Newsletter No.32   19 June 2001

 

デンマーク! デンマーク! − ヘアマン・D・コペル、作曲家、ピアニスト

 北欧に関する本のなかでもっともユニークな一冊は、間違いなく、W・ブラインホルストの「われら北欧人」です (Willy Breinholst: "Meet the Scandinavians" and four other stories、矢野創・服部誠 訳、東海大学出版会)。北欧人の著者が北欧人を語る語り口の面白さと随所にはさまれたイラストのかわいらしさに、棚から取り出すと、つい読みふけってしまいます。書店の店頭にあったら、手にとってみてください。楽しさは保証します。

 この本を読んで印象に残ることのひとつは、ことあるごとにデンマーク人と他の国の人たちとの違いが引き合いに出されることです。たとえば、この本の最初のほうに、“北欧人が背比べをしたら” という一節があります。それによると、もっとも長身はスウェーデン人で、それに続くのがデンマーク人。ただし、デンマーク人だけは、椅子の上に立って背を比べるのだとか。

 その真偽のほどはデンマーク人にたずねるとして −− ヤな顔をされるかな? −− デンマークの一部ユラン半島 (ユトランド) がヨーロッパ大陸にあり、ドイツと国境を接しているという地理上の理由なのか、それともデンマーク人特有の気質のせいなのか、あるいはもっと複雑な事情があるのかはわかりませんが、北欧諸国のなかでデンマークというのはどことなく微妙な位置にあるような気がします。

 音楽についても、似たような感じを抱くことがあります。

 デンマークの音楽が “北欧” を感じさせるようになったのはいつごろからか? いろいろな意見があることでしょうが、19世紀前半のデンマークの黄金時代、とりわけニルス・ゲーゼ Niels W. Gade (1817-1890) から、と言っても、まず抵抗なく受け入れてもらえるでしょう。いや、“北欧の夏の爽やかな風” (2つのノヴェレッテ (Paula PACD12) など) といった言葉がまっさきに浮かんでくるゲーゼの音楽は、いかにも “北欧” です。

 一方、彼の先輩にあたる作曲家たちの音楽にゲーゼほどの “北欧” が感じられるかというと、どうも違うような気がします。劇音楽《妖精の丘 (Elverhøj)(dacapo 8.224053) やオペラ《ルル (Lulu)(Kontrapunkt 32009/11) で有名な、作曲家のフレゼリク (フリートリヒ)・クーラウ Frederik Kuhlau (1786-1832) は、(ドイツ生まれということが関係するかどうかは論を待つとして) ベートーヴェンの音楽への郷愁を強く感じさせ、クーラウの前の世代 、 同じくドイツ出身のCEF・ヴァイセ Christoph Ernst Friedrich Weyse (1774-1842) の交響曲となると、これはほとんどハイドンと言っても、まず叱られることはないでしょう。ドイツから移り住んだヨーハン・エルンスト Johan Ernst の子、JPE・ハートマン Johan Peter Emilius Hartmann (1805-1900) の初期の作品にしても、大陸寄りの感は否めません。そのことで彼らの音楽の魅力が損なわれるということでないのは、言うまでもありませんが。

 あれこれ見回してみても、“北欧の国デンマーク” の音楽となると、やはりゲーゼに戻ってきます。スコットランドの伝説を題材にした演奏会序曲《オシアンの余韻 (Efterklange af Ossian)》(cpo 999 362-2 他)。このどこかクールな風合いは、うーん、“北欧” の音楽ですね。

 でも、このゲーゼでさえ、同じ時代、スウェーデンで最初に北欧的な音楽を響かせたとされるフランス・ベールヴァルド Franz Berwald (1796-1868) とくらべると、やや話は変わってきます。一番いい例が、ゲーゼの交響曲です。どこがどうなっているから、ということはその道の専門家にまかせるとして、ゲーゼの10曲の交響曲は (ひとまとめにして)、ベールヴァルドの交響曲ほどには、北欧的ではないのではないような……。でも、でも、やはり “北欧の” と呼びたい音楽。このあたりの微妙なところが、デンマークの音楽の特殊なところ。言い方をかえるなら、デンマークの音楽には、いわゆる北欧の透明な響きとはどこか違う、独特の色合いが感じられる、とでもなるでしょうか。

 この感じ、ゲーゼの後のデンマークの音楽を聴くと、もっとよくわかってもらえるでしょう。JPE の子のエミール・ハートマン Emil Hartmann (1836-1898)CFE・ホーネマン Christian Frederik Emil Horneman (1840-1906)、ヴィクトー・ベンディクス Victor Bendix (1851-1926)。そして、極めつけはカール・ニルセン Carl Nielsen (1865-1931) とルーズ・ランゴー Rued Langgaard (1893-1952)。この作曲家たち −− 魅力的な作曲家たち −− の音楽を、たとえばスウェーデンの同時代の作曲家たちの音楽と重ね合わせると、「ああ、そういうこと」 と納得してもらえると思います。

 アードルフ・フレードリク・リンドブラード Adolf Fredrik Lindblad (1801-1878)、エミール・シェーグレン Emil Sjögren (1853-1918)、ヴィルヘルム・ペッテション=ベリエル Wilhelm Peterson-Berger (1967-1942)、ヴィルヘルム・ステーンハンマル Wilhelm Stenhanmmar (1871-1927)、ヒゥーゴ・アルヴェーン Hugo Alfvén (1872-1960)、テューレ・ラングストレム Ture Rangström (1884-1947)、そして、天真爛漫で “ナイーヴ (素朴)” なクット・アッテルベリ Kurt Atterberg (1887-1974)。そのほかにも、19世紀生まれの作曲家では、ヨースタ・ニューストレム Gösta Nystroem (1890-1966) や、大事な、ヒルディング・ルーセンベリ Hilding Rosenberg (1892-1985) もいますが、彼らはすでに “現代” の人たち。むしろ、(現代の手法で出発しながら)スウェーデンの伝統に根ざした音楽を書いて親しまれたラーシュ=エーリク・ラーション Lars-Erik Larsson (1908-1986) のほうが、20世紀の生まれであっても、彼らの仲間に加えられるかもしれません(それにしても、スウェーデンのロマンティシズム音楽は圧巻!)。

 こう列記したスウェーデンの作曲家の音楽を先に挙げたデンマークの人たちの音楽とくらべると、響きにはかなりの違いがないでしょうか(“精神のあり方”ではなく、あくまで響きの違いです)。そして、「北欧の音楽が好き」と言いながら、デンマークよりもスウェーデン (あるいはノルウェー) の作曲家たちにどうしても耳が向いてしまいがち、ということがあるとすれば、この“響き”がかなり影響しているのではないか。個人的に、漠然とそんな気がしています。

 このデンマークの音楽も、もっと現代に近くなると、いわゆる “北欧の響き” がくっきりと感じられるようになります。イブ・ネアホルム Ib Nørholm (b.1931)、そしてずっと後の世代ではハンス・エブラハムセン Hans Abrahamsen (b.1952)、ベント・セーアンセン Bent Sørensen (b.1958)。とりあえずこの3人の作家に代表してもらえばいいでしょう。ネアホルムの室内楽のための諸作品 (Kontranpunkt 32019, 32065, 32272)、エブラハムセンの《ウォールデン (森の生活) (Walden)》と《冬の夜 (Winternacht)》(Paula PACD37)。そして、セーアンセンのヴァイオリン協奏曲《朽ちゆく庭園 (Sterbende G&amul;rten)(dacapo 8.224039)。これらの曲を聴いたことがありますか? 透明な響きとひろがりのある素敵な音楽です。フランス・シベア Franz Syberg (1904-55) の音楽を加えてもいいかもしれませんね (Kontrapunkt 32088, 32126, 32135, 32191, 32197)

 しかし、デンマーク音楽界で厳然として大きな影響をもっていたのはカール・ニルセンです。ニルセンの音楽に他の北欧諸国の音楽ほどの “北欧の響き” があるかどうかは、この場合、あまり意味がなく、むしろ、ニルセンの音楽から強く感じられる人間性が大事でしょう。デンマークの作曲家たちにとって、ニルセンの存在は、(ランゴーの場合のように)反発の対象になることもあったものの、創作の力強いバックボーンとなることのほうが圧倒的に多かったと考えられます。たとえば、歌曲集《中国の笛》を書いたポウル・シアベク Poul Schierbeck (1888-1949) の、構成のしっかりした、魅力的な交響曲 (Danacord DACOCD) は、(模倣ではなく) ニルセンの音楽の上に成り立った曲だと言えるでしょう。

 ヘアマン・D・コペル Herman D. Koppel (1908-1998) もカール・ニルセンを尊敬していたひとりです。コペルは、20世紀デンマーク音楽界で、作曲家、ピアニスト、教育者として大きな尊敬を得ていながら、必ずしも国際的な知名度が高かったとは言えません。コペルの両親は、1907年、ポーランドからコペンハーゲンに移住した、ユダヤ系のポーランド人でした。当時ポーランドはロシアの占領下にあり、ロシア軍に徴兵されることを嫌ったための移住です。

 コペルとニルセンの最初の出会いは1925年。王立音楽アカデミーの入学試験の時のことです。コペルは、バッハのイタリア協奏曲の第3楽章、そして自作の小品、《昔の踊り (Gammel Dans)》を演奏。コペルが自作を弾いていると、選考委員のひとりだったニルセンはコペルのところに行き、肩越しにのぞきこみ、演奏が終わるなり、コペルに声をかけます。「形式に対して、素晴らしくいいセンスをしている」。これは、40年前、ニルス・ゲーゼが若きニルセンに対して言ったのと同じ言葉ことでもあります (エスベン・タンエ・クリステンセン Esben Tange Kristensen によるコペルの略伝から)。

 音楽院に合格すると、入学する前から師事していたルドルフ・シモンセン Rudolph Simonsen (1889-1947) のもとでピアノをつづけるとともに、カール・ニルセンの音楽にも私淑していきます。シモンセンは作曲家でもあり、ニルセンの死後アカデミーの楽長職に就任し、(作品の精神的背景や雰囲気は異なりながらも)ニルセンが作った音楽の流れを維持することに尽力 した人です。1928年にはニルセンの大作カンタータ《芸術賛歌 (Hymne til Kunsten)》の上演に協力。1930年3月のデビューでは、ニルセンの《主題と変奏 (Tema med Variationer)(FS81) を弾き、プロのピアニストとしての最初のコンサート (1930年10月) のプログラムはすべてニルセンの作品だったといいます。

 ニルセンはコペルの作曲にも影響を与え、作品番号1のピアノソナタ ホ短調 (1928) では、随所に “ニルセンの余韻” を聴くことができると言われます。しかし、コペルがニルセンの音楽をそのまま模倣したのでないことは、コペルのその後の活躍を考えれば、言うまでもないでしょう。そのことについて、コペル自身はこう言っています。「わざとニルセンの音楽をまねるということではなく、作品を書くうえでニルセンが守った音楽的、倫理的な規範を、建設的な意味で、いつも拠り所としてきた」。

 実際、コペルとニルセンとの間には、人間的にかなりの共通点があったと言われています。まず、このふたりの音楽家は、人間を肯定的にとらえていた、ということがあります。カール・ニルセンが人類を愛していたことを象徴するのが、第1次世界大戦をきっかけに書かれた交響曲第4番。曲の内容を暗示したものとされる副題、《消しがたきもの (Det Uudslukkelige)》が“人間の魂は消しがたいもの”という意味だということは、作曲者自身が語っているとおりです。

 コペルが人間を愛していたことは、彼のオラトリオ《モーゼ (Moses)(dacapo 8.224046) によく表れています。大小とりまぜ、約250の曲を書いたコペルの代表作のひとつとされる作品です。指導者、予言者、律法授与者としてのモーゼを作品のタイトルにしながら、旧約聖書の 『出エジプト記』 だけに題材を求めた作品ではないところがユニークです (作曲者自身が台本を書いたシェーンベルクのオペラ《モーゼとアロン》と比べてみてください)。

 全曲は大きく2部に分かれ、それぞれ3つの部分から構成されています。各々のタイトルは、《天地創造、堕落 (楽園追放)》、《神のアブラハムへの試練》、《イスラエルの民とモーゼの神への歌、石板 (モーゼの十戒)、黄金の子牛》、《砂漠のイスラエルの民の嘆き、約束の地の予言》、《モーゼの冒涜と祝福》、《モーゼの歌、モーゼの死、葬送音楽につづく神への賛美、ハレルヤ》。テクストは、『創世記』、『民数記』、『申命記』、『雅歌』、そして『出エジプト記』から採られ、各部分の最後では、ソプラノ独唱が『詩篇』または『哀歌』のテクストを歌います (終結だけは、ソプラノと合唱)。

 こうした複雑な構成をとった理由は、イスラエルの民をエジプトから約束の地へと導くモーゼと彼の内面の葛藤を描くことが目的ではなく、神と人との関係を通じて、存在の条件としての “律法” とは何かということの追求を作品のテーマとしたためです。“主にかわって、人を裁き、祝福し、罰する” モーゼと、“個々の人間の見地から、感情的に出来事を経験する” ソプラノ独唱を対比させることにより、“律法” を見つめる目は客観的になります。内面的な、しかし壮大な作品。そこで歌い上げられる“人間に対する愛”。コペルとカール・ニルセンの結びつきが感じられます。1964年に完成したこの作品を、コペルは初孫ふたりに捧げました (デンマーク・ピアノ界の希望の星といわれながら、音楽ジャーナリストに転身したニコライ・コペル Nicolaj Koppel は1969年生まれなので、“ふたりの孫” というのはニコライの兄か従兄弟でしょう)。

 コペルとニルセンが似ていることのもう一点は、他人に対する思いやりが非常に強かったことでしょう。ニルセンの人間的な暖かみについては、しばしば彼のユーモラスな一面とともに語られ、コペルの場合は、イギリスの音楽ジャーナリスト、マーティン・アンダーソン Martin Anderson がまとめたコペルのインタビュー記事 (Gramophone Explorations 1: "A Reluctant Master" (1997) 絶版) でその片鱗を知ることができます。

 コペルの人柄をもっとも反映しているのは、レコード録音に関するエピソードです。デンマークの音楽界での存在が大きかったにもかかわらず、コペルが国際的にあまり知られていなかったのは、(作曲家としてもピアニストとしても)録音がきわめて少なかったことも大きな理由と考えられます。コペルの面白いところは −− これが彼の人柄をしのばせますが −− 録音に “恵まれなかった” のではなく、録音に “乗り気でなかった” こと (アンダーソンの記事のタイトル "A Reluctant Master" (気が進まない大家) は、このことに由来するはずです)。カール・ニルセンが録音というものを信用していなかったことは知られていますが、コペルの場合は理由が違います。アンダーソンによると、コペルの音楽や演奏を録音したいプロデューサーたちは、何度かコペルにそのことを打診したといいます。ところが、そのたびにコペルは、自分のことはいいから、子供や孫たちの演奏を録音するように勧めたとか。若いころ自分が願ったことを、子供や孫たちにしてやってほしい、というわけです。

 しかし、このことはデンマーク音楽にとっては、ある意味では損失でした。これまで作曲家としてのコペルをCDで知ることができたのは、第6番と第7番の交響曲 (dacapo 8.224135)、チェロ協奏曲 (BIS CD80)、《モーゼ》、そして (重要な曲が含まれている) 室内楽作品と歌曲をいくつかという有様。

 実際、クリステンセンの資料によれば、コペルは、興味をそそる作品をかなりの数、残しています。速い楽章でピアノが打楽器同然の使われ方をされるというピアノ協奏曲第2番 (1938)。バリ島のガムラン音楽に触発されたピアノ組曲 (1934)。ブラームスの作品から影響を受けた、表現力の強いピアノ五重奏曲 (1953)。十二音技法が支配的な《弦楽オーケストラのための小協奏曲第2番》(1957)。きわめて興味深いのは、テノール、混声合唱、少年合唱と管弦楽のための《ダヴィデの詩篇》(1963-64)、レクイエム (1965-66) とオペラ《マクベス》 (1967-68) の3つの大作。スウェーデン亡命中に書かれた第3番 (1944-45) と、抒情的な第5番 (1955) の2つの交響曲。ストラヴィンスキーの《春の祭典》や、バルトークの同名の作品に密接な関連があるという《管弦楽のための協奏曲》 (1978)。そして、偉大ではないにしても面白そうな、「エッダ」をテクストに、ジャズと現代音楽の要素を取り入れた《スリュムの歌 (Thrymskvadet)》と《ラッパの歌 (Trompetkvadet)》。最後の作品となった、弦楽オーケストラのための《思い出すこと (Memory)》 (1994) は、1940年から1945年の戦争の時代が呼び起こす感情を表現した曲。いつか聴くことのできる機会が訪れてほしいと思います。

 商用に録音された作品のことを考えると、たしかにコペルは自作の録音に積極的ではなかったようです。しかし、その一方で、コペルが自分の音楽の資料化を強く希望していたことも事実のようです。作曲家として、ピアニストとしてのコペル像を伝えるために企画された Danacord のセットのブックレットによると、1940年代の終わり頃から、コペルは、デンマーク放送局の電波によって伝えられた音源を中心とする、自分の演奏のライヴ録音の収集を始めたとあります。コペルがもっていたたのは、“コペル家の守り神” ニルセン、バルトーク、ストラヴィンスキーの3人の音楽から、主にルイ・アームストロングの曲を弾いたジャズ、そして、若い世代のコペル家の子供たちの演奏まで、オープンリールのテープ240本、時間にして600時間分の録音。中には、コペルの演奏によるバルトークのピアノ協奏曲第1番やストラヴィンスキーのピアノと管楽器のための協奏曲のように、デンマーク放送局の保管庫にもない録音があるとということです。

 リリースされたばかりの“ヘアマン・D・コペル − 作曲家、ピアニスト 第1集”には、この2曲とジョリヴェのピアノ協奏曲、そして、コペルの作品が3作 (ピアノ協奏曲第3番、ヴァイオリンとヴィオラのための協奏曲、クラリネット協奏曲) が収録され、10月にリリース予定の第2集では、自作、シューベルト、ブラームス、リストのピアノ曲の演奏を聴くことができます。

 この2枚のディスク、たしかに録音の状態はいいとは言えません。名手といわれたフランスのクラリネット奏者ルイ・カユザック Louis Cahuzac (1880-1960) がソロを吹いたコペルのクラリネット協奏曲 (1948年録音) の音源は、放送をラッカー盤に録音したものです。そのため、楽音以外の雑音がまじり、お世辞にもいい音質ではありません。他の5曲も、“歴史的録音” の範疇に入るものと考えるほうがいいでしょう。

 個人的な意見を言うと、歴史的録音というのは、あまり好きではありません。古い時代の演奏家たちの演奏を知るよすがとはなるものの、どうしてもどこか不完全なものという印象がつきまとい、その録音で音楽を判断していいものかどうか迷ってしまうためです。正直なところ、このセットのサンプルも、届いてからしばらくは、そのまま手をつけずにいました。率直に言って、今も、このセットを「是非聴いてください」と言う勇気はありません。でも、かなり聞きやすく、それでいて楽音に芯があるので、復刻としてはよく出来ています。不充分なところは想像で補い、とりあえずコペルの音楽を知るということであれば、それだけの音質は保証されていると考えるべきでしょう。事実、これより貧相な音で、“神様” たちの録音をありがたがる人たちだっていますから……。

 そのことを承知で聴くなら、このセットは、単なる資料以上の価値を持っていると言えます。ソロパートがプロコフィエフでオーケストラの部分がストラヴィンスキー (!) という趣のピアノ協奏曲第3番。ピアノと管弦楽のためにコペルが書いた曲のなかで、もっとも外面的な魅力を備えた作品と言われ、すでに50回以上も演奏されたという記録が残されています。作曲家でもあったニルス・ヴィゴ・ベンソン Niels Viggo Bentzon (1919-2000) は、初演の数年後、“19世紀のヴィルトゥオーゾ・ピアノ協奏曲の復興”、“デンマーク音楽に前例のない作品” と評したといわれます。このディスクの音源は、エーリク・トゥクセン Erik Tuxen (1902-1957) がデンマーク国立放送交響楽団を率いてツアーを行った際の、アムステルダムのコンセルトヘボウからのライヴ演奏の録音です。

 ヘアマンの弟ユリウス Julius Koppel (b.1910) と彼の妻エルセ・マリ・ブルーン Else Marie Bruun (b.1911) −− ヘアマンの妻ヴィベケ Vibeke の妹でもあります −− がソロを弾いたヴァイオリンとヴィオラのための協奏曲 は、独奏楽器の抒情的な色調と管弦楽の模糊とした響きが特徴の、ある意味ではきわめてロマンティックな音楽です。ピアノ協奏曲第3番とならんで、コペルのもっとも重要な器楽作品とみなされています。

 これらの2曲にもまして面白い、というか、音楽が始まるや、おもわず身を乗り出したのが、クラリネット協奏曲です。初演を聴いたベンソンは、当時のデンマークの “新しい音楽” のひとつの方向性を示したという意味で評価し、同時に、コペルが “メロディを書ける” 作曲家だということにも触れています。多分、コペルは、クラリネットという楽器がとても好きなのでしょう。終楽章について、初演者で、この曲を委嘱したオーエ・オクセンヴェズに、「ある夏の日、楽しく散歩するような」とも言っています。それにしても、コペルは、間違いなく、カール・ニルセンのあの素晴らしい協奏曲を子細に研究しています。この曲は、ニルセンの協奏曲と同じく、技術的にかなり難しい作品とみえ、1948年にライヴ放送された際、カユザックは、公開録音にすることを許可しなかったということです。

 2枚目のディスクに収められている3曲のピアノ協奏曲 (ジョリヴェ、ストラヴィンスキー、バルトークの第1番) では、コペルのピアノの切れ味の良さと、推進力のあるリズムの処理が印象に残ります。3つの作品に共通する(特に緩徐楽章の)神秘的な雰囲気の出し方も、なかなか魅力的。この3つの作品のデンマーク初演を行ったのはコペルのはずで、それだけこれらの音楽に彼自身が惹かれていたということでしょう。この3曲、どういうわけか、管弦楽とピアノが “収拾がつかなくなった” という感じの演奏になりがちです。それが、この演奏で聴くと、すべて収まるところにおさまっているという印象を受けます。録音の制約がかえってプラスに働くのか、“余計なこと” を何もせず、きっちりした演奏に徹するコペルの演奏のおかげなのか……(この演奏、なんとはなしに聴きたくなるので、取り出す機会が多くなっています)。バルトークの協奏曲の指揮者はニコライ・マルコ Nicolai Malko (1883-1961)。イェンセンのストラヴィンスキーでは (ライヴということはあるにせよ) やや不安定なデンマーク放送のオーケストラ (特にホルン) が、ここではそれなりに締まった演奏をしています。

 コペルがニルセンと同時にストラヴィンスキーとバルトークの音楽に心酔していたことは、さきほども触れました。これらの演奏を聴くと、そのことが実によくわかります。そもそもコペルは正式な作曲法の教育を受けておらず、いろいろな作曲家の作品に実際に触れ、それを分析することによって自分の音楽を形成していったと言います。ベルリオーズとリヒァルト・シュトラウスの教本が、管弦楽法の参考書です。1枚目のディスクにはコペルの曲、そして2枚目には彼が手本とした作曲家たちの作品。このセットは、なかなかうまい作り方をしていることになります。略伝の中でクリステンセンは、コペルとしては試行錯誤という方法を採るしかなかった、と記しています。でも模倣ではなかった! その微妙なところを巧みにかわしているのは、音楽に対するコペルのバランス感覚の良さと考えてもいいように思います。

 そこで最初の問題。コペルの音楽は、北欧の響きを感じさせる? やはり、困りました。北欧の他の国の作曲家たちの場合、かりにストラヴィンスキーやバルトークの影響があったとしても、最終的には “北欧でしかない” 響きの音楽になっています (アーレ・メリカント Aarre Merikanto (1893-1958) の第2番と第3番のピアノ協奏曲を思い出してください)。では、コペルの音楽は北欧らしくないのかとなると、これも違うような。だって、クラリネット協奏曲が……。

 とりあえず、この問題は棚上げにしましょう。ただ、ひとつ確かなのは、コペルの音楽が(カール・ニルセンの音楽のように)デンマークの自由な精神から生まれたということです。そして、そのことが、コペルが北欧の作曲家であることの証しだと考えてもいいように思います。さきほどリストアップしたコペルの作品。そのうちのどれを実際に聴くことができるのか。これは、これからの楽しみのひとつでしょう。

 コペルのことではありませんが、ひとつ微笑ましいエピソードを忘れていました。マーティン・アンダーソンのマイヤー=トプセーへのインタヴュー記事で紹介された逸話です。1996年にデンマーク放送のホールでコペルの《モーゼ》がコンサート上演された際、ソプラノ独唱はエリサベト・マイヤー=トプセー Elisabeth Meyer-Topsøe (b.1953) でした (録音でも彼女がソロを歌っています)。コペルの語法や表現を理解しなければ歌えない難役。それをこなした演奏会の翌日、彼女の12歳になる娘さんが言ったそうです。「でもママ、どうやって地球が創られたかなんて、楽には説明できないものよ」

(TT)

Danacord DACOCD561-562 2CD's ヘアマン・D・コペル − 作曲家、ピアニスト 第1集
ヘアマン・D・コペル (1908-1998) ピアノ協奏曲第3番 作品45 (1948)
  ヘアマン・D・コペル (ピアノ) デンマーク国立放送交響楽団 エーリク・トゥクセン (指揮)
  [録音 1953年10月4日 アムステルダム・コンセルトヘボウ・ライヴ]
 ヴァイオリンとヴィオラのための協奏曲 作品43 (1947)
  エルセ・マリ・ブルーン (ヴァイオリン) ユリウス・コペル (ヴィオラ)
  デンマーク国立放送交響楽団 モーエンス・ヴェルディケ (指揮)
  [録音 1957年10月10日 コペンハーゲン・ライヴ]
 クラリネット協奏曲 作品35 (1941)
  ルイ・カユザック(クラリネット) デンマーク国立放送交響楽団 エーリク・トゥクセン (指揮)
  [録音 1948年11月15日 コペンハーゲン]
アンドレ・ジョリヴェ (1905-1974) ピアノ協奏曲 (1949-50)
  ヘアマン・D・コペル (ピアノ) デンマーク国立放送交響楽団 エーリク・トゥクセン (指揮)
  [録音 1955年9月29日 コペンハーゲン・ライヴ]
イーゴリ・ストラヴィンスキー (1882-1971) ピアノと管楽器のための協奏曲 (1923-24 rev.1950)
  ヘアマン・D・コペル (ピアノ) デンマーク国立放送交響楽団 トマス・イェンセン (指揮)
  [録音 1957年6月13日 コペンハーゲン・ライヴ]
ベーラ・バルトーク (1881-1945) ピアノ協奏曲第1番 (1926)
  ヘアマン・D・コペル (ピアノ) デンマーク国立放送交響楽団 ニコライ・マルコ (指揮)
  [録音 1954年11月4日 コペンハーゲン・ライヴ]

dacapo 8.224046 ヘアマン・D・コペル (1908-1998) オラトリオ《モーゼ》 作品76 (1963-64)
 エリサベト・マイヤー=トプセー (ソプラノ) キアステン・ドルベア (メッツォソプラノ)
 クアト・ヴェスティ (テノール) ミケール・クリステンセン (テノール) ペーア・ホイヤー (バリトン)
 クリスチャン・クリスチャンセン (バス) デンマーク国立放送交響楽団・合唱団
 オーウェイン・アーウェル・ヒューズ(指揮)

参考ディスク

dacapo 8.224135 ヘアマン・D・コペル (1908-1998) 管弦楽作品集 第1集
 交響曲第6番 作品63 (1957) 《シンフォニア・ブレーヴェ (短い交響曲)》
 交響曲第7番 作品70 (1960-61) 管弦楽のための協奏曲 作品101 (1977-78)
  オルボー交響楽団 モーシェ・アツモン (指揮)

Point PCD5082 ヘアマン・D・コペル (1908-1998)
 ピアノのための組曲 作品21 (1934)
  ヘアマン・D・コペル (ピアノ)
 テルニオ(みつぞろい) 作品53b (1951)
  スティーヴン・トマス (チェロ) ヘアマン・D・コペル (ピアノ)
 ピアノ四重奏曲 作品114 (1985-86)
 カンティレーナ (ヴァイオリンとチェロのための二重奏曲) 作品117 (1988) 
  カンティレーナ四重奏団

dacapo 8.224095-96 2CD's カール・ニルセン (1865-1931) ピアノ作品集
 交響的組曲 FS19 若者と年寄りのためのピアノ音楽 FS148 主題と変奏 FS81
 シャコンヌ FS79 組曲《明けの明星》FS91 ユモレスク=バガテル FS22
 5つのピアノの小品 FS10 3つのピアノの小品 FS131
  ヘアマン・D・コペル (ピアノ)

 

Hero? Me? Too? − 光通信 nr.3

 ごぶさたしておりました。久しぶりなので、言いたいことがフィンランドの湖の数のようにありますが、スペースの都合がありますので……。いつもより長めになるかもしれませんが、どうぞ、おつきあい下さい。

 そうそう、悲しい −− 腹立たしい、ふさわしいかな? −− 出来事がありました。

 練習場所を探して大学内を歩いていたら、弦楽器の女子学生3人組が近づいてきました。

 −− 小生ではない Tuba の学生の音が聞こえてくる −−

 A子 「Tuba で聴音はできないよね」
 B子 「ちょっとね」
 C子 「私は弦 (楽器) ずっとやってるから、管 (楽器) の音は聞こえない」

 とまあ、こんな具合で、小生は、「それが音大生の会話か? お前らみたいな奴らは、音楽やめろ」とそいつらに聞こえないように、“管楽器のように” つぶやきました。

 彼女たちは、副科で勉強しているのかもしれませんが、もし、弦楽器専攻の学生で学校のオケで弾いていると考えたら悪寒がしました。そんな奴ら、周囲の音が聴けない、アンサンブルができないオケ。考えられますか?そんなオケは、絶対にいい音がしないし、ハーモニー (harmony)"h" も創れません。

 (稀少ですが) 一所懸命やっている wind instruments の学生がかわいそうになりました。彼女たちは、先生を変えるのが賢明でしょう。
 
 愚痴ってしまってすいません。CD紹介のコーナーでしたね。

 先日、ちょっと用事があってスオミに行ってきました。そして、色々な演奏会、オペラに浸ってきました。なかでも、エイノユハニ・ラウタヴァーラの交響曲第8番は、フィンランド初演に立ち会うことができたのはラッキーでした。ヘルシンギン・カウプンギンオルケストリ、ライフ・セーゲルスタムで録音も終わっています。

 現地情報では、日本での発売は今秋、9月か10月だそうです。オンディーヌからの発売です。

 この情報は、小生の足で集めた情報なので、信じて下さい。実際に Ondine Oy に (アポなしで) 行って、聞いたんですから。

 話があちこちに行っていますが、前回の予告どおりに話題を変えましょう。Do you remember?

 ティーゲル、いやテューバの deep な世界でしたね。

 まず、これ。Caprice"Michael Lind the Virtuoso Tuba" (CAP21493) ですね。このディスクを聴けば、テューバも、歌って、踊れて、絵になる楽器だということがご理解いただけます、かならず。スウェーデンで活躍した作曲家たちの作品と、R・ヴォーン・ウィリアムズのコンチェルト。オケと指揮者は豪華な顔ぶれです。

 それから、Michael Lind の演奏が聴ける Aurora "Norwegian Concertos" (ACD1976) もおすすめ。T・マドセンのコンチェルトがとても楽しいんです。このディスクでは、スタヴァンゲル交響楽団とA・ドミトリーエフの演奏で「シベリウスの “交響曲第2番”?」が聴けます。詳細はブックレットで。

 ご意見、ご感想、ご声援 (?) は、ノルディックサウンド広島気付で。

 それでは、また次回。

 

新譜情報

Aurora ACD5020 ヴィジョン − シェル・モルク・カールセン (b.1947) オルガンのための作品集
 ヴィドールへのオマージュ 作品81-3
 オルガン交響曲第1番 作品99 (1991)
 ヴィジョン 作品81-6
 シンフォニア・アルクタンドリア (オルガン交響曲第2番) 作品105
 オルガン交響曲第3番 作品116 《シンフォニア・アンティカ (古風な交響曲)》 (1996)
  ハルゲイル・シャーゲル (オルガン)
  [シュタッフェルシュタイン (ドイツ)

   バジリカ・フィアツェーンハイリゲンのオルガン (リーガー=オルゲルバウ 1999)]

◇カールセン Kjell Mørk Karlsen は、1947年生まれのノルウェーの作曲家。20世紀デンマークを代表するオルガニストで作曲家のフィン・ヴィーザエー Finn Viderø (1906-1987) のもとでオルガンを学び、作曲をヘルシンキのヨーナス・コッコネン Joonas Kokkonen (1921-1996) に師事した。オーボエとリコーダー演奏の学位ももつ。スカンディナヴィアのオルガン曲は、19世紀後半と20世紀初頭のフランスとベルギーのオルガン音楽 (セザール・フランク、シャルル=マリー・ヴィドール、ルイ・ヴィエルヌらの音楽) に範を仰ぐといわれる。その最良の例が、ヨハンネス・ホールクロウ Johannes Haarklou (1947-1925) が1923年頃作曲したオルガン交響曲第2番 (ノルウェーの音楽史家ニルス・グリンデ Nils Grinde の指摘では、ソナタ形式、三部形式、フーガの3つの楽章はヴィドールのオルガン交響曲がモデルとのこと)。カールセンのオルガン曲にインスピレーションを与えたのもヴィドールらの作品 (スヴェイン・エーリク・タンベルグ Svein Erik Tandberg の解説から)。《ヴィドールへのオマージュ (Hommage à Widor)》は、6つの小品集 (作品81) の1曲。「曲は、ヴィドールのオルガン交響曲の終楽章からインスピレーションを得たことが明らかなトッカータから始まる。トッカータの分散和音は、しだいにルターのコラール「われらが神は堅き砦 (Ein feste Burg)」と結びついていく……つづく “パストラーレ” はカノン。荘厳なコラールで曲を閉じる」(タンベルグ)。同じ作品集の《ヴィジョン (Vision)》は、ノルウェー民謡が主題。

 オルガン交響曲第1番は、1991年スタヴァンゲル大聖堂の新オルガン落成記念の委嘱作品。無調と十二音を基本とする、別世界のような響きが特色ある音楽。第2番の交響曲に影響を与えたのは中世アイスランドの伝統歌唱。《ふたご歌 (Tvisöngur)》(平行五度)、《ギメル (Gymel)》(平行三度)、《スケルツォ・オスティナート (Scherzo Ostinato)》、《「百合」の断片 (Liljafragment)》の4つの楽章から成る (“謎の旋律” −− 中世の無調音楽と言われることもある −− 「百合 (Lilja)」は、ヨウン・ノルダル、ソルケトル・シーグルビョルンソン、レイヴル・ソウラリンソンらをはじめとするアイスランドの作曲家たちに、この曲を基にした音楽を書かせた、アイスランド音楽史上きわめて重要な曲)。この交響曲の第1楽章は、ハトルグリーム教会 (レイキャヴィーク) のクライス・オルガンの落成に際して行われた国際作曲コンペティションで第1位に選出。翌年、残りの3つの楽章が作曲され、交響曲第2番となった。第3番は、ノルウェーの賛美歌「主なる神よ、御名の讃えられんことを (Herre Gud, ditt dyre navn og ære)」を主要主題とする。新古典様式の協奏的作品。

 ハルゲイル・シーアゲル Halgeir Schiager (b.1955) は、ノルウェー国立音楽アカデミーでマグネ・エルヴェストラン Magne Elvestrand のもとでオルガンを学び、卒業後ミュンヘンとストラスブールに留学。フランツ・レールンドルファーとダニエル・ロスに師事した。1985年にオスロ・コンサートホールでの演奏会でデビューし、以来、ヨーロッパ各地で演奏活動を行う。現在は、オスロのグレーフセン教会のオルガニストを務める。

BIS CD1109
BIS SACD1109 SACD (Multichannel/stereo hybrid)
 トランペットとオルガンのためのフランス音楽
マリユス・コンスタン (1925-) アレルヤ
アンリ・トマジ (1901-1971) クスコの聖週間
アンドレ・ジョリヴェ (1905-1974) アリオーゾ・バロッコ (1968)
アンリ・ソーゲ (1901-1989) 永遠なる生命
ジャンサン 行列
エリーク・サティ (1866-1925) 再発見された像
ジャン=ミシェル・ダマーズ (1928-) 3つの黙祷
ナジ・ハキム (1955-) トランペットとオルガンのためのソナタ
  ホーカン・ハーデンベリエル (トランペット) サイモン・プレストン (オルガン)

◇オーフス大聖堂 (デンマーク) での録音。聖堂の豊かな響きとフロベニウス・オルガン (リードがフランス製) の音色が “フランス音楽” に最適という理由から選ばれた。(フランスに留学したことのある) ハーデンベリエル Håkan Hardenberger (b.1962) とサイモン・プレストンという息のあったコンビによる演奏のため、編集作業を行ったのは、わずか一個所とか。DSD (Direct Stream Digital) 録音。ハイブリッド2層仕様の SACD も同時リリース。

BIS CD1277 ファンタスティック − 素晴らしきフィンランド音楽
ジャン・シベリウス (1865-1957) フィンランディア讃歌 作品26-7 (混声合唱のための)
 アンダンティーノ (1890/91) (ブラスアンサンブルのための) レンミンカイネンの歌 作品31-1
 ロマンス ヘ長調 作品78-2 (チェロとピアノのための)
 交響曲第6番 ニ短調 作品104 − ポコ・ヴィヴァーチェ
ペール・ヘンリク・ノルドグレン (1944-) 世界が嘆くだろう 作品26b (弦楽オーケストラのための)
ヨーナス・コッコネン (1921-1996)
 歌曲集《鳥たちのトゥオネラ (Lintujen tuonela)(1958) (メッツォソプラノと管弦楽のための) から
 レクイエム (1981) − サンクトゥス ベネディクトゥス
ウーノ・クラミ (1900-1961) 小管弦楽のための組曲 作品37 から 《スオメンリンナ》序曲 作品30
エイノユハニ・ラウタヴァーラ (1928-) ペリマンニたち 作品1 (弦楽オーケストラのための)
カレヴィ・アホ (1949-) 交響曲第7番 《虫の交響曲》 (1988) − 蝶々 (第2楽章)
ベルンハード・ヘンリク・クルーセル (1775-1838) クラリネット四重奏曲第1番 変ホ長調 作品2 から
  ユビラーテ合唱団 アストリッド・リスカ (指揮) ブラス・パートアウト トゥールレイフ・テデーエン (チェロ)
  ラハティ交響楽団 オスモ・ヴァンスカ (指揮、クラリネット) モニカ・グロープ (メッツォソプラノ)
  オストロボスニア室内管弦楽団 ユハ・カンガス (指揮) 他

BIS の既発売アルバムから、夏の季節にふさわしい爽やかなフィンランドの音楽を集めたディスク。

BIS CD1286/88 4CD's for price of 3 ジャン・シベリウス (1865-1957) 交響曲全集
 交響曲第1番 ホ短調 作品39 交響曲第2番 ニ長調 作品43 交響曲第3番 ハ長調 作品52
 交響曲第4番 イ短調 作品63 交響曲第5番 変ホ長調 作品82 (初稿・第3稿)
 交響曲第6番 ニ短調 作品104 交響曲第7番 ハ長調 作品105
 交響詩《タピオラ (Tapiola)》作品112
  ラハティ交響楽団 オスモ・ヴァンスカ (指揮)  [CD861, CD862, CD863, CD864]

◇原典版による第5番 (19955月録音) も含め、ヴァンスカとラハティ交響楽団によるシベリウスの交響曲の全曲がセットにまとめられた。シベリウスの交響曲をどう響かせればいいのか? 徹底したアーティキュレーションの追求から生まれた、オスモ・ヴァンスカ Osmo V&amul;nsk&amul; とラハティ交響楽団のシベリウス全曲録音は、そのもっとも美しい答のひとつ。聞いた話によると、ヴァンスカのリハーサルは、楽団員から 「もう終わろうよ!」という声がでるほどだったとか。輝かしく、そして心の奥深くに触れる、強い説得力をもったシベリウス。

Chandos CHAN9932 ヨハン・スヴェンセン (1840-1911)
 交響曲第1番 ニ長調 作品4 交響曲第2番 変ロ長調 作品15 ポロネーズ第2番 ニ長調 作品28
  デンマーク国立放送管弦楽団 トマス・ダウスゴー (指揮)

◇ヨハン・セヴェリン・スヴェンセン Johan Severin Svendsen は、ノルウェー・ロマンティシズム音楽を代表する作曲家のひとり。交響曲や多数の管弦楽作品によりノルウェーの交響的音楽の基礎を築いたことで高く評価されている。ピアノ曲や歌曲に “不朽の名品” を残した、親友のエドヴァルド・グリーグ Edvard Grieg (1843-1907) とは対照的。グリーグと同様ライプツィヒに留学し、ライネッケに作曲法を学んだ。メンデルスゾーンやシューマンの影響が強く感じられるが、(グリーグと違って) ノルウェー民謡に直接の素材を求めることはほとんどなかったものの、スヴェンセンの音楽には、ノルウェーの香りが色濃い。スヴェンセンは、作曲者としてだけでなく、指揮者としての名声も高く、1894年にはコペンハーゲンの王立管弦楽団を指揮してカール・ニルセンの交響曲第1番を初演している。指揮者としての経験が、管弦楽の扱いの巧みさに見られるというのは、容易に想像されるところ。一般に代表作と呼ばれるのは、2曲の交響曲と弦楽八重奏曲。ヴァイオリンと管弦楽のための《ロマンス》 、あるいはノルウェー民謡を編曲した《山で去年、山羊の番をしていた (I fjol gjætt' e gjeitinn)(Simax PSC1097) を聴いて、ノルウェーの音楽、そして北欧音楽のとりこになることも多い。

 第1番の交響曲は、ライプツィヒ時代に書かれた習作 (?) ながら、スヴェンセンの音楽の特色と言われる “弾むリズムと清々しい旋律” をすでにはっきりと聴くことができる。この作品を耳にしたグリーグは、親友の音楽の交響作品としての立派さに敬意を表し、伝えられるところでは、それをきっかけに自作の交響曲 (1863-64) を演奏することを禁じたとされる。第2番では、スヴェンセンの音楽の新鮮な発想がいっそう明確に表れる。開始の楽章のおおらかな主題こそシューマンの第3番の交響曲《ライン》を連想させるものの、そのあとの展開がまるで違う。蕩々とした大河の流れから、いつの間にか、ハリングに合わせて踊るノルウェーの農民たちの舞曲を思わせる終曲へ (これにくらべると、シューマンの曲のフィナーレは、あたかも、高くそびえるゴシック建築の大聖堂)。“古典主義の形式とロマン主義の和声の幸せな統合” と評価される傑作というだけでなく、さわやかな風が吹き抜けたような清新な気分にさせてくれる音楽。

 《ポロネーズ第2番》は、有名な《祝祭ポロネーズ (Festpolonese)》(作品12) とは別の、あまり知られていない1882年の曲。出版されておらず、手稿譜がオスロ大学図書館ノルウェー音楽コレクションに残されている。後年スヴェンセン自身が劇場用の音楽として使った。

 2つの交響曲には、マリス・ヤンソンス Mariss Jansons 指揮オスロ・フィルハーモニック (EMI Classics CDC7 49769-2)、ビャッテ・エンゲセット Bjarte Engeset (b.1958) 指揮ボーンマス交響楽団 (Naxos 8.553898) など、作品の素晴らしさを味わうに不足ない録音がある。新しいディスクの指揮者は、トマス・ダウスゴー Thomas Dausgaard (b.1963)。このデンマークの若手が注目を集め始めたのは、クンツェンのオペラ《デンマーク人ホルガー (Holger Danske)》の全曲録音 (1995年録音、dacapo 8.224036-37) あたりから。それに先立つ1993年にはデンマーク音楽批評家サークルの賞を受賞。1993/1994年シーズンからは、ボストン交響楽団の副指揮者に就任している。最近リリースされた、スウェーデン室内管弦楽団を指揮して録音したベートーヴェンの交響曲 (ベーレンライター版による第1番、第2番、第4番、第5番) とピアノ協奏曲第1番(ベレゾフスキー独奏)ではシャープな感覚の音楽を聴かせ、因習を打破した解釈が、19世紀の流れをくむベートーヴェンを好まない聴き手から支持されている。このダウスゴーが、透明感ある響きを誇るデンマーク国立放送管弦楽団を指揮。サンプルディスクに収録された部分 (第1番の第1楽章の後半) では、美しい響きの颯爽とした音楽が印象的。

Curling Legs CLCD54 ヘルゲ・イーベルグ (1954-) 半ば (Halvveis)
  ヘルゲ・イーベルグ (指揮、ピアノ、シンセサイザー) ペール・ヴォレスタード (歌)
  オッド・ボッレツェン (語り) ベンディク・ホーフセット (サクソフォーン)
  テリエ・トネセン (ヴァイオリン) アトレ・スポーンベルグ (ヴァイオリン)
  ノラ・タクスダール (ヴィオラ) オイスタイン・ビルケラン (チェロ)
  ハンス・クリスチャン・ショス・ソーレンセン (マリンバ、打楽器) ルーネ・アルネセン (打楽器)
  イーヴァル・アントン・ヴォーゴール (ピアノ) エーリン・ロッセラン (ヴォーカル)

◇現代ノルウェーの作曲家ヘルゲ・イーベルグ Helge Iberg がロルフ・ヤコブセン Rolf Jacobsen の10の詩を選び、曲をつけた小品によるコンセプト・アルバム。即興風の音楽、ジャズ……。ヴォーカル、弦楽四重奏……。いろいろな要素が集まって、現代の心象風景を歌う。参加した演奏者の顔ぶれがすごい。グリーグやシンディングの歌曲集で知られるバリトンのペール・ヴォレスタード Per Vollestad (b.1959)、グリーグの作品から現代曲まで幅広く手がける、ヴァイオリニストのテリエ・トネセン Terje Tønnesen (b.1955) とチェリストのオイスタイン・ビルケラン Øystein Birkeland (b.1962) ら。詩が重要な意味をもっているだけに、ブックレットに英語の対訳があれば……。

dacapo 8.224174-79 6CD's for price of 3 ゴナー・メラー=ペーザセン (1946-)
 ア・サウンド・イヤー (A Sound Year)
  ゴナー・メラー=ペーザセン (エレクトロニクス)

◇ゴナー・メラー=ペーザセン Gunner Møller-Pedersen は、空間イメージを音楽として表現することに専念する作曲家。エレクトロニクスが扱いやすい手段になる以前からエレクトロアクースティック音楽に取り組み、デンマーク音楽界のこの分野のパイオニアと呼ばれる。《ア・サウンド・イヤー》は、メラー=ペーザセンの代表作というだけでなく、デンマークのエレクトロアクースティック音楽の “礎石 (cornerstone)” ともみなされる作品。12の月をそれぞれ約30分のサウンド・イメージによる曲とし、ある1年を表現する。DIEM (デンマーク・エレクトロアクースティック音楽学校) との共同製作。ドルビー・プロロジック・サラウンドによるリミックス。

dacapo 8.224180 ルーズ・ランゴー (1893-1952)
 交響曲第6BVN165 《天国強襲 (Det Himmelrivende)(1919-20 rev. 1926-30)
 交響曲第7BVN188
 
《ホルメン教会のトアデンスキョルのそばで (Ved Tordenskjold i Holmens Kirke)(1925-26) (初稿版)
 交響曲第8BVN193 《アメリエンボーの思い出 (Minder ved Amalinborg)(1926-28 rev. 1929-34)
  デンマーク国立放送交響楽団 トマス・ダウスゴー (指揮)

Danacord の全曲録音 (DACOCD404-410) と選集 (DACOCD560)Chandos の2枚 −− 第1番 (CHAN2949)、第4番・第5番・第6番 (CHAN9064) −− につづく、ランゴー Rued Langgaard の交響曲集。第7番 は初稿版 (BVN188) を用いた演奏。Danacord の録音に使われた第2版 (1930年から1932年にかけて改訂された) には、 ランゴーの作品を体系化したベント・ヴィンホルト・ニルセン Bendt Viinholdt Nielsen (b.1953) により BVN212 という別番号が与えられており、その違いが気になるところ。デンマークのホープ、ダウスゴーとデンマーク放送のオーケストラがどんな響きのランゴーを聴かせてくれるのかも興味のひとつ。

dacapo 8.224197 マッチ (Match)
ケネト・クヌセン (1946-) オブスタクルズ (Obstacles) (障害物)
ウェイン・シーゲル (1953-) マッチ (Match)
トマス・サンベア (1967-) ロッギン (Loggin') ログアウト (Log out)
イェンス・ホアスヴィング (1969-) エンカルシア (Encarsia) ライオット (騒動) (Riot)
ファジー (1939-) バングズ、サウンド&サイレンス (Bangs, Sound & Silence)
  トマス・サンベア (打楽器、エレクトロニカ) ファジー (ピアノ)

◇トマス・サンベア Thomas Sandberg は、デンマークの現代音楽シーンで中心的な位置にある打楽器奏者。王立デンマーク音楽アカデミーの出身。アテラス・シンフォニエッタ Atehlas Sinfonietta (Copenhagen) をはじめとする、多岐に渡るジャンルのアンサンブルの設立に共同で参画。ラジオ放送やテレビ出演などの活動も盛んに行っている。1998年には、デンマーク音楽批評家賞のアーティスト賞を受賞。作曲者としては、劇や舞踊のための作品、ソロのための音楽などを手がける。初めてのソロアルバムでは、現代デンマークを代表する作家たちの作品と自作が収録され、打楽器とエレクトロアクースティックスの融合による音楽を聴かせる。

dacapo 8.552160 ディズリク・ブクステフーデ (c.1637-1707) 声楽のための作品集 第2
 新たに生まれし御子 BuxWV13 主はわれとともにあり BuxWV15
 まことに彼はわれらの悩みを担いたもう BuxWV31 汝らが言葉と行いで示すすべてを BuxWV4
 マニフィカト BuxWV Anh.1
  ヨハン・ロイター (バリトン) コペンハーゲン王立チャペル聖歌隊 デュファイ・コレクティヴ
  エベ・モンク (指揮)

◇ブクステフーデ Diderik (Dietrich) Buxtehude は、北ドイツ、リューベックの聖マリア寺院のオルガニストして40年間近くにわたり活躍した。そのためにドイツ人と誤解されがちだが、れっきとしたデンマークの作曲家。当時デンマーク領だったスウェーデンの南部、スコーネ地方のヘルシングボリに生まれた。父親がオルガニストだったマリア教会のオルガニストを務めた後に、リューベックに移る。バロック期の作曲家スヴェーリンクやシュッツと後のバッハらをつなぐ存在として、ヨーロッパ音楽史上で重要視される。教会の権威をふりかざすような音楽とは一線を画した、豊かな人間的感情を表現するオルガン曲は、デンマーク人の誇りとするところ。フランスのオルガニスト、マリー=クレール・アランの「ブクステフーデ、それはバッハの青春だ」という言葉から、ブクステフーデの重要性と音楽の特質を感じ取ることができる。多数のオルガン曲や鍵盤楽器のための曲を書いたが、120を超す声楽のための作品も残している。

 コペンハーゲン王立チャペル聖歌隊は、1924年に指揮者のモーエンス・ヴェルディケ Mogens Wøldike (1897-1988) が創設。少年による常設の聖歌隊として、スカンディナヴィア伝統のチャペル聖歌隊の様式を伝える。1959年からは、コペンハーゲン大聖堂に本拠を置き、海外も含めた演奏活動も活発に行っている。指揮者のエベ・モンク Ebbe Munk (b.1950) は、1991年からこの聖歌隊の指揮者を務める。自身、このチャペル聖歌隊の出身でもある。

 デュファイ・コレクティヴは、中世からルネサンスにかけての音楽を探究する目的で1987年に組織された。学究的な見地からだけでなく、この時期の音楽のもつ“楽しさ”を表現することも重視する。コレクティヴ (Collective) (集団) という名称は、透明感と完全性、とりわけアーリーミュージックを再現するにあたって不可欠の即興性に発揮される。

Danacord DACOCD543 ルイ・グラス (1864-1936) 交響曲全集 第3
 交響曲第2番 ハ短調 作品28 (1899) ピアノと管弦楽のための幻想曲 作品47 (1913)
  フィリッポポリス合唱団 ロメオ・スミルコフ (ピアノ)
  プロヴディフ・フィルハーモニック管弦楽団 ナイデン・トドロフ (指揮)

◇デンマークの作曲家ルイ・グラス Louis Glass の交響曲全曲録音の第3作。第2番の交響曲と、グラスがピアノと管弦楽のために書いた唯一の作品の《幻想曲》が組み合わせになっている。

 《幻想曲》は、まさにインスピレーションにあふれた音楽。1912年以降のグラスは、神智学 −− 神智を得る手段を黙想と直観に求める神秘思想 −− に強い影響を受け、その後の彼の作品の精神的な背景となったとされる。それを示すのが、1913年のこの作品に付けられた、作曲者自身によるモットー ( 「霊の永遠の住みかから音が響き、人に呼びかける。そこで人は、心の平安を見出すため俗世から顔をそむける」 )。スクリャービンの影響ではないかとされる神秘的な響きとリズムが、基本的には後期ロマン派的な作品に20世紀の彩りを添える。ピアニストでもあったグラス自身、何度かこの曲を演奏し、共演した指揮者のひとりがカール・ニルセン Carl Nielsen (1865-1931)

 交響曲第2番は、演奏時間約50分。ブルックナー風の第1楽章と情熱的な第2楽章《プレスト》。第3楽章《アダージョ》では、男声合唱がヤコブセン J. P. Jacobsen の象徴主義的な詩を歌う (この録音では、ロベルト・F・アルノルトによるドイツ語訳を音楽学者のモーエンス・ヴェンセル・アンドレアセン Mogens Wenzel Andreasen が曲に合わせて改変した歌詞で歌われる)。そして、色彩豊かな行進の仰々しさをオルガンが増幅する終楽章。“後期ロマン派と呼ばれることが全面的に正しい最初のデンマークの交響曲” というアンドレアセンの言葉どおり、典型的な後期ロマン派の作品。

Euridice EUCD014 燃える氷
ニルス=ヘンリク・アスハイム (1960-) Burning Ice (燃える氷) (1999)
ピーター・マクスウェル・デイヴィス (1934-) 北極星号を進ませろ (行進曲《北極星号》) (1984)
スヴェン=ダーヴィド・サンドストレム (1942) Echopieces (1998)
シェティル・ヴォスレフ (1939-) 大いに祝う (1982)
シーグル・ベルゲ (1929-2002) 組曲第1(1991)
アンニケン・パウルセン=ゲーゼ (1955-) 北極光 (1995)
カール・ニルセン (1865-1931) (モーエンス・アンレーセン (1949-) 編曲)
 5つの前奏曲 (オルガンのための29の小前奏曲 FS136 から)
  アークティック・ブラス
   アーネ・ビョルハイ (トランペット) ボッレ・ビルケラン (トランペット) カリ・クナルダール (ホルン)
   ガウテ・ヴィークダール (トロンボーン) ヤン=エーリク・ルンド (テューバ)
  マッツ・シェリング (テューバ) ラスムス・ヘンリクセン (トロンボーン)
  ビョルン・アンドル・ドラーゲ (シンセサイザー) ロルフ・レンナート・ステーンソー (打楽器)

◇アークティック・ブラス Arctic Brass は、1983年に北ノルウェー金管五重奏団として発足。国内外で幅広い演奏活動を行っている。代表作となった "Made in England" (Kudos KUCD103) は、ノルウェーとデンマークの面白い作品を集めたアルバムとして注目された。この最新作では、第2トランペットとホルンが変わっているものの、意欲的な −− そして聴き手を楽しませる −− プログラミングは相変わらず。アスハイム Nils-Henrik Asheim の曲は、“氷結状態に内在する動き” を音で表現。マクスウェル・デイヴィス Peter Maxwell Davies の曲のタイトルになった “北極星号 (Pole Star)” は、ストロムネスを基地に、灯台を巡回する船の名前。なんだかとても楽しい曲。サンドストレム Sven-David Sandström の音楽は曲名が示すとおり。初演が行われた谷、リトレダーレンの特殊なエコーを活かした3つの部分からなる曲。セーヴェルーの子、シェティル・ヴォスレフ Kjetil Hvoslef の《大いに祝う (Erkejubel)》は、トロンハイム建築家協会80周年記念の委嘱作。演奏会場となった石造りのホールの音響を考慮した音作りがなされている。この人の音楽はほんとうに屈託がない。ベルゲ Sigurd Berge の作品は、ノルウェー民謡4曲を編曲したもの。パウルセン=ゲーゼ Anniken Paulsen-Gade の《北極光 (Arctiv Light)》は、特殊奏法を使ってオーロラを生む太陽の磁場のエネルギーを表現する。カール・ニルセン Carl Nielsen の《オルガンのための29の小前奏曲》は、初期オルガン音楽のポリフォニーを研究した後に書かれた作品。デンマーク王立ブラスの創設者のひとり、トロンボーン奏者、作曲家のモーエンス・アンレーセン Mogens Andresen による編曲は、ちょっとガブリエリのカンツォンのようで面白い。

Finlandia 8573-85575-2 クシシュトフ・ペンデレツキ (b.1933) チェロと管弦楽のための作品集
 チェロ協奏曲第1番 (1973) チェロ協奏曲第2番 (1981-82)
 ヴィオラ協奏曲 (1982-83) (ボリス・ベルガメンチコフ編曲)
  アルト・ノラス (チェロ) シンフォニア・ヴァルソヴィア クシシュトフ・ペンデレツキ (指揮)

◇アルト・ノラス Arto Noras (b.1942) は、フィンランドでもっとも国際的な知名度の高いチェロ奏者。シベリウス・アカデミーのユルヨ・セリン Yrjö Selin のクラスに入ったのは8歳のとき。その後、パリ音楽院に留学し、ポール・トルトゥリエのマスタークラスに在籍し、優等で修了。1966年のチャイコフスキー・コンクールで2位。1964年の正式コンサート・デビュー以前から、北欧だけでなくヨーロッパ各地で演奏活動を行う。シベリウス・アカデミーの教授。ノラスの最新作は、ポーランドのペンデレツキの作品集。アヴァンギャルドの作曲家として出発しながら変節し、“甘い” 音楽を書けば、現代音楽でも金が儲かることを (グレツキとともに) 実証した人。城に居を構えるとか。第1番のチェロ協奏曲は、1967年のヴァイオリン協奏曲の改作。第2番は、ベルリン・フィルハーモニック創立100周年記念にロストロポーヴィチを念頭に置いて作曲されたとなれば、推して知るべし? ベルガメンチコフによるチェロのための編曲版で演奏されたヴィオラ協奏曲も同時期の作品。2000年6月から2001年4月にかけて、トゥルク (フィンランド) とワルシャワで録音された。

Phono Suecia PSCD132 トロンボーネ・コン・フォルツァ (Trombone con forza)
ケント・オーロフソン (1962-) トレッチャ (Treccia) (2000) (トロンボーン独奏のための)
クリカン・ラーション (1956-)
 Toile tournee (1991) (アルトトロンボーンとテナーサクソフォーンのための)
クリスチャン・マリーナ (1965-) Vae (1998) (トロンボーン独奏のための)
アーネ・メルネス (1933-2002)
 ランデヴー4 《ホケトゥス (Hoquetus)(1997) (アルトサクソフォーンとトロンボーンのための)
チェル・ペルデル (1954-)
 ヴォクーナII 《イェリコ、イェリコ (Jerico Jerico)(1995) (トロンボーン独奏のための)
ラーシュ・サンドベリ (1955-) 確かな歌の表情とともに (Med ett visst sjungande uttryck) (1998)
イーヴォ・ニルソン (1966-) Rotor II (1999) (打楽器とトロンボーンのための)
  イーヴォ・ニルソン (トロンボーン) ヨリエン・ペッテション (サクソフォーン) ユニー・アクセルソン (打楽器)

◇スウェーデンを代表する器楽奏者が現代スウェーデンの作品を紹介する "con forza" シリーズの最新作に選ばれたのは、トロンボーン奏者のイーヴォ・ニルソン Ivo Nilsson (b.1966)"Percussion con forza" (Phono Suecia PSCD126) で紹介された打楽器奏者のユニー・アクセルソン Jonny Axelsson (b.1963) とのデュオ活動で知られる。作曲家としても活躍し、いろいろな楽器やアンサンブルのための作品を書いている。カンマルアンサンブルNが初演した《死の舞踏 (Totentanz)》(1993-94) (Phono Suecia PSCD120) の自己主張の強い音楽は、強い印象を残した。トロンボーン奏者として際だった技術の持ち主には違いないものの、テクニックをひけらかすタイプでないことは、アクセルソンとのデュオのアルバム (dB Productions dBCD29) で実証済み。なによりも、まず、美しい音色に耳を奪われる。また、小節で区切られない、音価 (音の長さ) によって進行する(なかでもテンポのおそい)音楽では、わずかの集中力のゆるみも致命的で、下手をすると “誰かがどこかで下手なラッパを” となりかねない。その点、このディスクに録音された4曲の独奏曲のニルソンは、実に見事。“喘ぐような息音” などの特殊奏法も “特殊” でなく、ごく自然な音楽に聞こえる。

 このディスクには、“トロンボーンの音楽だけで1枚のCDというのはちょっと……” という “謙虚な” ニルソンの提案により、アルトサクソフォーンとのデュオが2曲とニルソン自作の打楽器とトロンボーンのための曲を収録し、変化をつけている。アルトサクソフォーンを演奏するのは、ヨリエン・ペッテション Jörgen Petterson (b.1964)。ペッテション自身も、このシリーズに起用されたことのある (Phono Suecia PSCD81) 魅力的なアーティスト。

 ケント・オーロフソン Kent Olofsson の “天球に向けて動いていく” 《トレッチャ (Treccia)》。クリカン・ラーション Chrichan Larson の作品のフランス語タイトル《トワル・トゥルネー (Toile Tournée)》は、“さかさまのキャンバス” の意。アルトトロンボーンとテナーサクソフォーンがそれぞれ違ったシナリオで演奏するかのような即興的な音楽。ジャズはまだしも、オーケストラの中に入ると “浮いてしまいがち” な楽器サクソフォーンが、トロンボーンと “どっちがどっち” という音楽を展開する。クリスチャン・マリーナ Cristian Marina の《Vae》の曲名は、“内なる痛み” を意味するルーマニア語 "vai" からとられた。U字形をしたスライドをゆっくり動かして演奏する微分音による “嘆き (wailing)” が作品のハイライト。

 アーネ・メルネス Arne Mellnäs の曲では、アルトサクソフォーンとトロンボーンが “ランデヴー (Rendez-vous)”。2人の主役が対照的な表情を見せる、一種のドラマ。チェル・ペーデル Kjell Peder の《ヴォクーナU (Vocuna II)》をイーヴォ・ニルソンは “効果のモザイク” と呼ぶ。エネルジーコ (活気にみちて)、ミナッチオーゾ (脅迫的に)、ミステリオーゾ (神秘的に)、トリオンファーレ (意気揚々と)、と急激に音楽が変化していく。副題の《イェリコ、イェリコ (Jerico, Jerico)》は、旧約聖書に出てくる、モーゼの後継者で最初の士師、ヨシュアの信仰によって壁が破壊される町イェリコと関連し、ここでは “内なる壁” を意味する。ラーシュ・サンドベリ Lars Sandberg の《確かな歌の表情をもって (Med ett visst sjungande uttryck)》は、アルトトロンボーンのための “歌”。ニルソンの《ローターU (Rotor II)》では、急速に “回転する” 動きの音楽は少しずつ減衰して、“虫食い” 状態に。ニルソンとアクセルソンのコンビによる即興的な演奏が楽しい。

Simax PSC1146 チェロとピアノのための作品集 
ボフスラフ・マルチヌー (1890-1959) ロッシーニの主題による変奏曲 (1942)
 チェロソナタ第1番 (1939) スロヴァキアの主題による変奏曲 (1958)
ドミートリー・カバレフスキー (1904-1987) チェロソナタ 作品71 (1962)
  オイスタイン・ビルケラン (チェロ) ホーヴァル・ギムセ (ピアノ)

◇オイスタイン・ビルケラン Øystein Birkeland (1962-) は、トルルス・モルク Truls Mørk (1961-) とともにノルウェーを代表するチェリストのひとり。独奏者、室内楽奏者として活動する。ハインリヒ・シフ、ラルフ・カーシュボーム、ウィリアム・プリース、フェレンツ・ラドスらに師事した。ロルフ・ヴァリーン Rolf Wallin (b.1957)、ニルス・ヘンリク・アスハイム Nils Henrik Asheim (b.1960)、ラグナル・ソーデルリン Ragnar Söderlind (b.1945) らに作品を委嘱。1995年にはノルウェー作曲家連盟から“最優秀奏者”に選ばれた。

 ホーヴァル・ギムセ Håvard Gimse (1966-) は、シベリウスのピアノ作品シリーズ (Naxos)、グリーグのヴァイオリンソナタ (アルヴェ・テレフセン共演、Sony Norway) など、めざましい録音活動を行っている。なかでもゲイル・トヴェイトのピアノ協奏曲第1番・第5番 (Naxos 8.555077) は、作品の素晴らしさだけでなく、共感にあふれ、しっとりとしたギムセの演奏が欧米の各誌で高く評価された。プロのピアニストとして活動するかたわら、ヘルシンキのシベリウス・アカデミーの博士課程に籍を置く。ビルケランとは、グリーグのチェロとピアノのための作品を Naxos に録音している (8.550878)

Vinje Songlag VS2000 目がくらむほど鮮やかな (Ør og levande) − タルイェイ・ヴェソスの詩に
 ゲイル・リストルプ (b.1949)
 昔むかし (Det var eingong) 教会の鐘が鳴る日曜日 (Klukkesundag) 誘い (Innbying)
 初雪 (Første snø) しつこい者はきっと見つけるだろう (Den som held ut vil alltid finne)
 気のきかない者の伝説 (Tomse-legende) 愛の書から (Frå klærliks bok)
 トゥーリド (Turid) 小舟と魚 (Båten og fisken) 心の実験室で (I hjarteverkstadene)
 表のベランダから (Frå stogetrammen) 高い山 (Det store fjell) 故郷の空 (Bakkane heime)
  ヴィンニェ合唱団 リヴ・ロフトフース (指揮) トマス・カプリン (指揮)

◇タルイェイ・ヴェソス Tarjei Vesaas (1897-1970) は、小説家としてはスカンディナヴィアを代表するひとりに数えられたが、彼の書いた詩についてはそれほど知られていない。1997年、ヴェソスの生誕100年記念に際して、ヴィンニェ合唱団 Vinje Songlag は作曲家のゲイル・リストルプ Geirr Lystrup にヴェソスの詩をテクストにした作品を依頼。ヴェソスは20曲を超す歌を書き、それらが、クヌート・アネルス・ヴェスタード Knut Anders Vestad (b.1969)、オッド・ヨハン・オーヴェロイ Odd Johan Overøye (b.1961)、トリグヴェ・ブロスケ Trygve Brøske (b.1973)、アーネ・ダグスヴィーク Arne Dagsvik (b.1947) の4人により、4声と8声の合唱曲に編曲された。ヴィンニェ合唱団が私的にリリースしたこのディスクには、その中から13曲を選んで収録。地方の香りのするポップスといった趣の音楽が、耳に心地いい。

 曲の間には、原詩の朗読も収められている。朗読しているのはヴェソス自身 (ノルウェー放送 (NRK) が保管していた録音) と息子のオラヴ・ベソス Olav Vesaas (b.1935) (8作品)。

 ヴィンニェ合唱団の創立は1955年。ヴィンニェは、南ノルウェー、オスロとベルゲンの間にある山岳地帯、テレマーク郡の西部に位置する。1960年以来、リヴ・ロフトフース Liv Lofthus (b.1936) が指揮者を務めている。この録音には、ハマルのヘードマーク・カレッジ Hedmark Høgskolen のトマス・カプリン Thomas Caplin も協力した。

(TT)


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