Newsletter No.38   15 December 2001

 

ルイ・グラスの交響曲

 カール・ニルセンだけが交響曲を書いたわけではない! 偉大すぎるニルセンの陰にかくれてしまったものの、後期ロマンティシズム期のデンマークでは、10人をはるかに越える数の作曲家たちが交響曲を書いています。それらの交響曲が少しずつではあっても録音されるようになってきたのは、嬉しいことです。最近、ランゲ=ミュラー P. E. Lange-Müller (1850-1926) の2曲も録音され (Classico CLASSCD370)、これで、アスガー・ハンメリク Asger Hamerik (1843-1923)、ヴィクトー・ベンディクス Victor Bendix (1851-1926)、ルードルフ・ニルセン Ludolf Nielsen (1876-1939)、ヘーコン・ベアセン Hakon Børresen (1876-1954)、ルーズ・ランゴー Rued Langgaard (1893-1952) の6人の作曲家の交響曲をすべてCDで聴くことができるようになりました。

 そして、ベンディクスとランゴーの交響曲を録音した Danacord が進めてきたルイ・グラス Louis Glass (1864-1936) のシリーズも、第1番と第5番の録音を最後に、完成しました。シリーズ第1作、第4番の録音が1999年10月。もっとも新しい第5番が録音されたのが2001年5月なので、わずか1年半ちょっとで全曲録音を終えたことになります。Danacord のイェスパー・ブール氏 Jesper Buhl と音楽学者のモーエンス・ヴェンセル・アンドレアセン氏 Mogens Wenzel Andreasen の熱意もさることながら、ルイ・グラスの交響曲が欧米を中心として音楽ファンに受け入れられてきたおかげでしょう。

 今回録音された第5番の交響曲は、おそらくルイ・グラスの代表作といっていい作品です。すでに、ラウニ・グレンダール Launy Grøndahl (1888-1960) がデンマーク放送のオーケストラを指揮した1957年のモノーラル録音 (Danacord DACOCD370-371) とピーター・マーチバンクによる (“論外” との声が多い) 演奏がCDになっています。

 この交響曲には 《Sinfonia Svastica》 という副題がついています。"svastica" といって思い出されるのがナチスがシンボルとした “鈎十字” でしょうが、グラスが意識したのは仏教の “卍”。鈎の方向が逆です。"svastica" は “安寧” を意味するサンスクリットの "svast " を語源とし、幸運をもたらす印とも輪廻の象徴とも言われます。仏書では “万” にかえて用いられるといい、宇宙的、包括的な意味合いがあるということでしょうか。グラスは神智学に傾倒していたと伝えられ、その神秘思想的な物の見方がこの作品に影響しているといわれます。しかし、内面だけでなく外貌の美しさも備わっていることを考えると、グラスが思索的、哲学的な交響曲を書こうとしたと想像することはちょっとできにくい。“この自然界と、そこに生きる歓び” を音楽で表してみよう。そういった、内から湧いたロマンティックな感情が神秘思想と結びついた音楽ととらえるほうが似つかわしいように思います。あえて言えば、グラスが、管弦楽のためのショーピース《ツァラトゥストラはこう語った》を書いたときのシュトラウスと同じ精神構造をもっていなかったことも確かです。

 4つの楽章にわかれ、内容をそれとなく示すタイトルがつけられています。第1楽章《一日の仕事 (Dagvirke)》、第2楽章《憩い (Hvile)》、第3楽章《影 (Skygger)》、第4楽章《夜明け (Morgengry)》。アレグロ・エネルジーコの最初の楽章だけ、やや独自性には乏しいものの、全曲に統一感をもたらすための開始の楽章としては、ことさら不都合はありません。

 その後の楽章の音楽は、どれも特長的です。第2楽章アンダンテ・トランクイッロは、ニルス・W・ゲーゼ Niels W. Gade (1817-1890) の流れをくむさわやかな抒情にくわえ、たそがれ時のしっとりとした情緒も漂わせる静かな音楽。このデンマーク的ともいえる音楽につづく第3楽章プレストは、ふつうの “スケルツォ” とは、やや雰囲気が違います。でも、ほの暗く、透きとおった響きの音楽に、ふと、“真夏の夜の夢” とでもいった戯れがまじるとすれば、やはりスケルツォと言うべきでしょう。この音楽についてアンドレアセンは、解説の中で、「あらゆるデンマーク音楽のなかで、もっとも独創的、いやそれどころかセンセーショナル」と言っています。そして、彼が言うには、作曲者の70歳の誕生日にこの曲を指揮したフリッツ・ブッシュは、このオーケストレーションを見て、あっけにとられたという話も伝わっています。

 終楽章はアダージョ・マ・ノン・トロッポ。静かな夜明けから、燦々と輝く太陽を描いたと考えられる終結まで、音楽はゆっくりと高揚していきます。作曲者が与えた副題の意味がイメージとして思い描けるフィナーレだと考えられるでしょう。

 この曲はカール・ニルセンの第5番の交響曲 (1920-22) とほぼ同じ、1919年から1920年にかけて書かれました。おもしろいのは、ニルセンの革新的な音楽に対して、グラスの曲がはっきりと後期ロマンティシズムの音楽だということです。この問題に深入りすると収拾がつかなくなるのでよしておいたほうがいいのでしょうが、無調音楽の代表作のひとつ、シェーンベルクの《Pierrot lunaire (月に憑かれたピエロ)》がベルリンで初演されたのが1912年だということを考えると、ちょっと複雑な思いがしないでもありません。でも、やめておきましょう。シェーンベルクの作品の3年後に《アルプス交響曲》などという代物が初演されたという事実もあることですし。

 時代は時代として、そのことによって、インスピレーション豊かな流れる旋律と内省的な気分のロマンティックな調和のとれたグラスの音楽の価値が損なわれるということでもないでしょう。

 グラスの交響曲は、いろいろな意味で特徴的です。イギリスの音楽ライター、ロナルド・アドレム Ronald Adlem がグラスのことを “HC・エアステズ公園のブルックナー (Bruckner i H. C. Ørstedsparken)” と呼ぶきっかけとなった牧歌的な交響曲第3番《森の交響曲 (Skovsymfonien)》。古代デンマークの英雄にちなんだ《スキョル王の子孫 (Skjoldungeæt)》という副題にふさわしく勇壮な第6番。そのなかにあって、第5番の交響曲は、作曲者の内面の充実がもっとも感じられる音楽と考えていいのではないでしょうか。

 ナイデン・トドロフ Nayden Todorov (b.1974) の指揮とブルガリアのオーケストラの演奏は、シリーズ最初の第4番を録音したころにくらべると、無駄な力みがとれ、ルイ・グラスの音楽から感じたことを自在に語ることができているように思います。トドロフの特色がもっとも見事に発揮されているのが第2楽章。グレンダールの7分50秒に対して、トドロフのほうの演奏時間は11分25分です。これ以上テンポがおそいと音楽の推進力がなくなってしまう、ぎりぎりのところかもしれません。そのテンポにもかかわらず、音楽がすこしも重くならないのは、オーケストラのコントロールができているためでしょうか。また、この点については、以前よりもクリアな Danacord の録音のおかげもあるかもしれません。グレンダールの古い録音ではわからなかった音楽の細部もしっかりと聞こえ、音楽が生き生きとしています。

 交響曲第1番が完成したのは1894年7月14日。カール・ニルセンの第1番の初演 (1894年3月14日) のちょうど4ヶ月後のことです。グラスがニルセンの曲を聴いたかどうかについては記録がなさそうですが、ふたりの音楽の違いを考えれば、あまり重要なことでもないでしょう。翌年の1月3日にベルリンで、作曲者自身がベルリン・フィルハーモニックを指揮して初演されました。好意的な新聞評が多かった一方で、独創性の少なさと音楽の運びの単調さを指摘した、やや批判的な論調もあったようです。しかし、4月24日にコペンハーゲンで演奏されたときには、おおむね好評で、聴衆からも熱狂的に受け入れられたと伝えられますています。ただ、デンマーク初演の際のアマチュアオーケストラの演奏の質に問題があったらしく、その後グラスがこの作品を演奏したことはありません。

 旋律が主役となる第1楽章アレグロ。最初の流麗な主題は、作品全体を通して何度か現れることになります。第2楽章アンダンテ・ソステヌートは葬送行進曲な雰囲気の音楽。といっても、おおげさに悲愴味が強調されることはありません。第3楽章はスケルツォ。ファンファーレの旋律は、ブルックナーの交響曲と縁のない私にもわかるくらい、ブルックナー風 (盛りあがるのかと思うとだらけるのもブルックナー的、などと言っても、広い心の持ち主のブルックナーのファンのこと、一笑に付してもらえるでしょう。でも、ホント!)。終楽章の序奏には、第1楽章の主題が使われます。主部に入ってからは、さまざまな主題が(それほど複雑にではなく)対位法的に展開。最後は金管楽器のファンファーレが響き、たたみかけるように終結に向かうものの、ややあっけない幕切れです。最後のところも含め、このあと書かれた充実した第2番にくらべても、意図したことのすべてが音楽として実を結んでいないという印象が残ります。最初の交響曲だからでしょうか? ふしぎと “新鮮な” という感じがしないのはどうしてでしょう。

 Danacord の後期ロマンティシズム交響曲シリーズはエミール・ハートマン Emil Hartman (1836-1898) のプロジェクトが進行中です。しかし王立図書館に保存されている楽譜にさまざまな問題点がみつかり、録音がかなり遅れています。それが完成すれば、そのあとにはヘアマン・サンビュ (サンビ) Herman Sanby (1881-1965) の5曲が候補として挙げられている模様です。交響曲もさることながら、サンビュは、印象主義的な小品も含め管弦楽のための作品を数多く書いています。グラスのシリーズでは、ピアノと管弦楽のための幻想曲という素敵な作品を知ることができました。もし、サンビュのシリーズに同じような思いがけない出会いがあるとすれば、そのことも楽しみのひとつです。

Danacord DACOCD544 2CD's for price of 1 ルイ・グラス (1864-1936) 交響曲全集 第4集
 交響曲第1番 ホ長調 作品17 (1894)
 交響曲第5番 ハ長調 作品57 《Sinfonia Svastica (卍の交響曲)》 (1919-20)
  プロヴディフ・フィルハーモニック管弦楽団 ナイデン・トドロフ (指揮)
  [収録時間 43分38秒 (CD1)、41分37秒 (CD2)]

参考ディスク
DACOCD541 ルイ・グラス (1864-1936) 交響曲全集 第1集
 交響曲第4番 ホ短調 作品43 (1910-11)
  プロヴディフ・フィルハーモニック管弦楽団 ナイデン・トドロフ (指揮)

DACOCD542 ルイ・グラス (1864-1936) 交響曲全集 第2集
 交響曲第3番 ニ長調 作品30 《森の交響曲》 (1900-01)
 交響曲第6番 作品60 《スキョル王の子孫》 (1924)
  プロヴディフ・フィルハーモニック管弦楽団 ナイデン・トドロフ (指揮)

DACOCD543 ルイ・グラス (1864-1936) 交響曲全集 第3集
 交響曲第2番 ハ短調 作品28 (1899) ピアノと管弦楽のための幻想曲 作品47 (1913)
  フィリッポポリス合唱団 ロメオ・スミルコフ (ピアノ)
  プロヴディフ・フィルハーモニック管弦楽団 ナイデン・トドロフ (指揮)

 

去年の夏 − ペッテション=ベリエル、ピアノ作品全集 第2集

 スウェーデンからペッテション=ベリエルのピアノ作品全集の第2作が届きました。新譜情報にこのディスクを加えたときには、これほど素敵なアルバムだとは知らなかったので、あらためて紹介します。

 シリーズ第1集 (Swedish Society Discofil SCD1086) には、1883年から1896年にかけて作曲された作品が集められていました。そのあとを受けて、第2集には1897年から1903年の間の曲が収められています。習作的な曲がちらほら見受けられた第1集にくらべ、いずれも充実した作品がならんでいるのは、1896年に《フローセの花)の第1巻を世に送り出し、作曲家としての自信をつけたことの表れでしょうか?

 《6つのピアノの旋律 (Sex låtar för klaver))は1897年の作品です。やや詩的なムードのある《フローセの花)というタイトルに対して、新しい曲集のほうはありきたり。技巧的に音楽的に比較的むずかさをもった前作と違い、一般の人にも弾ける“ごくふつうの”曲集だということを示したかったのではないかと考えられます。タイトルばかりか、曲もとっつきがよく、《フローセの花)と似通った曲趣でありながら、作曲者にインスピレーションを与えた自然や民俗音楽が、より直接的に感じられるため、《フローセの花)に手こずったアマチュアも、「この曲集だったら」という気になったことでしょう。

 戸外の雰囲気を直に感じさせる第1曲《ナナカマドの花が咲くとき (När rönnen blommar)》と、《フローセの花)第3巻の《夕陽にうつる景色 (Landskap i aftonsol)》を先取りしたかのような、山頂から望む景色がどことなく寂しげな第3曲《西の高原地方で (Vest i fjellom)》。ペッテション=ベリエルが感じた自然がそのまま描写されています。第2曲の《徒歩の歌 (Gångtrall)》 (“森や山を歩きながら何気なく口ずさむ歌” の意味ですが、適当な日本語はないものでしょうか?) と第4曲《スペルマン (Spelman)》では、作曲者が民俗音楽に親しんでいたことがはっきりとわかります。第5曲の《神秘のコーラス (Chorus mysticus)》は、1894年に作曲した合唱曲《森の憩い (Hvile i skoven)》が基になっていますす。上機嫌でポルカを踊る第6曲《二次会 (Nachspiel)》。ピアニストの指の練習にもなりそうな音楽です。

 《2声のインヴェンション (Invention à 2 voci)》は、曲名から想像されるような “対位法の研究” ではなく、わずか17小節の曲です。この曲は、当時の人気歌手グードルン・トルパディ=リンドブルム Gudrun Torpadie-Lindblom の思い出帳 (minnesalbum) (サイン帳?) の中に書かれており、ペッテション=ベリエルがサインがわりに捧げた小曲と考えていいはずです (同じノートブックには、アルヴェーン、シェーグレン、ステーンハンマルらの思い出のサインもあるといわれます)。

 1898年、出版社のアブラハム・ルンドクヴィストは、創業60周年を記念して、ベテランと新鋭の作曲家による「スウェーデン作曲家のピアノ音楽 (Musik för piano af svenska tonsättare)」の出版を企画しました。この楽譜集のために 31歳のペッテション=ベリエルが書いた曲が《流れゆく雲 (Glidande skyar)》です。世紀末のムードを反映するかのような憂鬱さと穏やかな空を想わせる気分が交差する音楽です。《星の少年たち (Stjärngossarne)》は、自作の詩とともにペッテション=ベリエルがジャーナリスト・クラブの1897年クリスマス号「クリスマスイヴ (Julqvällen)」に寄せた曲。主題が東洋的な五音音階で書かれているのは、詩の中にも登場する東方の三博士を意識してのことでしょう。軽く聞いただけでは、ペッテション=ベリエルとは思えない雰囲気が独特です。

 次の《ノルランド風ラプソディ (Norrländsk rapsodi)》は、“リストの《ハンガリー狂詩曲》をレパートリーの中心とする国際的ヴィルトゥオーゾ文化から、はっきりと距離を置く” ペッテション=ベリエルが書いた、コンサートのためのラプソディ。スウェーデンの民謡がモティーフとして使われ、外面的な色彩と効果が求められるジャンルの音楽でありながら、民謡をうまく活かすことによって、抒情性と内面性を浮きあがらせることに成功した作品です。作曲者自身が管弦楽用の編曲を試みた形跡もあるようですが、実現していません。

 このディスクでピアノを弾いているホーイェル Olof Höjer (b.1937) は、この曲と《4つの踊り歌 (Fyra danspoem)》(1900) で、ペッテション=ベリエルが “失われた時を求めて (À la recherche du temps perdu)” いると語っています。作曲者が幼少期と思春期を過ごしたウロンゲル、ブートレスク、ウメオーの思い出を探っているという意味でしょう。「ラプソディでは民謡を、そして踊り歌では、母親が中心となっていた中流家庭での音楽に思いを馳せる」とホーイェルは書いています。彼は、この4つの小品のことをペッテション=ベリエルの “ショパン練習曲 (Chopinstudier)” とも呼んでいます。子供のころに母が弾いてくれたショパンのワルツ! 《前で踊るものたちに (Till föredansarna)》、《夏の夢 (Sommardrömmar)》、《朝のそよ風 (Morgonbris)》、《セレナード (Serenad)》。4曲とも4分の3拍子でありながら、それぞれの曲名にピッタリのワルツを聴かせます。

 《去年の夏 (I somras)》は、ペッテション=ベリエルの音楽を知るうえでもっとも重要な作品のひとつというだけでなく、抒情的な音楽に作者の内省が感じとれる、実に魅力的な作品でもあります。1903年の夏、ペッテション=ベリエルは西部イェムトランドの高原地方に徒歩旅行に出かけ、そのときに、作曲に取りかかったばかりのオペラ《アルンヨット (Arnljot)》の楽譜を携えていました。このオペラは、ペッテション=ベリエルの “愛するイェムトランド” へのオマージュとされ、彼は、さまざまな想いを胸に抱きつつ、インスピレーションを求めて山々に入っていったと想像されます。そのときに書きとめていながら、実際にオペラには使われなかった楽想を小品集にまとめたものが《去年の夏》です。イェムトランドの自然の中にあって、その美しさを愛で、あるときは、その美しさに畏怖する作者。《山 (Fjället)》、《湖 (Sjön)》、《荒れ地をこえて (Över heden)》、《リスと野鳩 (Ekorre och skogsduva)》、《トウヒの林 (Granskogen)》、《山の小川 (Fjällbäcken)》。すべての曲がペッテション=ベリエルの純粋な感情の告白に聞こえます。

 このディスクの録音には、南スウェーデン、シュールプにあるスヴァーネホルム城のホアヌング&メラー Hornung & Möller 製 (コペンハーゲン) のピアノが使われました。1903年から1904年にかけて製造され、1997年に修復された楽器です。暖かみのある色彩的な音色はペッテション=ベリエルのロマンティックな音楽にもってこい。優秀な録音が自然な響きで楽器を再現し、“楽興の時” と呼びたい幸せな気分にしてくれます。

 シリーズ第3集では、《フローセの花》の第3巻に連なる作品が演奏されるはずです。“知られざるペッテション=ベリエル”。次はどんな音楽が待ち受けているのでしょうか。

Swedish Society Discofil SCD1087
ヴィルヘルム・ペッテション=ベリエル (1867-1942) ピアノ作品全集 第2集
 
ピアノのための6つの旋律 (Sex låtar för klaver) (1897)
  ナナカマドの花が咲くとき (När rönnen blommar) 徒歩の歌 (Gångtrall)
  西の高原地方で (Vest i fjellom) スペルマン (Spelman)
  神秘のコーラス (Chorus mysticus) 二次会 (Nachspiel)
 Invention à 2 voci (2声のインヴェンション) (1897)
 流れゆく雲 (Glidande skyar) (1897) 星の少年たち (Stjärngossarne) (1897)
 ノルランド風ラプソディ (Norrländsk rapsodi) (1900)
 4つの踊り歌 (Fyra danspoem) (1900)
  前で踊るものたちに (Till föredansarna) 夏の夢 (Sommardrömmar)
  朝のそよ風 (Morgonbris) セレナード (Serenad)
 去年の夏 (I somras) (1903)
  山 (Fjället) 湖 (Sjön) 荒れ地をこえて (Över heden)
  リスと野鳩 (Ekorre och skogsduva) トウヒの林 (Granskogen) 山の小川 (Fjällbäcken)
  オーロフ・ホーイェル (ピアノ)

 

「子供に語る 北欧の昔話」

 今回も新刊書を紹介しましょう。こぐま社から出版されている “子供に語る” シリーズのひとつ、「子供に語る 北欧の昔話」です。北欧で一冊の本として出版されたものの翻訳ではなく、デンマークのヴィーベケ・ステューベ女史編纂の「北欧の昔話 − 歌え、わが白鳥よ − 」をベースに、その他にノルウェーとスウェーデンの昔話集からのお話をくわえて一冊にまとめてあります。

 編訳者のひとり、東海大学北欧学科の福井信子氏のあとがきにもあるように、「子どもの心を豊かなファンタジーで包むもの、詩的な美しさが感じられるもの、そして北欧のおおらかなユーモアが感じられるもの」を基本にお話が選ばれているので、子供ばかりか、おとなが読んでも楽しい本になっています。

 北欧のことですから、もちろん、トロルも出てきます。それも、ムーミン谷の住人のようなトロルではなく、本来の、森の奥にひそむ巨大な魔物としてのトロルです。フィンランド(3話)、スウェーデン(2話)、ノルウェー(3話)、デンマーク(5話)、アイスランド(2話)の北欧5カ国のすべての国のお話しが選ばれているのも、嬉しいところです。

 ひとつ面白いことは、日本の (そして、おそらく儒教の国の中国も) 昔話がどことなく教訓話になっているのに対して、この本の北欧の昔話が、人はいかに頭を使うかということを強く感じさせることです。厳しい自然と共生するための人々の知恵なのか? わかりませんが、興味深いことです。

 もうひとつ、この本の訳文はとても美しい日本語になっています。いったん作業がおわった翻訳文を実際に声に出して読んでもらい、あらためて文章の変更が行われたということの細やかな気配りのおかげでしょう。

 これらの昔話を読んで聞かせてもらう子供たちの多くにとっては未知の “北欧”。この北欧がきっと身近に感じられるようになることでしょう。むろん、北欧音楽を愛するわたしたちにとっても。

 

「子供に語る 北欧の昔話」(子どもに語るシリーズ・第6弾)
 福井信子・湯沢朱美 編訳 こぐま社 税別定価 \1,600

 

新譜情報

BIS CD1076
フレデリク・ショパン (1810-1849) チェロソナタ ト短調 作品65
ロベルト・シューマン (1810-1856) アダージョとアレグロ 変イ長調 作品70 幻想小曲集 作品73
 民謡風の5つの小品 作品102
  トゥールレイフ・テデーエン (チェロ) ローランド・ペンティネン (ピアノ)

BIS CD1149 フィンランドの聖歌と讃美歌
ヘルマン・レヒベルガー (1947-) (編曲) われらが神は堅き砦 (Jumala ompi linnamme)
ハッリ・アハマス (1957-) (編曲) 神の恩寵にあるイエス (Jeesus, luona armopöydän)
オスカル・アーンフェルト (1813-1882) (イルッカ・クーシスト 編曲) 時の瞬間だけ (Päivä vain)
オスモ・ヴァンスカ (1953-) (編曲) ハレルヤ、主に感謝します (Halleluja, kiitos Herran)
イルッカ・クーシスト (1933-) (編曲) 明けの明星が姿をあらわすとき (Koska valaissee kointähtönen)
ハッリ・アハマス (1957-) (編曲) ゲッセマネに小道あり (Käy yrttitarhasta polku)
イルッカ・クーシスト (1933-) (編曲) これは素晴らしき日 (Nyt se suuri päivä koitti)
イルッカ・クーシスト (1933-) (ヤーコ・クーシスト 編曲)
 私を抱きしめてくれ、聖なる魂よ (Kosketa minua, Henki)
オッリ・コルテカンガス (1955-) (編曲) 来たれ創り主たる聖霊よ (Oi Pyhä Henki, Herramme)
ヤーコ・クーシスト (1974-) (編曲) 月と息子 (Jumala loi)
イルッカ・クーシスト (1933-) (編曲) 神よみもとに近づかん (Käyn kohti sinua)
ハッリ・アハマス (1957-) (編曲) この地は主のものなり (Maa kaikki vaikka Herran on)
ジャン・シベリウス (1865-1957) (ヤーコ・クーシスト 編曲)
 栄誉の讃歌の鳴り響かんことを (Soi kunniaksi Luojan)
オッリ・コルテカンガス (1955-) (編曲) お聞きください、天にいますわれらが父よ (Kuule, Is taivaan)
ハッリ・アハマス (1957-) (編曲) 主の祝福を受けしものの言葉に耳をかたむけよ (Kuulkaa, keitä Mestari)
イルッカ・クーシスト (1933-) (編曲) 道で出会う人 (Tiellä ken vaeltaa)
オスモ・ヴァンスカ (1953-) (編曲) シオンへ行き汝の王に会え (Käy, kansa, Herraasi vastaan)
ヘイッキ・クレメッティ (1876-1953) (オスモ・ヴァンスカ 編曲) 祝福されし日 (Taas siunattu paiva)
オスモ・ヴァンスカ (1953-) (編曲) おお主よ、われとともにあれ (Oi Herra, luoksein jää)
ヤーコ・キースキ (編曲) 今、この世は栄え (Jo joutui armas aika)
タネリ・クーシスト (1905-1988) (ヤーコ・クーシスト 編曲)
 主よ、祝福しお守りください (Siunaa ja varjele meitä)
  ラハティ交響楽団 オスモ・ヴァンスカ (指揮) ヤーコ・クーシスト (ヴァイオリン) アリ・ヘイノネン (トランペット)

BIS CD1239 カフェ・オレ
ルネ=バトン パサカイユ 作品35
フィリップ・ゴーベール (1879-1941) 幻想曲
ジョルジェ・エネスク (1881-1955) カンタービレとプレスト (1904)
エミール・ノブロー メロディ
フランツ・ドップラー (1821-1883) ハンガリー田園幻想曲 作品26
チャールズ・トムリンソン・グリフェス (1884-1920) 詩曲
フェルッチョ・ブゾーニ (1866-1924) アルバムのページ
ガブリエル・フォーレ (1845-1924) シシリエンヌ 作品78 幻想曲 作品79
ポール・タファネル (1844-1908) アンダンテ・パストラーレとスケルツェッティーノ
  シャロン・ベザリー (フルート) ローランド・ペンティネン (ピアノ)

BIS-Northern Lights CD5016 オルフェイ・ドレンガルのカプリース 第2(1970-1975)
  OD (オルフェイ・ドレンガル) エーリク・エーリクソン (指揮)

◇1970年から1975年にかけての OD の公演をライヴ収録した、古き良きスウェーデンへのノスタルジック・アルバム。アーヴィング・バーリンの《ホワイト・クリスマス》も。エリーサベト・セーデシュトレム、マッティン・ユング、ホーカン・ハーゲゴードらもゲストに。

BIS-Northern Lights CD5017
トマゾ・アルビノーニ (1671-1750) オーボエ協奏曲 ニ短調 作品9-2 オーボエ協奏曲 ニ長調 作品7-6
JS・バッハ (1685-1750) (ピアソン 編曲)
 カンタータ第156番「片足は墓穴にありてわれは立つ」− シンフォニア
JS・バッハ (1685-1750) 復活祭オラトリオ BWV249 − シンフォニア
アレッサンドロ・マルチェッロ (1684-1750) オーボエ協奏曲 ハ短調
ドメニコ・ツィポーリ (1688-1726) (ヴィクトリア・ハント 編曲)
 エレヴァツィオーネ (オーボエ、チェロ、弦楽とオルガンのための)
ドメニコ・チマローザ (1749-1801) (アーサー・ベンジャミン 編曲) オーボエ協奏曲
  ゴードン・ハント (オーボエ、指揮) ノールショーピング交響楽団 レスリー・ピアソン (通奏低音)
  ニクロース・ヴェルトマン (チェロ)

◇バロックのオーボエ協奏曲をリラックスして楽しむためのアルバム。

Caprice CAP21645 スンドスヴァル木管五重奏団
フランシス・プーランク (1899-1963)
 六重奏曲 (1932-39) ピアノ、オーボエとバスーンのための三重奏曲 (1926)
ジャン・フランセ (1912-1997)
 ディヴェルティメント《羊飼いの時間》(1947) 木管五重奏曲第1(1948)
  スンドスヴァル木管五重奏団 モナ・サンドストレム・コントラ (ピアノ)

◇プーランク Francis Poulenc の音楽はスウェーデンでも人気が高い。合唱指揮者エーリクソン Eric Ericson (b.1918) が合唱曲を演奏会の曲目に取り上げており、王立スウェーデン・オペラ公演の《カルメル派修道女の対話》も成功を収めた。フランセ Jean Françaix の作品もスウェーデンでは演奏される機会が多い。オラトリオ《聖ヨハネの黙示録 (L'Apocalypse de St. Jean)》(1939) は、スウェーデンの作曲家ヒルディング・ルーセンベリ Hilding Rosenberg (1892-1985) の交響曲第4番《ヨハネの黙示録 (Johannes Uppenbarelse)》(1940) と同じく新約聖書を題材としており、声楽と管弦楽の規模と編成も似通っており、どちらも第二次世界大戦中に作曲された。プーランクの1943年のカンタータ《人間の顔 (Figure humaine)》も、ナチ占領下フランスのレジスタンス運動に対する共感が作曲の動機とされ、精神的背景を共有することがスウェーデンの人たちの共感を呼ぶといわれる。

 Caprice の新しいディスクで演奏されているのは、木管五重奏にピアノを加えたプーランクの六重奏曲とフランセの《羊飼いの時間 (L'Heure du Berger)》、プーランクの三重奏曲とフランセの木管五重奏曲第1番。プーランクの六重奏曲のように、神秘性、諧謔性など多彩な要素をもった曲もあるものの、いずれも比較的軽い雰囲気の音楽。

 スンドスヴァル木管五重奏団 Sundsvalls Blåsarkvinett −− マリア・ガーレーヴ・トシェル Maria Garlöv Thorsell (フルート)、エヴァ・ラウエンステイン Eva Lauenstein (オーボエ)、インゲ・マグヌソン Inge Magnusson (クラリネット)、マリア・グランベリ Maria Granberg (ホルン)、シクステン・リンドストレム Sixten Lindström (バスーン) −− は、スンドスヴァル室内管弦楽団 Sundsvalls Kammarorkester の団員が作った2つのアンサンブルのひとつ。1993年に結成され、国内ツアー、テレビ出演、CD録音、海外公演など、いずれも好評を博している。ピアニストのモナ・サンドストレム・コントラ Mona Sandström Kontra (b.1966) は、12歳のときにノールショーピング交響楽団のソロイストとしてデビューした経歴の持ち主。1987年にシベリウス・アカデミーを優等で卒業。現在は、スンドスヴァル室内管弦楽団の準団員、独奏者としてスウェーデンのオーケストラと協演、あるいは室内楽奏者として活動を行っている。美しく、のびやかな響き。それぞれの奏者がアンサンブルを楽しんでいて、音楽を創造する歓びが伝わってくるよう。

Classico CLASSCD351 ロベルト・シューマン (1810-1856) ヴァイオリンソナタ集
 ヴァイオリンソナタ第1番 イ短調 作品105 ヴァイオリンソナタ第2番 ニ短調 作品121
 ヴァイオリンソナタ イ短調 WoO27
  エリサベト・ソイテン・スナイダー (ヴァイオリン) ウルリク・ステアク (ピアノ)

◇エリサベト・ソイテン・スナイダー Elisabeth Zeuten Schneider は、王立デンマーク音楽アカデミーでミラン・ヴィテクとエンドレ・ヴォルフにヴァイオリンを師事。1981年にデューした後に渡米し、ボザール三重奏団のイシドア・コーエンとインディアナ大学のスタンリー・リッチーに学ぶ。王立デンマーク管弦楽団とデンマーク国立放送交響楽団の首席を務めながら、ソロイストとしてデンマーク各地のオーケストラと協演。ドイツ、ベルギー、フランス、スウェーデン、アメリカ、アイスランドへのツアーも行った。北ユラン音楽院でヴァイオリンと室内楽のクラスをもったことがあり、現在はコペンハーゲンの母校の講師。JPE・ハートマン J. P. E. Hartmann (1805-1900) のヴァイオリンとピアノのための作品全集 (dacapo 8.224021-22) が代表的録音。

 ウルリク・ステアク Ulrich Stærk は、西ユラン音楽院の卒業。王立デンマーク音楽アカデミーでは、ホセ・リベラ José Ribera のクラスで学んだ。スクリャビン、ショスタコーヴィチ、バルトーク、ホルムボー、モーツァルトの協奏曲のソロイストとしてデンマークのオーケストラと協演。1989年にはデンマーク音楽批評家賞(演奏家)を受賞した。代表的録音は、アネ・マーグレーテ・ダールと共演した、ランゴー Rued Langgaard (1893-1952) の歌曲集 (dacapo 8.334011)

Classico CLASSCD366 ペーザー・セヴェリン、デビュー25周年記念コンサート
エドヴァルド・グリーグ (1843-1907) 茶色のふたつの瞳 (To brune øjne) 作品5-1
 君を愛す (Jeg elsker dig) 作品5-3 流れにそって (Langs ei Å) 作品33-5
ヴィルヘルム・ペッテション=ベリエル (1867-1942)
 森の高い松の間に (Bland skogens höga furustammar) 作品5-4
 暗い森をひとり歩くと (När jag för mig själv i mörka skogen går) 作品5-1 ボリェビのワルツ (Böljebyvals)
ジャン・シベリウス (1865-1957) 夢 (Drömmen) 作品13-5
ペーター・アーノル・ハイセ (1830-1879)
 エミール・オレストロプの恋愛詩 − 娘に (Til en veninde) 森の孤独 (Skovensomhed)
PE・ランゲ=ミュラー (1850-1926) 櫂は静かにたわむれて (Lydløst leger årebladet)
 夜更けて露のおりるころ (Silde den aften der dug driver på)
カール・ニルセン (1865-1931) わが恋人は琥珀と輝き (Min pige er så lys som rav)
 イルメリンのばら (Irmelin Rose) FS12-4
ルイージ・デンツァ (1846-1922) 水色の瞳
サルヴァトーレ・カルディロ (19世紀/20世紀) カタリ
フランチェスコ・パオロ・トスティ (1846-1916) 最後の歌
ジュゼッペ・ジョルダーニ (1743-1798) カロ・ミオ・ベン (いとしい私の恋人)
カール・シェーベリ (1861-1900) トゥーネナ (音楽) (Tonerna)
CEF・ヴァイセ (1774-1842) 夜のしじまに (Natten er så stille)
ヒゥーゴ・アルヴェーン (1872-1960) わが心を汝 (な) が御手に (Saa tag mit Hjerte) 作品54
  ペーザー・セヴェリン (テノール) ヨン・ダムゴー (ピアノ)

◇ペーザー・セヴェリン Peder Severin (1936-1999) は、落ち着きのある美声と知的にコントロールされた歌で人気の高かった、デンマークのテノール歌手。コペンハーゲンの王立劇場オペラ・アカデミーで教育を受けたあと、ローマの聖チェチーリア音楽院に留学。その後、ロンドンでジョルジュ・キュネリ Georges Cunelli に、ウィーンでアントン・デルモータ Anton Dermota に師事した。1971年のユラン・オペラにつづき、1972年にはコペンハーゲンの王立劇場でデビュー。オペラとリサイタルの両方で活躍した。「北欧ロマンティック歌曲集」(Danacord DACOCD441) と、ルードルフ・ニルセン Ludolf Nielsen (1876-1939)、アウゴスト・エナ August Enna (1859-1939) らの曲を歌った「デンマーク・ロマンティック歌曲集」(dacapo DCCD9114) などが代表的な録音。このディスクは、1997年9月に行ったデビュー25周年記念コンサートをライヴ収録したもの。HC・アンデルセンのデンマーク語の詩による、グリーグの《ふたつの茶色の瞳》と《君を愛す》(いずれも「心の歌」から)などの北欧歌曲と、セヴェリンが得意としたイタリアの曲が歌われる。ヨン・ダムゴー John Damgaard は、ソロイストやリートの伴奏者としてだけでなく、1988年からはトレ・ムジチ Tre Musici のピアニストとして室内楽の活動も行っている。「デンマーク黄金時代のピアノ三重奏曲」(dacapo DCCD9310) が代表的なディスク。

Classico CLASSCD387 ハンス=ヘンリク・ノアストレム (b.1947) 作品集 第3集
 弦楽四重奏曲第4番《フィンガルの洞窟》(1999) バスフルートのための幻想曲 (1998)
 スソーの鳥たちが新しい歌を見る (1999) (サクソフォーン四重奏のための)
 夢想 (1998/99) (バスフルートのための) アステリオン (1999)
 正方形の魔術 (1998/99) (管楽四重奏のための)
 銅板画 (1998/99) (ヴァイオリンとハープシコードのための)
  カイリン弦楽四重奏団 コルバイン・ビャーナソン (バスフルート)
  コペンハーゲン・サクソフォーン四重奏団 クララ・ベク (ヴァイオリン)
  デンマーク管楽四重奏団 本間みち代 (ハープシコード)

◇デンマークの作曲家ハンス=ヘンリク・ノアストレム Hans-Henrik Nordstrøm も、グラウゴーと同様に独学で作曲法を学んだ。地方の労働者階級の家庭に生まれ、レコードプレーヤーもない環境で育ったにもかかわらず、いつの間にかモダンジャズのアンサンブルでトロンボーンを吹くまでになる。1963年に自作のピアノ作品を弾いてテレビ出演。これが作曲者としてのデビューとなった。コペンハーゲンの王立デンマーク音楽アカデミーでトロンボーンを学ぶようになるが、中退。自転車で訪れた、近くの町クリスチャンスハウンの造船所に工員として就職する。仕事の合間をみては旅に出て、現代音楽を聴きつづける。そして、40歳のときに作曲者として再デュー。現在は作曲者として、そしてシェランで開催される “スソーの新音楽 (Ny Musik i Suså)” フェスティヴァルの音楽監督として、現代デンマークでの彼の活動は重要な意味をもっている。

 主に室内楽作品を中心として作曲し、作品のタイプは、第2集に録音されていた弦楽四重奏曲第3番《ノルウェーの (Den Norske/Norwegian)》(1998) に代表される、絵画イメージがふくらむ “旅の作品” と《流れ (Strømninger/Flows)》(1998) などの “抽象的” な音楽に大別されるといわれる。無調の音楽が漂わせる詩的雰囲気と “抒情の宇宙” (イェンス・ヘセレーヤー Jens Hesselager) は、ノアストレム独特の世界として評価され、人気も高い。音の構造は異なってはいるものの、イブ・ネアホルム Ib Nørholm (b.1931) の室内楽やベント・セーアンセン Bent Sørensen (b.1958) の音楽に通じる音世界とも言ってもよさそう。

cpo 999 595-2 アウゴスト・エナ (1859-1939)
 オペラ《マッチ売りの少女 (Den lille pige med svovlstikkerne)》(1897)
 管弦楽と朗読のためのバレエ《羊飼いの娘と煙突掃除 (Hyrdinden og Skorstensfejeren)
  ヘンリエッテ・ボンデ=ハンセン (ソプラノ) イッタ=マリア・シェーベリ (ソプラノ)
  フリツ・ヘルムート (朗読) ソッケロン合唱団 デンマーク放送少女合唱団
  デンマーク放送シンフォニエッタ ローマン・ツァイリンガー (指揮)

◇アウゴスト・エナ August Enna は、ルイ・グラス Louis Glass (1864-1936)、ヴィクトー・ベンディクス Victor Bendix (1851-1926) らと同様、デンマークのロマンティシズム時代から近代へかけて活躍しながら、カール・ニルセンの陰に埋もれてしまった作曲家のひとり。イタリア陸軍の音楽家だった父方の祖父がナポレオン軍を脱走してデンマークに。祖父はデンマークでは音楽家として活動することなく、ハーデンベア伯爵家の猟場番として残りの生涯をおくる。1869年に一家はコペンハーゲンに移る。そして、16歳のとき、アウゴストは初めてピアノに向かい、これをきっかけに、祖父から受け継いだ音楽本能が一気に目覚めることになる。ピアノとともにヴァイオリンも始めるが、そのほかの音楽教育はほとんど独学だったという。他の作曲家の作品を研究し、ヴァイオリニストとして彼らの作品を演奏。劇場の指揮者も務めるなどして、すこしずつ作曲法を身につけていく。交響曲を書くことによってデンマークの後期ロマンティシズム音楽の旗手となったルイ・グラスに対して、エナはオペラの分野に才能を発揮した。

 オペラは全部で13曲。もっとも人気を博した作品のひとつが、HC・アンデルセンの原作に基づく《マッチ売りの少女 (Den lille pige med svovlstikkerne/The Little Match-Seller)》。エナのオペラについてエーリク・エブラハムセン Erik Abrahamsen が、デンマークの人名辞典に次のように書いている。「(代表作とされるオペラに)彼の南国の血統と、旋律とドラマに対する鋭い感覚があることは否定できない。音楽と管弦楽法からは、ヴァーグナーとフランスやイタリアのオペラ作家たちの声が聞こえてくる。そして、デンマーク劇音楽を代表するもっとも知名度の高い作曲家として外国で驚くほどの成功をおさめることができたのは、多分、この国際性豊かな音色のおかげだろう」。どことなくフンパーディンクの《ヘンゼルとグレーテル》も思わせる音楽。

 エナはオペラ以外にも劇場用の作品を書いた。バレエ《羊飼いの娘と煙突掃除 (Hyrdinden og Skorstensfejeren/The Shepherdess and the Chimney Sweep)》は、そのひとつ。71回上演されたという記録が残っている。デンマーク語による朗読つき。

 ピアノ曲 (Classico CLASSCD261) や数曲の歌曲 (dacapo DCCD9114) 程度しか聴くことのできなかった作曲家がもっとも得意としたジャンルの音楽だけに、期待されるディスク。

cpo 999 835-2 エドヴァルド・グリーグ (1843-1907) 男声合唱のためのアカペラ合唱作品集
 イェーレンの歌 (西風) (Jaedervise) (1896) 私のもっとも美しい思い (Min dejligste Tanke) (1881)
 夕べの気分 (Aftenstemming) (1867) 熊狩り (Bjørneskytten) (1867)
 4つの詩篇 作品74 − 第4曲 天国の父なる神のもとに行けたなら、どんなに幸せだろう (I Himmelen)
 即興曲 (Impromptu) (1896)
 男声合唱のためのアルバム 作品30 (1877-78) (ヴィルヘルム・ヘンツェン ドイツ語訳詞)
  寝過ごしてしまった (Jeg lagte mig så sildig/Ich legte mich am Abend)
  子供の歌 (Bådn Låt/Kinderlied)
  美しいトレー (Tor liti/Schön Torö) クヴォリングのハリング (Kvålings Halling)
  この世で一番愚かなこと (Dæ æ den strørste Då rleheit/Das ist gewiß der größe Thor)
  スプリンガル「夕べに外に出ると」 (Springdands "Går e ut ein Kveld"/Geh ich abends aus)
  彼、オーレ (Han Ole/Jung Ole) ハリング「跳んでなかったなら」 (Halling)
  もっとも美しき女 (ひと) (マリアの歌) (Dejligste blandt Kvinder/Marienlied)
  大きな白い群 (Den store, hvide Flok/Die grosse weiße sehor)
  ならず者 (Fanteguten/Der Taugenichts)
  レートナムのクヌート (クヌートを見ろ!) (Røtnams Knut/Seht den Knut)
 孤独なばら (Den sildige rose) (1863) インガ・リタモル (Inga Litamor) (c.1878)
 オーレ・ブルに寄せて (Till Ole Bull) (1901) 選挙の歌 (Valgsang) (1893)
  ジングフォニカー

◇19世紀をつうじて、ヨーロッパでは男声合唱が隆盛をきわめた。その中心と考えられたのがスイス。スイスで開催された音楽祭や民謡祭は、国家の独立、民衆による統治、大衆芸術と文化といったものに対する熱意を育んでいき、ここで存在を誇っていた男声合唱は民主主義の流れとともにヨーロッパ全土に伝わっていったと考えられている。この民主的な合唱運動はノルウェーにも影響を与え、多くの作曲家たちが男声合唱のための作品を書きつづけた。リカルド・ノルドローク Rikard Nordraak (1842-1866)、ヨハン・ゴトフリード・コンラーディ Johan Gottfried Conradi (1820-1896) (Kristiania Haandverker Sangforening (クリスチャニア (現オスロ) 職人合唱協会) の創立者)、フリートリヒ・アウグスト・ライシガー Friedrich August Reissiger (1809-1883)、アガーテ・バッケル・グロンダール Agathe Backer Grøndahl (1847-1907)、(クリスチャニア職人合唱協会の指揮者でもあった) アイヴィン・アルネス Eyvind Alnæs (1872-1932) らが、男声合唱のために多数の作品を書いた。“ノルウェーの歌 − 男声合唱の黄金時代を讃えて”というディスク (NKF NKFCD50031-2) から、その一端を知ることができる (男声合唱に栄光あれ!)。

 エドヴァルド・グリーグ Edvard Grieg も、男声合唱のための作品を残した。cpo の新しいディスクには、民謡風の作品から宗教曲まで、アカペラ男声合唱のために彼が書いたとされる (現在、知られているかぎりの) 作品がすべて収録されていて貴重 (管弦楽をともなう《故郷への帰還 (Landkjending)》は含まれていない −− 上記 NKF のディスクに収録)。ジングフォニカー Die Singphoniker は、シューベルトの録音などで注目されたドイツのヴォーカルアンサンブル。《男声合唱のためのアルバム》は、ヴィルヘルム・ヘンツェン Wilhelm Henzen によるドイツ語歌詞が歌われる。

Finlandia 0927-40796-2 mid-price ハインリヒ・シュッツ (1585-1672) 白鳥の歌(13のモテット)SWV482-494(抜粋)
  タピオラ室内合唱団 ポール・ヒリヤー(指揮)

◇廃盤になった全曲盤 (4509-95850-2) から第10曲《コフとレシュ》と第12曲《シンとタウ》をのぞいて、1枚に収録。1991年録音。

Finlandia 0927-40872-2 2CD's budget-price ジャン・シベリウス (1865-1957) 弦楽四重奏曲全集
 弦楽四重奏曲 変ホ長調 (1885) 弦楽四重奏曲 イ短調 (1889)
 弦楽四重奏曲 変ロ長調 作品4 (1890)
  シベリウス・アカデミー四重奏団
 弦楽四重奏曲 ニ短調 作品56 《Voces Intimae (内なる声)》(1909)
  ニュー・ヘルシンキ四重奏団

◇シベリウス・アカデミー四重奏団によるシベリウスの弦楽四重奏曲全集 (4509-95851-2) の《内なる声》を、グリーグの四重奏曲との組み合わせでリリースされた (3984-21445-2) ニュー・ヘルシンキ四重奏団の演奏と差し替えての再リリース。1988年 (変ホ長調)、1984年 (イ短調、変ロ長調)、1997年 (ニ短調) 録音。 

Finlandia 0927-42522-2 弦楽のためのセレナード
アントニーン・ドヴォルジャーク (1841-1904) セレナード ホ長調 B52 作品22
エドワード・エルガー (1857-1934) セレナード ホ短調 作品20
ピョートル・チャイコフスキー (1840-1893) 弦楽合奏のためのセレナード ハ長調 作品48
  ヘルシンキ・ストリングズ チャバ・シルヴァイ(指揮) ゲーザ・シルヴァイ(指揮)

◇優秀なグループの多い北欧の弦楽アンサンブルのなかで、オストロボスニア室内管弦楽団とならぶ高い人気を誇るヘルシンキ・ストリングズ。ドヴォルジャークとエルガーが新録音。チャイコフスキーは、バルトークのディヴェルティメントとの組み合わせでリリースされていた (0630-13710-2) 音源。

Mandala MAN5025 クロード・ドビュッシー (1862-1918) (ニルス・ロシング=スコウ (1954-) 編曲) 前奏曲集
 第1集 − 亜麻色の髪の乙女 雪の上の足跡 パックの踊り デルポイの踊り子 帆
  さえぎられたセレナード 吟遊詩人 アナカプリの丘
 第2集 − ラヴィーヌ将軍、風変わりな 霧 枯葉 ヴィーノの門 ヒースの草むら エジプトの壺
  デンマーク室内プレーヤーズ ジャン・トレル (指揮)

◇デンマークの作曲家ニルス・ロウシング=スコウ Niels Rovsing-Schou による、ドビュッシーのピアノのための〈前奏曲集〉の編曲。当時のサロンオーケストラの響きを再現することが試みられているという。デンマーク室内プレーヤーズ Danish Chamber Players は、オーレ・ブック Ole Buck (1945-) の〈Landscapes (風景)〉(dacapo 8.224034) を録音したグループ。ドビュッシーでの編成は、フルート (ピッコロ、アルト持ち替え)、クラリネット (バスクラリネット持ち替え)、バスーン (ダブルバスーン持ち替え)、トランペット、ハープ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ。200132日−3日、デンマーク放送局第2スタジオでの録音。

Ondine Octopus OCTO409 旅路 −− エレキ・カンテレ
 狂気のプルスカ エルヴィーラ 魔術師 雨の窓 リポスティ 木枯らし 知りません 旅路
 丘 リポスティ (Remix)
 [付録トラック (CD-ROM):リポスティとエルヴィーラの映像] 
  ティモ・ヴァーナネン (エレキ・カンテレ) ヴォーカル

◇ヴァーナネン Timo Väänänen は、フィンランドの伝統楽器カンテレをエレキ・ギターと同様に電気的に増幅し、ポップスの世界に進出した奏者。CD-ROM 付録トラックに、リポスティとエルヴィーラの映像が収められている。

Skífan FCD002 フィンヌル・トルフィ・ステファウンソン (1947-) 作品集
 ヴァイオリンとピアノのための楽章 98 (Þættir 98 fyrir fiðlu og píanó)
  シグルーン・エズヴァルズドウッティル (ヴァイオリン)
  スノルリ・シグフース・ビルギソン (ピアノ) 
 オペラ《頸骨と貝殻 (Leggur og skel)》組曲
  スヴェルリル・グヴズヨウンソン (カウンターテナー)
  CAPUT アンサンブル グヴズムンドゥル・オウリ・グンナルソン (指揮)
 弦楽四重奏のための楽章 98 (Þættir 98 fyrir strengjakvartett)
  エーソス四重奏団
 管弦楽のための小品IV (Hljómsveitarverk IV)
  アイスランド交響楽団 ベルンハルズル・ウィルキンソン (指揮)

◇アイスランドのフィンヌル・トルフィ・ステファウンソン Finnur Torfi Stefánsson (1947-) は、めずらしい経歴の持ち主。十代の中ごろから、法律を学んだアイスランド大学の学生時代にかけてギタリストとしてポップスとロックのグループ活動も行う。卒業後イギリスのマンチェスター大学に留学。帰国後3年間、民間で法律に携わった後、1978年にアイスランド国会議員に選出される。1980年から1982の間、司法省オンブズマンとして働いたのち、1982年に政府機関をはなれ、作曲を学ぶためにレイキャヴィーク音楽大学に入学して、1985年に卒業。その後アメリカに留学し、1985年にUCLAで作曲と楽理の修士号を取得。カリフォルニア大学のサンディエゴ校に移ってからは、ブライアン・ファーニハク Brian Ferneyhough とロジャー・レノルズ Roger Reynolds のもとで研究をつづける。帰国した1991年から1995年までレイキャヴィーク音楽大学で教えながら、作曲家としての活動をおこなった。1995年からはフリーの作曲家として、オペラも含む、すべてのジャンルにわたって作品を書きつづけている。

 前衛音楽を含むあらゆる作曲技法を研究していながらも、旋律、対位法、和声、リズムを作曲の基本とする。なによりも独創性を重視するが、目新しさだけに終わることを嫌う。ポリフォニックなスタイルの第1楽章と旋律、和声、リズムが有機的に融合した第2楽章で構成された《ヴァイオリンとピアノのための楽章 98 (Þættir 98 fyrir fiðlu og píanó)》。2つの楽器は対等な立場。フランス印象主義をふりかえるような瞬間もある、伝統的な音楽を聴かせる。《弦楽四重奏のための楽章 98 (Þættir 98 fyrir strengjakvartett)》も2楽章の作品。軽やかな気分の第1楽章と内面を厳しく見つめるかのような音楽の第2楽章が対照的。

 《頸骨と貝殻 (Leggur og skel)》は、作家のスヴェインビョルン・I・バルドヴィンソン Sveinbjörn I. Baldvinsson の台本に作曲されたオペラ。少年が拾った一本の頸骨と貝殻の悲しい物語を寓話的に描いたものと言われる。1990年代中期の作品だが、まだ上演は行われていない(2000年末現在)。作曲後しばらくして編まれた6曲の組曲がここで演奏されている。頸骨と貝殻が歌う愛の二重唱の旋律による《前奏曲 (Forleikur)》。《アリア「お眠り (Sofðu, sofðm)」》は貝殻が頸骨に歌う子守歌。頸骨を見つけた少年が踊る《頸骨の踊り (Leggjardans)》。頸骨を馬に見立てて少年が歌う《アリア「僕の馬にやさしく鞍を置く (Blíðun höndum beisla ég minn jó)」》。西風の神ゼピュロスが奏でる春の歌にあわせてワタスゲが優雅に頭を垂れる《ワタスゲの踊り (Fífudans)》は、アイスランドの自然を感じさせる音楽。オペラの最終幕で歌われるアリア《貝殻の最後の嘆きの歌 (Lokasöngur Skeljar)》は、独奏ヴァイオリンがピアノの伴奏で甘く寂しい歌を歌う。余分なものは削ぎ落とされていながらも、家族そろって楽しめる作品として意図されたため、きわめて親しみやすい音楽。オペラ中では別々の歌手によって歌われるアリアを、組曲ではカウンターテナーひとりが歌う。

 《管弦楽のための小品IV (Hljómsveitarverk IV)》は、十代で病没した、フィンヌル・トルフィの息子、フロウジ・フィンソン Fróði Finsson を追悼して作曲された。愛情にみちた眼差しで若さを見つめる、第1楽章《青春 (Æska)》。若者らしい陽気な気分があるれる第2楽章《広場で踊る (Dansað á torginu)》。どちらの楽章でも、それとなく苦悩の影がよぎる。第3楽章《終わり (Endir)》は、クラリネットとバスーンの対話から始まる悲歌。希望が見える瞬間がありながらも、最後にはすべてが無に帰してしまう。「オペラを書いたことが影響を与えているのではないか」と作曲者自身が語るとおり、平易なスタイルの音楽。すべての楽章が同じ主題によって開始され、さまざまに展開していく音楽が特徴的。ガンの専門医シーグルズル・ビョルンソンをはじめとする、病院のスタッフに献呈された。

(TT)


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