《Facing Death (死と向かいあって)》の深刻な音楽、そして、《時の仮面 (Masker i tiden)》、《幸運の車輪 (Lyckohjulet)》、《連鎖 (Kätting)》、《下降 (Nedstigning)》の4曲の組曲《Cartoons (戯画)》の不思議な滑稽味。この2作品と《Bridges (橋)》は、夫人のヤルミラ・シマイが描いた絵とシマイ自身の詩がブックレットに掲載されている。

ワールドミュージック新譜情報

Buda 197781-2  フィンランド − カレリア地方の音楽
 マホイド・エンネ・ムア・モルッカ ルスケイ・ネイツ・ヴァルゲイ・ネイツヨ 他

◇フィンランドのカレリア地方ヨエンスーとその周辺地域の伝統音楽の集成。プロとアマチュアの演奏家たちによる器楽と声楽の録音を収録。


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CD artwork © BIS, Caprice, KHM Förlaget (Sweden), Ondine (Finland)