Newsletter No.40   15 February 2002

 

Tango Nuovo − ルイス・パスケットとラハティ金管五重奏団

 ラハティ。このフィンランドの地方都市は、市立のオーケストラ、ラハティ交響楽団 Sinfonia Lahti の名前の高まりとともに、音楽シーンにとって、ひじょうに大切な存在になってきました。ラハティのオーケストラは、オスモ・ヴァンスカ Osmo Vänskä (b.1953) の献身的な努力が実を結び、フィンランド放送交響楽団と肩を並べるフィンランドでもっとも実力のあるオーケストラのひとつと考えられています。

 ラハティ交響楽団がこの街の音楽文化を象徴する一方で、ここを拠点とする多くのミュージシャンたちが音楽文化の水準を支えていることも忘れるわけにはいきません。そういう音楽家たちがさまざまな活動をするグループのひとつにラハティ金管五重奏団 Lahti Brass Quintet があります。1989年の結成。クラシカルからポップスまで広い範囲の音楽をレパートリーとしています。2000年春現在のメンバーは、トランペットのユハ・ウンタラ Juha Untala (b.1966) とトミ・ニエトゥラ Tomi Nietula (b.1973)、ホルンのヘイッキ・ケスキ=サーリ Heikki Keski-Saari (b.1964)、トロンボーンのアンティ・アウティオ Antti Autio (b.1960)、そしてテューバのユハ・サルメラ Juha Salmela (b.1958)。全員がラハティの音楽院や音楽大学の先生です。サルメラはシベリウス・アカデミーの講師も兼任。アウティオは、ラハティ交響楽団の首席トロンボーン奏者でもあります。

 このラハティ金管五重奏団が、"Tango Nuovo (新しいタンゴ)" というアルバムを自主制作でリリースしました。演奏しているのは、南米ウルグアイ出身の作曲家、ミュージシャン、ルイス・パスケットの作品です。パスケット Luis Pasquet は、1917年、ウルグアイのサルトに生まれ、首都のモンテヴィデオで音楽と化学を学んだ後、プロのミュージシャンの道に。フィンランドに移ったのは1974年。ラハティに居を構え、ヘルシンキの国立バレエとラハティ・オペラの仕事をしながらラハティ音楽院でも教えています。

 フィンランドに来るまでには、ウルグアイや世界各地でピアニスト、バンドリーダーとして活躍。ジョセフィン・ベイカーやジュリエット・グレコといった名だたるシャンソン歌手たちとも共演しました。作曲者としてのセンスもひかり、ミュージシャン活動を通じて親しんだ音楽 (たとえばジャズ) とクラシカルの印象主義や表現主義など、異なるスタイルを “優雅にミックスした” 音楽 (ニーナ・キヴェラ Niina Kivel) で親しまれています。このディスクにはピアニストとしても参加。興に乗った、素晴らしくチャーミングなピアノを聴かせてくれています。パスケット氏を知る人によれば、時折、深い悲しみをたたえた眼差しになることもあるとか。厳しい人生を歩んできたと想像されます。

 収録されたのは7曲。どれも、あっさりした軽い気分の音楽です。バンドネオンの気だるい音を聞かせるタンゴとは違うので、いわゆるタンゴを期待していると裏切られた気分になるかもしれません。

 最初は、ウルグアイのタンゴ・バンドのために作曲したものをパスケット自身が金管五重奏のために編曲した、《3つの灰色のタンゴ (Kolme harmaata tangoa/Three Grey Tangos)》−− 《灰色タンゴ (Harmaa tango/Grey Tango)》、《昔の灰色タンゴ (Kulunut harmaa/Old Grey Tango)》、《灰色の雨 (Harmaa sade/Grey Rain)》の3曲。ノスタルジックな雰囲気のタンゴです。

 南アメリカのガウチョの歌を題材にした哀愁の音楽《農民のミロンガ (Milonga Campesina)》では、音楽を美しく彩る独奏ピアノのフレーズが悲しげ。 《昔のカーニヴァル (Carnaval Antiquo)》は、アンデスのインディアンの民族舞踊ベイレシート beilechito によるリズミカルな音楽。ラハティで作曲された《昔むかし… (Once upon a Time...)》は、ブエノス・アイレスの暗い夜の気分を描いたといわれます。《五月 (May)》はボサノヴァ・スタイル。パスケットがさまざまな音楽を取り入れていることがわかります。

 《3つの協奏的なタンゴ (Tres Tangos Concertantes)》では、金管五重奏とピアノに、さらにサクソフォーンが加わります。《アンダンテ・アニマート》、《アンダンテ・モデラート》、《アニマート》の3曲。形式としては古典的なスタイルの音楽ですが、表情は豊かです。情熱的だったりメランコリックだったり。いろいろなテンポにのせて、それぞれの楽器が対話を聴かせるという趣向です。クラシカルとポピュラーの両方で活躍するハンヌ・レヘトネン Hannu Lehtonen (b.1963) のサックスは聴きものでしょう。

 パスケットの音楽に “タンゴ” や南米の音楽が大きな影響を与えているのは確かだとしても、同じ南米の作曲家ピアソラ Astor Piazzolla の、タンゴとクラシカル音楽の両方の要素をもつ音楽とは、どこか雰囲気が違います。ウルグアイとアルゼンチンの感性にちがいがあるのか、それともジャズ・ミュージシャンとしての体験が彼の音楽に特徴的な個性を与えたのか。なんとも言えませんが、"Tango Nuovo (新しいタンゴ)" というタイトルの背景には、そんなことも関係しているような気がします。

 このディスクでもっともユニークなのが、《ムッシュー・テューバ、パリを訪問 (Monsieur Tuuba visite Paris)》。五重奏団のメンバーのサルメラといっしょに訪れたパリの街がインスピレーションのもとになりました。原曲は独奏テューバ、ピアノと弦楽四重奏のための作品。このディスクでは、金管五重奏にピアノをくわえた編成の版が演奏されています。第1曲《カルティエ・ラタンで (Au Quartier Latin)》は、ビーバップ・ジャズと印象主義の和声の影響を感じさせる音楽で描いた、学生たちが集まるセーヌ左岸の情景。セーヌと河にかかる橋を描写する第2曲《セーヌ河ぞいに (Le Long de la Seine)》は、パリ風のワルツ。第3曲の《モンマルトルで (À Montmartre)》は、ベルエポックのころのパリを想像させる音楽。カンカンやタンゴの響きも聞こえてきます。

 この曲には、どことなくガーシュウィンの《パリのアメリカ人》を連想させるような空気が漂います。外国人が共有するパリという街への想いなのか、おもしろいところです。この曲を献呈されたサルメラは素朴な響きのテューバの音に特色があり、暖かみのある音楽で心を和ませてくれます。

 トランペットのユハ・ウンタラは、シベリウス・アカデミーでヨウコ・ハルヤンネ Jouko Harjanne (b.1962) に習っており、艶のある音色で酔わせるというよりも、丁寧なフレージングで軽やかに歌い上げるところが持ち味のようです。この演奏、ピアノのパスケットはもちろん、ミュージシャン全員が心底音楽を楽しんでいます。適度の洗練と適度の素朴。なんとも言えないムードが漂います。もしそんなものがあるとして、マンハッタンのフィンランド村? コニャックにたとえれば、ヘネシーやカミューといった有名ブランドとは違う味と香りのハウス物というところでしょうか。

 「こんなブラス・クィンテット、聴いたことがない!」という声がありました。まったくそのとおりでしょう。うらやましいのは、こんなに愉快な音楽を演奏するミュージシャンたちが、若い人たちに音楽を教える立場にあることです。本物の技術に裏打ちされた自由な感覚をもった先生とその生徒たち。ラハティという一地方都市に、新しい音楽家たちが次から次へと誕生する北欧の土壌のひとつを見る思いがします。

Lahti Brass Quintet LBQCD-1 Tango Nuovo (新しいタンゴ) ルイス・パスケット (1917-)
 3つの灰色のタンゴ (Kolme harmaata tangoa/Three Grey Tangos)
 南アメリカの5つの旋律 (Cinco Aires del Cono Sur) − 第2曲 農民のミロンガ (Milonga Campesina)
 ムッシュー・テューバ、パリを訪問 (Monsieur Tuuba visite Paris) (1993)
  カルティエ・ラタンで (Au Quartier Latin) セーヌ河ぞいに (Le Long de la Seine)
  モンマルトルで (À Montmartre)
 南国の組曲 (Suite delcono Sur/Suite from the South) − 第5曲 昔のカーニヴァル (Carnaval Antiquo)
 昔むかし… (Once upon a Time...) 五月 (May)
 3つの協奏的なタンゴ (Tres Tangos Concertantes)
  ラハティ金管五重奏団 ルイス・パスケット (ピアノ) ハンヌ・レヘトネン (アルトサクソフォーン)

牧歌! − グンナル・ド・フルメリの2つの協奏曲、そして変奏曲

 室内楽とオペラをこよなく愛した父と、息子にピアノの手ほどきができるだけの才能をもっていた母。オーケストラのメンバーたちが集って催す音楽の夕べ。20世紀スウェーデンを代表する作曲家のひとりグンナル・ド・フルメリ Gunnar de Frumerie (1908-1987) の音楽環境は、まるで絵に描いたように恵まれたものだったといわれます。いつも周りに良質の音楽のある家庭に育っていれば、5歳で初めて作曲をしたという事実も不思議なことではありません。

 フルメリの自作自演の録音を集めたアルバム (Caprice CAP21535) に添付されたブックレットの作品目録を見ると、1925年から、没する前年の1986年まで、彼は途絶えることなく作品を書いていたことがわかります。手がけた音楽も、管弦楽のための作品から歌曲まで。オペラ《シンゴアラ (Singoalla)》とバレエ《聖ヨハネの祭日前夜 (Johannesnatten)》といった大作も残されています。

 フルメリといえば、《田園組曲 (Pastoral-svit)》。フルートとピアノのために書かれ、 後にフルート、弦楽オーケストラとハープのために編曲された作品。明るく屈託がなく、どこか懐かしげなこの音楽は、スウェーデン・ロマンティシズムの最良の例として人気の高い曲になっています。この音楽と同じくらい、多くの人たちから愛されたグンナル。彼はまた、たくさんの人を親愛の情をもって接したとも言われ、いつかも、スウェーデン音楽情報センターのライブラリアンがフルメリのことを懐かしそうに語ってくれたことがありました。

 Caprice から新しくリリースされたディスクでは、チェロ協奏曲、ヴァイオリン協奏曲、管弦楽のための交響的変奏曲の3曲が演奏されています。協奏曲はどちらもこれが初めての録音です。

 牧歌的なホルンで始まるチェロ協奏曲はフルメリの曲のなかでも問題児と言われる作品です。最初はホルンソナタとして作曲が始められ、いつの間にかチェロソナタに。これが作品42のチェロソナタ第2番。この曲の独奏部分には手を入れず、ピアノパートを管弦楽に編曲したのが、このチェロ協奏曲作品81です。しかし、最終的にこの形になるまでには曲折がありました。いろいろな楽器を追加しているうちに独奏チェロが管弦楽の中に埋もれてしまいそうになり、それを嫌って弦楽合奏にチェロパートを加えないことにしたものの、結局は通常どおりに復活。そればかりか、音楽にひろがりを与えるためのパート分割まで行い、その結果、コンサートホールで聴くと、独奏チェロと管弦楽のバランスがよくないという問題をかかえることになりました。

 その後、この曲は、ふたたび別の音楽に生まれ変わることになります。トロンボーン協奏曲作品81/82 (BIS CD378) です。このころ、フルメリはトロンボーン奏者のクリスチャン・リンドベリ Christian Lindberg (b.1958) から再三に渡り協奏曲を書いてほしいとの依頼を受けていて、自分が気に入っていたこのチェロ協奏曲のバランス問題を解決するために、独奏楽器をチェロからトロンボーンに置き換えてみることを思いつきます。しかし、楽器の演奏法と音域の違いから新たな問題が生まれ、こんどは独奏パートを大幅に書き換えることになります。終わったのは1986年の春。完成したものとしては最後のフルメリの作品となりました −− このトロンボーン協奏曲は同じ1986年、トロンボーンとピアノのためのソナタ作品81b に編曲され、出版されることになります。

 フルメリが不満に思っていたチェロと管弦楽のバランスは、当然のことながら、録音ではまったく気になりません。インスピレーションにあふれた輝かしい音楽! 第1楽章の民謡風の主題。終楽章の“心のうちなる牧歌”とでも呼びたい音楽。チェロという楽器の音色がフルに活かされ、旋律がのびやかに歌いあげられる。どうして、これほどの作品がこれまで録音で紹介されなかったのかという気になります。

 チェロ奏者のマッツ・リードストレム Mats Lidström (b.1959) はストックホルム生まれ。マヤ・ヴォーグル Maja Vogl、レナード・ローズ Leonard Rose、チャニング・ロビンズ Channing Robbins、ピエール・フルニエ Pierre Fournier、ウィリアム・プリース William Pleeth、ヤーノシュ・シュタルケル Janos Starker、クラウス・アダム Claus Adam、リン・ハレル Lynn Harrell、デイヴィッド・タケノ David Takeno に師事。現在はロンドンに住み、欧米各地で元気のいい活動を行っています。フィンランドのアルト・ノラス Arto Noras (b.1942) やノルウェーのトルルス・モルク Truls Mørk (b.1961) とともに、北欧が生んだもっとも魅力的なチェリストのひとりです。感じたままの音楽を表現できる彼のテクニック、そして、王立音楽アカデミーから貸与された1692年ストラディヴァリウス製の楽器のおかげもあり、内面と外面の美しさをあわせもったフルメリの音楽の素晴らしさをそのまま味わうことができるように思います。

 ヴァイオリン協奏曲では、ホルンにかわり、独奏ヴァイオリンが冒頭の雰囲気づくりをします。田園の詩情を感じさせながらも、情緒におぼれない音楽 (その点はチェロ協奏曲も同じです)。憂愁の気分から、生きることへの歓びにまで高揚していく第2楽章。独奏ヴァイオリンと管弦楽が展開する情熱的な終楽章では、牧歌が神への感謝の歌に聞こえます。1936年に作曲され、オーロフ・ニルセン Oluf Nielsen の独奏、エルネスト・アンセルメ指揮のコンサート協会管弦楽団 (現、ストックホルム・フィルハーモニック) Konsertföreningensorkester で1938年1月16日に初演。この日のプログラムにはシャブリエ、ドビュッシー、フランクの作品が含まれ、以後、この作品が演奏されるときにはフランス系の曲があわせて取りあげられることが多いといわれます。フランス印象主義の影響を受けたフルメリの音楽とフランス音楽の親和性は、こんなところからも感じられます。印象主義音楽ではないものの、フルメリは学生時代に衝撃を受けた作品としてオネゲルの《ダヴィデ王》とストラヴィンスキーの《ペトルーシュカ》を挙げています。

 チェロ協奏曲ほど複雑な経緯はないにしても、ヴァイオリン協奏曲も1975年から1976年にかけて改訂が行われています。28歳の音楽ゆえの弱い点が見直され、改められたおかげで、音楽の輪郭がよりはっきりしたとも言われています。改訂版は、1976年6月3日にクリステル・ トゥールヴァルドソン Christer Thorvaldsson とヨーテボリ交響楽団 (ヨーラン・W・ニルソン Göran W. Nilsson 指揮) が初演。その後も演奏機会が多い作品といわれます。

 ヴァイオリンのトビアス・リングボリ Tobias Ringborg (b.1973) もストックホルムの生まれ。1994年のソロイスト賞 (Solistpriset) を受賞し、同年、独奏者学位をもって王立音楽アカデミーを卒業して以来、その活動は日毎にめざましいものになってきました。近年ヨルマ・パヌラ Jorma Panula に個人的指導を受けたリングボリは、2000年10月、ウメオーのノルランド・オペラ Norrlandsoperan で指揮者として正式にデビュー。今後もストックホルム王立オペラ、マルメ・オペラ、ドロットニングホルム宮廷劇場を指揮することが決定しており、ヴァイオリニストとしてだけでなく、指揮者としても積極的な活動を行うことが決まっています。ルーマンのアッサッジョ (Nytorp Musik Nytorp 9902) の時のどちらかというと内面性を重視した音楽づくりに加え、フルメリの協奏曲では情熱的な音楽はこびも聴かせ、わくわくする音楽を楽しませてくれます。この曲がよほど気に入っているに違いありません。

 フルメリは民俗音楽に関心がありながら、民謡そのものを素材に使うことは多くはなかったとされています。彼が例外的に使ったスウェーデン民謡が、「さわやかな春のそよ風 (Vårvindar friska)」。『さわやかな春のそよ風が戯れ、囁く (Vårvindar friska leka och viska)』と始まるこの歌はフルメリがもっとも好んだ民謡だと言われます。それを裏付けるように、この歌は、1928年の《「さわやかな春のそよ風」によるピアノのための変奏曲 ニ短調 (Variationer för piano d-moll over Vårvindar friska)》と1931年(1976年改訂)のチェロとピアノのための変奏曲 作品6の主題として使われたあと、1940年から1941年にかけて書かれた《管弦楽のための交響的変奏曲 (Symfoniska variationer för orkester)》の変奏主題にも選ばれました。このディスクの最後に収録された曲です。

 独奏バスーンが最初に奏する、“魅力もなければ、それほどの内容もない” と批評家からけなされた地味な旋律。この主題を使って、フルメリは11の変奏とフーガからなるきわめて色彩豊かな作品を作り上げました。美しくて、かっこよくて……。(「ET」や「スター・ウォーズ」の音楽を書いた) ジョン・ウィリアムズかと思わせるような旋律やオーケストレーションまで出てくるので嬉しくなってしまいます。ゴージャスすぎるのでは?との意見が出るかもしれませんが、決して内容のない空虚な音楽ではありません。きちんと趣味の良さの範囲にはいっています。作品の魅力で言えば、レーガーの変奏曲などは足下にも及ばないでしょう。そういえば、フルメリには《ピアノと管弦楽のための変奏曲とフーガ》という見事な作品もありました (Caprice CAP21400)。変奏曲という形式で音楽を書くことは、想像力と作曲の技術が思う存分に使えて、作曲家にとってはよほど楽しい作業のようです。

 指揮者のリュー・チャー Lü Jia は、現在、国際的な評価が高まりつつあるアジア系指揮者のひとり。1990年にトレント (イタリア) でのアントニオ・ペトロッティ・コンペティションで優勝。イタリアに居を構え、ヨーロッパ、アメリカとオーストラリアのオーケストラ −− ライプツィヒ・ゲヴァントハウス、オスロ・フィルハーモニック、ヨーロッパ室内管弦楽団、シカゴ交響楽団、メルボルン交響楽団など −− を中心に指揮活動を行っています。1999年9月からは、このディスクで演奏しているノールショーピング交響楽団の首席指揮者に就任しました。これから彼のエネルギッシュな指揮ぶりにふれる機会も多くなることでしょう。このフルメリの演奏、こせこせしたところがないにもかかわらず、しっかりと情緒を歌い上げています。ブックレットの中に、チャーひとりでリングボリとリードストレムのふたりを相手に卓球をしている写真が載っています。和やかな雰囲気と同時に、なにか気迫のようなものも。このフルメリのアルバムの指揮ぶりを象徴する写真と言えるかもしれません。ノールショーピングのオーケストラの音楽にも、ますます磨きがかかってきたように思います。

 3曲の録音は、2000年5月3日から5日にかけて、ノールショーピング交響楽団の本拠地、ルイ・ド・イェール・コンサートホール Louis De Geer Concert Hall で行われました。トゥルビョン・サミュエルソン Torbjörn Samuelsson の録音。レンナート・デーン Lennart Dehn のプロデュース。Caprice のベテラン・プロデューサー、チェル・セーデルクヴィスト Kjell Söderqvist が製作総指揮をしています。

 グンナル・デ・フルメリがたくさんの人たちから愛されたように、このディスクがひとりでも多くの人に愛されることを。

Caprice CAP21644 グンナル・ド・フルメリ (1908-1987)
 チェロ協奏曲 作品81 (1984) ヴァイオリン協奏曲 作品19 (1936 rev.1975-75)
 管弦楽のための交響的変奏曲 作品25 (1940-41)
  マッツ・リードストレム (チェロ) トビアス・リングボリ (ヴァイオリン)
  ノールショーピング交響楽団 リュー・チャー (指揮)

参考ディスク

Arietta Discs ADCD9 スカンディナヴィアの光
ユングヴェ・ショルド (1899-1992) フルートとピアノのためのソナティネ 作品57
オイスタイン・ソンメルフェルト (1919-1994) 無伴奏フルートのためのディヴェルティメント 作品9
グンナル・ド・フルメリ (1908-1987) 田園組曲 (フルートとピアノのための) 作品13b
エルランド・フォン・コック (b.1910) モノローグ第1番 (フルートのための)
ヨアキム・アナセン (1847-1909) 組曲《民族的幻想曲》作品59 − スウェーデン
 スケルツィーノ 作品55-6
  ヤン・ベンクトソン (フルート) ベンクト=オーケ・ルンディン (ピアノ)

 

ヘルシンキ・コンコルディア − 音楽で描くフィンランドの絵

 ヘルシンキ・コンコルディア Helsinki Concordia は、ヘルシンキ音楽院の音楽学校と音楽職業プログラムの学生たちによる、1988年に創設された室内オーケストラです。大きな目的は、若いメンバーたちが将来プロフェッショナルの音楽家としての道にすすむためのトレーニングの場を与えること。そのために行ったさまざまな演奏活動が高く評価され、フィンランド各地で開催される音楽祭などのイヴェントの演奏も好評を博しました。いまではヘルシンキ音楽院を代表する国際親善大使としての役割まで果たしており、エストニア、フェロー諸島、カナダのエドモントンで開かれた ISME (International Society for Music Education 国際音楽教育協会) の会議に招かれて演奏を行っています。

 1981年にヘルシンキ音楽院の講師になったペッカ・ヘラスヴオ Pekka Helasvuo (b.1948) が創設時からの指揮者。シベリウス・アカデミーとパリでヴァイオリン演奏を学んだ後、ヘルシンキのオーケストラ −− フィンランド国立オペラ (1967年から1968年、第1ヴァイオリン) とヘルシンキ・フィルハーモニック管弦楽団 (1968年から1985年、第2ヴァイオリン副首席) −− の団員となり、その後、指揮活動に専念するようになりました。 指揮法は、シベリウス・アカデミーのアルヴィド・ヤンソンス Arvid Jansons、アダム・コピュチンスキ Adam Kopycinski、ヨルマ・パヌラ Jorma Panula に学んでいます。

 ヘルシンキ・コンコルディアとしての初めてのディスク (Helsingin Konservatorio HKSCD105) には、弦楽オーケストラのために書かれたフィンランドの作品が4曲、収録されました。どれも、フィンランドの民謡を素材にしているか、民謡からインスピレーションを得た曲です。

 フィンランドの伝承抒情詩集「カンテレタル (Kanteletar)」からテクストをとった自作の男声合唱曲を弦楽オーケストラ用に改作した、シベリウス Jean Siblelius (1865-1957) のもっとも優美な音楽のひとつ、組曲《恋するもの (Rakastava)》。18世紀南オストロボスニア地方のペリマンニ (田舎のフィドル弾き) サムエル・リンダ=ニッコラ Samuel Rinda-Nikkola の音楽を自由にアレンジした、ラウタヴァーラ Einojuhani Rautavaara (b.1928) の《ペリマンニたち (Pelimannit)》。もともとピアノ曲だったものを弦楽のために編曲。そのおかげで、作曲者が誇張したペリマンニの調子外れぶりが、さらに強調されることになっています。ちなみに、広島大学の室内合奏団がこの曲を定期演奏会の曲目に考えたこともありましたが、「音を外したっていわれるに違いないから」という理由で、おじゃんになりました。

 中央オストロボスニア地方のペリマンニの曲「ペルトニエミ・ヒントリクの葬送行進曲 (Peltoniemi Hintrikin surumarssista)」を主題にした変奏曲風の、サッリネン Aulis Sallinen (b.1935) の《ペルトニエミ・ヒントリクの葬送行進曲の諸相 (Aspekteja Peltoniemen Hintriikin surumarssista)》。ノルドグレン Pehr Henrik Nordgren (b.1944) の《ペリマンニの肖像 (Perlimannimuotokuvia)》も、オストロボスニア地方のペリマンニのひとり、タクラクス Johan Erik Taklax のポルスカを使い、ペリマンニが浮かれていたり哀しげだったりする様子を “肖像” として描いた作品です。

 4曲とも、すでに弦楽オーケストラの標準レパートリーとして各地で演奏され、ノルドグレンの《ペリマンニの肖像》は、日本でも、2001年12月に広島大学室内合奏団、そして2002年1月に新田ユリさん指揮のアンサンブル・フランがコンサートで演奏したばかり。ラウタヴァーラの《ペリマンニたち》も、北欧アンサンブル(東京)が取りあげたことがあります。

 この4作品は、フィンランドでも演奏されることが多く、アマチュアのグループが自主制作するディスクに収録されているのを資料で見かけることもしばしばあります。ところが、この4曲を集めたCDというのが、ありそうでありません。このディスクが貴重なのは、まず、そのこと。そして、それぞれの音楽の大事なところを聴かせてくれる演奏のすばらしさでしょう。

 この4曲にはすでにいくつかの録音があり、ペーテル・チャバ指揮ヴィルトゥオージ・ディ・クフモが演奏したシベリウス (Ondine ODE830-2)、ユハ・カンガス指揮オストロボスニア室内管弦楽団のラウタヴァーラ (ODE983-2) とノルドグレン (ODE766-2 廃盤)、オッコ・カム指揮フィンランド室内管弦楽団のサッリネン (Naxos 8.553747) が代表的な演奏として人気の高いディスクです。

 ヘルシンキ・コンコルディアも他のフィンランドのオーケストラにおとらず、響きの純度が高く、緻密な演奏を聴かせます。それぞれのパートがしっかりと演奏しているために、たとえば、ラウタヴァーラが意図的に書いた不協和音などが、はっきりと意味をもって聞こえます。音楽の表情もしなやか。こういったことがごく普通のことになってしまっているというのも、フィンランドの音楽のレベルの高さ。いや、単に水準というよりは、次元の違いと言うほうが正しいかもしれません。そして、学生たちが、なんと音楽に共感し、演奏を楽しんでいることか(東南アジアの管楽器の留学生たちが先日、近くの音大で演奏したモーツァルトも、同じような素敵な演奏でした)。

 それで思い出したのが、ヘラスヴオさんにお願いして、広島大学の室内合奏団のためにシベリウスの《内なる声》の弦楽オーケストラ版の楽譜を譲っていただいた時のことです。「シベリウスの傑作を演奏することを楽しむよう、学生たちに伝えてほしい」というメッセージが届き、音楽に対するこの指揮者の愛情と姿勢に感激したことを覚えています。

 弦楽オーケストラのための音楽へのとっかかりを、というときにうってつけのディスクでしょう。


 
Helsingin Konservatorio HKSCD105 ヘルシンキ・コンコルディア − 音楽で描くフィンランドの絵
ジャン・シベリウス (1865-1957) 組曲《恋するもの (Rakastava)》作品14
エイノユハニ・ラウタヴァーラ (b.1928) ペリマンニたち (Pelimannit) 作品1
アウリス・サッリネン (b.1935)
 ペルトニエミ・ヒントリクの葬送行進曲の諸相 (Aspekteja Peltoniemen Hintriikin surumarssista) (1981)
  (弦楽四重奏曲第3番 作品19 (1969) の作曲者自身による編曲)
ペール・ヘンリク・ノルドグレン (b.1944) ペリマンニの肖像 (Perlimannimuotokuvia) 作品26
  ヘルシンキ・コンコルディア ペッカ・ヘラスヴオ (指揮)

 

弦楽オーケストラのための作品集 − ムシカ・ヴィテとミカエル・バートシュ

 ムシカ・ヴィテ Musica Vitae は北欧で指折りの室内管弦楽団のひとつとして、南スウェーデンのヴェクシェー Växjö を本拠地に活動をつづけています。スウェーデン音楽のプロモートを常に意識し、とりわけ新しい作品の紹介に力を注いでいます。同時に弦楽オーケストラのための作品のレパートリーをひろげるため過去の音楽にも目を向け、それら北欧音楽の遺産を新しい視点から見つめることにより、聴き手により豊かな音楽体験の機会を与えてくれていることも、彼らの活動が高く評価される理由のひとつです。

 彼らの最新アルバムは、選曲だけとっても、その意欲が伝わってきます。このなかでもっとも興味をひくのは、作曲家のトマス・リリエホルム Thomas Liljeholm (b.1944) が弦楽オーケストラ用に編曲した、グリーグ Edvard Grieg (1843-1907) のト短調の弦楽四重奏曲(作品27)でしょう。1877年から1878年にかけて書かれたこの四重奏曲については、想像力を羽ばたかせ、楽器の音域をフルに使うことにより、おおきな広がりのある作品にしたいという内容のグリーグ自身の手紙が残されてます。構成と和声に新しい提示をした、グリーグの傑作のひとつ。弦楽四重奏よりも編成の大きい、弦楽オーケストラで演奏すればどうなるか。グリーグの音楽の新しい可能性を求めるための試みとしての興味があります。

 同じような試みは、ヘルシンキ音楽院のペッカ・ヘラスヴオ Pekka Helasvuo が、シベリウスの弦楽四重奏曲で行ったことがあります。ニ短調の《内なる声 (Voces Intimae)》。ヘルシンキ音楽院のオーケストラをヘラスヴオ自身が指揮した録音があり (Helsingin Konservatorio HKSCD101)、そこでは、シベリウスの心の内にある熱い想いが凝縮した豊かな響きの音楽を聴くことができます。そのことは、ダブルベースのために充実した音楽を書くことを最優先にし、ディヴィジ (弦楽パートの分割) を最小限にとどめたことが原曲をいささかも損なうことなく新しい次元を付け加えることができた要因だったと考えられます。

 リリエホルムのグリーグについても、同じことが言えます。ただ、この編曲された作品に接するにあたっては、原曲をいったん忘れることが必要かもしれません。そのことは、ヘラスヴオのシベリウスのときには、ほとんど感じなかったことなので、あるいは、ひたすら内面を追求したシベリウスの音楽と “広がり” を求めたグリーグの作品の性格の違いのためかもしれません。また、見方を変えれば、それだけ、リリエホルムと指揮者のミカエル・バートシュが “弦楽オーケストラ” のための作品に仕上げていると言うこともできます。メリハリのきいた旋律の響かせ方と緻密なフレージング。ノンヴィブラートの奏法による透明感の高い響きが生きています。そして、適度の緊張感のある音楽。グリーグがめざした “大きな音楽” が新しい形にできあがったとすれば、それは、この録音に携わった人たちの技術とセンスのおかげでしょう。それにしても、第2楽章冒頭のチェロのふっくらした響きは耳に残ります。

 ルーセンベリ Hilding Rosenberg (1892-1985) の《白と黒の序曲 (Ouvertura Bianca-nera)》も、めずらしい作品です。1946年にストックホルムで行われた国際ペンクラブ大会の開会式のために作曲された曲。タイトルには作曲者の自伝的な意味合いがこめられているとも言われますが、公式には、ペンクラブにちなんだインクの黒と紙の白とされています。開始の荘重な音楽からアレグロ・ジョコーゾの終結まで、練りに練った音楽。新しい音楽を吸収しながら、ハイドンの軽い精神に戻ることに成功したスウェーデンでただひとりの作曲家とブックレットにありますが、この曲の最後では、バロック音楽の軽やかな優美さにさえ達しているようにも聞こえます。

 《チトラ (Chitra)》は、タゴールの同名の劇のためにステーンハンマル Wilhelm Stenhammar (1871-1927) が書いた音楽。劇の上演後、長年にわたって忘れられていた音楽を、1959年、作曲者の弟子でもあったルーセンベリが3曲を選び、若干手を加えたうえで組曲にしたものです。おそらく、代表作のカンタータ《歌 (Sången)》の間奏曲とともに、ステーンハンマルが書いたもっとも静謐な抒情を感じさせる音楽。極端なことを言えば、後期ロマンティシズムから解放され、20世紀に生きる人間としての自我に目覚めたのではないかとさえ考えたくなります。うがった見方をすれば、ルーセンベリがこの曲を救った理由は、そのあたりにあるのではないか。誰かに確かめたいところです。そして、第3曲アレグロ・アパッショナートの純正の情熱の音楽。ステーンハンマルのこの曲、こんなにいい音楽だったんですね。ただただ聴きほれてしまいました。

 このステーンハンマルの作品にしても、最後に残ったシベリウス Jean Sibelius (1865-1957) の組曲《恋するもの (Rakastava)》にしても、音楽への共感を切実に感じさせるムシカ・ヴィテとミカエル・バートシュの演奏は、作品自体の素晴らしさをいささかも歪めることなく伝えてくれます。最初、男声合唱のために書かれた《恋するもの》も、このような精緻な演奏で聴けばこそ、シベリウスが音楽を精錬したことの意味が伝わってきます。終曲《こんばんは…さらば (Hyvää iltaa...Jää hyvästi)》の中間の別れの音楽の切ないこと…‥。

 もうひとつ、ムシカ・ヴィテの演奏で特徴的なのは、低弦がきわめて雄弁に音楽を語ることでしょう。技術のしっかりしたチェロとダブルベースが音楽を確実に支えているのは見事としか言いようがありません。単に録音が優秀だからという理由だけではないと思います。

 ミカエル・バートシュ Michael Bartosch (b.1965) は、オペラと管弦楽の指揮者としてますます期待が高まっている逸材です。レパートリーも広く、モーツァルトの《ドン・ジョヴァンニ》、ヴェルディの《ドン・ジョヴァンニ》、ベルクの《ヴォツェック》といった標準的な演目を指揮する一方、フランクフルトのアンサンブル・モデルンを定期的に指揮するなど、現代の作品を指揮することもおろそかにしていません。ムシカ・ヴィテには客演指揮者としてたびたび登場しており、相性の良さを感じさせます。

 録音は2001年5月にヘンメシェー教会で行われました。プロデューサーは、ヤン・ユーハンソン Jan Johansson。リアルさとみずみずしさをあわせもった音質は弦楽オーケストラ録音のお手本と言っていい出来映えです。

Intim Musik IMCD076 ムシカ・ヴィテ
ヒルディング・ルーセンベリ (1892-1985)
 Ouvertura Bianca-nera (白と黒の序曲) (1946)
ジャン・シベリウス (1865-1957) 恋するもの (Rakastava) 作品14
ヴィルヘルム・ステーンハンマル (1871-1927) (ヒルディング・ルーセンベリ 編曲)
 《チトラ (Chitra)》組曲 作品43
エドヴァルド・グリーグ (1843-1907) (トマス・リリエホルム (1944-) 編曲)
 弦楽四重奏曲 ト短調 作品27 (弦楽オーケストラのための)
  ムシカ・ヴィテ ミカエル・バートシュ (指揮)

 

アルネ・ヌールハイムのヴァイオリン協奏曲

 グリーグの後ノルウェーが生んだ最良の作曲家といわれるアルネ・ヌールハイム Arne Nordheim (b.1931)。ノルウェーきってのモダニスト。ノルウェーの音楽界が民族的ロマンティシズムの強い影響下にあった時代、ヌールハイムは保守的な風土に反旗を翻し、さまざまな実験的な手法を試み、なかでも、エレクトロニクスを作曲にいち早く応用したことで知られています。現在、国際的にもっとも知名度の高いノルウェーの作曲家とみなされることもしばしばです。ただ、その重要さにくらべ、彼の音楽が一般の音楽ファンの間で高い人気を獲得するまでに至っていないことも、残念ながら事実のようです。もともと寡作というところにもってきて、自分の語法を獲得するために彼が試みたことの外見の “過激さ”−− たぶんに先入観の産物といえます −− がその障害になっているとも考えられます。

 しかし、ヌールハイムの音楽が決して愛想の悪いものでないことを知るために恰好の作品があります。オスロ・フィルハーモニックから委嘱され、1997年2月12日に初演されたヴァイオリン協奏曲 (1996-97) です。初演者のアルヴェ・テレフセン Arve Tellefsen (b.1936) の録音がありますが、ノルウェー Sony のリリース (501 394-2) のため、かならずしも一般的ではなかったことが残念でした。その意味ではペーテル・ヘレスタール Peter Herresthal (b.1970) で新録音 (BIS CD1212) されたことは、大いに歓迎されます。

 この協奏曲で興味深いことのひとつは、ヴァイオリンが主導権を握っているように見えて、実際には管弦楽の内側にさまざまな組み合わせの楽器の室内楽的な関係があることです。音楽の局面に応じて、そのどれかの室内楽的要素が表面に出ては独奏楽器と絡み合う。あまりに組み合わせが多様なために、聴くたびに必ず新しい発見があります。時には、ヴァイオリンとコントラバスクラリネットの対位法的関係に代表されるような独奏楽器同士の対話であったり。音楽史においてヴァイオリンという楽器が果たしてきた役割 −− 独奏楽器、室内楽器として −− を要約する協奏曲、という独奏者のヘレスタールの考えどおりと言えるでしょう。

 編成の大きい管弦楽のもつ色彩感もこの作品の大きな魅力です。しかも、音楽の室内楽的要素ということと密接に結びつき、音楽の充実をしっかりと支える役割を担っているために、単に華々しいだけにとどまりません。繰り返し聴くうちに、この曲は、ベント・セーアンセン Bent Sørensen (b.1958) の《朽ちゆく庭園 (Sterbende Gärten)》(1992) とともに1990年代だけでなく、20世紀を代表する魅力的なヴァイオリン協奏曲ではないかと考えるようになりました。この新録音では、ヌールハイムの提案に基づいてヘレスタールが書いたカデンツァが演奏されています。

 組み合わせの《Duplex (二重)》は、1991年のヴァイオリンとヴィオラのための作品をヴァイオリンとチェロのために改作した曲。ヴィオラからチェロに楽器が変わることによって、ヌールハイムの音楽に見られることの多い “光と闇” の対比が、より劇的になっているような感じがします。

 “パウル・クレーと音楽 (Paul Klee and Music)” 展覧会のための委嘱作品《Partita für Paul (ポールのためのパルティータ)》は、1980年代のヌールハイムの作曲技法を楽しめる音楽。遅延回路による操作を含む多重録音も用いて、新しい音響世界のなかでヴァイオリンという楽器の可能性を巧みに引き出した意欲作です。

 ペーテル・ヘレスタールは、現代音楽を得意とするヴァイオリニスト。ノルウェー音楽アカデミーでイサーク・シュルマン Isaac Shuldman とマグヌス・エーリクソン Magnus Ericsson に師事し、国際音楽祭や各地のコンサートで活躍しています。共演しているのは、セーヴェルーやトヴェイトの管弦楽作品 (いずれも BIS) の落ち着いた色彩の演奏で評判の高いスタヴァンゲル交響楽団(ドビュッシーの《夜想曲》やラヴェルの《マ・メール・ロワ》などを演奏した素敵なディスク (Victoria VCD19081) もありました)。指揮者のアイヴィン・オードラン Eyvind Aadland (b.1958) は、ヴァイオリニストとしてデビューした後、指揮者としての活動もさかんです(指揮法はヨルマ・パヌラのもとで学びました)。ノルウェー軍音楽隊を指揮したウィンドオーケストラのための作品集 (Simax PSC1208) でもわかるとおりのおおらかさと緻密さを兼ね備えた指揮が、ヌールハイムの協奏曲のロマンティックな味わいを自然に表出しています。

 協奏曲の録音は2000年11月にスタヴァンゲルのコンサートホールで、あとの2曲は、2001年6月 (スウェーデン、レンナ教会) (Duplex) と1997年4月 (オスロ、リンデマンホール) に行われました。

BIS CD1212 アルネ・ヌールハイム (b.1931) ヴァイオリン協奏曲 (1996)
 Duplex (二重) (1991/99) (ヴァイオリンとチェロのための)
 Partita für Paul (ポールのためのパルティータ) (1985)
  ペーテル・ヘレスタール (ヴァイオリン) オイスタイン・ソンスタード (チェロ)
  スタヴァンゲル交響楽団 アイヴィン・オードラン (指揮) マッツ・クレーソン (エレクトロニクス)

 

HIKA − トロン・セーヴェルーとアイナル・ロッティンゲン

 ジョージ・クラム、武満、メシアン、ドビュシー、グリーグ……一見、つながりのなさそうな作曲家たち。たしかに、古典主義、ロマン主義、印象主義といった様式の面から考えると、そんな感じがします。でも、ちょっと観点を変えると、これらの作家たちの音楽は、ひとつの流れを継承しているとみることができます。トロン・セーヴェルー Trond Sæverud がアイナル・ロッティンゲン Einar Røttigen と協演して録音した Simax のディスク "HIKA" (PSC1216) は、そこに焦点をあてたコンセプト・アルバムです。

 世代と地域を超えて受け継がれている共通点とは、“音の質が音の高低に優先している音楽 (music in which the quality of sound takes precedence over pitch)”、あるいは、“音の高低の領域を超えたところにある声を探す音楽 (music which seeks its voice beyond the realm of ptch)” (リカルド・オドリオソーラ) −− ブックレットの解説を書いたオドリオソーラ Ricardo Odriozola (b.1965) は、ヴァイオリニストで作曲家です。そしてそのことは、“一番新しい、もっとも空気が希薄な曲で始まり、一番古い、もっとも外見上堅牢な曲で終わる” (オドリオソーラ) というアルバム構成 −− 実際は、武満の作品のほうがクラムの曲よりも後に書かれています −− のおかげで、よりはっきりと感じ取れるようになりました。

 このプログラムの最初の3曲では、“空間” という存在が強く意識されます。ヴァイオリンの多彩な技法が活かされた、ジョージ・クラム George Crumb の《4つの夜想曲 (Four Nocturnes)》では、ピアノを打楽器的に扱う内部奏法による繊細な響きも求めることにより、音そのものだけでなく、音と音の間にある空間。“沈黙” と言い換えることのできる空間です。そして、武満徹の《悲歌 (HIKA)》。音のひとつひとつが紡がれていき、そこから審美的な音の風景が開けてきます。あたかも異次元にあるかのような空間です。メシアン Olivier Messiaen の《主題と変奏》でも、沈黙という空間が音楽の構成で大きな役割をもっています。ヴァイオリンがささやくように主題を提示。ピアノは簡素な和音を弾くだけです。5つの変奏の間に音は内省し、気分が高揚していきますが、最後は沈黙の世界に。この3曲、もちろんいろいろなアプローチが可能でしょう。しかし、音によって “空間” を表現することは少なくとも必要ではないでしょうか。

 それにくらべると、ドビュッシーとグリーグ Edvard Grieg のソナタでは、“伝統的” なアプローチでも魅力的な作品ということは聴き手に伝わります。ドビュッシーは雰囲気のいい、印象主義の絵画のように。グリーグの曲はノルウェーの香りを添えてロマンティックに。でも、ドビュッシーのヴァイオリンのためのソナタは彼の最後の作品。グリーグの第3番のソナタは “ノルウェー” というレッテルがなくても世界に通用する音楽。この曲でグリーグは、“より広い地平線 (Det videre horisont)” に到達したとも言われます。とすると、“らしい” だけでは表現できない、いわばかくれた次元があってもおかしくありません。いや、傑作 (masterpiece) と評される作品には、それがあるはずです。トロン・セーヴェルーとロッティンゲンがアルバム・コンセプトに沿った音楽の組立をすることによって印象づけてくれるのは、そのことです。

 ふたりの演奏では、どうフレーズを歌わせるかということよりもそれぞれの音をどう響かせるかということに重心がおかれています。そのため、ふたりの演奏で聴くドビュッシーでは、音は輝き、ゆらめき、そして、気まぐれであったり、ときには夢を見たり。印象主義といった枠を超えた新しい空間に響く音楽。グリーグのソナタでも、音は “ノルウェー” にとらわれず自由に時空を羽ばたいています。グリーグの第2楽章《アレグレット・エスプレシーヴォ・アラ・ロマンツァ》の最初のピアノの音などは、まるでハープの音かと思ってしまいます。“音の質” が追求された結果でしょう。

 トロン・セーヴェルーのヴァイオリンは、ときには荒々しい響きもいとわず、音楽のドラマティックな性格を際だたせます。アルヴェ・テレフセン Arve Tellefsen (b.1936)(NKF NKFCD50004-2)、テリエ・トネセン Terje Tønnesen (b.1955)(Victoria VCD19070/Simax PSC1162)、ヘンニング・クラッゲルード Henning Kraggerud (b.1973)(Naxos 8.553904)。ノルウェーのヴァイオリニストたちの特色ある録音とくらべても、彼のアプローチはユニークです。ただ、セーヴェルーとロッティンゲンの演奏は、この流れの中にあってもっとも魅力を発揮する演奏だと思うので、この曲だけを取り出して他の演奏とくらべることは、演奏者たちが意図したことからはずれるような気がしないでもありません。

 トロン・セーヴェルー (b.1962) は、作曲家ハーラル・セーヴェルー Harald Sæverud (1897-1992) の孫にあたります。ベルゲンの生まれ。ベルゲンでスピティネフ・ソルム Spythinef Sorm に、オスロではイサーク・シュルドマン Isaac Shuldman に師事しました。現在はアメリカのテキサス州ガルヴェストン、夏の間はメイン州のプロスペクト・ハーバーに住み、ヴァイオリニストとして活動しながら、カンザス大学のブライアン・プリーストマン Brian Priestman のもとで指揮法を学んでいます。コンサートのための来日も頻繁で、日本での知名度も増してきています。祖父ハーラルのヴァイオリンのための作品を録音したディスクがあります (Simax PSC1087)。ノルウェーの民族色とまではいわないまでも、洗練された音色を誇るヴァイオリニストではなさそうです。実際、ドビュッシーの途中ではハリングフェレ?と思うような響きも聞こえてきて、ちょっとびっくりしますが、それが独特の味わいともなっています。

 アイナル・ロッティンゲン (b.1963) もベルゲンに生まれました。ベルゲン音楽院でイルジ・フリンカ Jiri Hlinka に学んだ後、ロチェスターのイーストマン音楽学校に留学。デイヴィッド・バーグ David Burge のクラスに参加して修士号を取得しています。1987年のオスロでのデビューが好評。それをきっかけに、オーケストラとの共演やリサイタルなどを活発に行っています。ハーラル・セーヴェルーとの関係も深く、彼のピアノのための全作品を Simax に録音しました (PSC1116 3CD's)。トロン・セーヴェルーとの新しいディスクでは、タッチと音色を磨きあげたクリアなピアノの響きで息の合ったところを聴かせてくれます。

 トロン・セーヴェルーとロッティンゲンも制作に加わったこのディスクは、2001年5月、オスロのソフィエンベルグ教会で録音が行われました。

Simax PSC1216 悲歌 (HIKA)
ジョージ・クラム (b.1929) 4つの夜想曲 (夜の音楽U) (1964) (ヴァイオリンとピアノのための)
武満徹 (1930-1996) 悲歌 (HIKA) (1973) (ヴァイオリンとピアノのための)
オリヴィエ・メシアン (1908-1992) 主題と変奏 (1934) (ヴァイオリンとピアノのための)
クロード・ドビュッシー (1862-1918) ヴァイオリンソナタ (1917)
エドヴァルド・グリーグ (1843-1907) ヴァイオリンソナタ第3番 ハ短調 作品45 (1887)
  トロン・セーヴェルー (ヴァイオリン) アイナル・ロッティンゲン (ピアノ)

 

ハンス・ゲフォーシュのオペラ《オオカミが出た》

 「フランスで、多数の子供とひとりの保母を人質にとり、託児所に立てこもった男の話を読んでいた。最初のうちは考えなかったが、外部との攻防がつづく間、子供たちを落ち着かせるために保母が “オオカミが出た” ごっこをしていたことを知り、この記事をオペラにすることを思いついた」 (ハンス・ゲフォーシュ)。

 スウェーデンの作曲家ハンス・ゲフォーシュ Hans Gefors (1952-) のオペラ《オオカミが出た (Vargen Kommer)》は、ここから誕生しました。ゲフォーシュは作品の効果を高めることに長けた作曲家と言われ、オペラは彼の作品群のなかで重要な位置を占めています。作曲家として注目を集めた最初の作品とされるのが、1979年の室内オペラ《詩人とガラス職人(Poeten och glasmästaren)》。1983年から1986年にかけては、スウェーデン女王の生涯を題材にした《クリスティーナ (Christina)》という大作も手がけています。そのほかにもジャン=クロード・カリエールの台本による《クララ (Clara)》など2作品があり、オペラを得意としていることがわかります。

 ハンス・ゲフォーシュはストックホルム生まれ。ペール=グンナル・アルダール Per-Gunnar Alldahl (b.1943) とモーリス・カーコフ Maurice Karkoff (b.1927) から個人的に作曲法を習った後に、ストックホルム音楽大学でイングヴァル・リードホルム Ingvar Lidholm (b.1921) のもとで学び、ユラン音楽院のペーア・ネアゴー Per Nørgaard (1932-) のクラスにも参加しました。文学や心理学にも深い興味をもち、1988年にルンド大学の教授になるまでに、音楽批評家、ライターとしての経験も積んでいます。

 1994年から1997年にかけて作曲された《オオカミが出た》を、作曲者自身は “激情オペラ” と呼んでおり、いろいろな人物の激情をとりこみながら劇が進行していきます。金を要求しながら、実は“いっぱしの人物”と見られたかっただけの男。子供を守る保母は男に従うのか、それとも従わないですませるのか。男を説得することに成功しながら、外の世界の人間を説得できなかった保母。男が野獣なのか、それとも警察や群衆が……。

 このオペラに男と保母の心の葛藤に象徴される心理劇の要素があることは確かだとしても、音楽そのものは、きわめて明快です。この曲にくらべれば、シェーンベルクの《モーゼとアロン》はもちろん、アルバン・ベルクの《ヴォツェック》でさえきわめて難解な音楽に聞こえるかもしれません (実際はそんなことはありませんが)。そのくらい、ゲフォーシュのこのオペラは、しっかりした調性のある、とっつきのいい音楽です。

 極端なことを言うと、ミュージカルとの境界さえないと感じられることがあります。といっても、耳あたりのいい歌をならべた《ウェストサイド物語》のような作品ではなく、暗い色調の《スウィーニー・トッド》や風刺をきかせた《日曜日にジョージと公園で》など、一連のスティーヴン・ソンドハイムの作品のようなミュージカルのことです。

 しかし、オペラはオペラ。そこがおもしろいところでしょう。甘美な旋律とはいえないにしても、アリアと考えられるような歌があり、警察署長や内務大臣たちが右往左往する場面は、プッチーニの《トゥーランドット》のピン、パン、ポンの三大臣の音楽を連想させなくもありません。こういう色々な音楽が聞こえていながら少しも散漫な感じがしないのも、ゲフォーシュのこのオペラのおもしろいところでしょう。シェシュティン・クライン=ペーシ Kerstin Klein-Perski が書いた構成のしっかりした台本と一体となって、色彩感のある、きびきびと動く音楽が展開します。

 はじめて出会う約2時間のオペラ。リブレットだけを手がかりに一気に聴いてしまうということも、そうたびたびあることではないでしょう。おもしろかった! オペラは娯楽がすべてとは思いませんが、“おもしろい” というのはオペラの重要な要素のひとつには違いないでしょう。その意味では、ダニエル・ベルツ Daniel Börtz (1943-) の《マリー・アントワネット (Marie Antoinette)》といい、今回のゲフォーシュの作品といい、“オペラらしいオペラ” がスウェーデンで誕生しつつあるような気がします。

 《オオカミが出た》は、3幕(20場)構成。マルメ・オペラの委嘱により作曲され、1997年1月17日に初演が行われました。このディスクは、そのライヴ音源ではなく、1999年6月にマルメ音楽アカデミーのコンサートホールで初演時のメンバーにより新たに録音されました。マルメ・オペラのオーケストラと合唱団。指揮は、1996年から2001年にかけてマルメ・オペラの首席指揮者を務めていた大勝秀也。主役のふたりは、アンネ=リーセ・ベルントセン Anne-Lise Berntsen (保母ロッロ) とステファン・ダールベリ Stefan Dahlberg (b.1955) (男リュコス)。ともに音楽としての美しさを損なうことなく劇的な起伏のある歌を歌い、洗練された劇作品を作り上げることに貢献しています。スウェーデン語と英語の対訳によるテクストつきです。

dB Productions dBCD60/61 2CD's ハンス・ゲフォーシュ (1952-)
 オペラ《オオカミが出た (Vargen Kommer)(1994-1997)
  アンネ=リーセ・ベルントセン (ソプラノ) ステファン・ダールベリ (テノール)
 
 ミカエル・ヴェイニウス (バリトン) エンツォ・フロリモ (バス) アドリアーナ・エセーン (ソプラノ)
  リッリ・パーシキヴィ (メッツォソプラノ) マルメ・オペラ管弦楽団・合唱団 大勝秀也 (指揮)

(TT)

新譜情報

Albedo ALBCD012 Voice Stories (声の物語)
アレハンドロ・ヴィニャーオ (b.1951)
 室内オペラ《羅生門》(1996) − 真砂の白状 (Masago's Conffession)
 ヒルデガルトの夢 (Hildegard's Dream) (1994)
ジャチント・シェルジ (1905-1988) ソプラノのための5つの旋律《》(1960)
 ソプラノのための5つのエヴォケーション (呼び出し) 《Taiagaru》(1962)
ルイージ・ノーノ (1924-1990) 光の工房 (La fabbrica illuminata)(1964)
  ヒルデ・トルゲルセン (メッツォソプラノ) エレクトロニクス

◇ヒルデ・トルゲルセン Hilde Torgersen はノルウェーのメッツォソプラノ歌手。ジェイムズ・ディロン James Dillon、アルネ・ヌールハイム Arne Norhheim、ロルフ・ヴァリーン Rolf Wallin、アスビョルン・スコートゥン Asbjørn Schaathun、ゲルハルト・シュテーブラー Gerhard St bler の作品を初演。チカーダ Cikada、オスロ・シンフォニエッタ Oslo Sinfonietta、シス Sisu、チカーダのピアニスト、ケンネト・カールソン Kenneth KarlssonCD録音を行い、ジャズ・ミュージシャンと協同してマルチメディアの創作にも取り組んでいる。

 《真砂の白状 (Masago's Conffession)》は、黒沢明の映画に基づく、ヴィニャーオ Alejandro Viñao の室内オペラ《羅生門 (Rashomon)》(1997) の一場面。登場人物のひとり真砂が事の顛末を語る、アリアとも呼べる曲 (芥川龍之介の原作では「薮の中」) (歌詞は英語)。中世ドイツの神秘家、作曲家、詩人ヒルデガルト・フォン・ビンゲン Hildegard von Bingen (1098-1179) の「主の道の知識 (Scivitas/Know the Ways)」をテクスト (ラテン語) とする《ヒルデガルトの夢 (Hildegard's Dream) (1994)》もヴィニャーオの作品。エレクトロニクス処理された声 −− 男声と女声 −− と電子音が作る音響空間の中で、トルゲルセンの独唱が、ヒルデガルトの体験した宗教的な幻視を歌う。

 シェルジ Giacinto Scelsi の2つの曲集は、いずれもアカペラのための作品。瞑想的な《》と、アフリカの影響が見られるといわれる《Taiagaru》の荒涼とした音楽。上音 (overtone) による表現を追求して創られた音空間は民俗音楽の響きを連想させ、このディスクをプロデュースしたケンネト・カールソンは、《》の第4曲にはノルウェーの民俗音楽とエドヴァルド・グリーグを思い起こさせるところもあると指摘する。

 ノーノ Luigi Nono は《光の工房 (La fabbrica illuminata)》を virtual sound theatre (仮想音響劇場) と呼ぶ。4チャンネルで録音された工房の音 (factory sound) の中心におかれた声が、工房の中の生 (life) と劇 (drama) を解説 (commentate) する。ジュリアーノ・スカビア Giuliano Scabia の詩 "La fabbrica illuminata" とチェザーレ・パヴェーゼ Cesare Pavese"Due poesie a T." の断片がテクスト。

Danacord DACOCD593 ダブルベースとピアノのためのデンマーク後期ロマンティシズム音楽
ルーズヴィ・ヘウナー (1851-1923) 伝説 (Legende) 作品5 夜想曲 (Nocturne) 作品6
 3つの小品 (Trois Morceaux)
  カヴァティーナ (Cavatine) オルフェウスのメヌエット (Menuet d'Orphée)
  ロシア幻想曲 (Fantasie Russe)
 フランツ・アプトの歌曲による幻想曲 (Fantasi über ein Lied von Franz Abt)
 悲歌 (Elegie) 演奏会マズルカ (Mazurka de Concert) ロマンス (Romance)
フランス (フランチシェク)・ネルダ (1843-1915) スラヴの子守歌 (Berceuse slave) 作品11
ルイ・グラス (1864-1936) 夜想曲 (Nocturne) 作品33
  ペーア・ダルスゴー・クヌセン (ダブルベース) カーステン・モンク (ピアノ)

◇ルーズヴィ・ヘウナー Ludvig Hegner はデンマークにおけるダブルベース演奏の歴史上で大きな役割を果たした人。作曲と音楽理論をゲーゼ Niels W. Gade (1817-1890) に学び、1884年には王立管弦楽団の団員に。2カ月後、ヨハン・スヴェンセン Johan Svendsen (1840-1911) の指名により首席奏者に就任した。独奏者としても名高く、ニューヨーク公演は、ドメニコ・ドラゴネッティやジョヴァンニ・ボッテジーニらに匹敵するとの賛辞を受けた。カール・ニルセンとも親しく、交響曲のダブルベースの書法についてニルセンがアドヴァイスを求めたと言われる。ニルセンの《甲斐のないセレナード (Serenata in vano)》 (クラリネット、ホルン、バスーン、チェロとダブルベースのための) はヘウナーの強い勧めもあって作曲された (Danacord の歴史的録音シリーズに収められたこの曲の演奏には、ルーズヴィの子ルイ・ヘウナー Louis Hegner (1876-1968) が参加)。《カヴァティーナ (Cavatine)》、グルックの「オルフェーオとエウリディーチェ」のメヌエットによる《オルフェーオのメヌエット (Menuet d'orphée)》、「赤いサラファン」に基づく《ロシア幻想曲 (Fantasie Russe)》の《3つの小品 (Trois Morceaux)》をはじめ、いずれもダブルベースの高度な技巧を求められる曲。

 フランス・ネルダ Franz Neruda はボヘミアの音楽一家の出身のチェロ奏者。はじめてデンマークを訪れたのは1862年。1864年に王立劇場の団員となる。1967年には市民権を取得し、1892年からはゲーゼの後を継いでコペンハーゲン音楽協会の指揮者に就任した。作曲家としては管弦楽曲、室内楽曲、ピアノ曲、歌曲などを作曲。ボヘミア民謡とスカンディナヴィア音楽の両方から影響を受けたとされる。ルイ・グラス Louis Glass のダブルベースとピアノの《夜想曲》には3つの版があり、ここでは1音高く調律したダブルベースで演奏するニ長調の版が用いられている。

 ペール・ダルスゴー・クヌセン Per Dalsgaard Kundsen (b.1956) は、南ユラン交響楽団の団員。音程が不安定なのと音色が均質でないので、ちょっと……。今回録音された作品を知り尽くした奏者だったための起用とのこと。

Erato 0927-42141-2 カリタ・マッティラ、ドイツ・ロマンティック・アリア集
ルートヴィヒ・ファン・ベートーヴェン (1770-1827) オペラ《フィデリオ》− 悪者よ、どこへ急ぐ
 シェーナとアリア《ああ、不実な者よ》作品65
カール・マリア・フォン・ヴェーバー (1786-1826)
 ジングシュピール《魔弾の射手》作品77
 − まどろみが近寄るように…静かに、静かに、敬虔な調べよ たとえ雲がおおい隠しても
 オペラ《オベロン》− 海よ、巨大な怪物よ
 オペラ《オイリアンテ》− 守護天使の軍勢よ こうして私は見捨てられて
フェリクス・メンデルスゾーン (1809-1847) 演奏会アリア《不幸な女よ》作品94
  カリタ・マッティラ(ソプラノ) ドレスデン・シュターツカペレ サー・コリン・デイヴィス (指揮)

◇2001年6月録音。

Finlandia 0927-40969-2 天使の音楽 − アヴェ・マリア
ジュリオ・カッチーニ (c.1545-1618)、アストル・ピアソラ (1921-1992)、
ガブリエル・フォーレ (1845-1924)、カミーユ・サン=サーンス (1835-1921)、
J・S・バッハ/シャルル・グノー (1818-1893)、フランツ・シューベルト (1797-1828)、
ピエトロ・マスカーニ (1863-1948)、ほか
  ヨウコ・ハルヤンネ (トランペット) 近衛金管七重奏団

◇フィンランド放送交響楽団のソロ・トランペット奏者ヨウコ・ハルヤンネ Jouko Harjanne (b.1962) が、15人の作曲家による《アヴェ・マリア》ばかりを集めた新録音。

Finlandia 0927-41563-2 エクレクティカ − ヤーコ・マンテュヤルヴィ (b.1963) 合唱作品集
 ヨイクに似せて (Pseudo-Yoik) 4つのシェイクスピアの歌 エル・ハムボ シェイクスピアの歌(追加) コウタ 他
  タピオラ室内合唱団 ハンヌ・ノルヤネン (指揮)

◇ヤーコ・マンテュヤルヴィ Jaakko Mäntyjärvi はシベリウス・アカデミーを卒業後、コンピューター翻訳システムの開発に従事した変わり種。フィンランド各地の合唱団に参加し、2000年からはタピオラ室内合唱団のレジデンス・コンポーザーを務める。新しいディスクは彼のオリジナル作品を集めたもの。タイトルの “エクレクティカ (Eclectica)”−− 折衷主義 −− が示すように、マンテュヤルヴィは伝統的な語法と革新的な響きを融合させた作風に特徴があるとされる。作曲者自身がテクストを書いた《エル・ハムボ (El Hambo)》の楽譜は、アメリカ合衆国だけで18000部の売り上げを記録したとも。《シュード=ヨイク (Pseudo-Yoike)》は北欧各国の合唱団による録音がある。2000年4月録音。

Finlandia 8573-89876-2 白鳥の飛翔
ヴェルヨ・トルミス (b.1930) 大洋 (Ocean) 白鳥の飛翔 (Swan Flight)
クロード・ドビュッシー (1862-1918) 3つの交響的スケッチ《海》(1903-05)
ジャン・シベリウス (1865-1957) 交響詩《レンミンカイネン組曲》作品22 − トゥオネラの白鳥
  エストニア=フィンランド交響楽団 アヌ・タリ (指揮)

◇合唱のための作品で人気の高い、エストニアの作曲家ヴェルヨ・トルミス Veljo Tormis の初録音の管弦楽作品2曲。1961年の《大洋 (Ocean)》は、初演後にスコアが紛失し、アヌ・タリの協力により発見されたもの。今回の録音にあたり、大幅な改訂が行われた。暗く重い色調のダイナミックな音楽とのこと。《白鳥の飛翔 (Swan Flight)》は、1971年のオペラから編曲され、“神あるいは異世界からの使者としての白鳥” を描いた、神秘的な音楽だという。

 アヌ・タリ Anu Tali (b.1972) はエストニアの指揮者。サンクトペテルブルク音楽院でイリヤ・ムーシンらに師事。シベリウス・アカデミーではヨルマ・パヌラ Jorma Panula (b.1930) の門下生。エストニア=フィンランド交響楽団は、1997年12月、15カ国の有志が結集してエストニアの首都タリンに作ったオーケストラ。2000年7月と2001年6月の録音。


HOME

© Nordic Sound Hiroshima

CD artwork © Lahti Brass Quintet, Helsingin Konservatorio (Finland), BIS, dB Productions, Caprice, Intim Musik (Sweden)