Newsletter No.28   20 February 2001

 

闇と光の間に − ルーズ・ランゴー管弦楽作品集

 “「カール・ニルセン、われらの偉大な作曲家 (Carl Nielsen, vor store Komponist)」と、管弦楽をともなう合唱が高らかに歌う。そして、32小節の短い曲の最後の小節のあとに書き込まれた ‘永遠に繰り返す!’ の指示。‘1891年-1948年「デンマークの音楽生活」に捧ぐ’ の献辞とともにデンマーク放送局に届けられたスコア。オーケストレーションができあがっていたのは最初の7小節だけ。‘エミール・レーセンにより完成されること’ との要求 − レーセンは、カール・ニルセンのオーケストレーション作業を手伝ったひとり − が付記され、スコアの冒頭には、デンマーク音楽界に対する不満の意が記されていた。”

 ランゴー研究家ベント・ヴィンホルト・ニルセン Bendt Viinholt Nielsen (b.1953) による、ランゴーの《カール・ニルセン、われらの偉大な作曲家》の紹介文を要約するとこんな具合になります。彼は、“孤立したこの作曲家のもっとも絶望的で、辛辣な音楽表現のひとつ” とも付け加えています。カール・ニルセンの音楽に “荒らされた” デンマーク音楽界からはアウトサイダー扱いされ、47歳になってやっと得たのも、生まれ育ったコペンハーゲンからもっとも遠く離れたリーベの大聖堂のオルガニストという地位。58歳で亡くなった、デンマークの作曲家ルーズ・ランゴー Rued Langgaard (1893-1952) については、主流に対する敵愾心、そして変わり者という側面がとかく強調されがちです(もっとも、ヴィンホルト・ニルセン自身、ランゴーの交響曲につけられた副題を英訳する作業を行いながら、「こんなタイトルをつけるなんて、ランゴーは何を考えていたのだろう」と思ったそうですから、かならずしも理由のないことともいえないのでしょうが)。

 「しかし、ランゴーの性格は別として、彼の音楽を “奇矯な” ものとだけとらえると、その本質を見誤ることになる」。ヴィンホルト・ニルセンは、そう警告しています。その意味で、旧譜を組み直した Danacord のディスク (DACOCD560) は、ランゴーの音楽を聴き直すきっかけを提供してくれると言えます。収録されているのは第4番、第6番、第10番、第14番(組曲) の交響曲と《天球の音楽》の5作品。DACOCD302DACOCD340-341 の計3枚のディスクでリリースされていた、デンマーク国立放送交響楽団の演奏による音源が、2枚のコンパクトなセットにまとめられました (価格は1枚分)。

 交響曲第14番は、ヴィンホルト・ニルセンが (第13番と第16番の交響曲とともに) “この世界を超越した”音楽と呼ぶ作品。もともと“大交響曲”として構想されたこの曲は、かなりの紆余曲折を経ることになります。

 スコアの第1稿は1947年に完成し、《リーベの花祭り》 のタイトルがつけられます。そして、リーベの民謡を題材にしたバレエとして上演されればとの思いで、同年9月、スコアはコペンハーゲンの王立劇場に届けられました。この時の作品は現在の曲とはかなり異なり、交響曲の “舞踊のための編曲” と第9番の交響曲の第3楽章から構成されていたといわれます。しかし、その楽譜は突っ返され、ランゴーは、1948年に再度、こんどは《大交響曲》として王立劇場にスコアを送ります。これも返送され、このときランゴーが受け取りを拒否したために、楽譜はデンマーク放送局の保管庫に入れられてしまいました。

 翌年12月、ランゴーは、放送局に依頼して楽譜を送り返させると、新たにプロローグとエピローグを付け加え、《美しきもの》 のタイトルに変更して放送局に送り届けます。この楽譜もまた、1951年1月にランゴーが引き取るまで、放送局の奥で眠ることになってしまいました。楽譜を受け取ったランゴーは、プロローグを切り離して、これを第14番の交響曲の第1楽章とします。エピローグは、《日曜日ソナタ (Søndagssonate)》 (ヴァイオリン、ピアノ、オルガンと管弦楽のための) に、残りの部分が交響曲第13番とされます。それをさかのぼる1948年の1月と2月には、スケッチしかなかった他の楽章のオーケストレーションができあがっていて、1948年6月に作曲された冒頭のファンファーレ (Indledningsfanfare) とあわせて最終的な形になったのが1951年だと考えられています。このときスコアのタイトルは、《朝 (Morgenen)》。そして、曲名のことで迷っていたランゴーは、翌1952年 −− 亡くなる年です −− そのそばに“交響曲第14番 (Symfoni Nr14)”と記しました。音楽批評家クヌーズ・ケッティング Knud Ketting は、「第14番の交響曲の最終稿は、1952年5月に完成した」とブックレットの解説に書いていますが、実際にはひとつの音符にも手は加えられいません。そのため、通常は、ヴィンホルト・ニルセンが言う“1951年”が最終の作曲年とされています。

 6つの楽章には、それぞれタイトルが付けられています −− 第1楽章《人目につかない朝の星 (Upaaagttede Morgenstjerner)》、第2楽章《大理石教会の鐘 (Marmorkirken ringer)》、第3楽章《疲れ果てて生き返る (De trætte staar op til Livet)》、第4楽章《ラジオのカルーソーと強制的なエネルギー (Radio-Caruso og Tvangsenergi)》、第5楽章《会社に急行するパパたち ("Farmænd" farer til Kontoret))》、第6楽章《太陽とブナの森 (Sol og Bøgeskov))》 (いったい何なんでしょうね。ランゴーの場合、タイトルはあまり当てにならないので、いいのですが)。第1楽章に先立つオープニングのファンファーレ (Indledningsfanfare) で「ランゴーだな!」と思わされたあと、それにつづく宗教的な気分とロマンティックな雰囲気の音楽。そして、第5楽章のホームドラマの BGM のような音楽と、(アタッカで) 切れ目なくつづく終楽章の憧れるように歌う合唱と管弦楽の旋律。1979年5月14日、ミケール・シェーンヴァント Michael Schønwandt (b.1953) 指揮のデンマーク国立放送管弦楽団により初演され、その際のリハーサルと本番の演奏に翌日のセッションの録音を加えて編集したのが、このディスクの音源です。

 第4番の交響曲の《落葉 (Løvfald)》という副題には宗教的な意味合いがこめられているといわれます −− 「ランゴーの聖書風黙示録的世界観では、秋と落葉(らくよう)は、世界の終末ないし終末直前の時を意味する」 (ヨーアン・I・イェンセン)。「曲が終わりに近づく、スコアの “日曜の朝 (鐘)” と記されたあたりから、宗教的象徴性がもっともはっきりとしてくる」と、イェンセンは言い、ランゴーが鐘の音に愛着をもっていたことにも触れています。交響曲第6番や《天球の音楽》でも聴かれるとおり、鐘が効果的に使われることで音楽に宇宙的なひろがりが付け加わっているのは、確かでしょう。憂鬱なまでのロマンティシズムと劇的な展開が交差する単一楽章。この曲でも、それぞれの部分にタイトルが与えられています −− 《森のさざめき》、《さっと見える日の光》、《雷鳴》、《秋のような》、《疲労》、《絶望》、《日曜の朝 (鐘)》、《終わりに》。音源は、ヨン・フランセン John Frandsen (1918-1996) が指揮した1981年4月2日のライヴ演奏の録音です。

 交響曲第6番も宗教的な色彩の濃い作品です。1919年から1920年にかけて作曲。後につけられた 《天国強襲 (Det Himmelrivende)》の副題のもとになったのは、1949年に演奏された際ランゴーが作品に与えた題辞です。デンマークの詩人ハンス・エードルフ・ブロアソンの詩に、聖書(エフェソの信徒への手紙)の一節を足した文章が引用されました −− 「それからイエスは、力をもって介入し、天国を強襲する邪悪の軍に攻めかかった……」。作品は、主題と変奏により構成されています。最初に “純粋な” あるいは “明るい” と呼ばれるバージョンの主題 −− カール・ニルセンの交響曲第4番の第4楽章の主題に似ている主題 −− が提示され、つづいて、その主題を半音階的に変形したバージョンの主題が現れます。そのあとが、序奏、フーガ、トッカータ、ソナタ、コーダの、5つの変奏曲。ヴィンホルト・ニルセンが “善と悪の宇宙での闘争” と呼ぶように、音楽は力強く展開していきます。1977年12月9日のライヴ録音。指揮はヨン・フランセンです。

 第10番の交響曲の副題は《向こうに見える雷の住みか (Hin Tordenbolig)》。デンマークの詩人ステーン・ステーンセン・ブリッカー Steen Steensen Blicher (1782-1848) が、クッレン Kullen (小山) と呼ばれるスウェーデン南部の岩の多い半島を描写した一節「あの岩……風と雷の住みか」から採られました。曲の題辞は、シェイクスピアの「ハムレット」から −− "What if it tempt you...to the dreadful summit of the cliff" (「(亡霊が)……恐ろしい崖のいただきの方に誘ったら、どうするのですか」とでも訳せばいいのでしょうか)。第1幕第4場、エルシノアのクロンボー城の城壁で、父王の亡霊に会いに行こうとするハムレットにホレイショーが警告を与える場面。この城壁から望むと海峡の向こうにクッレンの崖の輪郭が見えるといわれます。実際にスケッチの中には“クロンボー・クッレン交響曲”と記されたものもあるようですが、作品を標題的にだけ受け取られることをおそれたランゴーが、最終的に削除してしまったということです。スケッチに取りかかったのは1944年。翌年、オーケストレーションも含めてすべてが完成します。

 この交響曲、ランゴーの傑作オペラ《反キリスト (Antikrist)》に負けず、いかにも後期ロマン派の音楽です。3つのピッコロと5つのクラリネットをのぞけば、特別な楽器編成があるわけでもありませんが、音楽から受ける印象はかなり強烈で派手。色彩的にはリヒァルト・シュトラウスの音楽を思わせ、ところによってはヴァーグナーの影響もうかがえます(“クッレン上空のさまよえるオランダ人”という副題も候補にあったということです)。初演は、1947年7月22日、ラウニ・グレンダール Launy Grøndahl (1886-1960) がデンマーク放送交響楽団を指揮したスタジオ演奏会。しかし、この作品は批評家連中からことごとく無視されたといいます (その後のランゴーの交響曲は、作曲者の存命中には1曲も初演されていません)。

 このディスクの音源は、1977年8月28日にティボリ公園で行われたコンサートのライヴ録音です。指揮はオーレ・シュミット Ole Schmidt (b.1928)。リトアニア生まれのスウェーデンの指揮者イリヤ・ストゥーペル Ilya Stupel (b.1949) とポーランドのアルトゥール・ルービンスタイン・フィルハーモニック管弦楽団による録音 (Danacord DACOCD408) にくらべると、オーケストラの明るい透明な音は、とても新鮮に聞こえます。ただ、開始から1分あたりからの弦のパッセージのように、フレーズを完全に弾ききっていないように思えるところもあり、それがやや難点とも言えるかもしれません(コンペティションの受賞者をそろえたポーランドの弦楽群は、何の苦もなく演奏しています)。ランゴーが思い描いた響きを実現しているのはポーランドのオーケストラのような気がしますが、ここは、好みの分かれるところでしょう。

 このアルバムの最後に収められているのが、《天球の音楽 (Sfærernes Musik)》。これこそ、ランゴーが “時代を先取りした” 作曲家と呼ばれる所以の作品です。オーケストラ、オルガン、合唱、そして離れたところに、ソプラノをともなうオーケストラがもうひとつ配置される。規模だけを見れば、いかにも後期ロマン派というにすぎませんが、取り入れられている技法は、きわめて今日的です。メイン・オーケストラの中のピアノには内部奏法 −− ここでは、弦をじかに弾くグリッサンド −− を求め、リゲティ György Ligeti (b.1923) の管弦楽のための《アトモスフェール (Atmosphères)》やオルガンのための《ヴォルーミナ (Volumina)》で有名なクラスター (音結合群) −− 一定の音程の間に、きわめて狭い音程の音を集合させる技法 −− が、すでに用いられています。

 これについては、デンマークの作曲家ペーア・ネアゴー Per Nørgåd (b.1932) がリゲティに仕掛けたいたずらが伝えられています。リゲティといっしょに新作の審査に携わったとき、ネアゴーが他の楽譜の間にランゴーのこの作品のスコアを紛れ込ませ、この曲を見たリゲティが、「そうか、わたしはランゴーのまねをしていたんだ!」と言ったという話 (リゲティのユーモアのセンス!このエピソードは、《天球の音楽》とは切り離せないくらい、すっかり有名になりました)。

 この作品の題辞は “星は優しく煌めいているように見えるが、その光に託されているものは、ひどく冷酷”。モンラーズ Monrad という名のデンマーク人司祭の著述の一節です。このことからも想像できるように、ランゴーの曲は、たとえばホルストの《惑星》のように、ゴージャスなオーケストラの響きを楽しむ音楽とは、相当に趣が異なります。曲名そのものも天体観測とは無関係で、むしろ、ピタゴラス学派の説にある、“神々だけに聞こえて人間には聞こえないという、天球の運動によって生じる妙音”のことだと考えるほうが自然でしょう。

 ヴィンホルト・ニルセンが言うとおり、この作品には通常の音楽のような有機的な構成はなく、空間のひろがりを感じさせるエピソードが連なっているだけ。ランゴー自身、“主題、調和、形式、論理的なつながり”を放棄したと言っています。それだけに、つぎつぎと繰りひろげられる音のキャンバスは、作曲者がインスピレーションに導かれるままに描いたもの、と考えてもいいでしょう。それぞれのエピソードには、内容を暗示するタイトル (?) がついています −− 《香る花で飾られた棺にそそぐ日の光のように》、《日没の時の青空に光る星のように》、《光と深みのように》、《波の中で屈折する日の光のように》、《美しい夏の朝の日の光を受けてきらめく露のしずくのように》、《憧れ、絶望、恍惚》、《世の魂、深淵、諸魂日》、《願わくば……!》、《混沌、廃墟、いたるところに》、《しおれる花》、《涙をとおして太陽を見る》、《鐘が鳴り響く「見よ、おいでになる」》、《はるか遠くからの花々の福音》、《新しい日》、《結末:反キリスト、キリスト》。最後のクライマックスに向けてひたすら流れていく、ロマンティシズムと宗教的法悦の音楽。デンマーク放送のオーケストラは、この曲をロジェストヴェンスキーの指揮でも録音していますが (Chandos CHAN9517)、響きといい音楽の運びといい、ヨン・フランセンとの演奏のほうがしっくりいっているような気がします。屈託のない音楽づくりは、飽きさせるどころか、むしろ作品の求めに応えたものと考えてよさそうです。1980年3月20日のライヴ録音が使用されています。

 実のところ、《反キリスト》を面白いと思っていながら、しばらくルーズ・ランゴーの音楽からは遠ざかっていました。父と子のシリーズでリリースされたピアノ協奏曲 (Danacord DACOCD535) の “ごったがえした” 音楽の印象が強烈だったせいだと思います(400を越える曲を −− しかも、ふたつの時期に集中して −− 書いていれば、なかには “とんでもない” 音楽があるのも無理はないかもしれません。“いろいろある” 人のようですし)。そして、今回の5曲。これを機会にいろいろと聴き直してみて、ランゴーの音楽には“まだまだ何かがあるな”という気がします。デンマークを代表する作曲家として、再評価の機運が高まりつつあるランゴー。ピアノ曲、歌曲……。棚から出してみる必要がありそうです。

 余談ですが、この Danacord のセットのパッケージ・デザインは、同じデンマークのレーベル dacapo のデザインにわざと似せてあります。デンマーク放送のオーケストラによる録音がCD化されているのを知りながら、dacapo が新録音による全集を企画したことに対する、Danacord のブール氏の挑発です。デンマーク放送のオーケストラの団員やコペンハーゲンのレコード店では、この “いたずら” を面白がったものの、dacapo だけはカリカリきていたということです。ブール氏も爽快な気分になったことでしょう (再プレスの際には、デザインが変更される予定です)。

 クヌーズ・ケッティングの解説にもあるとおり、ランゴーの作品は1917年から1923年 −− 第1番から第6番の交響曲や《反キリスト》 −− と、1940年から1949年 −− 交響曲第9番から第16番など −− のふたつの時期に集中して書かれています。今回のセットには両方の時期の曲が収められているので、ランゴーの入門として最適なアルバムと言っていいでしょう。

 このセットでランゴーの音楽を気に入ってもらったなら、ぜひ Danacord のストゥーペルによる全曲録音 (DACOCD404-410、分売) も聴いてほしい。これはブール氏からのメッセージです。「最後に録音された第14番だけは、指揮者が録音を終えることをあせったために未消化の部分が残っているものの、他の曲は、ランゴーの音楽の輝かしさを最高度に発揮させた演奏」。ブール氏はこのように考えており、ヨーロッパの批評家たちも同意見のようです。

(TT)

Danacord DACOCD560 2CD's for price of 1 ルーズ・ランゴー (1893-1952)
 組曲 (交響曲第14番) 《朝》 BVN336 (1947-48 rev.1951)
  デンマーク国立放送交響楽団・合唱団 ミケール・シェーンヴァント (指揮)
 交響曲第4番 《落葉》 BVN124 (1916)
 交響曲第6番 《天国強襲》 BVN165 (1919-20 rev. 1926-30)
  デンマーク国立放送交響楽団 ヨン・フランセン (指揮)
 交響曲第10番 《向こうに見える雷の住みか》 BVN298 (1944-45)
  デンマーク国立放送交響楽団 オーレ・シュミット (指揮)
 天球の音楽 BVN128 (1918)
  エーディト・ギヨム (ソプラノ)
  デンマーク国立放送交響楽団・合唱団 ヨン・フランセン (指揮)

 

新譜情報

BIS CD1027 ゲイル・トヴェイト (1908-1981) 管弦楽作品集 第2集
 プリラール (Prillar) 作品8 (1931) (ヨン・オイヴィン・ネス 補筆完成版 (1992))
 太陽神交響曲 (Solgud-symfonien) 作品81 (1958)
  (《バルドゥルの夢》の3つの小品 (Tre stykke frå "Baldurs draumar"))
  (コーレ・ディーヴィク・フースビ 復元版 (1999))
  スタヴァンゲル交響楽団 オーレ・クリスチャン・ルード (指揮)

◇ノルウェーの作曲家 Geirr Tveitt の代表作《ハルダンゲルの100の民謡》作品151 からの2つの組曲 (CD987) につづく、スタヴァンゲル交響楽団とルード Ole Christian Ruud (b.1958) による管弦楽作品集。いずれの作品も、1970年の自宅の火災の際に消失したと考えられていた。フィヨルドと山々、雪と夏の牧草地などを背にした生活、そしてノルウェーの神話に根付いた文化。トヴェイトは、そういった “ノルウェー的なもの” を音楽で表現した。ノルウェーの民俗楽器 “プリラールホルン (Prillarhorn)” を思わせるタイトルの曲、《プリラール (Prillar)》も民謡からインスピレーションを受けた作品。トヴェイトの子息ハオコ Haoko Tveitt によると、この曲は交響曲として構想、作曲されたが、トヴェイト自身が破棄したという。ところが、トヴェイトの死後の1990年、ハオコが納屋で見つけた古いスーツケースの中にオリジナルの管弦楽譜を発見。ノルウェーの作曲家ヨン・オイヴィン・ネス Jon Øivind Ness (b.1968) が補筆完成し、1992年に初演された。

 1935年、トヴェイトは、神々や巨人族や大蛇といった伝説の時代のノルウェーに題材をとった舞踊劇《バルドゥルの夢 (Baldurs draumar)》(作品91)のピアノ版を、自らのピアノにより、ライプツィヒ、ベルリン、そしてベルゲンで初演。その後、管弦楽用の楽譜も用意され、1938年オスロで自身の指揮で上演された。手稿譜は、1939年にロンドンの振付師のところに送られるが、そのまま消息がわからなくなってしまう(振付師の家がドイツ軍の爆撃を受けたため、その時に消失したと考えられている)。そこでトヴェイトは、1958年、この舞踊劇から3つの管弦楽曲を復元。しかし、1970年に自宅の農場が火事で全焼するという不運に見舞われ、この手稿譜も焼失してしまう。トヴェイトの死後、彼の作品の復元作業が進められたが、もっとも困難を極めたとされるのが、「バルドゥルの夢」からの3つの管弦楽曲。オラヴ・アントン・トメセン Olav Anton Thommessen (b.1946) の指導のもと、ノルウェー国立音楽アカデミーの学生が作業を始め、最終的には作曲家のコーレ・ディーヴィク・フースビ Kaare Dyvik Husby (b.1969) がプロジェクトを引き継ぎ、スコアを完成させた。それが《太陽神交響曲 (Solgud Symfonien)》(作品81)。ゲイル・トヴェイトは、ノルウェーの神話や伝説に深い関心を寄せており、彼の娘カレン・マルグレーテ Karen Margrete Tveitt "Tullemor" の提案によりこのタイトルがつけられた (ピアノ曲《太陽神の踊り (Solgudens Dans)》(作品91-15)(Simax PSC1121) とは別作品)。

BIS CD1078 武満徹 (1930-1996)
 雨ぞ降る (1982) (室内管弦楽のための)
 群島S (1993) (21人の奏者のための)
 ファンタズマ/カントゥスII (1994) (トロンボーンと管弦楽のための)
 弦楽のためのレクイエム (1957)
 ハウ・スロー・ザ・ウィンド (1991) (管弦楽のための)
 トゥリー・ライン (1988)
  クリスチャン・リンドベリ (トロンボーン) 紀尾井シンフォニエッタ 尾高忠明 (指揮)

BIS CD1102 オルガンのための知られざるオリジナル作品集 第2
オットリーノ・レスピーギ (1879-1936) 前奏曲 ニ短調 (1910)
 バッハのコラール「われはわが財宝を神の御国にもつ」による前奏曲 イ短調
 バッハのコラール「主よ、汝のうちにのみわれ望みをもつ」による前奏曲 変ロ短調
シャルル・グノー (1818-1893) オフェルトリウム
ヴィンチェンツォ・ベッリーニ (1801-1835) オルガンソナタ ト長調
ベドジフ・スメタナ (1824-1884) 6つの前奏曲
エドワード・エルガー (1857-1934) 11の晩課のヴォランタリー 作品14 カンティーク (頌歌) 作品3-1
  ハンス=オーラ・エーリクソン (オルガン)

◇高名な作曲家の知られざるオルガン作品を紹介するシリーズ。第1集 (CD1101) には、シベリウス、ドヴォルジャーク、グラズノフの曲が収録された。新しいディスクには、およそオルガン曲とは縁のなさそうな作曲家たちの作品が集められている。スウェーデンの奏者ハンス=オーラ・エーリクソン Hans-Ola Ericsson (1958-) は、BIS にメシアンのオルガン作品全集の録音があり、現代作品の演奏を得意とする。録音場所は、フリートリヒスハーフェン(ドイツ)の聖ペトルス・カニシウス教会。楽器は、1998年に建造されたばかりのジェラルド・ウォール・オルガン。

BIS CD1148 クリスチャン・リンドベリと友人たち
クリスチャン・リンドベリ (1958-)
 4匹のカエルのためのファフナー・ファンファーレ (Fafner Fanfare for Four Frogs) (1998)
  (4つのトロンボーンのための)
 庭隅のトリカブト (Mandrake in the Corner) (1998-2000) (トロンボーンと管弦楽のための)
 歯医者デッカー博士 (Docktor Decker - the Dentist) (1999)
  (4つのトロンボーンと2人の語り手のための)
 猫マニア (Catmania) (2つのトロンボーンと語り手のための)
 変態動物たち (Kinky Creatures) (1998) (4つのトロンボーンのための)
 ソーセージ協会への挨拶 (Salute to a Sausage Society) (1999) (3つのトロンボーンのための)
 まくらの下の (Under the Pillow) (1998-99) (4つのトロンボーンのための)
 コカコカ (Kokakoka) (1998-99) (独奏トロンボーンと語り手のための)
 アラビア女 (Arabenne) (1996-97) (トロンボーンと弦楽オーケストラのための)
 おそろしく醜い調べ (An Awfully Ugly Tune) (1998) (6つのトロンボーンと語り手のための)
フレードリク・ホーグベリ (1971-)
 キット・ボーンズのバラード (The Ballad of Kit Bones) (1998) (6つのトロンボーンと2人の語り手のための)
  クリスチャン・リンドベリ (トロンボーン、語り)
  トロンボーン・ユニット2000
   スヴェン=エーリク・エーリクソン (トロンボーン) ユーナス・ビュールンド (トロンボーン、語り)
   ホーカン・ビョークマン (トロンボーン) ジェシカ・グスタフソン (トロンボーン)
   ラーシュ・ヴェステルグレン (トロンボーン)
  シンガポール交響楽団 ラン・シュイ (指揮)
  タピオラ・シンフォニエッタ ジャン=ジャック・カントロフ (指揮)
  ジェーン・レンナード・サフ (語り) デイヴィッド・ヘインズ (語り)

BIS CD1215 ジャン・シベリウス (1865-1957)
 交響詩《クッレルヴォ》 (クッレルヴォ交響曲) 作品7
  リッリ・パーシキヴィ (メッツォソプラノ) ライモ・ラウッカ (バリトン)
  YL (ヘルシンキ大学合唱団) ラハティ交響楽団 オスモ・ヴァンスカ (指揮)

◇ヴァンスカ Osmo Vänskä (1953-) とラハティ交響楽団によるシベリウス録音の最新作。交響曲全集をはじめとする録音で常に新しい角度から見たシベリウスを聴かせてくれています。彼らの演奏では、作曲者の意図と指示がきわめて忠実に守られているといいます。フィンランドの民族叙事詩『カレヴァラ』を題材にしたシベリウス若き日の大作。ラウッカ Raimo Laukka はセーゲルスタムの録音でクッレルヴォを歌っていますが、クッレルヴォの妹を歌うパーシキヴィ Lilli Paasikivi はこれが初録音のはずです。2000927日、ラハティで演奏されたのを機会に録音が実現した。2000年に完成した木造のシベリウスホール (Sibelius-talo) で行われた最初の録音です。

cpo 999 669-2 ヴィルヘルム・ペッテション=ベリエル (1867-1942)
 交響曲第4番 イ長調 《ストックホルム (Holmia)(1929)
 組曲《眠れる森の美女 (Tornrossagan)》 (管弦楽のための) (1903 orch.1934)
 《フローセの花》 組曲 第1(Frösöblomster, Svit för orkester nr.1) (1896 rev.1934) (管弦楽のための)
  夏の歌 (Sommarsång) フローセの教会で (Vid Frösö kyrka) ばらに寄せて (Till rosorna)
  お祝い (Gratulation) あいさつ (Hälsning)
  ノールショーピング交響楽団 ミハイル・ユロフスキー (指揮)

◇ロマンティックな作風で知られる、スウェーデンの作曲家ペッテション=ベリエル Wilhelm Peterson-Berger の書いた5曲の交響曲の中で唯一CD録音がなかった第4番。《ストックホルム (Holmia)》 の副題をもち、スウェーデンの首都の生活風景をリラックスした筆づかいで描写した。アメリカナイズされていくストックホルムを表現するためにジャズ風の音楽に顔をのぞかせるといった、面白さもある。この作品を書いた翌年、ペッテション=ベリエルはイェムトランドのフローセ島に移ることになり、彼の音楽にとっても、人生にとっても転機にあたる時期に作曲された。のびやかな音楽が魅力。管弦楽のための《眠れる森の美女 (Törnrosasagan)》は、童話を題材にした組曲。《フローセの花》組曲第1番は、素朴でロマンティックな旋律で親しまれているピアノ小曲集《フローセの花》の第1巻 作品16から選んだ5曲を作曲者自身がオーケストレーションした。

dacapo 8.224128 ヴァウン・ホルムボー (1909-1996) 弦楽四重奏曲全集 第6集 
 弦楽四重奏曲第17番 作品152《マッティナータ (朝の歌)》(1982 rev.1983)
 弦楽四重奏曲第19番 作品156《セラータ (夜の歌)》(1982 rev.1984-85)
 弦楽四重奏曲第20番 作品160《ノットゥルノ (夜想曲)》(1985)

  コントラ四重奏団

dacapo 8.224131 ヴァウン・ホルムボー (1909-1996) 弦楽四重奏曲全集 第7集 
 弦楽四重奏曲第16番 作品146 (1981)
 弦楽四重奏曲第18番 作品153《ジョルナータ (昼の歌)》(1982) 群れ 作品190b (1992)
 カルテット・セレーノ (穏やかな四重奏曲) 作品197 (遺作) (ペーア・ネアゴー 編)
  コントラ四重奏団

◇ヴァウン・ホルムボー Vagn Holmboe は、カール・ニルセンと現代デンマークの作曲家たち −− ペーア・ネアゴー Per Nørgård (b.1932) やイブ・ネアホルム Ib Nørholm (b.1931) ら −− の橋渡し役を務めた作曲家。多作で知られ、12曲の交響曲、13曲の室内協奏曲、全5巻の《リベル・カンティコルム (歌の本)(Liber canticorum)》など、全ジャンルにわたり400曲近い作品を残した。民謡の精神を活かした作風は、透明感のある響きを持ち味とする現代デンマークの作曲家たちの間にあってはユニークなもの。それだけに、交響曲をはじめとする管弦楽のための作品は、“北欧の音楽にしては” 洗練味を欠くと指摘されることがある。弦楽四重奏曲は、番号付きの完成された作品だけで21曲。弦楽四重奏曲について、カナダの音楽学者ポール・ラパポート Paul Rapoport は、“ホルムボーの創作意欲をもっとも精巧な状態で見て取れる” 作品群として高く評価する。“多くを語る旋律、微妙な和声、音楽を動かし展開させる感覚の確かさ、音楽に生気を与える対位法、弦楽器の技術と色彩と個性に対する詳しい知識” をラパポートは、美点として挙げている。弦楽器に対する知識は、30年近くにわたるコペンハーゲン弦楽四重奏団との親しい関係に負うところが多いと伝えられる。アダージョとアレグロの2つの楽章からなる未完の《カルテット・セレーノ (Quartetto Sereno) (穏やかな四重奏曲)》は、弟子のネアゴーが手を入れて完成させた。

dacapo 8.224157 ルードルフ・ニルセン (1876-1939)
 カンタータ《バベルの塔 (Babelstårnet)》作品35 (1912-14)
 森の散策 (skovvandring) 作品40 (1914-22) (管弦楽のための)
  エーコーとナルキッソス (Echo og Narkissos) 牧神が森を歩く (Pan færdes i Skoven)
  ドリュアスの死 (Dryadens Død) 妖精沼のほとりで (Ved Ellemosen) 夜明けちかくに (Mod Morgengry)
  イレーネ・テーオリン (ソプラノ) ヨニー・ファン・ハル (テノール) ペーア・ホイヤー (バリトン)
  デンマーク国立放送交響楽団・合唱団 オーウェイン・アーウェル・ヒューズ (指揮)

◇ルードルフ・ニルセン Ludolf Nielsen は、デンマーク後期ロマン派の作曲家。《バベルの塔 (Babelstårnet)》は、1916年の初演時には演奏不可能とされ、以後80年あまりにわたって演奏されることがなかった。人間の魂の高揚を歌う詩をテクストとする。《森の散歩 (Skovvandring)》では自然というものが人間に及ぼす影響が、巧みな管弦楽法による一連の神話的な情景の中に描かれる。両曲とも、ルードルフ・ニルセンのデンマーク象徴主義を代表する作曲家としての側面を教えてくれる作品。

Disque Boheme BMR009166 旧ソ連15共和国の国歌集
バリス・ドヴァリョーナス (1904-1972) リトアニア共和国国歌
  カウナス合唱団 リトアニア国立交響楽団 ユオザス・ドマルカス (指揮)
レーピン ラトヴィア共和国国歌
  カルニン合唱団 ラトヴィア国立交響楽団 ヴァシーリー・シナイスキー (指揮)
エルネサクス エストニア共和国国歌
  エストニア放送合唱団 エストニア国立交響楽団 K・ラウドセップ (指揮)
ソ連邦国歌 (アレクサンドロフ) ウクライナ共和国国歌 (レベディネツ)
ベラルーシ共和国国歌 (ソコロフスキー) ウズベク共和国 (トゥレバレフ)
グルジア共和国国歌 (タクタキシヴィリ) キルギス共和国国歌 (ウラーソフ)
アゼルバイジャン共和国国歌 (ガジベコフ) モルダヴィア共和国国歌 (ニャーガ)
タジク共和国国歌 (ユダコフ) アルメニア共和国国歌 (ハチャトゥリャン)
トルクメン共和国国歌 (ムハトフ)

◇歴史上の存在でしかなくなったソビエト連邦。連邦を構成していた共和国の国歌をそれぞれの国の合唱団と管弦楽団 (タジクとトルクメンはロシアのオーケストラ) を使って録音したディスク。

Finlandia 8573-85604-2 サマーナイツ
ヴィルヘルム・ステーンハンマル (1871-1927) セレナード 作品11 − カンツォネッタ
エドヴァルド・グリーグ (1843-1907) 抒情組曲 作品54 − 夜想曲
 《ペール・ギュント》組曲第1番 作品46 − 朝
ジャン・シベリウス (1865-1957) 劇音楽《ペレアスとメリザンド》組曲 作品46 − 牧歌
 組曲 作品117 − 故郷の情景 劇音楽《死(クオレマ)》作品44 − 鶴のいる風景 即興曲
オスカル・リンドベリ (1887-1955) アダージョ
オーレ・ブル (1810-1880) 牧場の娘の日曜日
ペール・ヘンリク・ノルドグレン (b.1944) 田園詩(パストラル)
セルゲイ・プロコフィエフ (1891-1953) バレエ《ロメオとジュリエット》− 愛の踊り
ラーシュ=エーリク・ラーション (1908-1986) 田園組曲 作品19 − ロマンス
テューレ・ラングストレム (1884-1947) 2つのスウェーデン民謡 − バラの花のなかで
ピョートル・チャイコフスキー (1840-1893) 弦楽のためのセレナード 作品48 − 悲歌 (エレジー)
ウーノ・クラミ (1900-1961) 海の情景 − 霧の朝
モデスト・ムソルグスキー (1839-1881) オペラ《ホヴァーンシチナ》− モスクワ河の夜明け (前奏曲)
  王立ストックホルム・フィルハーモニック管弦楽団 アンドリュー・デイヴィス (指揮)
  トロント交響楽団 ユッカ=ペッカ・サラステ (指揮)
  フィンランド放送交響楽団 ライフ・セーゲルスタム (指揮)
  オストロボスニア室内管弦楽団 ユハ・カンガス (指揮) ほか

◇“白夜”をテーマにしたコンピレーション・アルバム。Finlandia の既発売ディスクの音源を使用。

ITM ITM7-14 ジョン・スペイト (1945-)
 クラリネット協奏曲《歌のうまい鳥がマドリガルを歌う (Melodious Birds Sing Madrigals)(1980)
  エイナル・ヨウハネソン (クラリネット) アイスランド交響楽団 ジャン=ピエール・ジャキャ (指揮)
 交響曲第1(1983-84)
  アイスランド交響楽団 パウトル・P・パウルソン (指揮)
 交響曲第2(1991)
  ジュリー・ケナード (ソプラノ) アイスランド交響楽団 アン・マンソン (指揮)

 ジョン・スペイト John (Anthony) Speight は、1945年イギリスの炭坑の町ウェイクフィールドに生まれた。コール・ポーターやアーヴィング・バーリン(ベルリン)らの音楽を耳にしながら育ち、“どえらい交響曲” とは縁がなかった少年時代。ジョンにとって最高の歌手はエルヴィス・プレスリーだった。将来は医者になるつもりだったが、ティーンエージャーの時にクラシカル音楽に目覚め、19歳のときにロンドンのギルドホール音楽ドラマ学校に入学。声楽と作曲 −− バクストン・オア Buxton Orr (1924-1997) に師事 −− の本格的な勉強を始める。前衛音楽に触れながらも、個人的に師事したリチャード・ロドニー・ベネット Richard Rodney Bennett (b.1936) から大きな影響を受けた (「ベネットは着想をめいっぱい利用することを強調した。5つのアイデアが浮かべば5つの曲を作るべきで、一カ所にひとまとめにすべきではない……」)。自ら古風な作曲家と称し、いまだに五線紙に作曲すると言う。

 アイスランド女性と結婚したことを契機にアイスランドに移住。「(一般に “トニー” として知られる) ジョン・アンソニー・スペイトは、20年くらい前、豊かなバリトンの声をもってアイスランドにやってきた。すぐに歌手としての活動をはじめ、同時に、子供たちを大いに立派な人間に育てられる教育活動も開始した。主に声楽作品を書いていたが、大編成、小編成の器楽のための作品も作ることができた」と、アイスランドの作曲家ソルケトル・シーグルビョルンソン Þorkell Sigurdbjörnsson (b.1938) は、親しみの情をこめながらジョン・スペイトのことを語る。

 エリーサベト・インドラ・ラグナルスドウッティル Elísabet Indra Ragnarsdóttir (アイスランド音楽情報センター) は、「ジョン・スペイトの作品を聴いてすぐに浮かんでくるのは “ロマンティック” という言葉」と解説に書いている。たしかに、彼の音楽の大きな特色のひとつは情感の豊かさにあると言ってもよさそうだ。クラリネット協奏曲は、エイナル・ヨウハネソン Einar Jóhannesson (b.1950) の “技術的な要求の多い作品を” との求めに応じて書かれた作品だが、聞こえてくる音楽は、単なる技巧を超えた美しさをもっている。副題の《美しい調子の鳥がマドリガルを歌う (Melodious Birds Sing Madrigals)》は、ジョンが、“小鳥を思わせる” と感じていたシェークスピアの作品から引用したもの。

 交響曲第1番は、彼が合唱指揮者をつとめていたベッサスタジル教会の祭壇の背後の装飾 −− 左側に中央に視線を向ける人物が、右側には中央を振り返る人物たちが描かれたトリプティック −− からインスピレーションを得た作品。作品も3つの楽章から構成される。第1楽章アンダンテ・コン・エスプレッショーネ(表情ゆたかなアンダンテ)と第3楽章アンダンテは、どちらも2つの主題 (ひとつはリズミカルな、もうひとつは歌うような) に基づいて音楽を展開させ、特に終楽章では、激しい律動がヨウン・レイフスの曲を思わせるような、アイスランドのアイデンティティを示唆する音楽を聴かせる。第2楽章ラルゴは、ロンドンのテート・ギャラリーで見た、50万枚の異なる大きさの鏡で作られた光の彫刻に触発されたという。多声部の分割弦が作り出す絶え間のない動きが、光の変化を模した音楽が宗教的な神秘に変容していく。この作品は、アイスランドに移住後の1983年から翌年にかけて作曲された。

 第2番の交響曲は、1991年にジョン・スペイトが家族と一緒に行ったアフリカ旅行の体験から生まれた作品。テュニジアのサハラ砂漠の美しさに魅せられた後、ホテルに戻り、テレビのニュースでイラクのクウェート侵攻を知る。“美しい景色が武器とすさまじい暴力によって破壊されることを予見” した作曲者は、テュニジアで感じたことを音楽で表現することを決意する。荒野で叫ぶ者の声 (ソプラノ独唱) が「暴力と地の戦いが止み……」と歌うテクストは、ジョン・ミルトンの「失楽園」(第11巻) からとられている。1992年2月6日、ポーランドのワルシャワで開催されたISCM (国際現代音楽協会) のフェスティヴァルで、ペトリ・サカリ指揮アイスランド交響楽団とジュリー・ケナードにより初演された (ディスクの音源は、1996年9月のアイスランドでのライヴ録音)。

Musica Rediviva MRCD101 ある風景の中で (In a Landscape) − 独奏マリンバのための作品集
新実徳英 (1947-) For Marimba I (マリンバのために I) (1975)
ジョン・ケイジ (1912-1992) ある風景の中で (1948)
ミクローシュ・マロシュ (1943-)
 マリンバカプリッチョ (1996) (マリンバとヴィブラフォーンのための)
坪能克裕 (1947-) Menicsus for Marimba (メニスクス) (1970)
ヘンリク・マッテーン (1970-) Through Waters I Tread (流れのなか、歩を運ぶ) (1998)
ヘイメル・シェーブルム (1910-)
 Imagination for Marimba (マリンバのためのイマジネーション) (1977)
ダニエル・ベリ (1971-) Over the Moon (月を越えて)
  ダニエル・ベリ (マリンバ)
三木 稔 (1930-) Marimba Spritual (マリンバ・スピリチュアル) (1983-84)
  ダニエル・ベリ (マリンバ) フレードリク・アンデション (打楽器)
  フレードリク・ビョーリン (打楽器) フレードリク・ティーゲル (打楽器)

◇スウェーデンの打楽器 (マリンバ) 奏者ダニエル・ベリ Daniel Berg が演奏する独奏マリンバの作品集。1997年にロッテルダム音楽大学、2000年にヨーテボリ音楽大学のマリンバ独奏者の課程を修了。アンデシュ・オーストランド Anders Åstrand、エイナル・ニルセン Einar Nielsen、ロベルト・ファン・シーセ Robert Van Sice が師。現在は、ヨーテボリの母校でマリンバを教えるかたわら、北欧各地で客員講師として活躍中。アンデシュ・ニルソン Anders Nilsson (b.1954) がベリのために作曲したマリンバ協奏曲は、2000年にヨーテボリ交響楽団との共演により初演された。演奏されているのは、アメリカ、スウェーデン、日本の作曲家による作品と、ベリ自身がスウェーデンの小曲を編曲した作品が1曲。ハンガリー出身のスウェーデン人ミクローシュ・マロシュ Miklós Maros の《マリンバカプリッチョ (Marinbacapriccio)》は、ギターのために書いた曲が改作されている。音の速い動きとギター的な和声が特徴的。中間部だけはヴィブラフォーンによって演奏される。ヘンリク・マッテーン Henrik Martén は、室内楽のための作品を中心とした作曲活動を行っている若手。1996年以降は、主に作曲技法としてサークル(円)やその他の幾何学図形を用いるらしい。ヘイメル・シェーブルム Heimer Sjöblom は、1975年までストックホルムの聖マタイ教会のオルガニスト。1977年に打楽器のための作曲された作品の1曲、《Imagination for Marimba (マリンバのためのイマジネーション)》からオルガン曲の響きが聞こえるのは、先入観のせいだけでもなさそう。ベリの編作《マリンバのための3つのエチュード (3 études for the Marimba)》の第3曲、エイナル・ニルセンに献呈された《Over the Moon (月を越えて)》のハーモニーは、ディープ・パープルからインスピレーションを受けたとされる。

Naxos 8.555077 ゲイル・トヴェイト (1908-1981) ピアノ協奏曲第1番 ヘ長調 作品1 (1927)
 ピアノ協奏曲第5番 作品156 (1954)
  ホーヴァル・ギムセ (ピアノ) ロイヤル・スコットランド・ナショナル管弦楽団
  ビャッテ・エンゲセット (指揮)

◇ノルウェーの作曲家トヴェイト Geirr Tveitt は、7曲のピアノ協奏曲 −− うち1曲は、ハルダンゲルの民謡を素材にした、2台のピアノと管弦楽のための作品 −− を書いたとされる。第5番だけは出版され、LP録音もあったが、第1番と第4番 (作品130《北極光》、復元版) は手稿譜のみ。第2番《ラヴェルへのオマージュ》−− 1933年にイーヴァル・ヨンセン Ivar Jonsen と作曲者による2台のピアノ版で初演 −− は、行方不明。第3番 作品126 《ブラームスへのオマージュ》 は、トヴェイト自身がピアノを弾いた1947年の録音 (Simax PSC1805) があるが、楽譜は失われたもよう。第6番の楽譜も1970年の火事で焼失したのではないかと考えられている (録音もない)。

 Naxos にシベリウス作品の録音を続けているノルウェーの若手ホーヴァル・ギムセ Håvard Gimse (1966-) は、トヴェイトのピアノ作品集 (ハルダンゲルの50の民謡の現存する最初の50曲と第73番など) を Marco Polo に録音している (8.225055, 8.225056)。同じくノルウェーの指揮者ビャッテ・エンゲセット Bjarte Engeset (1958-) は、Naxos にスヴェンセンの交響曲の録音がある (8.553898)。のびやかな旋律の歌わせ方と瑞々しいオーケストラの響きが魅力的な演奏だった。

Phono Suecia PSCD135 ラーシュ・エードルンド (1922-) 合唱作品集
 イコン (Ikoner) (1994) (混声合唱と室内管弦楽のための)
 楽園 (Pradiso) (1995) (ソプラノ、バリトンと混声合唱のための)
 2つの詩 (1970) (ソプラノ、混声合唱とピアノのための) 
 白樺の樹皮 (Näverbitar) (1998) (ソプラノ、バリトン、朗読、混声合唱と室内管弦楽のための)
  ウルリカ・エクストランド (ソプラノ) ジャネッテ・コーン (ソプラノ)
  カール=マグヌス・フレードリクソン (バリトン) ベンクト・フォシュベリ (ピアノ)
  ペール・ミュールベリ (朗読) グスタフ・シェークヴィスト室内合唱団
  ウプサラ室内管弦楽団 グスタフ・シェークヴィスト (指揮)

◇ラーシュ・エードルンド Lars Edlund は、スウェーデン西部ヴェルムランドの出身。1942年、ストックホルムの王立音楽大学に入学。その後、教会音楽家と教職の道をめざす。1947年から1959年にかけて教会音楽家として活動するが、プロテスタント教会の音楽の美学と目的に失望し、カトリックに転向。1960年からは母校の王立音楽大学で楽理を教える。1971年、音楽院のポストを辞したエードルンドは、作曲活動に専念するために夏の別荘のあるゴトランドに転居。ほどなくして、動脈瘤のせいで療養生活を送りながら、創作をつづける。一定の流儀に染まることを好まず、独自の道を歩む作曲家との定評の持ち主。

 室内管弦楽をともなう混声合唱のための《イコン (Ikoner)》は、トゥマス・トランストロメル Tomas Tranströmer の詩に基づく作品。比喩的表現の散文詩による《マドリガル (Madrigal)》、静かな導入から行進曲にかわる《多くの歩み (Många steg)》、空間のひろがりが感じられる《ロマネスク様式のアーチ (Romanska bågar)》の3曲で構成される。《楽園 (Paradiso)》のテクストは、ダンテの「神曲」。古代ローマの詩人ヴェルギリウスに導かれて楽園をめざすダンテは、地獄をとおり、煉獄をとおり、楽園に入ろうかというところで初恋の相手ベアトリーチェに出会う。そのベアトリーチェに連れられて最高天、そして楽園へ。最後には、神と対面する。《Come L'Augello (鳥のように)》、《La bellezza di Beatrice (ベアトリーチェの美しさ)》、《Oh, quanto corto (なんと短いのだろう)》の3曲。オステン・シェーストランド Östen Sjöstrand の詩集「謎にみちた妨げ (De gåtfulla hindre)」から選ばれた《2つの詩 (Två dikter)》 −− 氷塊と格闘する砕氷船を表現するかのようなピアノの強奏で始まる《冬の海の変化 (Förvandlingar i vintervatten)》と、瞑想の音楽《シリヤン湖のほとりの変容 (Metamorfoser vid Siljan)》。

 《白樺の樹皮 (Näverbitar)》は、スウェーデン合唱連盟、スウェーデン歌手連盟、Föreningssparbanken (組合貯蓄銀行) の委嘱作品。ラーシュ=エーリク・ラーション Lars-Erik Larsson (1908-1986) の人気曲《偽装の神 (Förklödd Gud)》に似たな編成 −− 混声合唱、管弦楽、独唱者2人、朗読 −− で、しかもアマチュア合唱団がこなせる技術レベルの作品との希望に応えて作曲された。テクストは、スウェーデンのグンナル・エーケレフ Gunnar Ekelöf の「白樺の樹皮に描いた (Målat på Näverbitar)」。管弦楽の前奏のあと、ラップランドの自然と人を歌った6つの詩 −− 《絵はがき (Vykort)》、《格言の壁掛け (Ordspråksbonad)》、《短い歌 (Låt)》、《白樺の箱の上で (På en näverdosa)》、《春 (Våren)》、《香りの記憶 (Doftminnen)》 −− が、それぞれ朗読に導かれて歌われる。ラーションとは違った抒情をもった作品。1999年のシリヤン音楽フェスティヴァルの際にシリヤン岬教会で初演された。

Smekkleysa SMK9 ヨウルン・ヴィーザル (1918-) 
 ピアノ協奏曲《強打 (Slátta)(1977)
  ステイヌン・ビルナ・ラグナルスドウッティル (ピアノ)
  アイスランド交響楽団 ペッテル・スンドクヴィスト (指揮)
 昔のアイスランド民謡による変奏曲
  (Tillbrigði um íslanskt þjóðlag) (1975) (チェロとピアノのための)
  ロヴィーサ・フィエルステード (チェロ)
  ステイヌン・ビルナ・ラグナルスドウッティル (ピアノ) 
 5つの古いアイスランドのバラードによる瞑想 (Hugleiðingar um fimm gamlar stemmur) (1963)
  ヴァルゲルズル・アンドリェスドウッティル (ピアノ)
 アイスランド組曲 (Íslensk svíta) (1974) (ヴァイオリンとピアノのための)
  レイフェイ・シーグルザルドウッティル (ヴァイオリン) セルマ・グヴズムンスドウッティル (ピアノ)

◇ヨウルン・ヴィーザル Jórunn Viðar は、レイキャヴィークに生まれた作曲家。管弦楽、ピアノ、室内アンサンブル、歌曲、合唱曲など幅広いジャンルを誇り、バレエ、劇、映画のための音楽も手がけている。ベルリン音楽大学でピアノを、その後ニューヨークに渡り、ジュリアード音楽院でヴィットリオ・ジャンニーニ Vittorio Giannini のもとで作曲法を学ぶ。卒業後の1945年アイスランドに戻り、アイスランド交響楽団との共演や多数のリサイタルでピアニストとして活躍。《森の若者 (Únglíngurinn í skóginum/The youth in the woods)》など数曲の歌曲を、本格的な作曲活動に入る前の時期に書いた。1949年、アイスランド人の手で作られた最初の映画「谷の最後の農場 (Síðasti bærinn í dalnum/The Last Farm in the Valley)」のための音楽の作曲後、アイスランド放送局で数年にわたり音楽番組の製作に携わる。1959年から1960年にかけてピアノ演奏の研鑽のためウィーンに留学。その後20年間は、歌曲と室内楽曲を数多く作曲する。

 このディスクに収録された4曲は、すべてこの時期の作品。ピアノ協奏曲《強打 (Slátta)》は、“古典協奏曲とアイスランド固有の色調を結びつけること” (ヨウルン・ヴィーザル) を意図した作品。“強打” は、力強いリズムと “弦を強く打つこと” を示す。ロマンティックな味わいと民俗的雰囲気の音楽は、アイスランドの民俗音楽に対するヨウルンの強い関心をうかがわせる。アイスランド民謡を素材にした《昔のアイスランド民謡による変奏曲》と《5つの古いアイスランドのバラードによる瞑想》、そしてヴァイオリンに “フィドル” 的な奏法も求める《アイスランド組曲》。どちらかといえばクラシカルな雰囲気が漂う歌曲 −− 「森の若者」(Smekkleysa SMK8) で彼女の作品ばかり20曲を聴くことができる −− とは異なったヨウルンの音楽が楽しめるディスク。

Smekkleysa SMK17 わたしは旅に出る − アイスランドの教会音楽
アイスランド民謡 おお、神よ、憐れみを求めます
アイスランド民謡 (スマウリ・オウラソン (1946-) 編曲) わたしは旅に出る
13世紀アイスランド (スマウリ・オウラソン 編曲) 神の庇護はあなたの無垢をお守りになる
エリーン・グンレイグスドウッティル (1965-) 人は神に誓いをたてねばならぬ
アイスランド民謡 太陽が昇った
11-12世紀アイスランド (スマウリ・オウラソン 通奏低音) 聖オウラフのセクエンツァ
アイスランド民謡 (ヤコブ・ハトルグリームソン (1943-) 編曲) ヴェロニカの詩
バウラ・グリームスドウッティル (1960-) 聖母を讃えたい
アイスランド民謡 (スマウリ・オウラソン 編曲) 聖務日課
アイスランド民謡 (エリーン・グンレイグスドウッティル 編曲) 世の虚栄の上に
インギビョルグ・ベルグソウルスドウッティル (ヤコブ・ハトルグリームソン 編曲)
 お見せください、太陽の父よ
アイスランド民謡 (バウラ・グリームスドウッティル 編曲) わたしには役には立たないだろう
アイスランド民謡 (フロウズマル・インギ・シーグルビョルンソン (1958-) 編曲)
 おお、神よ、憐れみを求めます
グンナル・レイニル・スヴェインソン (1933-) ミサ・ピッコラ (1982)
  フィンヌル・ビャルナソン (テノール) 南アイスランド室内合唱団
  ヒルマル・オットルン・アグナルソン (指揮) エイルーン・ヨウナスドウッティル (メッツォソプラノ)
  マグネア・グンナルスドウッティル (ソプラノ) コルベイン・ビャルナソン (フルート)
  カウリ・ソルマル (オルガン)

◇南アイスランド室内合唱団 (Kammerkó Suðurlands) は、1997年にアイスランド南部の声楽家を中心にして創設されたグループ。スカウルホルト教会のオルガニスト、ヒルマル・オットルン・アグナルソンが設立以来の指揮者を務める。このグループは、1999年スカウルホルトで、全島集会 (アルシング) でキリスト教の採用が決議された西暦1000年から現在に至る教会音楽をプログラムにした、“アイスランド教会音楽の1000年” と題する夏のコンサートを開催した。1000年間にわたるアイスランドの人たちの神への賛美の仕方を聴き手に知ってもらうことを意図、その際の曲目から14曲を選んでスタジオ録音したのがこのディスク。もっとも古い曲は11世紀ないし12世紀にさかのぼる《聖オウラフのセクエンツァ (Sekvensía Ólafs helga)》−−キリスト教の擁護者、ノルウェー国王オーラフ (オラヴ)二世 (聖オーラフ) への頌歌。グンナル・レイニル・スヴェインソン Gunnar Reynir Sveinsson の《ミサ・ピッコラ (Misssa Piccola) (小ミサ曲)》は、ラテン語の典礼文 (キリエ、グローリア、クレド、サンクトゥス、アニュス・デイ) と、アイスランドでもっとも偉大な詩人のひとりとされるハトルグリームル・ピェートゥルソン Hallgrímur Pétursson (1914-1974) のテクストを結びあわせた作品。3人の独唱者、混声合唱、フルートとオルガンのために書かれた。

Smekkleysa SMK18 マグヌース・ブロンダル・ヨウハンソン (1925-) 作品集
 エレクトロニック・スタディ (Elektrónísk stúdía) (1959)
  (管楽五重奏、ピアノとエレクトロニクスのための)
 15のミニグラム (15 minigrams) (1961) (フルート、オーボエ、クラリネットとバスーンのための)
  トリェブラウサラ四重奏団
 配列 (Samstirni) (エレクトロニクスのための)
 点 (Punktar) (管弦楽とエレクトトロニクスのための)
  アイスランド交響楽団 パウトル・P・パウルソン (指揮)
 ソノリティーズ I (Sonoriries I) (1963) (ピアノのための)
 ソノリティーズ III (1973) (ピアノとテープのための)
  ハトルドウル・ハラルソン (ピアノ)
 4つの抽象的作品 (Fjórar Abstraktjónir) (1951)
  ギースリ・マグヌーソン (ピアノ)

◇マグヌース・ブロンダル・ヨウハンソン Magnús Blöndal Jóhannsson は、アイスランドの北東部ランガネスの生まれ。7歳になる前にピアノ曲を書き始め、レイキャヴィークに移った後の10歳の時に音楽学校に入学。フランツ・ミクサ Franz Mixa、その後ヴィクトル・ウルバンチチ Victor Urbancic とカール・O・ルーノウルソン Karl O. Runólfsson に作曲を学ぶ。11歳でピアニストとしてもデビューしている。1946年にアメリカ軍の船で父親とともにニューヨークに渡り、ジュリアード音楽院で作曲法とピアノの研究をつづけ、あわせて指揮法の練習も行う。アイスランドに戻った1954年、国立放送局の音楽部門の職を得て活動を開始する。新聞の音楽批評や、アイスランド国立劇場をてはじめとする、ピアニストと指揮者としての劇場での活動も活発に行うようになる。《屋根の上のヴァイオリン弾き》といったミュージカルや《フィガロの結婚》やメノッティの《アマールと夜の訪問者》などのオペラの上演もその中に含まれる。 主にロマンティックな作風の歌曲と器楽作品を書くことから作曲者としてのスタートを切ったが、帰国前の1950年ごろから20世紀の技法に関心をもつようになり、1951年には、アイスランドの作曲家が書いた最初の十二音音楽とされる《4つの抽象的作品 (Fjórar Abstaktsjónir/Four Abstractions)》を作曲する (このディスクの最後に収録された作品)。

 このディスクには他に、エレクトロニクス技術を使った、マグヌースの非ロマンティックな作品が中心に集められている。エレクトロニクス機器の乏しかった時期に2台のテープレコーダーと正弦波発生器を応用した、管楽五重奏とピアノのための《エレクトロニック・スタディ (Elektrónísk stúdía/Electronic Study)》。アイスランド初の偶然性の音楽《15のミニグラム (15 minigrams)》。シュトックハウゼンにテープを送ったことから、マグヌースのもっとも有名な作品となった《配列 (Samstirni/Constellation)》。《点 (Punktar/Points)》は、アイスランド音楽史上初の管弦楽とエレクトロニクスを組み合わせた作品。1962年に初演された。《ソノリティーズ第1番 (Sonorities I)》の初演を行ったのは作曲家のソルケトル・シーグルビョルンソン。内部奏法やクラスターなどの新しい奏法が取り入れられている。《ソノリティーズ第3番 (Sonorities III)》のほうは、テープに納められた種々の音がピアノの背景音楽の役割を果たす。

 映画「砂の間の土地 (The Land between Sands)」の同名主題歌のような、調性のあるロマンティックな曲で有名なマグヌースの、(同じように高く評価されている) 前衛的手法の作品に焦点をあてるディスク。

Smekkleysa SMK19 尊い踊り − ギターのためのアイスランドの室内音楽
アトリ・ヘイミル・スヴェインソン (1938-)
 尊い踊り (Dansar dýrðarinnar) (1983)
  (ギター、フルート、クラリネット、チェロとピアノのための)
ソルケトル・シーグルビョルンソン (1938-)
 温泉の鳥たち (Hverafuglar) (1984) (フルート、ギターとチェロのための)
ハブリジ・ハトルグリームソン (1941-)
 トリスティア (Tristía) (1984) (ギターとチェロのための)
  ピェートゥル・ヨウナソン (ギター)
  CAPUT
   コルベイン・ビャルナソン (フルート) グヴズニ・フランソン (クラリネット)
   シーグルズル・ハトルドウルソン (チェロ) ダニーエル・ソルステインソン (ピアノ)

◇アイスランドのギター奏者ピェートゥル・ヨウナソン Pétur Jónasson (1959-) と、アイスランドを代表する室内アンサンブルのひとつ CAPUT のメンバーが共演するディスク。アトリ・ヘイミル・スヴェインソン Atli Heimir Sveinsson の《尊い踊り (Dansar dýrðarinnar/Precious Dances)》は、ギター奏者としてのキャリアをはじめたばかりのピェートゥルから、“ギターが主役の室内楽曲を”ということで委嘱された作品。バロック期の組曲にみられるような様式化された舞曲、全11曲から構成される。アイスランド西部、レイキャヴィークの北に位置するブレイザフィヨルズル湾 Breiðafjörður の穏やかでと美しい海と島々を心に投影しながら作曲された。各曲のタイトル −− 《絶えずそびえ立つ岩々》、《石のように硬くなった黒い海》、《果てしない海原の目に見えない水》、《海の死の舞踏》、《緑の海の黒い馬》、《ナウシカーが泣く》、《鯨のセレナード》、《ひとにぎりの幸せな者たちに》、《海の秋の花》、《眠る海》、《意味はっきりと》 −− は、作曲当時アトリ・ヘイミルが愛読していた、スタンダール、フロベール、ジョイスらの小説にちなんでいる。“多くの作曲者の例にもれず、ギターという楽器にまったく不案内” だったアトリ・ヘイミルは、ピェートゥルの知恵を借りながら作曲を進めたという。曲によって、ギターと合奏する楽器が変わり、そのつど心象風景がおもしろく変化する。

 《温泉の鳥たち (Hverafuglar/Hot Spring Birds)》は、蒸気のたちこめる硫黄だまりを泳いでいるのが目撃されながら、誰も飛ぶのを見たことがないという鳥のこと。余分な羽根をとりのぞいていたり、雛を教育したり、あるいは餌をさがしにもぐったりするのを疲れた旅人が目にしたことがあるとも。「おそらく話のでっちあげにすぎないのだろうが、まあ、この曲もそんなもの」と、作曲者のソルケトル・シーグルビョルンソンは言う。静かな抒情とおどけた味。ソルケトルが楽しんで作曲した様子が目に浮かびそうな音楽。ピェートゥルとハブリジ・ハトルグリームソンに献呈された。

 《トリスティア (Tristía/Tristia)》は、チェリストでもあるハブリジ・ハトルグリームソン Hafliði Hallgrímsson が、1984年のレイキャヴィークでの芸術祭にピェートゥルと一緒に演奏するために描いた作品。ギターとチェロという音色も性格の異なるふたつの楽器の響きをうまく活かし、微妙な色彩のたゆたいを表現する。現在はエディンバラに居を構えるハブリジが、祖国アイスランドの思い出をインスピレーションに作曲した“ほとんど超現実的な音楽のスケッチブック”。《北の川》、《透き通った春》、《ぼんやりした山々》、《海原の波》、《時と空間にみちて》、《星はけっして殺さない》、《沈黙をわたる飛翔》の7曲からなる組曲。作曲者自身がチェロを弾いてピェートゥルと共演したディスクもリリースされている (Merlin MRFD88101)

 《アルハンブラ…》の楽器、と考えられがちだったギター。このディスクの3曲のように、高度な技術を要求されたギターが多くを語る音楽を聴くと、ギターが室内楽曲の重要な楽器のひとつとして見直されるのではないか。

 

ワールドミュージックとその他の新譜

Buen BKCD24 ハリングフェレ教則本 第3集
 シンドロエン フィエルヒ・ザ ノリンゲン ビグダトロエン 他
  クヌート・ブーエン(ハリングフェレ)

◇現代ノルウェーの代表的フィドル奏者 −− ノルウェー演奏家協会会長でもある −− によるハリングフェレの教則本。演奏と説明(ノルウェー語)が交互に収録されている。

Drone DROCD020 自分でできる!
 レメン ブロストラットロテン ヴァルム・オチュ・ウテ セフンネス トムゴングロト 他
  アンデシュ・ノルッデ(セクピパ(バグパイプ)、ニッケルハルパ)

◇1980年代末にヘドニンガルモという革新的な民俗音楽グループを結成したスウェーデンの民俗楽器演奏者アンデシュ・ノルッデの初めてのソロアルバム。スペルマンのスタイルを踏襲しながらも古風さは排除し、といってもポップス的にならない独特の雰囲気をもったアーティストといわれる。22曲の伝統曲と4つのオリジナル曲が演奏される。

Grappa GRCD4171 ヘンリク・イプセン「テリエ・ヴィゲン」
 序曲 導入 若さと結婚 家族 飛翔と闘争 ヨット 他
  ヘルゲ・ヨルダル(歌、朗読)

◇ヘンリク・イプセンが書いた文章の朗読と、彼の作品をテクストにした歌を収録(全43トラック)。歌の伴奏はギターやヴァイオリンなど。

Heilo HCD7161 ホンダルスタウセネ
 結婚行進曲 ワルツ スプリンガル 他
  フリエ・フォルメル

◇女性7人のフィドルとハリングフェレのグループ。1983年から活動を続け、リレハンメル・オリンピックの際にも演奏した。このディスクの曲は、すべて伝統の舞曲。ゲストのヴォーカルが加わる曲も含まれる。

Suono Propulsion CDSP001 ティド
 コラル ハリング 青い森の中の娘 ティド カンテレ 他
  B. A. R. K.

◇スウェーデンの伝統音楽をハウス・ミュージック風のアレンジで聴かせるグループ。ハリングフェレをはじめとする民俗楽器を多用し、伝統的な歌 −− 伝統曲とオリジナル曲 −− をリズミカルな音楽として聴かせる。全9曲のうち7曲は男性ヴォーカルつき。

Talik TA1CD オラヴ・モーエ、ハリングフェレ
 ヨルン・ヒルメのスプリンガル ヴォルフラウメン トゥッセブルレフェルレ 他
  オラヴ・モーエ(オラフ・モエ)(ハリングフェレ)

◇ノルウェーのハリングフェレ奏者オラヴ・モーエ Olav Moe (1872-1967) の1937年録音の復刻。前の世代のスペルマン、ヨールン・ヒルメ (1778-1854) を踏襲したスタイルの持ち主とされ、伝統曲を演奏したこれらの録音により、村々の結婚式や祭りでのフィドルの活躍ぶりをしのばせるディスク。

Voss VOSS2000 ヴォッシンゲン
 ヴォッシンゲン モンス・イ・ハウゴ ラウセスロッテン フィリスペル ストルスヴィゼ 他
  ヴォス・スペレマンスラグ

◇フィヨルド観光の拠点として知られるノルウェー南部の町ヴォスで1941年から活動をつづける民族音楽グループ。楽団を主体とする音楽学校を設立して演奏家を育てるなど、活動は幅広い。伝統の曲をレパートリーとする。小編成のアンサンブル曲と合唱曲を含む。


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© Nordic Sound Hiroshima

CD artwork © Danacord (Denmark), BIS, Musica Rediviva (Sweden), Smekkleysa (Iceland), Naxos