Newsletter No.36   15 October 2001

 

鳥のように自由なほうが − レイネ・ヨンソン、ポートレート・アルバム

 “自転車旅行について” −− なにか素敵な響きがしませんか? スウェーデンを代表するグループのひとつ、カンマルアンサンブルN"Keep the Change (変化をつづけろ)" という現代作品のアルバムに収められた曲のタイトルです。作曲者は、レイネ・ヨンソン。《自転車旅行について (Om att cykla)》(1992/96) は、リスナーフレンドリーな曲を集めたこのディスクのなかで、もっとも抒情が際だつ音楽でした。

 この曲が鮮明な印象を残していたため、ヨンソンの曲をもっと聴きたいと願っていたところに、突然、スウェーデン音楽情報センターから一枚のディスクが届きました。アルバムタイトルは、“鳥のように自由なほうがいい (Better Free as A Bird)”。とても楽しめる、興味のつきないディスクです。

 レイネ・ヨンソン Reine Jönsson は、1960年、クリスチャンスタード (スウェーデン) に生まれました。ルンドで音楽科学 (musikvetenskp/music science) を研究したのち、ストックホルムの王立音楽大学に入学。ダニエル・ベルツ Daniel Börtz (b.1943)、スヴェン=ダーヴィド・サンドストレム Sven-David Sandström (b.1942) に作曲法を、ビル・ブランソン Bill Brunson (b.1953) とペール・リンドグレン Pär Lindgren (b.1952) にエレクトロ=アクースティック音楽を師事。アンデシュ・エリーアソン Anders Eliasson (b.1947) にも作曲を学びました。現在はスコーネ地方南東部にあるシムリスハムンに住み、ここが作曲活動の本拠となっています。

 多岐のジャンルにわたる作品を書きつづけており、なかでも器楽のアンサンブルのための作品は、ヨンソンがもっとも得意とする音楽です。そのなかから、このポートレートアルバムには、室内アンサンブル、弦楽四重奏、アコーディオンと管楽五重奏、そして管弦楽のための曲が収録されています。ヨンソンは演劇的視点にたって作品を構想することも大切にしており、このディスクの最後に演奏される《頭脳について》にその才能をかいま見ることができます。

 ヨンソンは、中国の文化に興味をもっているといいます。武術の "T'ai Chi Ch'uan" (太極拳?)をはじめ、絵画や音楽まで幅広く研究してきました。このことが音楽に大きな影響を与えていることは、ヨンソン自身が認めています。とくに絵画については、その技法の考え方が彼の音楽に独特の浮遊感をもたらしていると言われます。西洋絵画にみられる、中心点(消失点)に基準を置く幾何学的遠近法ではなく、山水画などの中国絵画に特徴的な空気遠近法 (luftperspektiv/airborne perspective) です。昼間の景色を見ていると遠くにあるものほど色が白みがかって見えることを応用した技法で、遠景になるにしたがって薄い色で描いていき、最終的には背景と一体化させてしまいます。

 このことが特徴的にあらわれているのが、アルバムの最初に演奏されている、室内アンサンブルのための《生と死 (Liv och död/Life and Death)》です。絵画技法をどういう具合に音楽技法に置き換えているのかは別にするとして、音楽にふしぎな浮遊感があることが興味深いところです。旋律やリズムもはっきりしていて、ちょっと聴いただけでは、ふつうのヨーロッパの音楽とそれほど変わりがあるわけでもないのに、なぜでしょう。

 技法と音楽の関連を理解する助けとして、ヨンソンは、次のようなコメントを寄せています。

 「わたしは、しばしば背景を空(くう)にして音楽を書く。“空” には、絵画や自然体験の遠近法にみられる美しい空があり、悲しみと死につながる黒い空がある。生と死。一本の糸がこの作品を貫いている。生き続けようとする、かなり単純な旋律が」 (Phono Suecia PSCD140 ブックレットから)

 かなり抽象的な言い方ですが、なんとなく理解できるような気がしませんか? 中国の武術で重要とされる、力を抜くということも関係があるような……。流れる旋律と激しい動きの音楽の対比の中、それとなく “何もないもの” を意識させられてしまう不思議な音楽です。ソロの木管楽器やピアノがむき出しの状態で旋律を奏でる大詰めの部分はかなり長く、ひとつ間違えると、音だけがあって音楽は衰弱してしまうところです。そうならなかったのは、しっかりと作品を見据えた作家の目があるということだと思います。どうということはないのかもしれませんが、この曲、どことなく懐かしさを感じるのは、五音音階が多用されることも大きな理由のひとつでしょう。

 演奏時間は22分37秒。カンマルアンサンブルN (KammarensembleN) のためにスウェーデン放送が委嘱した、1994年の作品。1996年にB・トミー・アンデション B. Tommy Andersson (b.1964) の指揮で初演されました。アンデションは、アンスガー・クルーク Ansgar Krook (1962-1992) のあとを継いで、このグループの芸術監督を務めています。もちろん、新しいディスクの演奏もこの顔合わせで行われました。

 《ポケットのなかのボタン (En knapp i fickan/A Button in Your Pocket)》は、ストックホルム・ニューミュージック1990の期間中に Zum Tyroler Adler というレストランで行われた音楽の夕べ (5月13日) のために作曲された弦楽四重奏曲です。ポケットのなかのボタン?

 「ボタンというのは、絶えず磨こうとする着想に似ている。たとえ偉大な注目すべき着想ではなかろうと、あらゆるものには関連性があることを考えると、重要さに変わりはない。あるフランスの物理療法士は、からだをわずか調整することが、その人の世界や自分自身の見方に劇的な影響をあたえるという考えを述べている」 (PSCD140 ブックレットから)

 動機と考えられる短い音型を中心に、4つの弦楽器が旋律 −− 時には、断片 −− を絡ませながら音楽が進んでいきます。4分にもみたない時間、音楽の表情がさまざまに展開しながらも、複雑になりすぎることはありません。この曲でも、作家の自由な想像力が肩の凝らない音楽を作り上げたと言えそうです。この作品はターレ四重奏団が初演しましたが、このディスクで演奏しているのはリュセル四重奏団です。相変わらずの洗練された響きと安定した音楽作りが作品の魅力を残らず引き出しています。

 《真夜中をすぎて (Efter midnatt/After Midnight)》(1989) の聞きどころのひとつは、アコーディオンと管楽五重奏という楽器編成でしょう。

 クラシカル音楽の楽器としてのアコーディオンの存在は、このところクローズアップされてきています。ヘルシンキのシベリウス・アカデミーにはアコーディオン科があり、ここの卒業生のひとり、ミカ・ヴァユリネン Mika Väyrynen (b.1967) のアコーディオンは日本でも評判を呼びました (《展覧会の絵》(MILS 9862) などの録音もあります)。トリオ・フラトレス Trio Fratres のアコーディオン三重奏のディスク (Alba ABCD140) では、クラフトヴェルク Kraftwerk の曲と、ヘルマン・レヒベルガー Herman Rechberger (b.1947) らフィンランドを代表する作曲家の作品が演奏されています。スウェーデンのマリー・ヴェルメ・オッテルストレム Marie Wärme Otterström (b.1957) のように、歌手や他の楽器の奏者といっしょに室内楽活動をする奏者もいて、その最初のディスク (Danacord DACOCD423) は北欧の女性作曲家の作品ばかりを集めたユニークなものでした。シベリウス・アカデミーで音楽理論を教える、作曲家のヘイッキ・ヴァルポラ Heikki Valpola (b.1946) も、フィンランドを代表する奏者のマッティ・ランタネン Matti Rantanen (b.1952) と組んで1970年代から作品を発表しており、室内楽作品ばかりを集めた “火の創造 (Tulenteko/Fire Making)”というディスク (Sibelius Academy SACD-5) も想像力をかき立てる楽しめるアルバムとして挙げられるでしょう。

 ヨンソンの《真夜中をすぎて》は、この録音で演奏しているアニタ・アイナス Anita Agnas とメーラー管楽五重奏団 Mälar-kvintetten/Mälar Wind Quintet のために作曲された作品です (録音はスウェーデン放送交響楽団の首席奏者が集まったアマデ五重奏団 Amadékvintetten/Amadé Quintet に変わっています)。明らかにクラシカル音楽の楽器としてのアコーディオンを意識したと考えられるところですが、ヨンソンによると、彼の頭にあったのは民俗音楽の楽器としてのアコーディオンです。スウェーデンにはアコーディオンの長い伝統があり、ヨンソンのおじいさんがお気に入りのミュージシャンもいたとか。こういった背景を知れば、その楽器の音色の思い出が作品に色濃く反映し、独特の響きを与える要素のひとつになっていると考えるのは自然なことでしょう。

 ヨンソンのアコーディオンと管楽五重奏 (フルート、オーボエ、クラリネット、ホルンとバスーン) の使い方は、ほんとうに巧妙です。まず、アコーディオンに “あこがれの歌” (ヨーラン・ベリエンダール Gö ran Bergendal) を歌わせ、その後、この楽器は、ソロ楽器としてよりも、むしろ5つの管楽器をむすびつけ、新たな色づけをする役割を担うことになります。微妙な響きが加わったことで管楽五重奏はまるで新しい次元のなかにいるようだと言っても、けっしてオーバーではありません。演奏時間にして約15分。センスのいいアコーディオン奏者さえいれば、管楽五重奏のコンサートにもってこいの曲だと言うことができそうです。

 このディスクの最後に収録された《頭脳について (Om Hjärnan/Of the Brain)》は、ヘルシングボリ交響楽団とヘルシングボリのコンサートホールのためにスウェーデン・コンサート協会 Rikskonserter/Swedish Concert Institute が委嘱した作品。マッティ・ベリストレム Matti Bergström の小説 "Den Gröna Teorin (The Green Theory/緑の理論)" の第1部。しろうとにもわかるように、脳について詩的に語られている部分がベースになっています。ヘルシングボリのホールの特性をコンセプトに取り入れ、オーケストラのメンバーは照明と演出にしたがってホールの中を移動しながら演奏。このことが、ホールの中心にいる聴衆に、あたかも脳の中にいると感じさせる設定になっているため、“劇場的コンサート” とも呼ばれます。

 約37分の、どちらかというと大曲。作品は、小説の各章のタイトルを受けた5つの楽章にわかれています。

 第1楽章《根源力 (Urkraft/Primal Power)》は、全曲の基礎になる和音とリズムと旋律の提示をする楽章です。第2楽章《知識力 (Kunskapens kraft/The Power of Knowledge)》は弦のピッツィカートにのって展開、金管楽器の信号が《戦い (Strid/Battle)》への橋渡しをします。ホールの中に配置されたヴァイオリン、チェロ、フルート、ホルンの四重奏から始まる第3楽章《時の回帰線 (Tidens vändkrets/The Tropic of Time)》は、つづいて、憂鬱な雰囲気のホルンの行列に。この部分が《悲しみ (Sorg/Sorrow)》です。そして、リズミカルな動きとともに《蜘蛛の巣 (Spindelväven/The Spider's Web)》に。弦楽による音楽がオーボエのソロに変わると、《盲目の娘 (Den blinda fickan/The Blind Girl)》に移ります。

 第4楽章は打楽器と金管楽器の《信頼 (Tron/Faith)》から、《混沌 (Kaos/Chaos)》の静的な音楽へ。銃声と弦の弱いグリッサンドで終わると、独奏ヴァイオリンとバスーンがカノンを演奏する《人道主義 (Humanismen/Humanism)》。グリッサンドの響きが高まり、そのまま《最高位の真理 (Den högsta sanningen/The Highest Truth)》に。終曲の第5楽章《ソナタ (Sonat/Sonata)》は、ティンパニがリズムを刻むなか、独奏クラリネットの旋律から始まり、それまでのいろいろな要素が顔をのぞかせます。ティンパニを中心としたリズミカルな音楽につづいて現れる抒情的な歌。この印象は強烈です。和音、リズム、旋律の対位法的な動きが続いたあと、音楽はとつぜん終わります。

 章のタイトルが示す基本的な考えはあるものの、それによって音楽が制限されるものでないことを、作曲者は強調します。「わたしが遊びはじめると、構成も、知ったかぶりの思想も、先頭に立つわけにはいかない」というヨンソンの言葉は、この作品だけでなく、彼の作曲の姿勢を表明したものと考えることができるはずです。

 この録音と同じ、アルヴォ・ヴォルメル Arvo Volmer (b.1962) 指揮のヘルシングボリ交響楽団により、2000年1月23日、初演されました。ちなみに、ヘルシングボリのコンサートホールで行われた録音では、作曲者の構想どおりの配置がとられ、4チャンネルのサラウンド収録されています。CDの音源は、そのマスターを2チャンネルにミックスダウンされたものです。

 “鳥のように自由なほうがいい”。レイネ・ヨンソンのおじいさんが常々口にしていた言葉だといいます。ヨンソンによると、おじいさんは口がきけず、ちょっと変わった手話のスウェーデン語を話していたとか。創造力が豊かなアーティストで、世間の人が不思議がるようなことをあれこれとやったと、ヨンソンは語ります。そのおじいさんの “鳥のように自由なほうがいい” という言葉を、ヨンソンは、「人の言うことに耳を傾けすぎることなく、心を開き、自由に探求することによって、自分自身を理解するようつとめること」と解釈しています。

 ヨンソンは自分のホームページを持っています。名前は "Reine's Corner""corner" の元をたどると、AA・ミルン A. A. Milne の童話「くまのプーさん (Winnie-the-Pooh/Nalle Puh)」シリーズ第2作の "Nalle Puhs hörna" にさかのぼります。英語の原著のタイトルは "The House at Pooh Corner" ですが、スウェーデン語版は所有格になっているので (英語に置き換えると "Winnie-the-Pooh's Corner") "Reine's Corner" と命名されました。ふしぎなくらい、ほのぼのとしたホームページです

 ヨンソンは、20年ほど前、この童話にもとづく小品を書いたことがあり、その際、作曲するということについて、この児童文学からひとつのヒントを得たと言います。

 「作曲している間、あまり頭脳を使うな。内から来るものに耳を傾け、音楽がやってくるまで待つ。そのことを忘れるな」 レイネ・ヨンソンは、いつもこのことを自分に言い聞かせていると語ります。たしかにそのとおりでしょう。

 何がヒントになったのか? おそらくここではないかという部分があります。くまのプーさんが、こどものトラ (Tyger) のことを思いつくままによんだ詩をコブタにきかせてやるところ。詩をよみおわり、コブタが首をかしげたので、プーは、詩をつくるには言葉が出てくるままにまかせておくほうがいい、と話してやります。ヨンソンが語っているの同じことですね。

 このことは、ヨンソンにとっては、ある種の音楽美学となっています。それからずっと、彼は「くまのプーさん」に愛情をいだいているといいます。

 “鳥のように自由なほうがいい” と “プー横丁”。かれの音楽が聴き手のこころにストレートに伝わってくるのは、このあたりに秘密が隠されていると考えたいところです。

 このところ、前衛で鳴らした作曲家たちの変節が目につきます。ペンデレツキ、ヨンソンの師のスヴェン=ダーヴィド・サンドストレム……。“前衛” だけが価値あるものと言い切れないのは確かかもしれません。といって、「どうしちゃったの?」というような甘い音楽を書いてしまうのは、どうしたものでしょうか。リスナーフレンドリー (聴き手にやさしい) というよりは、迎合? 作品の品位ということにこだわると、ヨンソンの音楽美学に、その分岐点を示唆するところがあるように思います。彼の作品集を何度も何度も聴きながら、そのことを考えずにはいられませんでした。

 ヨンソンが暮らすシムリスハムン Simrishamn は人口6,500人の小さな町です。家族は夫人と2人の娘さん、そして2匹の子猫。町のアパートメントに住みながら、ヨンソンは約2キロ半ほど離れたところにあるスタジオまで徒歩で通い、そこで音楽を書くことがほとんど毎日の日課になっています。スタジオといっても、広さが20平方メートルほどのコロニアル様式の家。ピアノはあるのに、水道はないというつましさです。それでも、冬の間でさえ暖かく、作曲に専念するのには何の不自由もないとのこと。ここが “レイネの横丁” であり、彼の小さな世界です。

 このディスクのブックレットに載っている写真に、ヨンソンが海辺に立っている一枚があります。うしろには青い海と空が見えます。豊かな自然のなかの小さな世界から生まれたレイネ・ヨンソンの音楽。それは、海のうえを飛ぶ一羽の鳥の自由な精神から生まれた音楽と考えることができるでしょう。その音楽が、小さな世界からもっと広い世界にむかって羽ばたいていく。そういう音楽を、あなたは聴きたいと思いませんか?

Phono Suecia PSCD140 鳥のように自由なほうがいい − レイネ・ヨンソン (b.1960) 作品集
 生と死 (Liv och död) (1994) (室内アンサンブルのための)
  カンマルアンサンブルN B・トミー・アンデション (指揮)
 ポケットのなかのボタン (En knapp i fickan) (1990) (弦楽四重奏のための)
  リュセル四重奏団
 真夜中をすぎて (Efter midnatt) (1989) (アコーディオンと管楽五重奏のための)
  アニタ・アイナス (アコーディオン) アマデ五重奏団
 頭脳について (Om Hjäran) (1999) (管弦楽のための)
  ヘルシングボリ交響楽団 アルヴォ・ヴォルメル (指揮)

(TT)

壮大な流れのあとに − ラウタヴァーラ、交響曲第8番

 
 現在もっとも国際的に活動するフィンランドの現代作曲家といえば、カイヤ・サーリアホ Kaija Saariaho (b.1952) が挙げられます。2000年のNOMUS (北欧音楽委員会) 賞を受賞。同じ年のサルツブルク音楽祭では、音楽監督ジェラール・モルティエから委嘱されたオペラ《L'Amour de loin (彼方からの愛)》が、ピーター・セラーズの演出で上演され、かなりの評判をとったことが報道されました。国際的な注目度が高まるにつれ、Ondine など北欧のレコードレーベルだけでなく、Sony Classical といったメージャーレーベルからもCDがリリースされるようになり、しかも、起用されるアーティストも豪華。ヴァイオリン協奏曲などを集めたディスク (SK60817) には、ヴァイオリニストのギドン・クレーメル、ソプラノのドーン・アプショーといった国際的に人気のあるソロイストたちが参加しました。BBC交響楽団、アヴァンティ!室内管弦楽団、フィンランド放送交響楽団を指揮したエサ=ペッカ・サロネン Esa-Pekka Salonen (b.1958) の人気については、今更いうまでもないでしょう。前衛音楽の旗手だったころにくらべて親しみやすい作風に変わってきているだけに、これからどんな活躍をするのか、まったく予測がつかなくなりました。

 サーリアホ におとらず売れているフィンランドの作曲家といえば、エイノユハニ・ラウタヴァーラ Einojuhani Rautavaara (b.1928) でしょう。第7番の交響曲《Angel of Light (光の天使)》がイギリス、アメリカで大評判をとってからというもの、新しいディスクがリリースされるたびに話題を集めるようになりました。日本でも、ヴラディーミル・アシュケナージの委嘱作、ピアノ協奏曲第3番《Gift of Dreams (夢の贈り物)》が早々と演奏されるなど、少しずつ知名度もあがってきまています。

 そのラウタヴァーラの最新作は、ハープ協奏曲と交響曲第8番です。

 ハープ協奏曲は、ミネソタ管弦楽団の委嘱により作曲されました。1999年にミネアポリスを訪問した際に、持ち上がった話だということです。かならずしも作品数が多いとはいえないハープ協奏曲。ハープ協奏曲があまり書かれない理由として、ラウタヴァーラは、まず、作曲家がこの楽器のことを充分にわかっていないのではないかということを挙げます。ラウタヴァーラは、1973年にハープと弦楽のための《バラッド (Ballad)》を作曲しており (1981年に改訂)、あるいはすでにハープという楽器のことを知っているという自負があるのかもしれません。《バラッド》でハープが担うのは、吟遊詩人の役割です。老いた詩人が、弦楽オーケストラを背景にバラッドを弾き語る。弦楽オーケストラのテクスチュアが色彩的なだけに、ひたすらグリッサンドを聴かせるだけのハープでは、そのなかに埋没しかねないところ。ラウタヴァーラは、いろいろなハープの技法を使って、単調さから救っています。そのおかげで、ハープは大きな存在感をもつことになります。

 ハープ協奏曲を完成させるにあたり、ラウタヴァーラは、独奏部分が演奏可能かどうかを確かめるため、作曲後、ふたりのハープ奏者に再検討を依頼し、意見を求めました (イギリスの奏者スカイラ・カンガ Skaila Kanga と、《バラッド》の録音で独奏を担当したレイヤ・ビステル Reija Bister)。さらに、楽譜の出版にあたっては、初演者のキャシー・キーンズル Kathy Kienzle が独奏部分に手を加えたといわれます。

 ハープ協奏曲について、ラウタヴァーラは、ハープの構造的、技術的特異性がもたらす問題とソロと管弦楽を適切にバランスさせることのむずかしさも指摘しています。そのことを考えてのことでしょう。この曲は、ハープ協奏曲としてはユニークな楽器編成をしています。木管楽器、金管楽器、2組の打楽器、弦楽器に、独奏とは別に2台のハープ。こういう編成をとった理由について作曲者は、「豊麗なハープの響きを求めたため」だと語ります。このアイデアは、終楽章《ソレンネ (荘厳な)》、3台のハープが管弦楽と対話するところで効果を発揮します。

 全曲は第1楽章《ペザンテ (重々しく)》、第2楽章《アダージェット》、そして第3楽章《ソレンネ》の3つの楽章で構成されています。まず、管弦楽のゆっくりとした序奏。独奏ハープが装飾的な音型を演奏した後、音楽は劇的な盛り上がりをみせていきます。"gushing chords (噴出する和音)""metallic sounds (金属音)""thunder effects (雷鳴効果)" などの特殊奏法が生み出す響きは、ユニークです。そして、“古風で素朴な子守歌” (ラウタヴァーラ) からはじまる第2楽章。しだいに音楽はラウタヴァーラの世界になっていきます。終楽章には、第8番の交響曲でひんぱんに聞こえるティンパニの音型が現れ、おどろかされますが、これはラウタヴァーラの “刻印” と考えればいいのでしょうか? 最後に第1楽章序奏の主題をふりかえって、曲が閉じられます。

 ハープという優雅さを象徴する楽器。今のラウタヴァーラの音楽に、良きにつけ悪しきにつけ、ハープほど似つかわしい楽器はないかもしれません。

 この作品は、キーンズルの独奏、オスモ・ヴァンスカ指揮のミネソタ管弦楽団により、2000年10月12日にミネアポリスで世界初演を迎えた後、2001年1月17日に、マリエル・ノールマン独奏、セーゲルスタム指揮ヘルシンキ・フィルハーモニックという顔ぶれでフィンランド初演されました。今回の録音と同じ顔ぶれです。フランスの奏者マリエル・ノールマン Marielle Nordmann はリリー・ラスキーヌの弟子。ジャン=ピエール・ランパル、ジャン=ジャック・カントロフらとの共演も多く、ラスキーヌの後継者と考えられています。

 交響曲第8番も、現在のラウタヴァーラの典型的な世界と言えるでしょう。

 交響曲というもの、そして《The Journey (旅)》という副題について、作曲者は、「交響的音楽は世界中をまわる旅。景色は絶えず変化する」というミラン・クンデラ Milan Kundera のことばを引用するとともに、「人生の旅でもありえるように思う」と語ります。このことを象徴するのが、第3楽章にあらわれる動機のひとつ。自身のオペラ《トマス (Thomas)》の第3幕の冒頭、荒れ野に逃れた主人公が歌う旋律が引用されています。

 『この旅はつづく、終わることはない。ずっと終わらないだろう、決して。誰の旅か、彼女のか、それともわたしのか? あるいは、時を超え、遥かなる旅の果てから時を超えてさすらう者の? (Tätä matkaa kestää, se ei lopu. Se ei kaskaan pääty, se ei lopu. Kenen se on, hänen vai minun? Vai jonkun joka vaeltaa ajan takaa, kaukaa matkan päästä, ajan takaa?/This journey goes on, it never ends. It will never end, never. Whose is it, hers or mine? Or one who wanders beyond time, far from the end of the journey, beyond time?)』 (Ondine ODE704-2 ブックレットから)。

 全体は4つの楽章にわかれます。平安にみちた音楽 −− 今日のラウタヴァーラ! −− がつづく第1楽章《アダージョ・アッサイ(きわめてゆるやかに)》。冒頭しばらくしてホルンが奏する上昇4度の音型は “署名 (signature)” の動機と呼ばれ、全曲を通じてあらわれます。第2楽章《フェローチェ》はスケルツォ。作曲者の指定ほどには “凶暴” でないものの、(「フィラデルフィア管弦楽団から委嘱された作品のため」 (ラウタヴァーラ)) オーケストラにかなり高度の技巧が求められる楽章です。アタッカでつながる第3楽章《トランクイッロ (平穏に)》は、そのとおりの静かな音楽。“署名” の動機で始まり、楽章を閉じるのも同じ動機です。第4楽章《コン・グラデンツァ (壮大に)》について、作曲者は、「広い三角州、果てしない海に流れ込んでいく」と説明します。その壮大さを象徴するかのように、全曲はフォルティッシモで終わります。波がひいていくように、あるいは、沈黙の世界に消え入るように曲を閉じることの多いラウタヴァーラにはめずらしいことです。

 “旅” で思い出されるのが、アイスランドの作曲家レイヴル・ソウラリンソン Leifur Þórarinsson (1934-1998) の交響曲第2番です。この曲では、自身の管弦楽作品《旅 (För/Journey)》の断片が引用され、作品の背景にある象徴としての “旅” が意識させられます。レイヴルとラウタヴァーラでは作曲者としてのあり方に大きな隔たりがあるものの、アイスランドの孤高の作曲家の旅がまさに人生行路に感じられるのにくらべると、フィンランドの好々爺は……。作曲者の胸の内はいざ知らず、人生の流れというよりは、スメタナの《モルダウ》に近い、川の流れというべきでしょうか?

 この作品の初演は、ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮フィラデルフィア管弦楽団により、2000年4月27日、フィラデルフィアで行われました (その際の録音は Ondine のウェブサイトから MP3 ファイルで入手できます)。新しいディスクの音源は、2001年5月のフィンランド初演の後、ヘルシンキのフィンランディア・ホールで新たに録音されたものです。MP3 に圧縮された録音、しかもライヴというハンディキャップがあるだけに単純に比較することはできませんが、セーゲルスタムとくらべると、サヴァリッシュの演奏では彼の実直さが浮き彫りにされるような印象を受けます。サヴァリッシュという指揮者は、市川猿之助が演出したシュトラウスの《影のない女》の日本公演がいい例で、決してけれん味がないわけではないものの、控え目 (彼の後に聴くと、あのカール・ベームの演奏ですら艶やかに聞こえます)。そのせいか、“事務的” あるいは “冷たい” などと、いわれのない中傷をうけ、かなり損をしています (若い時代に録音されたバイロイト・ライヴの《タンホイザー》など、けっしておとなしい演奏でもないように思いますが)。フィラデルフィア管弦楽団の演奏水準は高く、管弦楽の響きはほんとうにゴージャス。見方を変えれば、ただでも色気たっぷりの音楽だけに、サヴァリッシュとフィラデルフィアの正攻法の音楽は、それだけで充分に美しいとも言えます。サヴァリッシュの演奏のほうが好ましいと思えたとしても、ふしぎはありません。

 新録音で演奏しているヘルシンキ・フィルハーモニックについて、このところアンサンブルに問題があるという声を耳にすることが多くなりました。しかし、この第8番の演奏は、作曲者の語法をよく知っていることが伝わってくる仕上がりです。指揮者のセーゲルスタム Leif Segerstam (b.1944) も、特に終楽章など、ハリウッドのフィルムスコア顔負けに(恥ずかしげもなく)オーケストラを鳴らします。さすがにラウタヴァーラの音楽をたくさん手がけただけのことはあると言うべきなのでしょう。ただただ美しい!

 ラウタヴァーラはこれからどこに行くのか? 旅はつづくのでしょうか? それとも、すでに彼岸に到達してしまった?

 第8番の交響曲を聴いた後、ぐったりと疲れを感じてしまうか、あるいは「美しい!」と賞賛するか。さまざまな反応があることでしょう。ちょっと楽しみです。ふと思ったのは、この曲、冷静に録音を聴くのとライヴで雰囲気にどっぷりとつかるのとでは、かなりの違いがありそうだということです。どうでしょうか? そう、《トマス》の全曲を久しぶりに聴き直してみるのもいいかもしれません。

Ondine ODE978-2 エイノユハニ・ラウタヴァーラ (b.1928)
 交響曲第8番 《The Journey (旅)》 (1999) ハープ協奏曲 (1999-2000)
  マリエル・ノールマン (ハープ)
  ヘルシンキ・フィルハーモニック管弦楽団 ライフ・セーゲルスタム (指揮)

(TT)

Hero? Me, too? − 光通信 nr.4

 緊急タイアップ企画!

 21世紀最初の芸術の秋。みなさんはどのようにお過ごしですか?

 えー、小生が自分の足で探し、アポイントメントなしで Ondine Inc. を訪ねて仕入れた情報の CDRautavaara: Symphony No.8 - The Journey - がフィンランドで発売になったようです。

 日本の28万人のラウタヴァーラ・ファンのみなさん、もう少しだけお待ちください。

 小生がこの曲を live で聴いたのは、2001年5月23日のことでした。ヘルシンキ・フィルハーモニックの定期演奏会です。

 その日は、Symphony No.8 のフィンランド初演ということで、会場のフィンランディアホールは騒然としていた気がします。開演前に、フィンランド語、スウェーデン語、英語で書かれたその日のパンフレット (10マルッカ) を買って読み、ちょっとだけ予備知識を入れて臨みました (ネット上のフィラデルフィア、サヴァリッシュの演奏は聴いていなかったので)。

 演奏を聴いて、まず思ったのは、第7番の Symphony との違いがあまりない感じ。ということで、交響曲作家として行き詰まったかな?という印象を受けました。その前の週に聴いた、これもヘルシンキ・フィルとセーゲルスタムによるマーラーの第10番 (デリック・クック版の全曲) の、ふわっとした感じの演奏と、ラウタヴァーラ節が頭の中で入り乱れてしまって……。

 そして、パンフレットに載っていた “人生の旅、云々” という言葉を思い出したためか、マーラーやブルックナーとは異なった重み……なんていうか、肩にくるというより、ダイレクトにハートにくる重たい曲に聞こえました。

 パフォーマンスのクオリティはというと、最近のヘルシンキ・フィルは、アンサンブルの自発性がないそうですが (日本のオケよりはいいと思うけど)、作曲者が列席していたからか、少し引き締まった感じでした (ついでに言うと、その後に演奏されたフランクの Symphony も、肩の力がぬけて (?)、いい演奏でしたよ)。生ラウタヴァーラも拝むことができました。身長はセーゲルスタムよりも高いんです……。

 今回のこの録音には、5月23日の live のようなクオリティを求めてはほしくないんですが、いつか live で聴ける日がくることを信じましょう。その時の予習のためにおすすめできる1枚であることは、確かです。

 あー、でもラウタヴァーラの第8番の live が…学生券で20マルッカ (約400円) は安い!

追記 今回は、フィンランディアホールのショップで買った、フィンランディアホールをプリントしたTシャツを着て書きました。ちなみに、グレーとネイヴィーの2種類を売っていて、小生が買ったのはネイヴィーです。

 いつもご声援をいただきありがとうございます。

 毎度のことながら、クレーム、ファンレターは、ノルディックサウンド広島気付で。

 

ポウル・ルーザス、カンヌ・クラシカル・アウォード受賞

 2002年1月、フランスのカンヌで開催される MIDEM フェアで、デンマークの作曲家、ポウル・ルーザス Poul Ruders (b.1949)"Living Composer Award" を受賞することが決まりました。現役で活躍中の作曲家に与えられる名誉ある賞です。

 「ポウル・ルーザスが、彼の立派なオペラに対して Living Composer Award を受賞することにより、彼の作品に対する新たな関心が生まれること、そして、彼が、母国デンマークのみならず、全世界の今日の現代音楽を代表する声のひとりだという事実に注意が向けられることを願う」

 10月5日、コペンハーゲンで記者会見が行われ、カンヌ・クラシカル・アウォード Cannes Classical Award の委員長をつとめるデイヴィッド・ハーウィッツ David Hurwitz とクリストフ・ユス Christophe Huss から、この声明とともに賞の授与が正式に発表。世界各国のレコード関係の定期刊行物を出版する人たちを会員とする組織から表彰されるだけに、ルーザスにとっては、うれしい一日となりました。

 2002年1月20日、MIDEM フェアで行われる授与式には、デンマークの文化関係者も出席が予定。会場となる Palais des Festival ではデンマーク放送コンサート管弦楽団のコンサートも行われます。指揮はノルウェーの作曲家、指揮者のロルフ・グプタ Rolf Gupta (b.1967)。デンマーク王国のヘンリク皇太子の列席も予定されており、デンマークの音楽文化を紹介する恰好の機会になることが期待されます。

 ルーザスが受賞するきっかけになった《侍女の物語 (Tjenerindens Fortælling/The Handmaid's Tale)》は、プロローグ、前奏曲、2幕とエピローグから構成されるオペラ。2000年3月に初演され、その演奏をライヴ収録したディスク (dacapo 8.224165-66) (dacapo、デンマーク国立放送、コペンハーゲンのデンマーク王立劇場の共同製作) は、デンマークはもちろん、フランス、ドイツ、アメリカ、イギリスなど、世界各国の新聞と雑誌の批評家から高い評価を受けました。そのいくつかを紹介します。

 「合唱、オルガン、シンセサイザー、風変わりな打楽器を含む大編成の管弦楽を想像力を駆使し、複雑な音のパレットを展開する」 (ピーター・グレーアム・ウルフ Peter Grahame Woolf - Musicweb)

 「ルーザスの作品は、どんなフィルムスコアよりもはるかに凝縮力がある……これまで耳にしたことがないような、未来派的恐怖の、冷え冷えとした、この世のものとは思われない響き。驚くほど明確なヴォーカルライン。演奏者は、ただただ素晴らしい。この立派な録音は、ルーザスのめざましい成功を経験するための最高の方法。聞きのがしてはいけない」 (ヴィクター・カー・ジュニア Victor Carr, Jr. - Classics Today 2001年2月)

 このように、手放しの誉めようです。

 作品ばかりか、“ひとつの弱点もないキャスト” (マイケル・オリヴァー Michael Oliver - Gramophone 2001年3月) と、万華鏡のような大がかりな音楽を、“ほとんど (リヒァルト) シュトラウス風優雅さ” (パスカル・ブリソー Pascal Brissaud - Repertoire No.142) で巧みに処理したミケール・シェーンヴァント Michael Schønwandt (b.1953) の指揮も高く評価され、現代オペラの録音としては画期的な成功をおさめたことになります。

 このオペラは各地のオペラハウスからも注目されています。2003年の3月から4月にかけて、ロンドンのイギリス・ナショナルオペラでの上演が決定。デンマーク王立劇場の制作がそのまま使われるとのこと。同じ時期、ミネアポリスのミネソタ・オペラでの公演も計画が進んでおり、こちらは、インディアナ大学との共同制作による新演出で上演される予定です。

(TT)

新譜情報

BIS CD1010 WA・モーツァルト (1756-1791)
 セレナード第10番 変ロ長調 K361/370a 《グラン・パルティータ》 (13の管楽器のための)
 セレナード第1番 ニ長調 K10/62a
  タピオラ・シンフォニエッタ ジャン=ジャック・カントロフ (指揮)

◇タピオラ・シンフォニエッタのフィンランド語の名称は、Espoo kaupunginorkesteri (エスポー市管弦楽団)。正団員数は40人。高い演奏水準の奏者が結集した自発的なアンサンブルに定評がある。エスポー文化センターのタピオラホールと近郊のホールでの定期的な演奏会のほか、フィンランド国内外のツアーも行う。レパートリーは、ウィーン古典派を中心に、バロック音楽から20世紀の作品まで。現代フィンランドの作曲家の作品の初演も多い。フィンランド国立オペラや教育機関とも緊密な連携をたもち、新しい聴衆を獲得するための試みも活発に行っている。常任指揮者は、ふたり。1993年からこのシンフォニエッタを指揮するジャン=ジャック・カントロフ Jean-Jacques Kantorow と1999年の秋シーズンから任についたトゥオマス・オッリラ Tuomas Ollila (b.1965)

 録音も多く、クラミ Uuno Klami (1900-1961) の《Symphonie enfantine (子供の交響曲)》(CD806)、ラウタヴァーラ Einojuhani Rautavaara (b.1928) の《黄昏の天使》と交響曲第2番 (CD910)、シェーンベルクの《浄夜》(CD703)、バルトークの《弦、打楽器とチェレスタのための音楽》(CD740)、アルヴォ・ペルト Arvo Pärt (b.1935) 作品集 (CD834)、交響曲第2番をはじめとするサン=サーンスの作品集 (CD790、CD860、CD956) などを、カントロフの指揮で BIS に録音。オッリラとはシベリウス作品集 (カッサツィオーネ、プレスト、劇音楽《ペレアスとメリザンド》、ほか) を Ondine に録音した (ODE952-2)Ondine には、そのほか、ペーター・シュラーヤーとシューベルトのミサ・ソレムニス (ODE917-2)、ジョーセフ・スウェンセンとショスタコーヴィチの交響曲第14番 (ODE845-2) を録音。タピオラ合唱団の歌うサッリネンとラウタヴァーラの合唱曲 (ODE786-2) の録音にもヴァンスカ Osmo Vänskä (b.1953) の指揮で参加した。

 交響曲、ディヴェルティメント、セレナード、協奏曲など、モーツァルトは、タピオラ・シンフォニエッタとカントロフが得意とするレパートリー。常連ソロイストのひとりペッカ・クーシストも、彼らとの共演で第5番のヴァイオリン協奏曲を弾いたことがある。演奏する機会が多いわりにモーツァルト作品の録音は少なく、この新録音はクリスチャン・リンドベリ Christian Lindberg (b.1958) と共演したホルンボーン (ホルン) 協奏曲 (BIS CD1008) 以来のもの。このディスク、“きわもの” と決めつけられがちなのが残念なところ。タピオラ・シンフォニエッタの颯爽とした、メリハリの利いた演奏ぶりがさわやかな印象を残した。それだけに、新録音のセレナードは楽しみ。

BIS CD1084 ジークフリート・カルク=エーレルト (1877-1933) オルガン作品集 第1集
 コラール即興曲《ああ、汝の恩寵もて》作品87-1 コンスタンツェの湖からの7つのパステル 作品96
 8つの小品 作品154 Trois Impressions (3つの印象) 作品72
 B-A-C-H によるパッサカリアとフーガ 作品150
  ハンス・ファーギウス (オルガン)  [オーフス大聖堂 (デンマーク) の1928年製フローベニウス・オルガン]

◇ドイツの作曲家、オルガニスト、カルク=エーレルト Sigfrid Karg-Elert は、ロンドンで “現在最高のオルガン音楽の作曲家” と評価され、そのことがきっかけでアメリカ・ツアーも実現した。後期ロマン派といわれるが、バロック音楽に様式の基礎をおき、印象主義や表現主義的な要素もみられるところに新しさが感じられるという。グリーグとも親交があった。オルガンを弾いているハンス・ファイーイウス Hans Fagius は、スウェーデンの奏者。フランス・オルガン作品集やJS・バッハのオルガン作品全集など、BIS に数多くの録音がある。

BIS CD1212 アルネ・ヌールハイム (1931-) ヴァイオリン協奏曲 (1997)
 Duplex (二重) (1991 rev.1999) (ヴァイオリンとチェロのための)
 Partita für Paul (パウルのためのパルティータ) (1985) (ヴァイオリンとエレクトロニクスのための)
  ペーテル・ヘレスタール (ヴァイオリン) スタンヴァンゲル交響楽団 アイヴィン・オードラン (指揮)
  オイスタイン・ソンスタード (チェロ) マッツ・クレーソン (エレクトロニクス)

◇アルネ・ヌールハイム Arne Nordheim は、ノルウェーのモダニズム音楽を象徴する作曲家。電子音楽をはじめ、前衛的な手法を取り入れたことから、"enfant terrible (手に負えない子供)" と呼ばれたことは有名。1979年のバレエ《テンペスト (Stormen)》の成功をきっかけに広い層から支持されるようになり、現在ではノルウェーでもっとも国際的に知名度の高い作曲家のひとりとされる。技法の新しさが目をひく一方で、作品の根底にある人間性に対する洞察がヌールハイムの音楽の世界を大きくしているとの意見が多い。ヴァイオリン協奏曲は、大編成の管弦楽を使いながらも室内楽の色彩がつよい音楽。《Duplex (二重)》は、最初、ヴァイオリンとヴィオラのために書かれた。1999年に改訂されたヴァイオリンとチェロの版は、これが初録音。《Partita für Paul (パウルのためのパルティータ)》は、ヴァイオリン独奏が、電気的にディレー処理した自身の音とカノンを展開する音楽。パウル・クレーの絵画との対話として作曲された。

 ペーテル・ヘレスタール Peter Herresthal (b.1970) は独奏者、室内楽奏者としての実績をつみあげてきた、ノルウェーの比較的若い世代のヴァイオリニスト。現代作品を得意とし、今後2年間、彼のために書かれた作品をあいついで世界初演することが決まっている。

Caprice CAP21671 ルートヴィヒ・ファン・ベートーヴェン (1770-1827)
 弦楽四重奏曲 変ホ長調 作品74 弦楽四重奏曲 ヘ短調 作品95《セリオーゾ》
  グルジア国立弦楽四重奏団

◇グルジア国立弦楽四重奏団は、1966年にグルジア共和国のトビリシで結成されたグループ。メンバーは、トビリシ音楽院の大学院生だった、コンスタンティン・ヴァルデリ Konstantin Vardeli (第1ヴァイオリン)、トーマス・バチャシヴィリ Tomas Batiashvili (第2ヴァイオリン) (オッリ・ムストネン Olli Mustonen の三重協奏曲の初演者のひとり、エリーサベト・バチャシヴィリ Elisabeth Batiashvili の父?)、ノーダル・イヴァニア Nodar Jvania (ヴィオラ)、オタール・チュビニシヴィリ Otar Tchoubinichvili (チェロ)。1973年、ブダペストのヴァイン四重奏コンペティションで主要な賞のひとつと現代音楽賞を受賞。このことをきっかけにドイツ、スウェーデンなど、ヨーロッパの舞台に飛び出していく。フィンランドのクフモとミッケリ、スウェーデンのヌールテルイェとサンドヴィーケンの室内楽フェスティヴァルに参加。スヴャトスラフ・リヒテルがモスクワで開催した音楽祭“十二月の夕べ”にも招待された。プログラムと演奏者の決定権をリヒテルがもっていただけに、このことでも、弦楽四重奏団としての実力が測られていい。ドミートリー・ショスタコーヴィチも、「美しい響き、卓越した技巧、すばらしい合奏能力。かれらの演奏を聴いていると、心ならずも、4人が演奏していることを忘れ、ひとつの楽器だと思い始めてしまう」と、高く評価した。グルジア国立弦楽四重奏団は、現在は、ドイツを本拠に活動中。

 新たにリリースされたこのディスクは、今年の7月にかれらのツアーを主催したイェヴレボリ郡文化評議会 Kultur Utbildning, Landstinget GävleborgCaprice の共同製作になるもの (1985年 (変ホ長調) と1989年 (ヘ短調) にトビリシで行われた録音が音源)。演奏されているのは、第1楽章にくりかえし現れるピッツィカートの音型のために《ハープ四重奏曲》というニックネームで呼ばれることの多い変ホ長調の曲と、ベートーヴェンが書いたもっとも凝縮した弦楽四重奏曲と定評のあるヘ短調《セリオーゾ》。ヘ短調について、「一度聴いてしまったら、決して忘れることのない」と言った人もいるとか(個人的には、もっとも好きなベートーヴェンの作品のひとつ)。個性的な音楽がそろったベートーヴェンの弦楽四重奏曲の中でも一二を争うユニークな作品ふたつ。

 グルジアのグループの演奏は、ショスタコーヴィチの言葉どおり。(不勉強を棚に上げ、失礼を承知で言えば) “グルジア” と聞いて想像するよりは、はるかに洗練された響き。聴衆に媚びない、音楽に対する自分たちの姿勢をもっていることも感じられる。自分たちが何をすべきなのか、何をしているかを把握していることは、すばらしい。ウィーンあたりの弦楽四重奏団にみられるような妙なクセがないのは、おかしな伝統と無縁なことがさいわいした? 2曲とも、全体にテンポはおそめ(特に緩徐楽章)。そのせいか、時としてやや慎重すぎるように聞こえることがあるのも確か。作品95の第1楽章《アレグロ・コン・ブリオ》など、(ハーゲン四重奏団が3分47秒のところを)4分52秒もかかっている。実際にはそれほど遅いという感じはなく、音楽の自在さが楽しめるかどうかの違いとなっていると言えそう。作品74の第2楽章《アダージョ、マ・ノン・トロッポ》など、さらに軽いリズム運びのほうが、音楽の表情が生きるかもしれないが、コーダの別世界のような音楽の表現はみごとで、なんとも言えないところ。このあたりが、決してひとつのパターンにおさまらないベートーヴェンの世界の広さ…‥。彼らのまじめな音楽づくりがスウェーデンやフィンランドの音楽ファンから共感をもたれるのは、当然といえば当然。これだけ充実した音楽と緻密で輝かしい響きを聞かせられると、古典、現代を問わず、彼らの演奏をもっと聞いてみたくなる。

Chandos CHAN9957 ニルス・W・ゲーゼ (1817-1890) 交響曲全集 第2集
 演奏会序曲第3番 ハ長調 作品14 交響曲第7番 ヘ長調 作品45 交響曲第4番 変ロ長調 作品20
  デンマーク国立放送交響楽団 クリストファー・ホグウッド (指揮)

◇デンマーク音楽に北欧の香りをもたらした、デンマーク・ロマンティシズムの代表的作家、ニルス・W・ゲーゼの交響曲集。弦楽オーケストラのレパートリーになりつつある2組のノヴェレッテに対して、交響曲が評価されるのは、これからのこと。ホグウッドとデンマーク国立放送交響楽団による交響曲シリーズの第2集には、ゲーゼの存命中もっとも人気のあった作品のひとつ第7番と旋律の美しい第4番、そして演奏会序曲第3番が収録された。全集とするにあたって再録音が予定された第4番は、フローリク Johannes Frederik Frøhlich (1806-1860) の変ホ長調の交響曲と組み合わせてリリースされた録音 (CHAN9609) が使われている。

 第1番《オシアンの余韻》、第2番《高地にて》 (スコットランド序曲) につぐ第3番の演奏会序曲は、描写的性格の前2作と異なり、絶対音楽としての取り組むため標題がつけられていない。これが初録音。

 1850年、コペンハーゲンで初演された第4番の交響曲は、ゲーゼのもっとも完成度の高い作品のひとつとされる。メンデルスゾーンの影響と考えられる屈託のない旋律と洗練された管弦楽書法が評価され、また魅力となっている作品。第7番は、第二次スレースヴィ戦争にやぶれた結果、ウィーン条約によりスレースヴィ=ホルステン (シュレスヴィヒ=ホルシュタイン) をプルシアに譲ることになる1864年に作曲された。国家の大難の影響はないというのが作曲者の主張。「はつらつとした、幸せな交響曲……戦争とも平和とも関係なく、政治となるとなおさら」と書かれた、ゲーゼの手紙が残っているという。そのとおり、思わず口ずさみたくなるような旋律をもった、ゲーゼらしい作品。

 ゲーゼの交響曲はミケール・シェーンヴァントとネーメ・ヤルヴィが全曲を録音しているが、新録音は、新たに出版された、より原典に忠実とされる版による演奏。ホグウッドは、(バロック期の音楽を指揮するときのように)極端なテンポをとったり強弱をつけることもなく、デンマーク・ロマンティシズムに徹した音楽づくり。明るい響きでのびやかに旋律を歌いあげるデンマーク国立放送交響楽団の演奏が、デンマークの作曲家ゲーゼの音楽にふさわしい。

dacapo 8.224149-50 2CD's CEF・ヴァイセ (1774-1842) ジングシュピール《眠り薬 (Sovedrikken)(1809)
  グイド・パエヴァタルー (バリトン) エヴァ・ヘス・テユセン (ソプラノ) エルセベト・ドライシ (ソプラノ)
  ヨハン・ロイター (バリトン) ゲアト・ヘニング=イェンセン (テノール)
  ミケール・クリステンセン (テノール) ステーン・ビリエル (バス) ソケロン合唱団
  デンマーク放送コンサート管弦楽団 ジョルダーノ・ベリンカンピ (指揮)

◇《眠り薬》は、ドイツからデンマークに移った作曲家CEF・ヴァイセ C. E. F. Weyse の2幕のジングシュピール。台本は、詩人のエーレンスレーヤ Adam Oelenschlæger (1779-1850) がクリストフ・フリートリヒ・ブレツナー Christoph Friedrich Bretzner"Der Schlaftrunk" にならって書いたもの。

 1790年代あたりから、自分たちの言語とアイデンティティを守るために、デンマークではジングシュピール (歌芝居、syngespil/Singspiel) がもてはやされていた。フランス出身のエドゥアール・ドゥピュイ Edouard Dupuy (c.1770-1822) の《若さと愚かさ (Ungdom og galskab)》も、その一作。デンマーク語による上演、(神や貴族ではなく) 一般市民が登場人物、喜劇的な要素と平易な音楽といったことが、ジングシュピールに共通する。

 ヴァイセは、師のシュルス Johan Abraham Peter Schulz (1747-1800) とクンツェン Friedrich Ludwig Aemilius Kunzen (1761-1817) (オペラ《デンマーク人ホルガー (Holger Danske)(dacapo 8.224036-37) の作曲家) から学んだ技法を駆使し、持ち前の親しみやすいメロディで味をつけた。1809年4月21日、コペンハーゲンの王立劇場で初演。デンマーク音楽史上もっとも人気のあるジングシュピールとなったと伝えられる。dacapo とデンマーク放送の共同制作。

dacapo 8.224155 ハンス・エブラハムセン (b.1952) 室内楽作品集
 ピアノのための10の習作 (1983-98)
 ヴァイオリン、ホルンとピアノのための6つの小品 (1984)
 ウォールデン (1978/95) (オーボエ、2つのクラリネット、サクソフォーンとバスーンのための)
  アネ・マリ・アビルスコウ (ピアノ) アネ・セー・イーヴァン (ヴァイオリン) プレーベン・イーヴァン (ホルン)
  ヨアキム・ダム・トムセン (オーボエ) アナ・クレット (クラリネット) セーアン・エルボ (クラリネット)
  ジャネット・バラン (サクソフォーン) シーネ・ハウグラン (バスーン)

◇ハンス・エブラハムセン Hans Abrahamsen は、現代デンマークを代表する作曲家のひとり。最初期には、いわゆる新単純主義 (New Simplicity) の影響を受けた作品を書いたが、弦楽四重奏のための《10の前奏曲》(1973) や管弦楽のための《層化 (Stratifications)》(1973-74) のころから、独自の個性と様式による作曲に変化していった。内面性と抒情をあわせもった彼の音楽には、比類のない魅力があり、すでに国際的な名声を獲得したと言える。

 管楽五重奏のために作曲された《ウォールデン (Walden)》のタイトルは、アメリカの超絶主義哲学者、作家のヘンリー・デイヴィッド・ソーロー Henry David Thoreau (1817-1862) の著書「ウォールデン、または森の生活」(1854) から。マサチューセッツ州コンコードにあるウォールデン湖 (Walden Pond) の森でソーローが2年間にわたり送った原始生活を著した作品。“社会生活から強要される人工的なものを捨て、自然との調和を再発見する” という試みのドキュメントは、“エコロジー” をさきどりしたものと現在では考えられている。エブラハムセンの曲は、さまざまな要素から成り立っているものの、ソーローの理想を音楽にもちこむ「循環使用 (re-cyling) と“新単純主義”」 (エブラハムセン) の様式で書かれている。透明度の高い世界は、まさに北欧のもの。オリヴァー・ナッセン指揮ロンドン・シンフォニエッタ (Paula PACD37) とスカンディナヴィア管楽五重奏団 (dacapo 8.224001) の録音は、いずれも、フルート、オーボエ、クラリネット、ホルンとバスーンのための1978年オリジナル版による演奏。新録音に使われたのは、1995年に作曲者自身が改訂した、オーボエ、2つのクラリネット、サクソフォーンとバスーンのための版。《ヴァイオリン、ホルンとピアノのための6つの小品》とともに初録音。

Ida Records IDACD2 新しい酒
ヴィストダール民謡 ごらん大地に光がのびている
エドヴァルド・グリーグ (1843-1907)
 25のノルウェーの民謡と踊り 作品17 − ヨルステルの舞曲 わたしは小さな娘を知っている
 抒情小曲集第2集 作品38 − 民謡
 抒情小曲集第5集 作品54 − ノルウェーの農民行進曲 スケルツォ
シェル・ハベスタード (b.1955) 魅力
スヴェン・ニーフース 水の精  民謡 泉
スンモレ民謡 イエスとともにわたしは旅を
ヴァルドレス民謡 (スヴェン・ニーフース 編曲) フィレフィエルの聖トマスの鐘
オリヴィエ・メシアン (1908-1992) 世の終わりのための四重奏曲 (1940) − 間奏曲
オーレ・オルセン (1850-1927) セレナード
ハーラル・セーヴェルー (1897-1992) ピアノのためのやさしい小曲集 作品14 − 小さなスヴェインの行進曲
オイスタイン・ソンメルフェルト (1919-1994) ヘーゲへのワルツ 小さな民謡のエレジー
スパッレ・オルセン (1903-1984) マグニルの歌
ゲイル・トヴェイト (1908-1981)
 スタヴァンゲルの100の民謡 − 家畜を呼ぶ山の声 トヴェイトの山の農場へ
  家畜を集めて ランゲレイクの調べ 新しい酒
オーレン民謡 西に太陽が沈んでいく
  ハベスタード・アンサンブル
   イーダ・ハベスタード (フルート) イングヴィル・ハベスタード (ヴァイオリン、ハリングフェレ)
   エルレンド・ハベスタード (チェロ) インゲル・エリーサベト・ハベスタード (ヴォーカル)
   シェル・ハベスタード (ピアノ)

◇シェル・ハベスタード Kjell Habbestad は、ノルウェー国立音楽アカデミーの助教授も務める作曲家。他作で知られるが、もっとも有名なのが、録音もされた《モステルの野外劇 (Mostraspelet)》のための音楽 (Hemera HCD2912)。オラヴ・トリグヴァソンの物語を題材にしたヨハネス・ヘーグラン Johannes Heggland の歴史劇《モステルのキリスト教徒国王 (Kristkongane på Moster)》を上演するために委嘱された作品。キリスト教と異教の対立を、山羊の角笛、中世の竪琴なども用いて巧みに表現した音楽も評判となり、くりかえし公演が行われている。

 このディスクには、ハベスタード一家のアンサンブルが演奏するノルウェーの民謡とクラシカルの作品を収録。ハベスタードのオリジナルが1曲。彼は、フィドル奏者スヴェン・ニーフース Sven Nyhus が作曲、編曲した2曲をのぞいた作品の編曲も行っている。グリーグ Edvard Grieg、ハーラル・セーヴェルー Harald Sæverud、ゲイル・トヴェイト Geirr Tveitt らの曲は、いずれもノルウェーの自然を肌で感じさせる音楽。ノルウェーの素朴さと洗練された現代の味わいがふしぎな雰囲気を醸し出す。

 アルバムタイトルの "Uppskoka" は “かき混ぜられるもの” の意。かつてノルウェーの農場では、年に何回か酒を作ることが習慣になっており、醸造の最初の段階の発酵しきらない酒がこう呼ばれた。トヴェイトの《ハルダンゲルの100の民謡》組曲第1番の第7曲のタイトル。

 ハベスタード・アンサンブルは、1997年にアイオワ州デコラーで行われた Nordic Fest への招待を受けて結成。これまでに4度、シアトルからニューヨークにかけて北部の州をまわるアメリカ・ツアーを行っている。そのほかにもノルウェーとスコットランドへのツアーも行った。長女イーダ Ida (b.1980) (フルート)、次女イングヴィル Ingvild (b.1983) (ヴァイオリン、ハリングヴェレ)、彼女とふたごのエルレンド Erlend (b.1983) (チェロ) はノルウェー国立音楽アカデミーの学生。インゲル・エリーサベト Inger Elisabeth (b.1955) は伝道師。アンサンブルのヴォーカル。シェル・ハベスタードはピアノを担当する。

Naxos 8.555072 ヒゥーゴ・アルヴェーン (1872-1960) 管弦楽作品集 第3
 バレエ《放蕩息子 (Den förlorade sonen)》組曲 (1957) 交響曲第2番 ニ長調 作品11
  アイルランド国立交響楽団 ニクラス・ヴィッレーン (指揮)

◇スウェーデンの指揮者ニクラス・ヴィッレーン Niklas Willén によるアルヴェーンの管弦楽シリーズ。オーケストラが、アイルランド国立交響楽団に代わった。収録された2曲はいずれも、《夏至祭の夜明かし (Midsommarvaka)》 (スウェーデン・ラプソディ第1番 作品19) で親しまれているアルヴェーン Hugo Alfvén の代表作。

 交響曲第2番は、1897年から1898年にかけて作曲された。翌年、ステーンハンマル Wilhelm Stenhammar (1871-1927) の指揮によりストックホルムで初演され、大成功をおさめた。この作品をきっかけにアルヴェーンは、スウェーデンの国民から広く愛される作曲家への道を歩み始めることになる。アルヴェーンの伝記を書いたスヴェン・E・スヴェンソン Sven E. Svenson は、4つの楽章をつぎのように見る −− “青春の輝かしい希望” (第1楽章)、“人生の真剣さ” (第2楽章)、“熱病のように快楽の渦に身を任せることによって、悲劇的な経験の傷跡を癒そうとする、運命に翻弄された若者の努力” (第3楽章)、“生と死の最後の闘争” (第4楽章)。アルヴェーンが愛したストックホルム群島 (アーキペラーゴ) の自然と彼の内面のドラマが一体となり、豊かな響きの音楽を作り上げた。

 1957年2月9日完成した、バレエ《放蕩息子 (Den förlorade sonen/The Prodigal Son)》は、アルヴェーンの最後の大作。振付師イーヴォ・クラーメル Ivo Cramer のバレエは、新約聖書「ルカによる福音書」(15章 11-32節)の寓話が題材。ダーラナ地方の絵画がアルヴェーンにインスピレーションを与え、その色彩がそのまま音楽に移し替えられたといわれる。演奏会用組曲は7曲からなり、アルヴェーン自身がバレエのための音楽から選んだ。リズミカルな音楽、なかでも組曲の第6曲《ロスラーゲンのポルカ (Polka från Roslagen)》は、《スウェーデン・ポルカ (Swedish Polka)》という名でたちまち国際的な人気曲となった。そのほかの曲は、《レークサンドの歩行の歌 (Gånglåt från Leksand)》、《オーサのポルスカ (Polska från Orsa)》、《サバの女王の祝祭行進曲 (Drottningens av Saba festmarsch)》、《ポルケッタ (Polketta)》、《結索の歌 (Steklåt)》、《ヨーセ・アンデシュのポルスカ (Gösse Anders polska)》。極彩色の音楽が楽しめる《サバの女王の祝祭行進曲》と、独奏ヴァイオリンが民俗の香りをかもしだす《ポルケッタ》も、単独で演奏されることが多い (ネーメ・ヤルヴィがヨーテボリ交響楽団と行った来日公演では、アンコールとして《ポルケッタ》も演奏された)。

PIANO PIANO 003 ステフェン・ホルン
アントニオ・ビバロ (b.1922)
 3つのオマージュ (1957-58)
  オーバード (Aubade) (デ・ファリャへのオマージュ)
  夜想曲 (Nocturne) (シェーンベルクへのオマージュ)
  ブルガラ (Bulgara) (バルトークへのオマージュ)
レオシュ・ヤナーチェク (1854-1928)
 ピアノソナタ第1(1905)1905101日、街頭にて》
フェレンツ(フランツ)・リスト (1811-1886)
 バラード第1番 変ニ長調 《十字軍の歌》  バラード第2番 ロ短調
ムツィオ・クレメンティ (1752-1832) ソナタ 作品26-2
  ステフェン・ホルン (ピアノ)

◇アントニオ・ビバロ Antonio Bibalo は、1922年、イタリア、トリエステの生まれ。1946年にトリエステの音楽院のピアノ科を卒業。1953年、ロンドンに留学。主に作曲を学ぶ。イギリスにおける十二音音楽の先駆者エリザベス・リュイテンス Elisabeth Luytens の影響を強く受けた。1956年に夏期休暇を過ごしたラルヴィク Larvik が気に入り、その後移住。1967年にはノルウェーの市民権を獲得した。多岐のジャンルにわたる音楽を書き、とりわけ劇場音楽に才能を発揮するとされる。ヘンリー・ミラーの小説に基づく《The Smile at the Foot of the Ladder》(1958/62)、アウグスト・ストリンドベリ August Strindberg の原作による《令嬢ジュリー (Frøken Julie/Miss Julie)》(1975)、ヘンリク・イプセン Henrik Ibsen の戯曲を台本にした《幽霊 (Gjengangere/Ghosts)》(1981) などのオペラで国際的な名声を得た。《3つのオマージュ》は、デ・ファリャ、シェーンベルク、バルトークに捧げる小品。ギターを模した朝の歌、厳粛な夜の雰囲気、バルトーク風の土のにおいがする音楽。演奏される機会の多い作品。

 ピアニストのステフェン・ホルン Steffen Horn は、1976年生まれ。ハウゲスン音楽学校でアストリー・エリングセン Astrid Ellingsen に師事した。1993年、ベルゲンに移り、イルジ・フリンカ Jiri Hlinka 教授のレッスンを受ける。1995年からはオスロのバラット=ドゥエ音楽学校に入学。1999年に最優秀の成績で卒業した。国内のコンペティションの他、チェコのスメタナ国際ピアノ・コンペティションに参加。古典ソナタの最優秀演奏賞を受賞する。スタヴァンゲル交響楽団とも共演したことがある。現在は、バラット=ドゥエ音楽学校のほか、マルメ音楽アカデミー大学院修士課程のフリンカのクラスで研究をつづけている。引き締まったピアノの音は、同じイルジ・フリンカのもとで学んだアンスネス Leif Ove Andsnes (b.1970) にも通じるところで、魅力充分。ヨルン・シメンスター Jørn Simenstad とイルジ・フリンカのプロデュース。

Pro Musica PPC9043 The Voice of the City (都市の声) − オスロ市庁舎のカリヨン
オプダールの賛美歌 (ペーター・ラングベア 編曲) 鐘よ、さあ鳴れ
ヒゥーゴ・メリン (1907-1999) 「ハーガで蝶々が飛んでいるのが見える」による変奏曲
アルネ・ヌールハイム (b.1931) Partita per carillon (カリヨンのためのパルティータ) (1996)
エドヴァルド・グリーグ (1843-1907) (アン=クリスティーネ・クリスチャンセン 編曲)
 劇音楽《ペール・ギュント》組曲第1番 作品46 − 朝の気分
エズヴィン・ベアセン・ニルセン (1907-1983) 小組曲 (1971) − ロマンス
イェフ・デニン (1862-1941) 前奏曲 ニ短調
イサーク・アルベニス (1860-1909) (マルセル・シーバース 編曲) 前奏曲 作品232
エリーク・サティ (1866-1925) (ウルリク・ラスムセン 編曲) グノシエンヌ第1番
WA・モーツァルト (1756-1791) Laudate Dominum (主を讃えよ) K33g-5
ドミートリー・ショスタコーヴィチ (1906-1975) (フランク・ステインス 編曲) ワルツ第2番
アンドレーアス・シュミット (b.1955) ビッグ・ベンによるトッカータ
リカルド・ノルドローク (1842-1866) (ペーター・ラングベア 編曲) われらこの国を愛す (ノルウェー国歌)
  ペーター・ラングベア (カリヨン)

◇オスロ市庁舎に最初のカリヨンが取り付けられたのは1952年。直径 1.88メートル、重量3.9トンの Festival Bell は、ノルウェー最大を誇った。オルセン・ナウエン鐘鋳造工場 (ノルウェー) 製作の4個の大型のカリヨンとフランス製の34個を追加されたが、音程が合っていないことが判明。新千年紀をひかえ、オスロ市1000周年と市庁舎建設50周年記念も重なることから、1999年秋、市庁舎東塔に新たに大型のカリヨンを設置。古い Festival Bell (A音) は、新カリヨンの一部として残された。新カリヨンは、最大が重量 2.8トン、最小が 14キロ の鐘49個から構成される。総重量 19.671トン。北欧諸国最大のカリヨンとなった。同年12月13日、竣工式とあわせて、デンマークのカリヨン奏者、ペーター・ラングベア Peter Langberg (b.1945) が演奏するコンサートも行われた。以後、ノーベル平和賞受賞会場にもなるオスロ市庁舎では定期的にコンサートが開催され、カリヨンのためのオリジナル曲と有名作品の編曲が演奏される。このディスクの音源は、2001年4月10日と11日に録音された。

 ヒゥーゴ・メリン Hugo Melin はスウェーデン、エズヴィン・ベアセン・ニルセン Edwin Børresen Nielsen はデンマークのカリヨン奏者でオルガニスト。演奏者のペーター・ラングベアは、コペンハーゲンの王立デンマーク音楽院のオルガン科を卒業。1970年にコンサート・デビューした。1977年から1981年にかけて、ドゥエのフランス・カリヨン学校でジャック・ラノワ教授のもとでカリヨン演奏を学ぶ。1979年、教会音楽の学校を設立。現在も校長を務めるとともに、スカンディナヴィア・カリヨン学校の同職にある。1980年から、コペンハーゲンの Carillon af Kong Frederik IX (国王フレゼリク九世のカリヨン) の奏者。フランクの全集を含む、オルガン作品の録音もある。

 リズムの刻みも安定しており、どういう仕組みで演奏されるのか興味をそそられる。カリヨンの透明な響きが気持ちを和ませるディスク。

(TT)


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