Newsletter No.35   15 September 2001

 

Nytorp Musik とルーマンのアッサッジョ

 
 スウェーデンの Nytorp Musik (ニュートルプ・ムシーク) は、ちょっと異色のマイナーレーベルです。クラリネット奏者で音楽教師のマッツ・ローヴィング Mats Löfving (b.1960) が、このレーベルを夫人といっしょに立ち上げたのが1995年のこと。これまでにリリースされたディスクは、わずか3枚です。

 設立当初ローヴィングが、このレーベルの目標として掲げたのは、“スカンティナヴィアのもっとも優秀な音楽家を起用して、クラシカルと室内楽の最良の録音を制作すること” でした。数多くの新録音を行うレーベルがある一方、自分たちは、量よりも質をめざす。この目標は、今でも同じです。"Nytorp" は、スウェーデン語で “新しい小農場”。“大きくない” ことをレーベルの名前にうたうのもユニークといえばユニーク。それだけ、小さいことに徹して制作した一枚いちまいのディスクに自信をもっているということでしょう。演奏、録音、ディジパックの装丁、解説のブックレットのすべてから、音楽への愛情と献身ぶりが感じられます。

 最初に制作されたのは、クラリネット、バセットホルンとピアノのための作品集 (Nytorp 9701)。クラリネット奏者のホーカン・ルーセングレン、ピアニストのアンデシュ・シールストレム、そしてローヴィング自身が参加したことから、アルバムタイトルは "3" となっています。クルーセルの2つのクラリネットのための《3つの演奏会用二重奏曲》の録音が、会社を設立する前の1994年10月24日から26日にかけて。翌年6月、メンデルスゾーンの2曲の演奏会用小品とブラームスの第2番のソナタの録音セッションが、同じヘルシングボリ・コンサートホールで行われました。ルーセングレン Håkan Rosengren (b.1963) は、クルーセルの《序奏とスウェーデンの旋律による変奏曲 (Introduction et air suédois varié)》と第2番の協奏曲 (Musica Sveciae MSCD527) の録音で知られ、シールストレム Anders Kilström (b.1961) も、ステーンハンマルのピアノ協奏曲第2番 (Caprice CAP21448) やヴァイオリニストのセシリア・シリアクスと共演したディスク (Caprice CAP21564) など、いろいろな録音で名前を目にすることが多くなりました。

 このディスクの最大の魅力は、なんといってもクルーセル Bernhard Henrik Crusell (1775-1838) の《3つの演奏会用二重奏曲》。18世紀以来次々と作曲され、その多くが奏法の教則本に使われた同種の楽器のための二重奏曲の中でも、クルーセルの作品6の二重奏曲集は、学習用の範囲を超えた、実質のある音楽だといわれます。流麗な旋律をもち、クラリネットの持ち味を知りつくした書法で書かれた音楽は、演奏する側の楽しみがそのまま聴く側にも伝わってくると言えるでしょうか。この録音では、クラリネットとバセットホルンにより演奏されています。好みもあるでしょうが、ルーセングレンとローヴィングのクラリネット (そしてバセットホルン) の音色を聴くだけでも、心が和みます。

 ルーセングレンとシールストレムは、Nytorp の2枚目のCD (Nytorp 9901) でも共演しています。作品は、ブラームスの第1番のソナタのほか、クラリネットとピアノのためのドイツ音楽。1996年10月にヘルシングボリ・コンサートホールで録音されました。

 北欧音楽ファンの興味をひくと思うのが3枚目のディスク (Nytorp 9902) です。ルーマンの独奏ヴァイオリンのためのアッサッジョ Assaggio が6曲収録されています −− ハ長調 (BeRI303)、ト短調 (BeRI320)、ハ短調 (BeRI310)、イ長調 (BeRI301)、ト短調 (BeRI314)、ロ短調 (BeRI324)。おそらく、ルーマンのアッサッジョの録音は、ペーテル・チャバ Peter Csaba (b.1952) が同じ6曲を演奏したしたディスク (Chamber Sound CSCD94009)、ヤープ・シュレーダー Jaap Scröder による BeRI320BeRI310BeRI301 の3曲のディスク (Caprice CAP21344/Musica Sveciae MSCD406)、ヴィエシュカ・シムチンスカ Wieska Szymczinska によるハ短調 (Chamber Sound CSCD00031) くらいのものでしょう。ルーマンの作品のなかでもユニークな位置をしめる音楽だけに、この新しいディスクは歓迎されるはずです。

 ユーハン・ヘルミク・ルーマン Johan Helmich Roman (1694-1758) は、デンマークのディズリク・ブクステフーデ Didrik (Dietrich) Buxtehude (c.1637-1707) とともにスカンディナヴィアのバロック期を代表する作曲家。スウェーデン王立オペラのヴァイオリニストだったユーハン・ルーマン Johan Roman (?-1720) の子として生まれ、7歳のときには王宮でヴァイオリンを弾いてみせたと伝えられています。1716年、“音楽を完成させよ” との国王カール十二世の命でイギリスに渡り、王立劇場のオーケストラのヴァイオリニストに。1717年にニューカッスル公に仕えるようになってから後は、1719年、新たに組織されたオペラ団、王立音楽アカデミー The Royal Academy of Musick の第2ヴァイオリン奏者に就任。このころ知り合ったヨハン・クリストフ・レープッシュ Johann Christoph Repusch が作曲法の師となります。そのほかに出会った作曲家は、ボノンチーニ Giovanni Battista Bononchini、アリオスティ Attilio Ariosti、ジェミニアーニ Francesco Saverio Geminiani、ヴァラチーニ Francesco Maria Verachini ら。ヘンデルのオペラを演奏するためにルーマンがオーケストラピットに入っていたとき、ヘンデル自身がハープシコードを弾いていたとも言われます。1721年春、新たに王位に就いていたフレードリク一世の命令で帰国。その後のルーマンの活躍は、音楽史が語るとおり。作曲家、ヴァイオリニスト、音楽教師として、“スウェーデン音楽の父” とすら呼ばれることのある存在となっていきます。

 もっとも有名な作品は《ドロットニングホルムの音楽 (Drottningholmsmusiken)》。王女の結婚式のために書かれたこの曲集は、ルーマンの代表作というだけでなく、スウェーデン音楽史上もっとも優美な音楽のひとつとして愛されています。そのほかにも、シンフォニア、いろいろな楽器を独奏にすえた協奏曲、《ゴロヴィン伯爵のための祝祭音楽 (Festmusik till Greve Golovin)》、《小ドロットニングホルムの音楽 (Lilla Drottningholmsmusiken)》、《スウェーデン・ミサ (Then Svenska Messan)》、《ユビラーテ (Jubilate)》など、ルーマンの作品リストには、まばゆいばかりに魅力的な音楽が名を連ねます。

 ルーマンの器楽作品を分類したイングマル・ベンクトソン Ingmar Bengtsson (b.1920) によると、無伴奏ヴァイオリンのためのアッサッジョは全部で20曲 (BeRI301-320)"Assagio" は、イタリア語で “試み”。曲名の真意はわかりませんが、(様式は異なりながら) J・S・バッハのパルティータやソナタと同様に、高度の技巧と音楽の内面へ切り込むことが求められる音楽です。演奏者にとっては大きな挑戦でしょう。

 トビアス・リングボリ Tobias Ringborg は、1973年ストックホルム生まれ。もっとも活躍している、スウェーデン人ヴァイオリニストのひとりです。ストックホルムの王立音楽アカデミーで、ハラルド・テデーエン Harald Thedéen に師事。王立スウェーデン音楽アカデミーとアメリカン・エクスプレス主催の1994年ソロイスト賞 (Solistpriset) の受賞をきっかけに独奏ヴァイオリニストとしてのキャリアが始まりました。この年、王立音楽アカデミーの独奏者としての学位を取得した後、ニューヨークのジュリアード音楽院に留学。ルイス・カプラン Lewis Kaplan のもとで2年間ほど研究をつづけます。現在は、シアトルのワシントン大学で演奏とスウェーデン音楽の講義をするかたわら、独奏者、室内楽奏者として欧米でコンサート活動を行っています。録音も、スウェーデンを中心として、このところ増えてきました。

 リングボリのこれまでの代表作と呼べる1枚が、ベールヴァルド Franz Berward (1796-1868)、ステーンハンマル Wilhelm Stenhammar (1871-1927)、アウリン Tor Aulin (1866-1914) のヴァイオリンと管弦楽のための作品を集めたディスク (Naxos 8.554287)。粒の細かい、美しい音色と素直なフレージングの演奏が、スウェーデンのロマンティシズムを代表する音楽にふさわしいように思いました。ヴィブラートを抑えてもいいかな、ということもあるにはありますが、これは好みの問題かもしれません。新しいルーマンのほうは、作品の性格の違いを考えれば当然のことでしょうが、ほとんどノンヴィブラートで演奏しています。アーティキュレーションも綿密に検討され、ヴァイオリンを弾くことと音楽とが遊離してしまう瞬間がありません。引き締まっていながらも、窮屈さは感じさせない。重すぎず、軽すぎず。じっくりとルーマンの音楽が味わえます。

 この録音でリングボリは、王立音楽アカデミーから貸与されている1745年製ガダニーニにかえて、1687年製のティールケの楽器を弾いています。ヨアヒム・ティールケ Joachim Tielke (1641-1719) は、ドイツの楽器職人。職人芸が発揮された優美な仕上げのヴィオールは、とりわけ名器として名高いということです。ヴァイオリン職人としてはそれほど知られておらず、ティールケ研究家のギュンター・ヘルヴィヒ Günter Hellwig が追跡できたのは、5台でした。今回の録音に使われたのは、そのうちの1台。ストックホルム音楽博物館所蔵の自慢の楽器です。録音も、この博物館で1999年1月9日から11日までの3日間、じっくりと時間をかけて行われました。

 この録音が、また見事。最良のアナログ録音のような自然な音質です。楽器の音像がリアルにもかかわらず、刺激的な音は一音たりともありません。ほんとうに自然な響きです。奏者の息音も適度に聞こえるので、リングボリがすぐそこで弾いているかのような錯覚を起こしてしまいました。この録音は、ちょっと病みつきになりそうです。

 Nytorp Musik の次のリリースは、1998年ソロイスト賞を受けたフランシスカ・スクーグ Francisca Skoogh によるピアノ作品集と、イング=ブリット・アンデション Ing-Britt Andersson のヴォーカルを中心とした現代の作品集です。スクーグが弾いているのは、ヘンデルの組曲とブラームスの変奏曲。アンデションのディスクでは、シェーンベルクの《Pierrot Lunaire (月に憑かれたピエロ)》やヴェーベルンのヴァイオリン、クラリネット、テナーサクソフォーンとピアノのための四重奏曲などが演奏されています。スウェーデンのクリカン・ラーション Crichan Larson (b.1956) の作品も楽しみです。

 Nytorp Musik のウェブサイトには、リリースされたディスクのアーティスト紹介のページがあります。それによると、ルーセングレンは野心家。イェヴレ生まれのシールストレムは親切。リングボリはオペラが大好き。そして、ローヴィングは、ワインをたしなむ、“ニュートルプの王様”。4人全員を“頑固者”と紹介しているところが、このレーベルの性格を表しています。すべてにおいてこだわることが、スウェーデンの小さな農場に素晴らしい収穫をもたらした。このことは間違いのないところでしょう。


Nytorp 9701 "3" − クラリネット、バセットホルンとピアノのための作品集
フェリクス・メンデルスゾーン (1809-1847) 
 演奏会用小品第1番 作品113 (クラリネット、バセットホルンとピアノのための)
 演奏会用小品第2番 作品114 (クラリネット、バセットホルンとピアノのための)
ベルンハード・ヘンリク・クルーセル (1775-1838)
 3つの演奏会用二重奏曲 作品6 (2つのクラリネットのための)
  第1番 ヘ長調 第2番 ニ短調 第3番 ハ長調
ヨハネス・ブラームス (1833-1897) クラリネットソナタ第2番 変ホ長調 作品120-2
  ホーカン・ルーセングレン (クラリネット、バセットホルン)
  マッツ・ローヴィング (バセットホルン、クラリネット) アンデシュ・シールストレム (ピアノ)

Nytorp 9901 グラン・デュオ − クラリネットとピアノのための作品集
カール・マリア・フォン・ヴェーバー (1786-1826) 協奏的大二重奏曲 作品48
ロベルト・シューマン (1810-1856) 幻想的小品 作品73
パウル・ヒンデミット (1895-1963) クラリネットソナタ (1939)
ヨハネス・ブラームス (1833-1897) クラリネットソナタ第1番 ヘ短調 作品120-1
  ホーカン・ルーセングレン (クラリネット) アンデシュ・シールストレム (ピアノ)

Nytorp 9902 ユーハン・ヘルミク・ルーマン (1694-1758) 独奏ヴァイオリンのためのアッサッジョ
 ハ長調 BeRI303 ト短調 BeRI320 ハ短調 BeRI310
 イ長調 BeRI301 ト短調 BeRI314 ロ短調 BeRI324
  トビアス・リングボリ (ヴァイオリン)

 

ノルディック・チェロ (The Nordic Cello) − エアリング・ブロンダル・ベンクトソン

 「すべての始まりは、ヨハン・セバスチャン・バッハにあった。独奏チェロのための6つの組曲。20世紀の初め、パブロ・カザルスがこの曲を見つけだし、ひと握りの人たちの思いこみのせいで演奏不能と考えられていた作品を演奏する伝統をスタートさせた。このことは、バッハの組曲の演奏だけでなく、ゾルターン・コダーイやベンジャミン・ブリテンといった著名な作曲家が独奏チェロのための新しい作品を作るという形で影響を残すことになった。スカンディナヴィアでも、多くの作曲家が独奏チェロのための作品を書いてきた」

 “The Nordic Cello (北欧のチェロ)” と題する Danacord の新しいディスクのブックレットで、音楽学者のモーエンス・ヴェンセル・アンドレアセン Mogens Wenzel Andreasen は、このように書いています。北欧の作曲家たちによる、この分野の優れた作品が多数あることを考えれば、彼らの作品ばかりを集めたアルバムを作ることは、長年にわたり独奏者として活躍をつづける北欧の演奏家の足跡を標すには、またとない企画でしょう。

 デンマークのチェリスト、エアリング・ブロンダル・ベンクトソン Erling Blöndal Bengtsson は、1932年生まれ。生まれついてのチェリストだったことは、3歳のとき、ヴァイオリニストの父が与えたヴァイオリンを本能的に膝の間においた、というエピソードからも想像がつきます。顎の下にあてるよう言われても、頑として受けつけず、6ヶ月後に行われた初めてのリサイタルでは、ヴィオラに脚棒をつけた演奏したというエピソードが残っています。音はさておき、見てみたい絵柄です。その7年後にはオーケストラと初共演。1948年、16歳でアメリカに渡り、フィラデルフィアに住んでいたグレゴル・ピアティゴルスキーのもとに行きます。1年後、カーティス音楽院で彼のアシスタントを務めることになり、その翌年にはピアティゴルスキーの後任に指名されました。5年後に帰国。29歳でコペンハーゲンのデンマーク王立音楽アカデミーの教授に就任してからは、以後40年近くにわたってデンマークの若いチェロ奏者たちの手本となってきました。途中、1958年から1982年にはストックホルムの音楽学校とケルン音楽大学の教職に就き、アメリカ、イギリス、スイスやスカンディナヴィア各国でもマスタークラスを開催するなど、教育者としての活動が目立ちます。1990年には、北米の音楽の中心のひとつ、ミシガン大学アン・アーバー校の音楽部の教授に就任しました。

 演奏家としてのブロンダル・ベンクトソンは、教育活動と同様に幅広いレパートリーを誇っています。バッハの無伴奏チェロ組曲、ベートーヴェンのチェロソナタ。ボッケリーニ、ハイドン、シューマン、ドヴォルジャーク、ラロ、サン=サーンスらの協奏曲。その多くは録音され、現在もカタログに残っています。ブリテン、ディーリアス、バーバー、ウォルトン、ルトスワフスキーの協奏曲は、彼がデンマーク初演しました。ウォルトンとルトスワフスキーは、その時に指揮者を務めています。ブロンダル・ベンクトソンのために曲を書いた北欧の作曲家たちも多数にのぼります −− ニルス・ヴィゴ・ベンソン、ヴァウン・ホルムボー Vagn Holmboe (1909-1996)、ヘアマン・D・コペル Herman D. Koppel (1908-1998)、ヤン・メゴー Jan Maegaard (b.1926)、アトリ・ヘイミル・スヴェインソン、ヨウン・ノルダル Jón Nordal (b.1926)。ブロンダル・ベンクトソンは現在、王立スウェーデン音楽アカデミーの会員。デンマーク政府とアイスランド政府から、勲章も授与されています。

 このディスクには北欧5カ国からそれぞれ1曲ずつの作品が選ばれています。うち2曲は、ブロンダル・ベンクトソンに献呈された作品です。

 まずスウェーデンからは、ヒルディング・ルーベンベリ Hilding Rosenberg (1892-1985) の《間奏曲 (Intermezzo)》。スウェーデンのチェリスト、グイド・ヴェッキ Guido Vecchi のために作曲したチェロ協奏曲第1番 (1939) の第2楽章を作曲者自身が独奏チェロ用に改作しました。静かに感情に訴えかける音楽です。他に録音があるのかどうかはっきりしませんが、ブロンダル・ベンクトソンの真摯な演奏とともに、これは素晴らしい。

 シベリウス Jean Sibelius (1865-1957) は、チェロのためにいくつかの重要な作品を書いています −− アンダンティーノ ハ長調 (c.1884)、《Malinconia (憂鬱)》作品20、《4つの小品》作品78。ヴァイオリンまたはチェロと管弦楽のための《2つの小品 “厳粛な旋律” (2 Pieces "Serious Melodies")》作品77 (《頌歌 (Cantique)》(1914) と《献呈 (Devotion)》(1915)) も、1922年、ヴァイオリンとピアノとの版に編曲され、その版がチェロで演奏されることがあります。ブロンダル・ベンクトソンがとりあげた《主題と変奏 (Theme (Adagio) and Variations)》 (ニ短調) は、1887年頃に書かれた作品です。フィンランド初の無伴奏チェロのための曲と考えられています。短い序奏につづき提示される主題は、交響曲第3番第1楽章、ドルチェの指定でチェロが弾く第2主題 (スコアの練習番号3のところ) をちょっとばかり思わせる旋律です。この子守歌風の主題が、さまざまな様式の全部で6つの変奏曲に形を変えていきます。この作品によりシベリウスは、チェロという楽器の技巧と可能性を追求。そのことが彼の音楽のチェロの書法に大きく貢献したと考えられています。ダールストレムのカタログには初演の記録が記載されていません。ムニール・バキエフ Munir Bakieh が1995年8月12日に演奏しており、これを正式の初演とする意見もあります。トゥールレイフ・テデーエン Torleif Thedéen (b.1962) によるシベリウスのチェロのための作品全集 (BIS CD817) での演奏が有名です。

 アーネ・ヌールハイム Arne Nordheim (b.1931) の《Clamavi (呼ぶ)》は、旧約聖書のダヴィデの詩編 (130番「深い淵の底から、主よ、あなたを呼びます (De profundis clamavi ad te, Domine)) からタイトルをとったとされます 。“呼ぶ” は祈りにつうじ、"Clamavi" はたそがれの時代に慰めを求める人類の叫び、と作曲者自身が考えています。ノルウェーのチェリスト、オーゲ・クヴァルバイン Aage Kvalbein (b.1947) に献呈された作品です。トルルス・モルク Truls Mørk (b.1961) の録音 (Simax PSC1023) との比較も面白いかもしれません。

 アイスランドでも、チェロのための作品はかなりの数が書かれています。アトリ・ヘイミル・スヴェインソン Atli Heimir Sveinsson (b.1938) の《Dal regno del silenzio (沈黙の世界から)》は、その代表作のひとつ。ブロンダル・ベンクトソンのために作曲されました。“沈黙の世界” とは、生と死、音と沈黙、時間の経過と時間の超越の間でバランスをとっているどっちつかずの状態。この曲はその世界からの内面的メッセージと言われています。きっちりとした構成の中に即興的な要素が加わり、たえず色彩を変えるチェロの音色が聴き手の内面に強い印象を与える音楽です。アイスランドのブリンディース・ハトラ・ギルファドウッティル Bryndís Halla Gylfadóttir (b.1964) による録音もあります (ITM8-04)

 アルバムの最後は、多作で知られたデンマークの作曲家ニルス・ヴィゴ・ベンソン Niels Viggo Bentzon (1919-2000) の《「ヴォルガの舟歌」による変奏曲 (Variations on "The Volga Boatmen")》。8つの変奏曲をはさむ形で、あの陰鬱なロシア民謡の主題が最初と最後に奏される作品。主題の断片がそれぞれの変奏の間に顔をのぞかせるので、厳格な意味では変奏曲とは言えないのでしょうが、そのことは作曲者も承知のこと。「ある部分は、双眼鏡を逆に覗いた結果、なにもかもがゆがんで見えるのに似ている。実際には、すべて同じものなのなんだが」と作曲者自身が語っています。この曲も、ブロンダル・ベンクトソンのために書かれた作品です。

 このディスクには、ソナタは1曲も含まれていません。一番短いルーセンベリの曲から、15分弱のベンソンの作品まで、いずれも小品と呼ぶのが似つかわしい作品でしょう。しかし、音楽が語ろうとするところを正確にとらえたブロンダル・ベンクトソンの演奏のおかげで、それぞれの曲が、大きな次元をもった音楽として姿を見せているように思います。チェロは人間の声にもっとも近い楽器、とはしばしば言わることです。ブロンダル・ベンクトソンの演奏を聴くと、そのことを強く意識せずにはいられません。音楽家人生の一里塚にすぎないかもしれない、このディスク。しかし、チェロという楽器に人生を託した音楽家の誠実な心が、大きな価値のある一里塚を築いたことは間違いないところでしょう。


Danacord DACOCD554 ノルディック・チェロ − 独奏チェロのための北欧作品集
ヒルディング・ルーセンベリ (1892-1985) 間奏曲 (1974)
ジャン・シベリウス (1865-1957) 主題と変奏 (c.1887)
アーネ・ヌールハイム (b.1931) Clamavi (呼ぶ) (1980)
アトリ・ヘイミル・スヴェインソン (b.1938) Dal regno del silenzio (沈黙の世界から) (1989)
ニルス・ヴィゴ・ベンソン (1919-2000) 「ヴォルガの舟歌」による変奏曲 作品354 (1974)
  エアリング・ブロンダル・ベンクトソン (チェロ)

 

Koch/Schwann のディストリビューター決定

 ドイツに本拠を置くレーベル、Koch/Schwann のディストリビューターが東京エムプラスに決まりました。今回取り扱いが始まるのは、Koch/SchwannKoch ClassicsKoch/Schwann/Musica Mundi など、ヨーロッパ制作のシリーズ。アメリカで制作されている Koch International Classics も契約予定には入っているようですが、時期は未定です。

 Koch レーベルは1975年に発足。ドイツ=オーストリアの作品と演奏家のディスクを中心にリリースしており、北欧音楽のファンにとってはそれほど縁はなさそうです。とはいえ、アッテルベリ Kurt Atterberg のチェロのための作品集やラトヴィアの作曲家ヴァスクス Peteris Vasks の室内楽曲・器楽曲集のように、このレーベルの録音に頼らざるをえない曲のディスクもあり、けっして無視するわけにはいきません。

 このレーベルからリリースされた、北欧音楽ファンにとってもっとも重要なディスクは、イギリスのヴァイオリニスト、ラルフ・ホームズ Ralph Holmes (1937-1984) が録音したシベリウスでしょう。

 ホームズは、日本でこそイギリス音楽愛好家の間で知られる程度でしたが、欧米では評価の高いヴァイオリニストでした。ディーリアスのヴァイオリンと管弦楽のための作品集 (Unicorn-Kanchana DKP (CD) 9040) とヴァイオリンソナタ全集 (Unicorn-Kanchana UKCD2074)、ハーティのヴァイオリンと管弦楽のための作品集 (Chandos CHAN8386)、ベートーヴェンのソナタ4曲 (Amon Ra CD-SAR 9, CD-SAR16) など、いずれも静かな人気を誇るディスクです。1984年9月、そのホームズは、これらの録音を残して急逝。気品と親しみのあるステージマナーと人柄を愛した多くの人たちを悲しませました。その一方で、どんなにたびたび弾いた曲であろうと常に新鮮な気持ちで演奏に臨むという謙虚さを備え、そのことが同僚の演奏家たちの尊敬を集めたとも伝えられています。

 そのホームズが録音した、《頌歌》と《献呈》をはじめとするシベリウスのヴァイオリンと管弦楽のための小品集は、シベリウス愛好家の間では有名なディスクです。ホームズの演奏の最大の魅力といえる美しい音色で奏でられる、気品あふれるシベリウス。彼が弾くセレナードやユモレスクの一曲一曲は、それぞれが独自の深い魅力をもった音楽として聞こえてきます。うちに秘めた熱い感情が清潔感とともに伝わってくる。真の音楽家の演奏とは、そういうもののような気がします。

[追記 Koch/Schwann は、2002年秋、活動を停止。音源はユニヴァーサル・ミュージックに移りました。(2003年4月28日)]


Koch/Schwann CD311003F1 ジャン・シベリウス (1865-1957) ヴァイオリンと管弦楽のための作品集
 2つの小品 作品77(頌歌 献呈)  2つのセレナード 作品69
 2つのユモレスク 作品87 4つのユモレスク 作品89
  ラルフ・ホームズ (ヴァイオリン) ベルリン放送交響楽団 ヴァーノン・ハンドリー (指揮)

Koch/Schwann 3-1585-2G1 クット・アッテルベリ (1887-1974)
 チェロソナタ 作品27 チェロ協奏曲 作品21
  ヴェルナー・トーマス=ミフネ (チェロ) カルメン・ピアッツィーニ (ピアノ)
  ベルリン放送交響楽団 カール・アントン・リッケンバッヒァー (指揮)

Koch/Schwann/Musica Mundi 3-6726-2 北欧オルガン作品集
 エドヴァルド・グリーグ (1843-1907) 組曲《ホルベルグの時代から》作品40 − アリア
  フーガ《ドナ・ノビス・パーチェム》
 ロルフ・カールセン (1911-1982) 組曲第1番 ハ短調
 ダーヴィド・ヴィーカンデル (1884-1955) パッサカリア (1944)
 ジャン・シベリウス (1865-1957) 葬送音楽 作品111-2 イントラーダ 作品111-1
 フェルディナンド・セルベル(父) (1689-1765) 前奏曲 ホ短調 前奏曲 ニ短調
 ディズリク・ブクステフーデ (1637-1707) トッカータ ニ短調 前奏曲とフーガ ホ短調
  ハンス・ヘルムート・ティルマンス (オルガン)

Koch/Schwann 3-6496-2 ペテリス・ヴァスクス (b.1946)
 ささやかな夜の音楽 (ピアノのための) 白い景色 (ピアノのための) 
 小さな夏の音楽 (ヴァイオリンとピアノのための)
 エピソーディ・エ・カント・ペルペトゥオ (ピアノ三重奏のための)
 鳥のいる風景 (フルートのための) 亡き友のための音楽 (管楽五重奏のための)
  ハインリヒ・ヘルライン (ヴァイオリン) ハンス=ウード・ハインツマン (フルート
  マルテ・ランマース (オーボエ) ビョン・グロート (バスーン)
  フリーデマン・パルダル (チェロ) ヴァルター・ヘルマン (クラリネッ))
  クラウス・フォークト (ホルン) ヴェルナー・ハーゲン (ピアノ)

Koch/Schwann 3-1786-2 ジャン・シベリウス (1865-1957) 弦楽オーケストラのための作品集
 組曲 作品117 (ヴァイオリンと弦楽のための)
 劇音楽《とかげ》 作品8 (弦楽とヴァイオリンのための)
 ユモレスク 作品89 (弦楽とヴァイオリンのための − 第3番 ト短調 第4番 ト短調
 アダージョ ニ短調 (1890) スケルツォ (プレスト) ニ長調 (1894)
 かわいい組曲 作品98a 田園組曲 作品98b 個性的な組曲 作品100
  ペッカ・カウッピネン (ヴァイオリン)  エッセン・フォルクヴァンク室内管弦楽団 タピオ・トゥオメラ (指揮)

 

“エドゥアルド・トゥビンと彼の時代” フェスティヴァル

 今年の6月4日から14日にかけて、エストニアの首都タリンで “エドゥアルド・トゥビンと彼の時代” と銘打った国際フェスティヴァルが開催されました。主催は、タリンに事務局を置く国際エドゥアルド・トゥビン協会。エストニア政府からも財政面を初めとするバックアップを受けることができました。このフェスティヴァルの実現に奔走したのは、協会の理事会長ヴァルド・ルメセン Vardo Rumessen。トゥビンのピアノ作品を全曲録音した (BIS CD414/416) エストニアのピアニストです。

 フェスティヴァルを開催する目的のひとつは、エストニア国民にエドゥアルド・トゥビンのことをもっと知ってもらうことにありました。エストニア、スウェーデンの作曲家エドゥアルド・トゥビン Eduard Tubin (1905-1982) に対する興味は、国際的には少しずつ増してきています。しかし、一般のエストニアの人たちはトゥビンのことをあまり知らないのだとか。トゥビンと言えば、フィンランドのシベリウス、スウェーデンのステーンハンマル、デンマークのニルセンに匹敵する、エストニアを代表する交響曲作家。エストニアが、国民合唱祭に象徴されるように、音楽を誇る国だということ、そして、タリン市内にはトゥビンの銅像も建てられていることを考えると、まったく意外です。でも、第二次世界大戦中にスウェーデンに亡命し、ソビエト連邦に組み入れられていたエストニアとはほとんど無縁の作曲家だったとなれば、無理もないのかもしれません。

 今回のフェスティヴァルの中心的存在は、トゥビン協会の会長ネーメ・ヤルヴィ Neeme Järvi と子息のパーヴォ・ヤルヴィ Paavo Järvi。パーヴォの弟で指揮者のクリスチャン Kristjan Järvi も参加が予定されていながら、スケジュールの都合がつかず、参加できなかったことが残念です。日本からは、会員でピアニストの岡城千歳さんが参加。トゥビンの《マルト・サールの主題によるシャコンヌ形式のバラード (Ballade en Forme de Chaconne sur un Thème de Mart Saar)》のほか、スクリャービンのソナタ第5番、武満徹、三善晃、メシアン、ヘイノ・エッレル Heino Eller らの作品をソロ・コンサートで演奏しました。絶賛されたのが、トゥビンのヴァイオリン協奏曲を弾いた、中国系アメリカのヴァイオリニスト、Xiang Gao (シャン・カオ?)。ユニークな解釈と感情豊かな表現が批評家たちの賛辞を集めたことが報告されています。

 ネーメ・ヤルヴィの甥、ラハティ交響楽団 (フィンランド) のチェロ奏者テート・ヤルヴィ Teet Järvi も参加し、アルトゥール・カップ Artur Kapp のチェロと管弦楽のための《前奏曲 (Preludium)》でソロを弾き、好評でした。ヴァルド・ルメセンがトゥビン作品のコンサートで存在をアピールしたことは言うまでもないでしょう。ちなみに、彼は現在、エストニア国会の議員でもあります。

 フェスティヴァルが最大の盛り上がりを見せたのが、最終日のコンサート。パーヴォ・ヤルヴィが、ストラヴィンスキーの《火の鳥》組曲、アルトゥール・カップの《最後の告白 (Last Confession)》、トゥビンの第5交響曲を指揮。ネーメ・ヤルヴィ、エリ・クラス Eri Klas、トヌ・カリユステ Tonu Kaljuste らも客席でパーヴォの演奏を楽しんだと報告されています。

 優れた演奏家を集め、トゥビンをはじめとするエストニアの音楽を世界に向けて発信する。このフェスティヴァルは、予想どおりの成功だったと言えるでしょう。2005年のトゥビン生誕100年に向けては、さまざまな企画が予定されており、このフェスティヴァルがその出発点となったことは間違いありません。「トゥビンをほんとうの意味での国民的作曲家として一般に認めてもらうための第一歩が踏み出せた」と、ルメセンも語っています。

 “エドゥアルド・トゥビンと彼の時代” フェスティヴァルは、2002年にも開催が予定されています。期間は6月10日から21日まで。タリンだけでなく、エストニアの他の都市でもコンサートが行われるとか。ネーメ・ヤルヴィ、パーヴォ・ヤルヴィ、ニコライ・アレクセーエフ、サンクトペテルブルグ・フィルハーモニック管弦楽団などが参加予定。音楽監督はヴァルド・ルメセンが務めます。コンサートとともにシンポジウム (英語とエストニア語) を開くことも検討されています。

 今年につづき来年も、トゥビンの子息でトルコ在住のジャーナリスト、エイノ・トゥビン Eino Tubin がフェスティヴァルに参加する予定です。エドゥアルド・トゥビンは、なんといってもバルトークやストラヴィンスキーと並び20世紀を代表する作曲家。父エドゥアルドの音楽が国際的に正統な評価を受けることを、エイノも強く待ち望んでいるに違いありません。

 ついでながら、イギリスの雑誌 BBC Music Magazine の10月号は、トゥビンのファンにとっては見逃せません。フェスティヴァルに参加できなかったクリスチャン・ヤルヴィが指揮するトゥビンの交響曲第3番を収録したCDが付録となる予定です。BBC交響楽団によるマンチェスター公演のライヴ録音。センセーショナルな演奏だったと言われるだけに楽しみです。ヴィレム・カップ Villem Kapp の交響曲第2番 (ネーメ・ヤルヴィ指揮) とアルヴォ・ペルト Arvo Pärt の《ベンジャミン・ブリテン追悼のカントゥス (Cantus in Memory of Benjamin Britten)》 (パーヴォ・ヤルヴィ指揮) との組み合わせが予定されています。東京都内の HMV の各店で入手できるはずなので、ぜひ。

 もうひとつついでに、トゥビンの交響曲の楽譜についてしばしば問い合わせをいただくので、オーケストラ作品のスコアの出版状況をまとめてご紹介します。

 2001年9月現在、スタディスコアとして入手できるのは、第2番、第4番、第6番、第7番の交響曲、弦楽オーケストラのための《悲歌》、フルート協奏曲、《東洋的間奏曲》 (後の2曲は、まだCD録音がありません) です。スタディスコアとはいっても、いわゆるポケットスコアよりは大きいサイズ。違いは、フルスコアよりは小型で、薄紙装丁ということくらいでしょうか。最新の情報によると、10月には交響曲第3番のスタディスコアも出版される予定です。出版済みの作品も含め、入手の方法については、ご相談ください。

 

新譜情報

Caprice CAP21661 シクステン・エールリング、王立スウェーデン・オペラ管弦楽団
リヒァルト・ヴァーグナー (1813-1883) 歌曲集《ヴェーゼンドンク歌曲集》 (1857-58)
グスタフ・マーラー (1806-1911) 歌曲集《亡き子をしのぶ歌》 (1901-04)
ヤロミール・ヴァインベルガー (1896-1967) 大きな栗の木の下で (1939 rev.1941) (管弦楽のための)
  イングリッド・トビアソン (メッツォソプラノ)
  王立スウェーデン・オペラ管弦楽団 シクステン・エールリング (指揮)

◇シクステン・エールリング Sixten Ehrling (b.1918) は、スティーグ・ヴェステルベリ Stig Westerberg (1918-1999) とともに、20世紀スウェーデンと北欧を代表する指揮者。ベールヴァルド Franz Berwald の交響曲全集 (BIS CD795/796) と選集 (Bluebell ABCD037, ABCD047)、アッテルベリ Kurt Atterberg の交響曲第3番 (Caprice CAP21364)、ルーセンベリ Hilding Rosenberg の交響曲第4番 (Caprice CAP21429)、ルンドクヴィスト Torbjörn Iwan Lundquist の交響曲第7番 (Caprice CAP21419) など、スウェーデン音楽史に残る名作だけでも軽く五指を超す録音を行っている。古い LP からの復刻というハンディキャップがありながら、王立ストックホルム・フィルハーモニック管弦楽団とのシベリウス交響曲全曲録音 (Finlandia 3984-22713-2) が代表的な全集のひとつに評価されたことも記憶に新しい。デンマーク王立管弦楽団を指揮して1984年にワシントンの JFK センターで行った演奏会の、ニルセンの第3交響曲と《仮面舞踏会》序曲の静かに燃える演奏も、エールリングの芸術を代表するライヴ録音として語りぐさになっている (Audiofon CD72025)

 北欧以外のレパートリーも数多くの作品を録音しており、なかでも屈指の傑作と言われるのが、スウェーデン放送交響楽団を指揮した、ストラヴィンスキーの詩篇交響曲と《春の祭典》 (BIS CD400)。特に、指揮者の数以上の種類の録音があるといわれる《春の祭典》は、作品のもつさまざまな要素をバランスよく表現した、品位の高い演奏として熱烈な支持者を獲得した演奏。けっして指揮者みずからが興奮することなく、クライマックスに向けて、しっかりした歩みで音楽が高揚していく。第2部冒頭の神秘的な響かせ方も、あまり類例がないほど独特。作曲者がめざしたのが “騒ぐばかり” の祭りではなく、いけにえを捧げる儀式としての祭典だったことをこれほど意識させる演奏も多くはないはず。

 そのエールリングもすでに80歳を越した。体力的に大作の録音は望めまいという話をスウェーデンの関係者と交わしたのは、いつのことだったか。などと思っていたところに届いたのが、予期せぬ新譜の知らせ。しかも、2000年6月7日から9日にかけて行われた新録音というから、なんと言えばいいのか。しかも、演奏されているのが、管弦楽伴奏による歌曲集がふたつと、チェコの作曲家ヴァインベルガーの珍しい管弦楽曲。

 ヴァーグナーの《ヴェーゼンドンク歌曲集 (Wesendonk Lieder, Fünf Gedichte für eine Frauenstimme)》は、2度目のCD録音。前回は、スウェーデンのソプラノ、ヘレーナ・デーセ Helena Döse (b.1946) がソロを歌い、スウェーデン室内管弦楽団が演奏した (Bluebell ABCD063)。いっしょに収録されている《ジークフリート牧歌 (Siegfried-idyll)》ともども、瑞々しい響きのヴァーグナー演奏が強い印象を残すディスク。

 新録音の歌手は、宮廷歌手の称号をもつ、メッツォソプラノのイングリッド・トビアソン Ingrid Tobiassson。リードホルム Ingvar Lidholm のオペラ《夢の劇》(Caprice CAP22029) では、楽屋番を歌い、このときはアルトとしてクレジットされていた。ストックホルムの出身で、1981年に同地のオペラ大学 Operahögskolan を卒業。1985年、国民オペラ Folkoperan の《アイーダ》で、アムネリス役を歌ってデビューした。その後は、ドロットニングホルム歌劇場や王立オペラ劇場などに出演。《さまよえるオランダ人》のマリー、カルメン、《マリア・ステュアルダ》のエリザベッタ、《ローエングリン》のオルトルート、《パルジファル》のクンドリ、《ノルマ》のアダルジーザ、《ラインの黄金》のフリッカ、《エレクトラ》のクリュタイムネーストラ、《カプリッチオ》のクレロン、《賢い女狐の物語》の林務官の妻とフクロウなど、メッツォソプラノとアルトの代表的な持ち役をこなすほか、オラトリオや受難曲の公演にも参加する。エールリングとの録音での共演は、《カヴァレリア・ルスティカーナ》のサントゥッツァを歌った、王立スウェーデン・オペラによるオペラ合唱曲集 (Caprice CAP21520) 以来。

 《ヴェーゼンドンク歌曲集》は、同じ北欧の歌手、デンマークのエリサベト・マイヤー=トプセー Elisabeth Meyer-Topsøe (b.1953) のまさに女ざかりとも言いたい晴れやかで輝かしい歌唱 (Kontrapunkt 32156) にくらべると、ソプラノとメッツォソプラノの声質の違いもあるのか、最初、どことなく地味という印象を受けるかもしれない。しかし、それもつかの間。楽器のバランスと色彩の配分が緻密なエールリングの抑制のきいた指揮とともに、うちから燃え上がる若々しい情熱の歌が聞こえてくる。静かな歓びに満ちていると言おうか。それにしても美しい北欧の声。しかし、マイヤー=トプセーの場合と同様、何をおいても素晴らしいのは、声でも技巧でもなく、感じたことが素直に音楽として響いてくること。

 そして、彼女に寄り添うように、穏やかで色彩的な音楽を聴かせるオーケストラ(第3曲《温室にて》で甘いヴァイオリンを弾いているのはセミ・スタールハンメル Semmy Stahlhammer?)。第4曲《悩み》の金管のコラールの響きも美しい。エールリングは、いまでも王立オペラのオーケストラピットに入り、《トスカ》、《さまよえるオランダ人》、《ペレアスとメリザンド》、《バラの騎士》などを指揮するという。せめて、ドビュッシーとシュトラウスだけでも、録音を聴くことができないものだろうか? 《ヴェーゼンドンク歌曲集》の管弦楽演奏を聴くにつけ、そう思う。いずれにしても、こと管弦楽については、マイヤー=トプセーと共演するハンス・ノルベルト・ビールマイアー指揮のコペンハーゲン・フィルハーモニック管弦楽団よりも、細部から音楽を紡ぎ出すエールリング指揮王立スウェーデン・オペラのオーケストラのほうが魅力的。

 作品に対するふたりの誠実なアプローチは、マーラーの《子供の死の歌 (亡き子をしのぶ歌) (Kindertotenlieder)》でも変わらない。トビアソンの歌は、いわゆる絶唱でも、耽美に耽る歌でもなく、感情の抑制がしっかりと利いている。低声域のなめらかな響きも、この曲集にふさわしい。丁寧なフレージング。ほどよく制御されたオーケストラと対話しつつ、音楽がしっかりと聴き手に伝わってくる。この演奏で聴く第2曲《今にしてよくわかる》の響きは、そのまま《大地の歌》の世界につながっていくよう。エールリング指揮のオーケストラがもっとも素晴らしい瞬間を聴かせるのが、悲しみ、諦めといった感情がニ長調の三和音に集約していく、全曲の最後。“心の救済” と言ったら、言い過ぎだろうか?

 シクステン・エールリングは、ストックホルムの音楽院でオラーリョ・モラーレス Olallo Morales (1874-1957) とトゥール・マン Tor Mann (1894-1974) のもとで学んだ後、1936年から1940年にかけて、ドレスデンでカール・ベームに、パリでアルベール・ウォルフに師事した。王立オペラのピアニスト兼レペティトゥールを経て、1944年には常任指揮者に就任。1953年から1960年まで、音楽監督と首席指揮者(宮廷指揮者)の地位にあった。その後、王立オペラの地位は保ちながら、国際的な活動も始める。デトロイト交響楽団の首席指揮者、デンヴァー交響楽団の首席客演指揮者と音楽顧問を経て、1973年からはメトロポリタン・オペラでも指揮。サンフランシスコ、ウィーン、ロンドン、ハンブルクなど、オペラハウスへの客演も多い。教育者としての経歴も多彩で、1954年からはザルツブルクのモーツァルテウム、1973年から1988年まではジュリアード音楽院。ともに教授職を務めた。

 こういった経歴から体得したはずの、オーケストラを自在にコントロールする技術が発揮されたのが、ポップスコンサートのレパートリーにもなっている《バグパイプ吹きシュヴァンダ》のポルカで知られるヤロミール・ヴァインベルガー Jaromir Weinberger の《大きな栗の木の下で (Under the Spreading Chestnut Tree)》。誰もが知っている同名のイギリスの古謡を主題に、7つの変奏曲とフーガで構成される作品。ナチから逃れてアメリカに移住した後の1939年に作曲された。変奏の間をアルペッジョのピアノでつなぐ趣向がユニーク。全体に、いかにもアメリカ人好みの音楽 (映画音楽というと叱られる?) で、第4変奏など、まるでジョン・ウィリアムズの “インディ・ジョーンズ” の世界のよう。第6変奏のヴァイオリン、バスーン、クラリネット、トランペットによる人を食ったような戯れも、なかなかの面白さ。マックス・レーガーのスタイルによるとされる最後のフーガは力強く、ただ、人なつこそうな音楽というところがレーガーと違うかもしれない。地方巡業のカーニヴァルの音楽になりかねないところを救ったのは、エールリングのセンスの良さと統率力。音楽の中から、すがすがしく、優しい抒情をすくいあげる。「ヴァーグナー、マーラーの後に?」との危惧も、この演奏だったら、「なるほどね!」となるはず。

 録音は、ストックホルムの王立音楽アカデミーのコンサートホールで行われた。録音と編集をステファン・フロック Stephan Flock が担当し、プロデュースと監督はレンナート・デーン Lennart Dehn。透明で、奥行きのある音場をもった音質が素晴らしい。演奏、録音の両方で、“北欧の感覚” がいかに洗練された音楽を作り上げるかということを実証するディスク。

dacapo 8.224055 ニルス・ロシング=スコウ (1954-) 室内楽とシンフォニエッタのための作品集
 ... sous les râles de vent d'Est (東風のうねりのもとで) (1993)
 Meeting (出会い) (1985)
  (オーボエ、クラリネット、ホルン、バスーン、ヴィオラ、チェロとダブルベースのための七重奏曲)
 Double (1978) (フルート、クラリネット、ハープ、ピアノと打楽器のための2つの楽章)
 Echoes of Fire (炎のこだま) (1989 rev.1995) (7つの楽器のための) カノンとコラール (1984)
  アネ・マリ・ビルスコウ (ピアノ) アナ・クレット (クラリネット) ヘーゼ・ヴァレラン (チェロ)
  コペンハーゲン・アテラス・シンフォニエッタ ジャン・レイサム=コーニグ (指揮)

◇ニルス・ロシング=スコウ Niles Rosing-Schow は、1977年の女声合唱と7つの楽器のための《Kinderlieder (子供の歌)》により名前を知られていたにもかかわらず、大学と音楽院で音楽史と楽理を学んだ後、1984年、あらためてイブ・ネアホルム Ib Nørholm (b.1931) に作曲法を師事。現代の技法を研究し、独自の作風を開拓していく。1980年代なかばからは、新しいデンマーク音楽にはかかせない存在といわれるようになる。彼の音楽の特色としてしばしば指摘されるのは、形式の明確さ、簡潔な素材の処理、緻密な管弦楽法、透明な響き、感覚的な色彩の使い方など。いわゆる前衛とは異なる明快な音楽づくりは、同世代のデンマークの作曲家のなかでも特色ある存在。その優美な響きは、彼のフランス志向とも無関係ではないといわれる。ここまでの代表作は、デンマーク放送コンサートホール50周年記念の委嘱作品、ジル・クールドンの詩による《Archipel des Solitudes (孤独群島)》。メッツォソプラノ、大編成の合唱と管弦楽のために書かれたこの大作は、1995年9月に初演され、輝かしい成功を収めた。《火 (Brand)》、《審判 (Drommen)》の2つのオペラも大きな位置を占める。このディスクに収録された《Meeting (出会い)》では、さまざまな音の変化を聴かせながら、相反する要素の一体化が表現される。デンマーク作曲家協会主催の第3回ビエンナーレ (1996年) でも演奏された作品。

dacapo 8.224124 ヴァウン・ホルムボー (1909-1996) シンフォニエッタのための前奏曲集 第2
 前奏曲第6番《かもめと鵜に (To the Seagulls and the Cormorants)》 作品174 (1987)
 前奏曲第9番《穏やかな海に (To the Calm Sea)》 作品187 (1991)
 前奏曲第1番《一本の松の木に (To a Pine Tree)》 作品180 (1986)
 前奏曲第7番《環境汚染に (To the Pollution of Nature)》 作品170 (1989)
 前奏曲第4番《一本の柳の木に (To a Willow Tree)》 作品170 (1987)
 トロンボーンソナタ 作品172a (1987)
 Music with Horn (ホルンのある音楽) 作品148 (1981)
  トマス・エークマン (ホルン) アネ・セー・イーヴァン (ヴァイオリン) アネ・メテ・ステア (ピアノ)
  イェスパー・ユール・セーアンセン (トロンボーン) コペンハーゲン・アテラス・シンフォニエッタ
  ジョルダーノ・ベリンカンピ (指揮)

◇ヴァウン・ホルムボー Vagn Holmboe は、カール・ニルセンの次の世代を代表するデンマークの作曲家。民族文化の精神が重要な要素となるホルムボーの作品には、民俗音楽の研究から得たことが強く反映している。シンフォニエッタ (小管弦楽) のための前奏曲 (全10曲) は、室内協奏曲 (13曲)、交響曲 (13曲)、弦楽四重奏曲 (20曲)、合唱曲集《Liber Canticorum (歌の本)》 (全7集) などとならぶ、ホルムボー作品の重要なシリーズ。10曲すべて、イギリスの音楽学者ロバート・レイトン Robert Layton に捧げられた。それぞれの曲には、英語による副題がつけられている。自然界の現象や事物から、人間が作りあげたものまで。古典的な意味の前奏曲では、その後に “音楽” がつづく。ホルムボーの前奏曲の後に控えているのは、何か視覚的なもの、あるいは外界の現象。それぞれの副題を手がかりに、この “音楽の外にある何か” を聴き手が意識するとすれば、これらの前奏曲は標題音楽と考えることもできる。その意味で前奏曲は、ホルムボーの作品群の中では、ユニークな位置を占めると考えられている。

dacapo 8.224167 ライフ・カイサー (1919-2001) オルガン作品集
 教会の窓 (Kirkeruder) (1975) クヌズ公爵への賛歌 (Hymne til hertug Knud) (1986)
 オルガン協奏曲 (1965)
  ヨーアン・エレゴー・フレゼリクセン (オルガン)
  [ヘリゴン教会 (コペンハーゲン) のマークッソン・オルガン (1986年)]

◇20世紀デンマークで、もっとも多くのオルガンのための作品を書いた作曲家ライフ・カイサー Leif Kayser の曲集。エネルギーがほとばしる青年期の作品から、円熟期の静穏な作品まで、それぞれの時代を象徴する曲が収録されている。作曲法を教わったのは、ポウル・シアベク Poul Schierbeck (1888-1949)、ナディア・ブーランジェ Nadia Boulanger、ルーセンベリ Hilding Rosenberg (1892-1985) ら。1940年代にはローマに留学し、神学を学ぶ。1949年にはカトリック司祭に叙階。オルガニスト、ピアニスト、指揮者としても活躍した。オラトリオやアカペラ合唱作品など、宗教作品を中心に作曲したが、5曲の交響曲をはじめ、幅広いジャンルの音楽を書いている。美しさと豊かな精神性をもった音楽。様式としては後期ロマン主義の色彩が濃い。オルガン協奏曲は、ヨーロッパ・オルガン音楽の歴史に刻まれるべき作品として高い評価を受けた。

Daphne DAPHNE1016 トリオ・マッツ
ルートヴィヒ・ファン・ベートーヴェン (1770-1827) ピアノ三重奏曲第5番 ニ長調《幽霊》 作品70-1
モーリス・ラヴェル (1875-1937) ピアノ三重奏曲 イ短調 (1914)
ドミートリー・ショスタコーヴィチ (1906-1975) ピアノ三重奏曲第2番 ホ短調 作品67 (1944)
  トリオ・マッツ
   マッツ・セッテルクヴィスト (ヴァイオリン) マッツ・ロンディン (チェロ)
   マッツ・ヴィードルンド (ピアノ)

◇トリオ・マッツ TrioMats は、ファーストネームが同じ3人のスウェーデンの奏者、マッツ・セッテルクヴィスト、マッツ・ロンディン、マッツ・ヴィードルンドが1996年に結成したピアノ三重奏団。いずれも活発な演奏活動を行っており、多数の録音も行っているアーティストたち。ヴァイオリンのマッツ・セッテルクヴィスト Mats Zetterqvist (b.1954) は、セッテルクヴィスト四重奏団 Zetterqvist-kvartette のリーダー。このグループは、ステーンハンマル、スヴェン=ダーヴィド・サンドストレム、ミケール・エードルンドの弦楽四重奏のための作品集を録音している (Opus3 CD19702)。1989年から1994年にかけては、スウェーデン放送交響楽団のコンサートマスターを務めた。1768年製ガダニーニ Joannes Baptista Guadagnini とヴィニェロン Vigneron 製の弓を愛用する。

 マッツ・ロンディン Mats Rondin (b.1960) がチェロを始めたのは7歳のとき。以後、エアリング・ブロンダル・ベンクトソン Erling Blöndal Bengtsson、フランス・ヘルメション Frans Helmerson、ウィリアム・プリース William Pleeth、ラルフ・カーシュボーム Ralph Kirshbaum、ロストロポーヴィチ Mstislav Rostropovich らに師事した。1976年にデビューしてからは、北欧、中欧、東欧と幅広いステージで演奏活動をつづける。指揮者としての活動も始め、スウェーデンの主要なオーケストラの指揮台に立つほか、若い演奏家を集めた団体、フーアロード室内管弦楽団 Huaröds kammarorkester の設立にも関わった。マルメとストックホルムの音楽大学のチェロ科教授でもある。楽器は1772年製ガリアーノ Ferdinando Gagliano。代表的な録音は、ダーグ・ヴィレーン Dag Wirén のチェロ協奏曲 (Caprice CAP21513)

 マッツ・ヴィードルンド Mats Widlund (b.1961) のプロデビューは、スウェーデン放送交響楽団との共演。ブラームスの第2番のピアノ協奏曲のソロと弾いた。その後、アメリカ、カナダ、日本、ヨーロッパでコンサート活動を行い、ストックホルムとヨーテボリの音楽大学でソロピアノのクラスも受け持っている。ヴィードルンドを欧米の音楽ファンの間で有名にしたのが、ステーンハンマル Wilhelm Stenhammar のピアノ協奏曲第1番 (Chandos CHAN9074) とダーグ・ヴィレーンのピアノ協奏曲 (Caprice CAP21513) の録音。Daphne に録音したルーセンベリ Hilding Rosenberg のピアノ作品集 (DAPHNE1001, DAPHNE1003) とピアノ協奏曲 (DAPHNE1006) も代表的録音。英誌では、技巧と響きの美しさを兼ね備えた、感性豊かな奏者と評されている。

 この3人は、ヴィードルンドを中心に、デュオとして長年にわたり共演しており、気心も知れ、音楽に対するアプローチにも共通するところがあるため、トリオ・マッツとしてのスタートはきわめてスムーズだったという。彼らが最初のアルバムにとりあげたのは、ピアノ三重奏の古典的作品ばかり。シューベルトやブラームスのピアノ三重奏曲全集といった企画を避け、聴く人たちにコンサート体験をしてもらうため、それぞれの時代と様式を代表する、しかも自分たちの音楽の大事な部分を形作っている3曲を選んで録音した。

 3曲のうち、作品に対する彼らの共感がもっとも自然な音楽となっていると感じられるのが、ショスタコーヴィチのホ短調。屈折したスケルツォの第2楽章《アレグロ・ノン・トロッポ》 と第3楽章《ラルゴ》 の嘆きの歌が、とりわけ印象的。第1楽章《アンダンテ=モデラート》 のふさぎ込んだ音楽と、終楽章《アレグレット》 の諧謔の表現も、トリオ・マッツの今後への期待を抱かせる。

Finlandia 8573-87779-2 ヤーコ・リュハネン、オペラアリア集
 W・A・モーツァルト (1756-1791) オペラ《ドン・ジョヴァンニ》 K527 − カタログの歌
  ジングシュピール《魔笛》 K620 − おおイシスとオシリスの神よ この聖なる神殿には
 ジョアッキーノ・ロッシーニ (1791-1868) オペラ《セヴィーリャの理髪師》 − 陰口はそよ風のように
 モデスト・ムソルグスキー (1839-1881) オペラ《ボリス・ゴドゥノフ》 − ボリスの別れ 他
  ヤーコ・リュハネン(バス) タンペレ・フィルハーモニック合唱団員
  クオピオ交響楽団 マルクス・レヘティネン(指揮)

◇ヤーコ・リュハネン Jaakko Ryhänen (b.1946) は、フィンランド国立オペラに所属しながら、ウィーン国立オペラをはじめとしてヨーロッパ各地で活躍するバス歌手。バス歌手のためのアリアといっても、その性格はさまざま。軽やかで気の利いた、レポレッロの《カタログの歌》を歌う歌手は、ふつう、ザラストロのアリアは歌わない。まして、《ボリスの別れ》 の痛切な歌となると、いっそう深い表現が要求される。それだけの広いレパートリーをこなす表現力、そして声をもっていることが、リュハネンが高く評価される理由といわれる。今年10月に来日して、武蔵野市民文化会館でのリサイタルが予定されている。新録音のこのディスクでは、ヴェルディのアリアなどを含めて、全部で13曲が歌われる。

Finlandia 8573-87781-2 タンゴ・フォー・4 第2集
 ウント・モノネン (カッレ・エルコマー 編曲) Satumaa
 ビョン・ウルヴァエス (カッレ・エルコマー 編曲) マネー・マネー・マネー
 アストル・ピアソラ (1921-1992) (TBA 編曲) レヴィラード 天使のミロンガ
 カルロス・ガルデル (TBA 編曲) Por una cabeza
 フリートリヒ・ブルク (カッレ・エルコマー 編曲) Soi maininki hiljainen
 フリアン・プラーサ (TBA 編曲) 夜想曲 (Nocturna)
 トイヴォ・カルキ (カッレ・エルコマー 編曲) 百合の花 幸福の地 Illan viimeinen tango
 イーロ・ランタラ (TBA 編曲) タンゴ・メカニーク (Tango Mecanique)
 ヘラルド・H・マトス・ロドリゲス (TBA 編曲) ラ・クンパルシータ
  タンゴ・フォー・4
   ヤーコ・クーシスト (ヴァイオリン) ミカ・ヴァユリネン (アコーディオン)
   カッレ・エルコマー (ピアノ、キーボード) ヤーン・ヴェスマン (ベース、マッチボックス)
    (TBA − タンゴ・フォー・4)

◇“タンゴ・フォー・4 (Tango for Four)” は、ラハティ交響楽団のコンサートマスター、ヤーコ・クーシスト Jaakko Kuusisto (b.1974) と、「展覧会の絵」 (MILS 9862) で超絶技巧のアコーディオンを聴かせるミカ・ヴァユリネン Mika Väyrynen (b.1967) が、音楽仲間といっしょに、大好きなタンゴを演奏するために作ったグループ。これが2枚目のディスクになる。遊びに徹した演奏はフィンランドでも人気が高い。興にのった演奏をそのまま聴いてもらいたいということなのか、彼らの録音はすべて無編集だとか。新盤では、ABBA (アバ) のビッグヒット曲、《マネー・マネー・マネー (Money, Money, Money)》のタンゴ・ヴァージョンも演奏されている。タンゴ・フォー・4 は12月に来日。東京と藤沢でコンサートを開催する。

Intim Musik IMCD071 1607年ハンブルク聖ゲルトルート教会献堂式の音楽
 フランツ・エーレル 交唱 《Veni sancte Spiritus (来たれ聖霊よ)》 (Cantica sacra から)
 バンドヴィウス/ピエール・ボンノム
  入祭唱 《In nomine Jesu (イエスの御名において)》 (Melodiae sacrae から)
 リューネブルクのオルガン本 (1650) オルガン前奏曲 (Preaeambulum ex Clave E) KN146-156
 オルランデ・デ・ラッスス (1532-1594)/アルノルト・グロトゥーシウス
  ミサ曲 (1588) "Missa Deus misereatur nostri"Kyrie Gloria
 マルティン・ルター (1483-1546) ドイツ・ミサ曲 (1526) − 礼と特祷
 聖書拝読 ヨハネの黙示録 21章1-5a節
 リューネブルクのオルガン本 (1650) オルガン前奏曲 (Preaeambulum ex Clave D) KN146-155
 ヤーコプ・ハンドル (1550-1591)
  モテット 《Alleluja. Canate Domino (アレルヤ 主に新しい歌を歌え)》
 ジョヴァンニ・ガブリエリ (c.1553/6-1612) オルガン前奏曲
 ヨアヒム・デッカー コラール《おお神よ、あなたの善行に感謝します》
 リューネブルクのオルガン本 (1650) オルガン前奏曲 KN208/1-41
 ヒエロニムス・プレトリウス (1571-1621) テ・デウム《主たる神よ、あなたを賛美します》
 ブーゲンハーゲン 主の祈り ("De Ordeninger Pomerani" (1529) から)
 リューネブルクのオルガン本 (1650) オルガン前奏曲 KN208/1-12
 ヒエロニムス・プレトリウス (1571-1621) モテット 《Cantate Domino (主に新しい歌を歌え)》
 マルティン・ルター (1483-1546) 拝礼と特祷 ("Geistlische Lieder" (1529) から)
 ブーゲンハーゲン 祝祷 ("De Ordeninger Pomerani" (1529) から)
 セッレルの本 (1601) オルガン前奏曲
 ヨアヒム・デッカー コラール 《Sey Lob und Ehr (栄光と栄誉あれ)》
 リューネブルクのオルガン本 (1650) オルガン後奏曲 KN208/1-1
  ヨーテボリ・バロックアーツアンサンブル
  ウルリケ・ハイダー (指揮) マグヌス・チェルソン (オルガン)

◇1607年4月16日、多くのハンブルクの職業演奏家が参加して、聖ゲルトルーデ礼拝堂の献堂式が行われた。礼拝堂そのものは、聖ヤコブ教会の姉妹施設として1391年から1399年に建立されたが、チャペルの建物が一新されたことを機会に行われたために、都合3度目の献堂式となった。ボンノム Pierre Bonhomme とラッスス Orlande de Lassus (Orlando di Lasso) による二重合唱、ヤコブ・ハンドル Jacob Handl の三重合唱の作品とともに、ヒエロニムス・プレトリウス Hieronymus Praetorius が作曲した四重合唱による壮大なドイツ式《テ・デウム (Te Deum)》が演奏され、式のクライマックスとなった。このときの演奏については、聖ヤコブ教会の主任牧師ルーカス・ファン・ケッレン Lucas van Cöllen が、音楽と式そのもののあまりの見事さに、編成や配置も含め子細に記録し、文献として残した。この文献を基にフレデリック・K・ゲーブル Frederick K. Gable が編纂した版が出版された。

 第4回ヨーテボリ国際オルガン・アカデミーの開催にあわせて、改装されたばかりのヨーテボリのオーグリューテ新教会 (Örgryte Nya kyrka) でゲーブルの版に基づいた演奏が再現された機会をとらえ、2000年9月8日から10日にかけて録音されたのがこのディスク。この教会の北ドイツ様式のハンザ同盟オルガンも、GOArt (ヨーテボリ・オルガン・アート・センター) の手により新たに修復されており、オルガン前奏曲の演奏と同時に、通奏低音にも使用された。

 ヨーテボリ・バロック・アーツ・アンサンブルは、アーリーミュジックの演奏に興味をもつプロの歌手と演奏者が集まったグループ。中心となるのが、ヴォーカルアンサンブル “ヨーテボリ・バロック・ソロイスツ” と Musik i Väst (西スウェーデン音楽財団) の器楽アンサンブル、1992年に設立された “コロナ・アルティス (Corona Artis)”。使用された時代楽器は、ハイピッチ (a=465Hz) の中全音律 (meantone temperament) の調律。この録音には、バロックヴァイオリン、テオルボ、コルネットと3本のサックバットも加わる。サックバット Sackbut −− 中世のトロンボーン −− は、ニュルンベルクの1746年ヨハン・レオナルド三世エーエ Johann Leonard (III) Ehe モデルをバーゼルのライナー・エッガー Rainer Egger がブライニミール・スローカル Brainimir Slokar と共同で製作したレプリカが演奏された。

 オルガニストのマグヌス・チェルソン Magnus Kjellson は、ヨーテボリ大学音楽学校 (独奏者学位取得) とスヴェーリンク音楽院 (アムステルダム) を卒業。ヨーテボリ大学でオルガン演奏、オルガン教育、典礼におけるオルガン演奏のクラスを教える。ヨーテボリ・バロック・ソロイスツとの活動も多い。

 適度な残響をともなう美しい響きで再現された当時の音楽は、アーリーミュージックというジャンルに対する興味にとどまることなく、現代にアピールするところがある。威圧するのではなく、神に対する愛が心にめざめるかのような音楽。Intim Musik の自然な録音が、いっそうその印象を強くする。演奏は、当時の式の順序に従っているが、福音書の朗読、説教、祝福は、ブックレットにテクストの紹介があるだけで、収録はされていない。1607年の式の聖歌隊と器楽アンサンブルの配置図も掲載したブックレットは、資料としても貴重。

 ちなみに、聖ゲルトルーデ礼拝堂は、1842年のハンブルク大火で焼失し、その後再建されていない。

Naxos 8.555078 ゲイル・トヴェイト (1908-1981) (エンゲセット 校訂・編纂)
 ハルダンゲルの100の旋律 組曲第1番 作品151-115
 ハルダンゲルの100の旋律 組曲第4番 作品151-4660 《結婚式組曲 (Brudlaups-suiten)
  ロイヤル・スコットランド・ナショナル管弦楽団
  ビャッテ・エンゲセット (指揮)

◇ゲイル・トヴェイト Geirr Tveitt は、20世紀ノルウェーのもっとも個性的な作曲家のひとり。先にリリースされたピアノ協奏曲第1番・第5番のディスク (Naxos 8.555077) では、ノルウェーの民俗音楽と世界人トヴェイトの洗練された感覚が自然にブレンドされ、爽やかな音楽をつくりあげていた。管弦楽のための《ハルダンゲルの100の旋律 (Hundrad Hardingtonar/A Hundred Hardanger Tunes)》については、100曲すべてが完成したのかどうかが、はっきりしない。このうち、それぞれ15曲で構成される組曲4つ (第1番、第2番、第4番、第5番) は現存するが、未完成 (?) の第3番と第6番以降のスケッチなどは、1970年7月12日の自宅農場の火事で焼失してしまったといわれる。これらの組曲には、トヴェイトが生まれ育ったハルダンゲル地方の民謡だけでなく、トヴェイトによる創作も含まれると考えられている。残されたノートには、夏の間だけ使われる山小屋の壁に見つけた詩からメロディが浮かんできたという記載もあるとか。村々が散らばって存在し、それぞれの交流も限られていた地方とあっては、特定の地域や家族だけに伝わる曲もあり、どれが“正真正銘の”民謡かは判断がむずかしいところ。和声、対位法、管弦楽法の巧みな色づけがなされたトヴェイトの音楽。単なる地方色豊かな音楽にとどまらないところが、これらの曲集が愛され、同時に高く評価される理由かもしれない。

 トヴェイト家の伝統の歌、《名誉もち歓迎す (Velkomne med æra/Welcome with Honor)》から始まる第1番は、すでにCD録音がある −− ロイヤル・フィルハーモニック管弦楽団、ペール・ドライエル (指揮) (Simax PSC3108)、スタヴァンゲル交響楽団、オーレ・クリスチャン・ルード (指揮) (BIS CD987)。第4番は 《結婚式組曲》 の副題をもち、第53曲の媒酌人の歌 《かくも静かにグリトレ・フィヨルドに憩う − 婚礼の舟旅 (So stillt dei ror på Glitre-fjord - Brudlaupsbåtferd)》 を中心に対照的に曲が配置され、結婚にまつわる話が語られる。ノルウェー PhilipsLP があったが、全曲かどうかは不明 。CD録音は、これが初めて。スコアとパート譜の異なる点を見直した、指揮者エンゲセット Bjarte Engeset (b.1958) による校訂・編纂版による演奏。

nosag CD059 マリンボリーノ
デイヴィッド・ジョーンズ (b.1958) Legal Highs (合法的陶酔) (ヴァイオリンとマリンバのための)
エーベルハルト・アイザー (b.1932) DUO 3.C
アナス・コペル (b.1947) タランテッラ (1996)
パブロ・デ・サラサーテ (1844-1908) プライェーラ (祈り) (スペイン舞曲集第5番)
 サパテアード (スペイン舞曲集第6番) ミラマール アンダルシアのロマンス (スペイン舞曲集第3番)
エミール・ルイ・パッサール (1843-1917) アンダルシア (1878)
  マークス・レオソン (マリンバ) セミ・スタールハンメル (ヴァイオリン)

◇ストックホルムの王立オペラ管弦楽団の打楽器奏者マークス・レオソン Markus Leoson (b.1970) と、同じオーケストラでコンサートマスターを務めるセミ・スタールハンメル Semmy Stahlhammer (b.1955) の共演。レオソンは、ソロ打楽器奏者としても活躍。1995年にはソロイスト賞を受賞。クセナキス、ミヨーらの作品を録音したソロ・アルバム "Percussion" (Caprice CAP21466) は、欧米で高い評価を受けた。この新録音でも、美しい響きとテンポ感のいいマリンバ演奏に独特の個性が感じられる。アメリカの作曲家デイヴィッド・ジョーンズ David Jones の《Legal Highs》−− Mister Coffee, Menthology, Sweet thing の3つの部分からなり、タイトルは合法的に“ハイにしてくれるもの”の意? −− のジャズ風イディオムの音楽も軽快。ヘアマン・D・コペルの子息アナス Anders Koppel の《タランテッラ (Tarantella)》でも、レオソンのマリンバは、なんとも言えず心地いい。スタールハンメルは、ストックホルム王立音楽大学の教職や多くの国際音楽祭に参加するなど、多彩な活動を行っている。“スウェーデン世紀の変わり目の音楽” (nosag CD4049) など、録音も多い。美音と技術をもった奏者だが、ややかなりくせが強く、好き嫌いが分かれるかもしれない。不必要にヴィブラートを多用するせいか、不安定な音程に聞こえて −− 特に、十二音技法による、アイザー Eberhard Eyser (ドイツ) の《DUO 3.C》 −− 船酔い状態になりそう。レオソンがスタールハンメルの様子をうかがいながら演奏しているように聞こえるのは、気のせい? サラサーテの作品の編曲はレオソンが行った。こんどはレオソンのソロを聴いてみたい。

nosag CD063 フランツ・シューベルト (1797-1828) 歌曲集
 笑いと涙 D777 セレナード D957-4 (歌曲集《白鳥の歌》から) ガニュメード D544 ます D550
 歌曲集《美しい水車屋の娘》 D795 − 第5曲 憩いの夕べに
  第6曲 好奇心の強い男 第15曲 嫉妬と誇り 第19曲 水車屋と小川
 漁夫の歌 D881 月に寄す D193 船乗り D536 辻音楽師 D911-24 (歌曲集《冬の旅》から)
 タルタロスの群れ (その2) D583 丘に登る若者 D702 愛の神々 D446 夕べの星 D806
 娘の恋の立ち聞き D698 菩提樹 D911-5 (歌曲集《冬の旅》から) 音楽に寄す D547 宴会の歌 D507
  グンナル・クルム (バリトン) ストックホルム・ギター三重奏団

◇シューベルトの歌曲をギター伴奏で? それも、トリオで? 

 6弦ギターは、1780年代スペインを皮切りに人気が高まり、フェルナンド・ソル Fernando Sor (1778-1839) によってパリ、ロンドン、モスクワ、サンクトペテルブルグと伝えられていったとされる。イタリア経由でウィーンに入ってきたのが、19世紀初頭。1806年にウィーンを訪れ、そのまま定住したイタリア人マウロ・ジュリアニーニ Mauro Giuliani (1781-1829) は、6弦ギターのために200を超す曲を作り、その中には音楽史上初のギター協奏曲も含まれるという。しかし、ギターは、独奏楽器としてよりも歌の伴奏楽器として親しまれ、もっぱら “家庭の楽器” として人気を高めていった。シューベルト自身がギター伴奏で作曲したかどうかについての確証はなさそうだが、最近では、ピアノ版とギター版の両方を書いたとする学説も多い。アメリカの研究者トマス・ヘック Thomas Heck の論文によると、ギター伴奏によるシューベルト歌曲が20曲、1821年から1828年 (シューベルトの没年) にかけてウィーンで出版されたとされる。

 シューベルトの歌曲には、彼の他の作品と同様、美しい旋律と孤独 −− はっきり言えば、死の深淵をのぞかせるような −− とが背中合わせになった音楽が多い。卑近な例が、長調と短調の音楽が劇的に交差する、歌曲集《冬の旅》の《菩提樹》と《春の夢》。しかし、シューベルトの音楽のそういう面を忘れ、新鮮に発想された旋律にただただ耳を傾けるのも、音楽を聴く楽しみのひとつ (フィッシャー=ディースカウ、ごめん!)。

 スウェーデンのバリトン歌手グンナル・クルム Gunnar Klum (b.1962) がストックホルム・ギター三重奏団と共演したこのアルバムは、まさにそれ。クルムはストックホルムの王立音楽大学でソールヴェイ・グリッペ Solveig Grippe のもとで学び、卒業後ロンドンのギルドホール音楽演劇学校でヴェラ・ローサ Vera Rosza に師事した。1994年に学位を取得。現在はストックホルムの母校とオレブルー音楽大学 Musikhögskolan i Örebro で教える。室内や教会音楽のスペシャリストとして、スウェーデンだけでなくイギリスやアイルランドの演奏会にも出演。ペーテル・オスカーソン Peter Oskarsson の演出によるモーツァルトの《魔笛 (Trollflöjten)》では弁者の役を歌うなど、歌曲以外の分野でも活躍している。若き日のホルツマイアー Wolfgang Holzmair かと紛うような、ややハスキーな甘いハイバリトンの声。そして、その声から感じられる北欧の響き。言葉のひとつひとつにくどい意味づけをせず、シューベルト歌曲の旋律の美しさを際だたせる歌い方は、このアルバムの意図に沿うもの。几帳面でありながら、真面目すぎず。様式のくずれもない。確実な演奏技術とセンスをもつストックホルム・ギター三重奏団 (ペッテション=ベリエルの《フローセの花》から3曲を選び、アルベニスやラヴェルの曲といっしょに録音したディスクがある (Opus3 CD19701)) も、クルムに寄り添うように “楽興の時” に加わる。編曲を行ったのも彼ら。奏者のひとりは10弦ギターを弾いており、シューベルトがピアノパートに書いた音はすべてギターパートに移し替えられている。

Pro Musica PPC9041 オーボエ協奏曲集
エジソン・デニーソフ (1929-1996) オーボエ協奏曲
ジョン・コリリアーノ (b.1931) オーボエ協奏曲
ギスレ・クヴェルンドク (b.1967) オーボエ協奏曲 (1995)
  スタイナル・ハンネヴォル(オーボエ)
  ベルゲン・フィルハーモニック管弦楽団 ドミートリー・キタエンコ(指揮)

◇シベリア生まれのデニーソフ Edison Denisov、“ヤング・アメリカ” の声と呼ばれるコリリアーノ John Corigliano、ノルウェーの新進クヴェルンドクのオーボエ協奏曲を、ベルゲン・フィルハーモニック管弦楽団のオーボエ奏者スタイナル・ハンネヴォル Steinar Hannevold が演奏。ベルゲンのグリーグ・ホールでのライヴ録音。ギスレ・クヴェルンドク Gisle Kverndokk は、1994年にノルウェー国立音楽アカデミーを卒業後、ニューヨークでコリリアーノもとで作曲法の研究をつづけた。オーボエ協奏曲は、打楽器、ハープ、ピアノをともなう3管編成の管弦楽にさらに弦楽六重奏のオブリガートがつく、大がかりな作品。

Sony Classical SK89158 エサ=ペッカ・サロネン (b.1958) 作品集
 LA Variations (LA 変奏曲) (1996)
 Five Images after Sappho (サフォーによる5つのイメージ) (1999) (ソプラノとアンサンブルのための)
  Tell Everyone (皆に語る) Without Warning (前兆なしに) It's No Use (何にもならない)
  The Evening Star (夕星) Wedding (婚礼)
 Giro (回転) (1981 rev.1997) (管弦楽のための)
 Mania (熱狂) (2000) (チェロと室内アンサンブルのための)
 Gambit (開戦の一手) (1998/99) (管弦楽のための)
  ドーン・アプショー (ソプラノ) アンシ・カルットゥネン (チェロ)
  ロサンジェルス・フィルハーモニック エサ=ペッカ・サロネン (指揮)

◇国際的に活躍するフィンランドの指揮者エサ=ペッカ・サロネン Esa-Pekka Salonen は、自分の作品を的確に指揮できるようにという理由から指揮法を学んだ。指揮者としての活動が活発になるにしたがって作品の数は減るものの、現代フィンランドでも際だった個性をもった作曲家としての評価には変わりはない。シベリウス・アカデミーでラウタヴァーラ Einojuhani Rautavaara (b.1928) に学んだ後、イタリアに渡り、(前衛音楽のメッカ)ダルムシュタットの夏期音楽講習に参加した経験をもつフランコ・ドナトーニ Franco Donatoni (1927-2000) (シエナ、1979年) とニッコロ・カスティリョーニ Nikkol Castiglioni (b.1932) (ミラノ、1980-1981年) のもとで現代の技法の習得に励む。ミラノ滞在中には、代表作のひとつに挙げられるサクソフォーン協奏曲 (1981 rev.1983) の作曲にとりかかっている。前衛的な手法を用いた動的な作品から透明な響きの古典的な作品まで、作風はつねに変化するが、最近では、調性への回帰の兆しがあるとも言われる。しかし、1970年代に書かれたネオロマンティシズムの作品 (チェロソナタ (1977) など) の演奏禁止は解かれていないはず。必ずしも、サロネンが伝統的な音楽と妥協したとは考えられない。

 久しぶりの自作自演となるこのディスクでは、1981年にサクソフォーン協奏曲につづいて書かれた《Giro》がもっとも早い時期の作品。“和音7つが、変化しつつ、ほとんど印象主義風の透明な和声で、ある一点を中心に回転する” (サロネン) ことから、このタイトルがつけられた (イタリア語なので、カナ表記では “ジーロ”)。タンペレ・フィルハーモニック管弦楽団の委嘱作品。1982年にサロネン自身の指揮で初演されたが、複雑なテクスチュアと作品としての一貫性の欠如を嫌った作曲者の手で1997年に全面的に改訂された。作曲者自身が語るところでは、「リズム構造は簡素に、オーケストレーションも整理した。とりわけ、和声を変えたために、あやうく調性を有するところまで行ったことが大きい……作品の末尾も書き替え、前に書いた部分はグループ分けし直した」とのこと。今回は、改訂版により録音された。

 サロネンは “名人の妙技 (virtuosity)” というものに興味をもつと言う。「演奏者が、ひとびとを楽しませるために極めて難しいことをするのには、かなり一風変わった種類の美しさがある。最高のヴィルトゥオーゾといえば、前人未踏の世界に入っていくことをいとわない音楽家。指づかいだけでなく、心のヴィルトゥオーゾでもある」 (サロネン)。彼はまた、同じステージで才能ある献身的な演奏家のエネルギーを感じるスリルは、指揮者冥利につきる、とも語る。《Mania (熱狂)》は、独奏チェロに高度の技巧が要求される作品。独奏チェロのための《Yta III (表面V)》 (1987) と同じく、フィンランド人チェリスト、アンシ・カルットゥネン Anssi Karttunen (b.1960) のために作曲された。カルットゥネンは、サロネンがシベリウス・アカデミーのジュニア・オーケストラで首席ホルン奏者だったころ、同じオーケストラでチェロを弾いており、それ以来の親友。

 サロネンによれば、《Mania》は、止まるところを知らない動きの音楽。一種の変形技法が用いられている。「テンポは両極端の間で変動し、身振りは別の身振りに変わる。推移は、ほとんどの場合、継ぎ目なく、遠くのものでも見るように。ひとつのことが終わってしまう前に新しいことが始まる。これが、シベリウスの後期の作品、特に第7交響曲と《タピオラ》に見られる主要な形式原理だということは、まったくの偶然でもない」 (サロネン)。チェロは、最大15人の奏者の室内アンサンブルを従えるソロであったり、アンサンブルの一部であったりするため、伝統的な意味での協奏曲ではない。

 《Five Images after Sappho (サフォーによる5つのイメージ)》は、古代ギリシアの女流抒情詩人サッフォーの詩の断片をサロネン自身が歌詞にまとめたものソプラノが歌う作品。共演するアンサンブルの編成は、フルート (ピッコロ持ち替え)、オーボエ (コールアングレ持ち替え)、クラリネット (バスクラリネット持ち替え)、バスーン (ダブルバスーン持ち替え)、2つのホルン、ハープ、ピアノ (チェレスタ)、打楽器、弦楽四重奏。過去の世代の詩人たちがさまざまな解釈を試みてきたサフォーの詩の断片からテクストを作るにあたりサロネンは、“われらの時代と世代の囚われ人” として (ロマンティックではなく) 学究的にサフォーの世界を視野に収めたという。

 《Tell Everyone (皆に語る)》。物語をはじめることを歌手が説明する。恋の最初の目覚めを歌う、《Without Warning (前兆なしに)》。恋のために家事が手に着かない娘が、かろうじて「あの少年」とだけ口にする、《It's No Use (何にもならない)》。《The Evening Star (夕星)》では、草の上に横たわり夜空の星を見上げながら、いつの日にかは老いてしまうことを知る娘。弦とチェレスタが星の瞬きを表現する。歌手が色々な役割を演じる、《Wedding (婚礼)》。愛する人と結ばれる日、娘の心は激しく揺れる。そして、最後には、静かに抱き合って眠るふたり。「古き良きセリエルの伝統から大幅にはずれたことを、知的に、正式に説明しようとしている」とサロネン自身が語っているように、技法よりもテクストの流れを優先した音楽になっていることが想像される。

 そのほかに、管弦楽のための作品が2曲。ロサンジェルス・フィルハーモニックの委嘱曲、《LA Variations (LA 変奏曲)》と、“耳を開け (Korvat auki/Ears open)” の仲間、マグヌス・リンドベリ Magnus Lindberg (b.1958) の40歳の誕生祝いに書いた《Gambit (開戦の一手)》 −− 1998年版と1999年版では楽器編成が異なり、どちらが演奏されているかは不明 −− があわせて収録されている。

(TT)


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© Nordic Sound Hiroshima

CD artwork © Nytorp Musik, Caprice, nosag (Sweden), Danacord (Denmark)