Newsletter No.44   15 June 2002

 

テューレ・ラングストレムのさまざまな顔

 スウェーデンのロマンティシズム音楽を代表する最後の世代の作曲家のひとりテューレ・ラングストレム Ture Rangström (1884-1947) は、もっぱら歌曲の分野で貴重な作品を残したといわれます。文学に惹かれ、“詩人の燃えるような言葉 (det brinnande diktarordet)” によって作曲への衝動をいだいたラングストレムが生涯に書いた歌曲は300曲近く。《夜のつばさ (Vingar i natten)》 と 《メロディ (Melodi)》(《ブー・ベリマンの5つの詩 (Fem dikter av Bo Bergman)》(1917))、同じベリマンの詩による 《夜への祈り (Bön till natten)》 と 《風と木 (Vinden och trädet)》 (《闇の花 (Den mörka blomman)》(1924))、《エーリク王のバラッドから (Ur Kung Eriks visor)》(1918) (グスタフ・フローディング Gustaf Fröding 詩)……。「芸術において、詩と音楽の出会いほど美しいことはない (i konsten intet skönare än mötet mellan dikten och musiken)」という自らの言葉を実証したラングストレムの歌曲は、作曲当時だけでなく今でも、フォン・オッテル (オッター) Anne Sofie von Otter、エリサベト・マイヤー=トプセー Elisabeth Meyer-Topsøe ら、北欧の歌手たちの重要なレパートリーです。

 ラングストレムは1884年ストックホルムの生まれ。ストックホルム音楽院で学んだ後、ドイツに留学。ヴァーグナー歌手のユリウス・ハイ Julius Hey のもとで声楽を学びます。声楽以外のことはほとんど独学。ストックホルム時代の数ヶ月、ユーハン・リンデグレン Johan Lindegren (1842-1908) に対位法を学んだことと、ベルリンでハンス・プフィツナー Hans Pfitzner に数回のレッスンを受けた程度だといわれます。しかし、ラングストレムは作曲家、指揮者、音楽批評家、エッセイストとしても活躍。指揮者としては、ステーンハンマル Wilhelm Stenhammar (1871-1927) の後をつぎ、1922年からヨーテボリ交響楽団のコンサートを117回、指揮しています。

 ついでながら、ステーンハンマルとの交友は深く、1919年にコペンハーゲンで開催された北欧音楽祭でステーンハンマルはラングストレムの交響曲第1番を指揮。ラングストレムの第2番の交響曲 《わが祖国 (Mitt land)》(1919) はステーンハンマルとヨーテボリ交響楽団に献呈されました。1922年にはラングストレムが、ステーンハンマルが劇音楽を書いた 《チトラ (Chitra)》 の上演を指揮。また、ふたりの作曲家が、ブー・ベリマンの詩による歌曲 《メロディ》 を、おたがいに知らないまま、同じ日に書き上げたという逸話も残されています。そのほか、ステーンハンマルがカンタータ 《歌 (Sången)》 のテクストをラングストレムが書くことを望んだのも有名な話です。そしてステーンハンマルやアッテルベリ Kurt Atterberg (1887-1974) とともにラングストレムも、スウェーデン作曲家協会の設立に名を連ねました。

 歌曲をのぞく、ラングストレムの主要な作品は、4つの交響曲、ピアノやヴァイオリンのための小品と組曲 −− 《メーラレン湖の伝説 (Mälarlegender)》(ピアノのための) が代表作 −− 弦楽四重奏曲 (1曲)、3つのオペラ −− 《王室の花嫁 (Kronbruden)》、《中世の人 (Medeltida)》、《ギルガメシュ (Gilgamesj)》(未完) −− 多数の劇音楽、数曲の合唱作品、そして管弦楽や弦楽オーケストラのための作品。Phono Suecia の新しいディスク (PSCD712) には、このうち、オーケストラの作品が3曲と管弦楽伴奏による歌曲集が1つ収録されています。

 歌曲集《魔女たち (Häxorna)》(1938) はエーリク・アクセル・カールフェルト Erik Axel Karlfeldt の詩がテクスト。《大きな蛾の二枚の羽 (Två stora nattfjärilsvingar)》、《テマリカンボクとリンボクの間を歩かないで (Gå ej bland olvonträ och slån)》、《オオバコの野を踊りながら (Dansen går på grobladsplan)》、《はるか遠く、夜の闇のなかに (Långt, långt bort i kvällarnas kväll)》の4つの詩は、一度では理解しきれないような、象徴的で奥深い次元をもった神秘性を秘めています。ラングストレムの音楽にも、第1曲の劇的な開始、第3曲の4分の4拍子のワルツなど、独特の雰囲気があります。ことばの抑揚と詩のリズムよりも、この曲集では、大胆な動きの旋律を書くことを尊重しているのは、ラングストレムの歌曲ではめずらしいことかもしれません。管弦楽という表現力のある伴奏を使うことで、ラングストレムも自由な作曲を試みることができたということでしょう。大きな流れにのった、広がりのある終曲は、たたみこむような終幕の音楽との対照が印象的。詩を読み、繰り返し聴くたびに味わいが深まる音楽です (ブックレットに詩の英訳つき)。

 《ディヴェルティメント・エレジアーコ (Divertimento Elegiaco)》(1918)は、作曲者自身が、「ポケット形にした死神のカーニヴァル (En Dödens Carneval i fickformat)、18世紀の陽気なディヴェルティメントと自由に結びつけた、哀調にみちた気分転換 (en elegisk förströelse i fri anknytning till 1700-talets glada divertimenti)」と語った音楽。《Preludio visionario (幻想の前奏曲)》、《Scherzo leggiero (軽いスケルツォ)》、《Canzonetta malinconica (憂鬱な小唄)》、《Giga fantastica (空想のジーグ)》の4つの楽章にわかれ、“ヘンデルの合奏協奏曲の憂鬱げなフレーズを思い出させる” (ラングストレム) 音楽を織り交ぜながらも、音楽の全体から聞こえてくるのは、あくまで北欧の近代の響きです。

 この作品は弦楽オーケストラのスタンダードなレパートリーになっており、これまでに、スティーグ・ヴェステルベリ Stig Westerberg 指揮の王立管弦楽団 (Swedish Society Discofil SCD1040) とペッテル・スンドクヴィスト Petter Sundkvist 指揮のスウェーデン室内管弦楽団 (Naxos 8.553715) の演奏をCDで聴くことができました。今回のセーゲルスタムの演奏は1974年の録音。懐の広さを感じさせる近年のセーゲルスタムにくらべると、かなりあっさりめ。この作品のもつ様々な要素をすべて聴かせようとする、集中力の強いスンドクヴィストの演奏に対して、音楽の表情をおさえめにし、爽やかな響きを表面に出した演奏のように思います。

 ヴァイオリンと管弦楽のための《パルティータ (Partita) ロ短調》(1933) は、ラングストレムが新古典主義とスウェーデン音楽界の “新客観主義 (nysaklighet/Neusachlichkeit)” の動きに影響されて書いた音楽。“パルティータ” という曲名、各楽章の《Préambule (前奏曲)》、《Menuett (メヌエット)》、《Air (アリア)》、《Gaillarde (ガイヤルド)》 というタイトルも、バロック音楽を踏襲したものであることは確かです。《Air (アリア)》 では、バッハの管弦楽組曲第3番の《アリア》 (G線上のアリア) を連想させる旋律がノスタルジックな効果を生んでいます。独奏ヴァイオリンのベルント・リュセル Bernt Lysell (b.1949) が、艶がありながら、どこか暗めの音色で、ラングストレムの音楽のしっとりとした情緒を引き出していることが印象的です。ネオクラシシズムという点からすると、もう少し乾いた響きのほうが似合っているかもしれませんが……。全体を通して、古典の時代と20世紀を往来するようなおもしろさのある曲。情熱の作曲家というイメージのあるラングストレムが意外なウィットを見せる一面にふれたような気がします。

 交響詩《海は歌う (海の歌) (Havet sjunger/Song of the Sea)》(1913) は大編成の管弦楽による音の絵画。バスーン4本、ホルン6本、トランペット4本、トロンボーン3本が使われます。1913年の夏、東ゴトランドの群島 östgötska skärgården (Östergötland archipelago) にある漁村ハーステナ Harstena で完成されました。海の高波の響きがラングストレムの空想を強烈に刺激したといわれ、同じ時期に、自作のテクストによる歌曲集《海の夏 (Havets sommar)》の構想も練られています。波の高い海を傍観するというより、その海に戦いを挑む男の姿を想像させる力強い音楽。ラングストレムにインスピレーションを与えた海が眼前に浮かんでくるよう。同じ嵐の海でも、ニューストレム Gösta Nystroem (1890-1966) の《テンペスト (Tempest)》の前奏曲 (1934) (PSCD709) などとは違った響きの音楽になっていることも、興味をひくでしょう。

 劇的な歌曲と管弦楽曲からネオクラシカルな組曲まで、ラングストレムの音楽の多様さが楽しめるディスクとなりました。

Phono Suecia (Musica Sveciae Modern Classics) PSCD712
テューレ・ラングストレム (1884-1947)
 魔女たち (Häxorna) (1938) (メッツォソプラノと管弦楽のための)
  大きな蛾の二枚の羽 (Två stora nattfjärilsvingar)
  テマリカンボクとリンボクの間を歩かないで (Gå ej bland olvonträ och slån)
  オオバコの野を踊りながら (Dansen går på grobladsplan)
  はるか遠く、夜の闇のなかに (Långt, långt bort i kvällarnas kväll)
  カーリン・インゲベック (ソプラノ) スウェーデン放送交響楽団 ハンヌ・コイヴラ (指揮)
  [録音 199917日 − 8日 ベールヴァルド・ホール (ストックホルム)]
  [制作 ヤン・B・ラーション 録音 ルネ・アンドレアソン]
 ディヴェルティメント・エレジアーコ (Divertimento Elegiaco) (1918) (弦楽オーケストラのための)
  スウェーデン放送交響楽団 レイフ・セーゲルスタム (指揮)
  [録音 1974111日 − 11日 王立音楽アカデミー・コンサートホール (ストックホルム)]
  [制作 ヨーラン・アルテーウス 録音 クヌート・ルンドクヴィスト]
 パルティータ (Partita) ロ短調 (1933) (ヴァイオリンと管弦楽のための)
  ベルント・リュセル (ヴァイオリン) スウェーデン放送交響楽団 ニクラス・ヴィレーン (指揮)
 交響詩《海は歌う (海の歌) (Havet sjunger/Song of the Sea)(1913)
  スウェーデン放送交響楽団 ニクラス・ヴィッレーン (指揮)
  [録音 20011011日 ベールヴァルド・ホール (ストックホルム)]
  [制作 シンシア・セッテルクヴィスト 録音 イアン・シーダホルム]

 

シベリウスのオペラ《塔のおとめ》−− おとめを救うべきか?

 作曲家にとってオペラとは何か? いろいろな人たちの作品リストを見ていて、ふと考えることがあります。でも、この問題を考えるのはやめておきましょう。オペラの音楽というものが果たして “まともな” 音楽か、とまでは言わないにしても、オペラには、いわゆるオペラ・ファン以外の人たちから敬遠されたり、揶揄されても仕方ないと思えるところが少なからずあり、この問題には立ち入らないほうが身のためです。

 といって、決してオペラが嫌いということではなく、むしろ好きなほう。シュトラウスの 《影のない女》 の新演出とか、キーロフのオペラが来日してプロコフィエフの 《炎の天使》 を上演するとかいう話を耳にすると、東京まで出かけていき、リンカーンセンターでメトの建物を目にすると演目が気になり、それがモーツァルトの 《魔笛》 だったりすると嬉しくなる。“オペラは娯楽” と割り切って、しっかり楽しんでいるということでしょう。

 ただ、胸の内にある感情を大声で歌って聴かせるなど、一般には不自然なことをやってしまうのもオペラです。でも、エレクトラの慟哭などになると、それはそれで壮大な音楽に見合うだけの悲劇性があり、ひところ流行ったニューミュージックのシンガーソングライターが自分の “クラい” 日記を歌って聞かせるほどには、おかしくはありません。なにしろ音楽がカッコいいし。トリスタンとイゾルデの愛の二重唱のように、途中でシャワーを浴びて戻ったら、まだ同じようなことを歌っていたという風なことを気にしなければ、オペラというのは結構楽しめる娯楽です。でも、何とかいう名前のコロラトゥーラソプラノが来日して、イタリアの何とかいう作曲家のオペラを歌うというふうな話は、ちょっと……。娯楽とはいえ、そのあたりが分岐点です。

 北欧の作曲家のなかでは、有名なところではカール・ニルセン Carl Nielsen (1865-1931) が2曲 (《サウルとダヴィデ (Saul og David)》 と 《仮面舞踏会 (Maskerade)》) を書いており、そのほかにも多くの作曲家たちの曲が残されています。フィンランドでも、古くはパーシウス Frderik Pacius (1809-1891) の 《カール王の狩り (Kung Karls jakt)》 から、先日ヘルシンキで上演されたラウタヴァーラの室内オペラ 《太陽の家 (Auringon talo)》 (ミッコ・フランクの指揮で 2003年に録音予定) まで多くの作品が書かれています。なかには、今年のサヴォンリンナ・オペラフェスティヴァルでも上演されるアーレ・メリカント Aarre Merikanto (1893-1958) の 《ユハ (Juha)》 のように、オペラのみならずフィンランドの音楽を代表する曲とまで評価されている作品さえあります。

 ところが、同じフィンランドの作曲家でもシベリウスの場合、ことオペラとなると、完成した作品は 《塔のおとめ (Jungfrun i tornet)》 の1曲だけ。この曲の前に、「カレヴァラ」を題材にした 《舟の建造 (Veneen luominen)》 というオペラの作曲を計画し、自ら台本を書きましたが、1894年にバイロイトを訪れた直後に作曲を放棄。その素材は交響詩《レンミンカイネン (Lemminkäinen)》 に流用されました。

 シベリウスがオペラの作曲を手がけなかった理由について、多くの音楽学者は、オペラが求める様式と自分の音楽との間に違和感があるのをシベリウスがよく知っていたことを挙げています。唯一残された《塔のおとめ》を聴くと、シベリウスの交響曲や音詩 (交響詩)、あるいは 《国王クリスチャン二世 (Kung Kristian II)》 や 《ペレアスとメリザンド (Pelléas och Mélisande)》といった劇のための音楽にくらべ、どことなく落ち着きのよくない感じを受けることがあります。たとえば、短い序曲のあとの第1景の音楽。管弦楽の前奏につづき、行政官と娘の二重唱に入ったとたん、いつものシベリウスとはどこかが違います。序曲が、《カレリア》組曲の第1曲《間奏曲》を思わせる雰囲気をもった音楽だっただけに、ショックというと言い過ぎですが、それに近いものがあります。プッチーニあたりだったら難なくやってのけることも、シベリウスとなると勝手が悪そうです。

 そもそも、このオペラは、お話そのものが他愛ないことも問題かもしれません。行政官が渚で見かけた美しい娘を自分のものにしようと誘拐し、塔に閉じこめる。娘の恋人だった若い農夫が娘を探しにやってくる。恋人たちが再会したところに行政官があらわれ、農夫に斬りかかろうと剣を抜いたところに女城主がやってきて行政官を逮捕し、恋人に娘を返してやる。手に手をとって宴に向かう恋人たち! オペラにまともな話を求めるのが無粋なことはわかっていても、これはちょっと。

 さらに、「プロットはヴィクトリア朝風メロドラマの域を大きく越えるものではなく、オペラ全体の設定も説得力があるとは言い難い」(Virgin Classics VC5 45493-2 ブックレット) と音楽学者のロバート・レイトンが言うように、ラファエル・ヘルツベリ Rafael Hertsberg による台本 (スウェーデン語) もシベリウスに真のインスピレーションを与えたとは言えないでしょう。同じように素朴なプロットをもつメーテルリンクの《ペレアスとメリザンド》で作曲者のドビュッシーが微妙な心理の綾を描写、あるいは象徴的な奥深さを表現することができたのは、台本の質の違いによるところも大きいように思います。

 シベリウスのことなので、台本の欠陥を知らなかったとはいえないでしょう。にもかかわらず、シベリウスが《塔のおとめ》の作曲を引き受けたのは、この物語がフィンランドの独立への戦いを象徴しており、オペラを上演することによって基金のための募金を行うことが目的だったといわれます (マッティ・フットゥネン Matti Huttunen 「シベリウス − 写真でたどる生涯」(音楽之友社) )。それを考えれば、数年前に《舟の建造》を断念したばかりのシベリウスがオペラの作曲に取り組んだこともわかります。

 では、シベリウスの《塔のおとめ》は失敗作?

 いや、それはちょっと気が早い。たしかに、はじめて聴いたときには、妙なところばかりが印象に残り、“シベリウスの名誉のために……” と思わないでもありません。が、何度か聴くうちに、演奏時間にして35分程度のオペラの中にシベリウスならではの魅力を感じさせる音楽があることに気づいてきます。さきほど少し触れた序曲、第1景と第2景を結ぶ音楽、第2景の娘の祈りの歌、幽閉された娘の耳に届く農民たちの合唱 −− 「さあ、森では春の風が吹いている、白樺の木と菩提樹の間を南の風が…… (Nu i skogen vårens vindar susa, Sunnan vind i björk och lind nu går...)」 −− 第4景の若者の歌、そして、喜びにあふれた第8景の合唱 (ステーンハンマルがカンタータ《歌 (Sången)》に引用した、リンドブラードの歌曲《ある夏の日 (En sommardag)》を思わせるフレーズも出てきます)。全般的にヴァーグナーの影響が見られるのは確かだとしても、借り物の音楽にとどまっていないのは素晴らしいことです。とりわけ、自然の響きをさわやかな管弦楽の音楽として描くときのシベリウスの音楽は、その後のシベリウスの曲を彷彿とさせます。

 この作品の1896年11月ヘルシンキでの初演は好評だったにもかかわらず、1912年にアイノ・アクテ Aino Acté (1876-1944) −− シベリウスの歌曲を多く初演したソプラノ歌手 −− がサヴォンリンナでの再演の許可を求めた際には、シベリウスは台本の不満足を理由に拒否。しかし、ほんとうの理由は、シベリウス自身の音楽に対する不満にあり、実際、初演の翌年には改訂することを考えていたといわれます。結局、この作品には作品番号はつけられず、出版もされずに、(シベリウス自身が言ったように) “塔の中に閉じこめて” おかれることになります。しかし、シベリウスはこの曲を第8番の交響曲のように焼き捨てはしなかった。このあたりに、この作品に対する作曲者の思いがうかがえます。

 このオペラは、これまでにネーメ・ヤルヴィ Neeme Järvi (b.1937) の録音がCD化されていました (BIS CD250)。そして今回、彼の長男パーヴォ・ヤルヴィ Paavo Järvi (b.1962) とエストニア交響楽団による新録音が登場 (Virgin Classics VC5 45493-2)。冷静に音楽を進めながらも音楽に対する共感を失わず、音楽そのものに語らせるような自然な演奏です。親子とはいえ、とかく誇張が目立つ父ネーメとは音楽の性格が異なるという感じを受けます。

 この作品を初演以来ひさびさに演奏した −− 塔から救い出した −− のはシベリウスの娘婿、ユッシ・ヤラス Jussi Jalas (1908-1987)。フィンランド放送による演奏会形式による上演で、この演奏は1981年にラジオ放送されています。フィンランドの音楽誌では、シベリウスの精神 (esprit) を反映しているかどうかとなると、パーヴォ・ヤルヴィ (そしてネーメ) の演奏はヤラスに及ばないと評しています。となると、フィンランド放送局はその録音をもっているはずなので、聴いてみたいものです。

 おとめ役を歌うソプラノのソールヴェイ・クリンゲルボルン Solveig Kringelborn は、シベリウスが書いたヴァーグナー流の強靱な旋律をしっかりと歌っていて、瑞々しい声も魅力。ただ、シベリウスの音楽が “楚々とした乙女” を求めていないことを理解した歌になっているのはいいにしても、彼女のヴィブラートの質は好みが分かれそう (テノールのラーシュ=エーリク・ヨンソン Lars-Erik Jonsson も同様)。ちょっと残念です。それにしてもエストニアのオーケストラは、いい感じの演奏をしています。

 組み合わせの、シベリウスの劇音楽のなかでも指折りの傑作《ペレアスとメリザンド》組曲でも、パーヴォ・ヤルヴィは、感傷に陥ることを避けた演奏をしています。《メリザンド (Mélisande)》 や 《田園詩 (Pastorale)》 のように、さらに詩情が求められてもいいと思われるところもありますが、これは解釈の問題でしょう。しなやかな音楽を聴かせるトゥマス・オッリラ Tuomas Ollila (b.1965) とタピオラ・シンフォニエッタ (Ondine ODE952-2) や、劇音楽版の原典譜によるオスモ・ヴァンスカ Osmo Vänskä (b.1953) とラハティ交響楽団 (BIS CD198) とは違い、パーヴォは、作品のもつ厳しい悲劇性を表面に出したかったのではないかという気がします。管弦楽の音色と空気感をゆたかにとらえた Virgin Classics の録音も、演奏をじっくり聴かせることに貢献しています。

 ディスクの最後に納められた 《悲しいワルツ (Valse Triste)》 は、引き締まった音楽と独特の揺れを聴かせるフレージングが魅力。素敵なアンコール曲になりました。

Virgin Classics VC5 45493-2 ジャン・シベリウス (1865-1957)
 オペラ《塔のおとめ (Jungfrun i tornet)》(1896)
 劇音楽《ペレアスとメリザンド (Pelléas et Mélisande)》作品46
 悲しいワルツ (Valse triste) 作品44-1
  ソールヴェイ・クリンゲルボルン (ソプラノ) ラーシュ=エーリク・ヨンソン (テノール)
  ギャリー・マギー (バリトン) リッリ・パーシキヴィ (メッツォソプラノ) エッレルヘイン少女合唱団
  エストニア国立男声合唱団 エストニア国立交響楽団 パーヴォ・ヤルヴィ (指揮)
  [録音 2001年3月23日 − 26日 エストニア・コンサートホール (タリン)]
  [制作 トーマス・ヴァヴィロフ 録音 マイド・マーディク]

 

アルヴォ・ヴォルメル − エドゥアルド・トゥビン交響曲シリーズ (第4番・第7番)

 アルヴォ・ヴォルメル Arvo Volmer (b.1962) とエストニア国立交響楽団によるエドゥアルド・トゥビン Eduard Tubin (1905-1982) の交響曲シリーズの第3作 (ABCD155) では、第4番《シンフォニア・リリカ (Sinfonia Lirica) (抒情的な交響曲)》と第7番の交響曲が取り上げられました。

 トゥビンの交響曲第4番には、ネーメ・ヤルヴィ Neeme Järvi (b.1937) とベルゲン・フィルハーモニック管弦楽団 (ベルゲン交響楽団 Musikselskabet "Hamonien", Bergen) によるディスク (BIS CD227) があり、ある意味では、トゥビンはすべてこの1枚の LP から始まったという歴史的な意味合いをもっています。この LP は、作曲者のトゥビンと同様に第2次世界大戦中に祖国を脱出したエストニアの人たちの財政的な支持により実現した、1981年11月5日のベルゲンでのライヴ演奏を収録しており、会場にみちていた “特別な想い” が伝わってきます。この録音が指揮者のヤルヴィの手でスウェーデンのレコード会社 BIS に持ち込まれ、未完の第11番をのぞく交響曲全曲やその他のトゥビン作品の録音につながっていくきっかけとなりました。

 エストニアの指揮者アルヴォ・ヴォルメルの Alba へのトゥビン・シリーズは、これまでに第2番と第5番 (ABCD141) と、第3番と第6番 (ABCD147) がリリースされており、いずれもきわめて新鮮な印象を与えてくれました。そして今回の第4番。待っていた甲斐があった。それが個人的な感慨です。たしかに、ヤルヴィの演奏は、トゥビンの音楽に対する理解と共感が伝わってくる、見事な演奏だと思います。しかし、個人的な気持ちを言えば、何かふっきれないものがくすぶっていました。いちばん大きな問題は、ヤルヴィの演奏では、春の兆しを語る第1楽章ですでに大きなクライマックスが築かれ、つづく3つの楽章でも “ことある” ごとに音楽が盛り上がることです。このコンサートが行われた状況が状況で、指揮者もオーケストラも思い入れが強すぎたのか、それともそれがヤルヴィの音楽づくりなのか。それに、全体に、指揮者がオーケストラをぐいぐい引っ張っている様子が目に見えすぎるのは、居心地がよくありません。好みの問題なのかもしれませんが。

 それに対してヴォルメルの演奏では、指揮者の作品全体の見通しがはっきりしていて、音楽を冷静にすすめています。これまでの4曲と同じアプローチです。第1楽章は、“むせかえるような春の香り” ではなく “静かに思い出す祖国の春” といった趣にとどめ、スケルツォにあたる第2楽章でも感情の表出を最小限におさえています。そして第3楽章。この楽章に入ると、第1楽章の最初から音楽の内側に芽生えてきていた感情の流れが少しずつ幅を広げ、しだいにほとばしるような音楽になっていきます。明らかにヴォルメルはこの楽章を作品全体のクライマックスと考え、だからこそ、それまでの楽章にひそむ数々の誘惑に抗してきたのでしょう。激しい感情が収束したあとの独奏ヴァイオリンの歌が心に残ります。

 静謐のなかから躍動が生まれていく終楽章。ヴァルド・ルメセン Vardo Rumessen (b.1942) −− ピアニスト、音楽学者で現在はエストニア国会議員でもある −− が “交響曲全体にかかる大きな虹のような” と表現する (ABCD155 ブックレット) この楽章でも、しっかりした歩みで音楽を進めていきます。終結部でも、ヴォルメルは作品全体のバランスをこわしてまでも巨大に盛り上げるという結び方をしていないために、熱狂や興奮することなく、第4番という音楽を流れる豊かな“抒情”を振り返ることができ、全曲を聴き終えたあと、そのことに胸が熱くなります。

 第7番の交響曲は、大編成の管弦楽による “黙示録的な嵐” の音楽とも言われる第6番のあとを受け、(作曲者によると) “小管弦楽の潜在力を使った”作品です。古典的な形式にのっとって構成されていることから、トゥビンの交響曲のなかでは、もっとも明快な作品といわれます。第1楽章と第3楽章がソナタ形式。第2楽章はスケルツォ風エピソードをはさんだ複合三部形式。形式の点だけでなく、それまでの交響曲との大きな違いは、禁欲的と言われてもおかしくないくらい、極度の感情の吐露を控えていることです。

 作曲者の内面のさまざまな抑圧された感情が複層的に絡み合い、それが解決されないままに終わる第1楽章。旋律が絶えることなく流れる −− 中間の風刺的な雰囲気の部分をのぞいて −− 第2楽章。それとは対照的に、リズミカルな音型が音楽を駆動する力となる第3楽章。そして、大きな歩みとともに一気に迎える終結。ヴォルメルは、第4番 −− そして、これまで録音した4曲 −− と同じく、 この作品でも無理のない息づかいで音楽を進めています。その結果トゥビンの音楽の形がはっきりと見えることになり、一見すると無機的に思われそうな流れの中から突然浮き上がってくる“旋律”が、強い印象を残すことになります。他の交響曲にはない魅力をもった作品ではないかと思っていた第7番の音楽を実際に音で確かめることができた嬉しさは格別です。

 ヴォルメルの指揮とともに、エストニア国立交響楽団のどちらかというと明るい響きは、この2つの作品でも代えがたい魅力になっています。ちょっと欲を言えば、同じオーケストラをパーヴォ・ヤルヴィが指揮したシベリウスのオペラ《塔のおとめ》のディスク (Virgin Classics VC5 45493-2) くらい、高域から低域への周波数帯域の広い、オーケストラの音場が感じられる録音だったら、ということでしょう。録音場所、エンジニア (マイド・マーディク Maido Maadik) が同じなので、あるいは意図したことと考えることもできますが、本当のところはどうなのでしょうか。

 Alba のシリーズでは次に第1番と第8番が録音され、そのあと、第9番、第10番、そして第1楽章だけの第11番 −− このコンビにとっては再録音 −− を1枚に収録したディスクで全曲録音を終えることになっています。第7番と同様、比較的地味な作品をヴォルメルがどう聴かせてくれるか。このコンビのトゥビンを楽しみにしているファンも多く、リリースが待たれます。

[追記  Gramophone (September 2002) の批評でガイ・リカーズ Guy Rickards 氏が、“後の、より力強い音楽を先に聴いていたので、(ヤルヴィが演奏する) 第4番には、はっきり、しらけた” と書いています。そこまでは言わないにしても、そのあと、“ヴォルメルの新しい演奏解釈が見方を変えてくれた” とあるのには共感します] (29.8.2002)

Alba ABCD155 エドゥアルド・トゥビン (1905-1982) 交響曲全集 第3集
 交響曲第4番 イ長調 《シンフォニア・リリカ (抒情的な交響曲) (Sinfonia lirica)》(1943 rev.1978)
 交響曲第7番 (1955-58)
  エストニア国立交響楽団 アルヴォ・ヴォルメル (指揮)
  [録音 1998年9月23日 − 24日 (第4番)、2000年3月10日 (第7番) エストニア・コンサートホール (タリン)]
  [制作・録音 マイド・マーディク]

 

トゥビン、交響曲第3番の版について

 今年 (2002年) 10月に広島交響楽団が日本初演する、エドゥアルド・トゥビン Eduard Tubin (1905-1982) の交響曲第3番の版については複雑な経緯があります。スウェーデンのヌーディスカ音楽出版社 Nordiska Musikförlaget が出版した研究用スコアの解説で、校訂に携わったヴァルド・ルメセン Vardo Rumessen (b.1942) が経緯についてふれているので、その概略を紹介しましょう。

 第3番の交響曲は1941年にモスクワで開催が予定されていたエストリア・ソヴィエト社会主義共和国芸術の十年 (Estonian SSR Art Decade) に委嘱され、トゥビンは 1940年11月に作曲に着手します。しかし、第二次世界大戦が勃発したためにこの催しは中止になり、トゥビンは書きかけの草稿を破棄しました (草稿の6ページだけは、タリンの国立劇場音楽博物館 (TMM) に保存されています)。しかし、1940年12月1日、トゥビンは第3番の第1楽章から新たに作曲にとりかかります。全3楽章の作曲が終わり、スコアとしてまとめられたのは1942年10月9日。これがオリジナル (第1稿) です。

 この第1稿により、1943年2月26日、タリンのエストニア・コンサートホールでオラヴ・ローツ Olav Roots 指揮エストニア放送交響楽団が初演。同年10月22日 (タリン放送局) と12月21日 (ラトヴィアのリガ) (ラトヴィア放送交響楽団) にも演奏されています。翌1944年9月、トゥビンはスウェーデンに亡命。

 1968年、トゥビンは第3番の改訂を行うことにします。前年の1967年、トゥビンはこの曲をエストニア・ソヴィエト社会主義共和国文化省へ提出することをエストニア在住の友人、ライムンド・セップ Raimund Sepp に委任しており、セップがスコアからパート譜をおこすことを提案したことから、スコア (第1稿) を1部、セップの元に届け、セップがトゥビンの指示により改訂を手助けするという形で作業が進められることになります。エストニア放送交響楽団のヴィオラ奏者だったセップが多忙のため作業には時間がかかり、改訂がひとまず終了したのは翌1969年。これが改訂版 (第2稿) となります。

 交響曲第3番のスコアが文化省に受理されたのは1982年1月28日のこと。その間、スコアにわずかな変更が加えられるとともに、セップの手でパート譜も完成しています。しかし、同年11月17日、トゥビンが死去。モスクワのソヴィエト連邦文化省の指令により連邦全域でトゥビンの全作品の演奏が禁止されます。

 その後、第3番は、1984年2月21日にリトアニアのカウニスでヨウザス・ドマルカス Jouzas Domarkas 指揮リトアニア国立交響楽団が演奏。このときには、音楽学者のマルト・フマル Mart Humal がセップのパート譜に基づいて新たにまとめたスコアが使用されました。

 トゥビンの手元にあったオリジナル (第1稿) は、現在、ストックホルムのヌーディスカ音楽出版社が所有 (未出版)。改訂版はエストニアの国立劇場音楽博物館にあります。ヌーディスカ音楽出版社が出版したスコアとパート譜は、改訂版 (第2稿) をルメセンが校訂したもの。トゥビンに変更の意図がありながら、セップとの作業で手の入らなかった箇所の修正も行われています。

 トゥビンとセップによる改訂が行われたのは第1楽章と第3楽章 (第2楽章の第221小節のあとの2小節のカットは、初演に先だったオリジナル (第1稿) の楽譜の段階ですでに抹消されています)。改訂の主な内容は、旋律線の追加、オーケストレーションの変更、そして小節のカットです。最終的に改訂版では第1楽章で31小節、第3楽章で4小節がカットされました。第3楽章、第50小節のテンポ指定は Andante marciale, ma maestoso から Allegro marciale ma, maestoso に変更。改訂した内容を手元のオリジナル第1稿に書かなかったトゥビンも、このテンポ指定の変更は記入しています。

 トゥビンの交響曲第3番がふたたびエストニアの地で響いたのは、ソ連崩壊後の1990年10月12日。アルヴォ・ヴォルメル Arvo Volmer (b.1962) 指揮のエストニア国立交響楽団による演奏です。この演奏は (ルメセン校訂の) 改訂版により行われ、後のCD録音 (Alba ABCD147) でも同じ版が使われています (BBC Music Magazine の付録CD (クリスチャン・ヤルヴィ Kristjan Järvi 指揮) も同じ)。ちなみに、ネーメ・ヤルヴィ Neeme Järvi (b.1937) 指揮のスウェーデン放送交響楽団による録音 (BIS CD342) はオリジナル第1稿です。

 トゥビンを改訂を行ったのは、文化省に受理してもらいやすくするためではなく、あくまで第1稿に不満があったため。ヴァルド・ルメセンに確認したところ、そういう回答がありました。今回の広島交響楽団の演奏も改訂版により演奏されることになっています。

[参考資料 エドゥアルド・トゥビン 交響曲第3番 (研究用スコア)
        ヴァルド・ルメセン解説 (英訳 エイノ・トゥビン) (ヌーディスカ音楽出版社)]

(TT)

Alba ABCD147 エドゥアルド・トゥビン (1905-1982) 交響曲全集 第2集
 交響曲第3番 ニ短調 《英雄的 (Heroiliseks/Heroic)》(1940-42 rev.1968)
 交響曲第6番 (1952-54 rev.1956)
  エストニア国立交響楽団
  アルヴォ・ヴォルメル (指揮)

 

 

新譜情報

2L 2L7 ルートヴィヒ・ファン・ベートーヴェン (1770-1827)
 チェロソナタ第1番 ヘ長調 作品5-1 チェロソナタ第3番 イ長調 作品69
 チェロソナタ第5番 ニ長調 作品102-2
  ビョルン・ソールム (チェロ) クリスティン・フォスハイム (フォルテピアノ)

◇ビョルン・ソールム Bjørn Solum (b.1957) はオスロ・フィルハーモニック管弦楽団の副首席チェロ奏者。マグヌス・ヘーグダール Magnus Hegdahl、レヴィ・ヒンダル Levi Hindar、フランス・ヘルメション Frans Helmersson (b.1945) (ノルウェー国立音楽アカデミー)、ウィリアム・プリース William Pleeth に師事。1980年にオスロでデビューコンサート。ノルウェー放送管弦楽団と契約。ノルウェー室内管弦楽団の創設にも助力。1989年にオスロ・フィルハーモニックに。バラット=ドゥーエ音楽学校とアカデミーでチェロを教える。

 フォルテピアノを弾いているクリスティン・フォスハイム Kristin Fossheim (b.1963) はリサイタル活動のほか、独奏者としてノルウェー国内のオーケストラと共演。国立音楽アカデミーでは伴奏者を務めている。インゲル・ヨハネ・オプダール Inger Johanne Opdal、キング・ボズワース King Bosworth、イェンス・ハーラル・ブラトリ Jens Harald Bratlie (b.1948)、リヴ・グラーセル Liv Glaser (b.1935) (国立音楽アカデミー)、ホーコン・アウストボー Håkon Austbø (ユトレヒト音楽院) に師事。

 このベートーヴェンはソールム初のソロCD。異なる作曲時期の3つのソナタ −− ヘ長調 (1796年)、イ長調 (1807-08年)、ニ長調 (1815年) −− によってベートーヴェンの作曲の推移と内面の軌跡をたどる。“楽聖ベートーヴェン!” という劇画的な身振りを見せるのではなく、作曲者の思索のあとを探り、演奏者自身が作品から感じたことを聴き手に語ってくれるような演奏。ピアノでなく、ダイナミックスに限界のあるフォルテピアノを選んだ理由はそこに? 内省的なだけでなく、第3番の終楽章のアレグロ・ヴィヴァーチェの部分では、チェロとピアノの絡みがスリリング。たがいに適度の距離をとった、等身大のチェロとフォルテピアノが目の前に浮かぶ、2L の優秀な録音。ジャケットの装丁はいうまでもなく、アルバム制作のすべてに北欧センスが感じられるディスク。

Alice Musik Production ALCD024 deluxe album (1CD for price of 2)
モートン・フェルドマン (1926-1987) 2人のピアニストのための作品全集
 Vertical thoughts 1 (2台のピアノのための) Intermission 6 (1台または2台のピアノのための)
 Projection 3 (2台のピアノのための) Intermission 6 (1台または2台のピアノのための)
 Two pieces for two pianos (2台のピアノのための2つの小品) Pianos Three hands (3手のピアノ)
 Intermission 6 (1台または2台のピアノのための) Piano four hands (4手のピアノ)
 Work for two pianists (2人のピアニストのための作品) Ixion (2台のピアノのための)
 Intermission 6 (1台または2台のピアノのための) Two pianos (2台のピアノ)
  マッツ・ペーション (ピアノ) クリスティーネ・ショルス (ピアノ)

◇マッツ・ペーション Mats Persson (1943ー) は、アルゲーン Claude Loyola Allgén (1920-1990) の大曲、《幻想曲 (Fantasia)》の録音 (Alice Musik Production ALCD020) で注目されたスウェーデンのピアニスト。ポーランドに生まれ、スウェーデン在住のクリスティーネ・ショルス Kristine Scholz (b.1944) も現代作品を得意とし、ペーションとのデュオで2台 (あるいは4手) のピアノのための作品を演奏することが多い。現代スウェーデンの作品を集めた "Piano con forza" (Phono Suecia PSCD106) がデュオとしての代表的録音。

BIS CD1099 アンタル・ドラティ (1906-1988) 管弦楽のための7つの小品 (1961)
 夜の音楽 (1968) (フルートと小管弦楽のための)
 アメリカン・セレナード (1941) (弦楽オーケストラのための)
  シャロン・ベザリー (フルート) オルボー交響楽団 モーシェ・アツモン (指揮)

BIS CD1136 チェロと管楽器のための音楽
マッツ・ラーション・グーテ (1965-) チェロと管楽器のための協奏曲 (1999)
ボフスラフ・マルチヌー (1890-1959) チェロ、管楽器とピアノのための小協奏曲 (1924)
ジャック・イベール (1890-1962) チェロとウィンドオーケストラのための協奏曲 (1925)
ヒルディング・ルーセンベリ (1892-1985) 管楽器と打楽器のための交響曲 (1966)
  トゥールレイフ・テデーエン (チェロ) オーショッタ・シンフォニック・ウィンドオーケストラ
  ヘルマン・ボイマー (指揮)

BIS CD1226 GP・テレマン (1681-1767)
 組曲 ト長調 《ドン・キホーテのブルレスカ (Suite Burlesque de Quixotte)TW55:G10
 協奏的組曲 イ長調 (ヴァイオリン、弦楽と通奏低音のための) TWV55:A8
 弦楽と通奏低音のための協奏曲 ニ長調 組曲 ニ長調
  (ヴィオラダガンバ、弦楽と通奏低音のための) TWV55:D6
 組曲 イ短調 (弦楽と通奏低音のための) TWV55:a7
  ドロットニングホルム・バロックアンサンブル

◇ヴィヴァルディの《四季》 (BIS CD275) で注目を集めた、時代楽器グループ、ドロットニングホルム・バロックアンサンブルのほぼ10年ぶりの BIS への録音。リーダーは現代楽器による演奏でも有名なニルス=エーリク・スパーフ Nils-Erik Sparf (1952-)。演奏されているのは、テレマンが書いたもっとも色彩的な作品のひとつとされる《ドン・キホーテのブルレスカ》と、さまざまな編成の組曲。手稿譜がウプサラ大学の図書館に所蔵されたまま、テレマンの時代以来演奏されたことのない作品も含まれている。

BIS CD1228 デイヴィッド・マスランカ (1943-) 木管五重奏曲第1(1984)
 木管五重奏曲第2(1986) 木管五重奏曲第3(1999)
  ベルゲン木管五重奏団

BIS CD1230/1 2CD's ヨウン・レイフス (1899-1968) 舞踊劇《バルドル (Baldr)》 作品34 (1943-47)
  グンナル・グヴズビョルンソン (テノール) スコラ・カントールム
  アイスランド交響楽団 カリ・クロプス (指揮)

◇《バルドル (Baldr)》は、交響曲第1番《サガの英雄たち (Söguhetjur)》(サガ交響曲 (Sögusinfónían/Saga Symphony)) につづく、ヨウン・レイフス Jón Leifs (1899-1968) の大作。中世アイスランドの文学「古エッダ」からとったテクストによる歌と合唱をともなう "無言舞踊劇" です。《サガの英雄たち》 と同様に、不要な装飾をすべて排し、できるかぎりむき出しの音楽を書きたいという作曲家の姿勢が、この作品にも見られます。鉄床、岩石、鎖などを打楽器として使い、ヨウン・レイフスが作曲中に体験した火山の噴火に触発された、アイスランドの大地に息づく超自然の力を音楽により描写しています。いずれも初めての試みとして、後の《間欠泉 (Geysir)》など一連の "火と水の音楽" に引き継がれていきます。ポール・ズーコフスキー指揮による演奏 (CP2 106/7) 以来の録音。

Caprice CAP21592 ベルンハード・ヘンリク・クルーセル (1775-1838)
 クラリネット協奏曲第3番 変ロ長調 作品11
  ホーカン・ルーセングレン (クラリネット) スンドスヴァル室内管弦楽団 ヨン・ストゥルゴールズ (指揮)
 クラリネット四重奏曲第1番 変ホ長調 作品2 クラリネット四重奏曲第2番 ハ短調 作品4
  ホーカン・ルーセングレン (クラリネット) ペール・エーノクソン (ヴァイオリン)
  オイヴォル・ヴォッレ (ヴィオラ) レオ・ヴィンランド (チェロ)

◇フィンランドで生まれ、スウェーデンで活躍したクラリネット奏者で作曲家のベルンハード・ヘンリク・クルーセル Bernhard Henrik Crusell (1775-1838) の代表作、3曲ずつ残されたクラリネット協奏曲とクラリネット四重奏曲の選集。第3番の協奏曲は3曲のなかでもっとも技巧を要求される。独奏クラリネットと弦楽、バスーンとホルンなど、さまざまな“対話風”の音楽がおもしろいアンダンテ・モデラートの第2楽章。アラ・ポラッカの指定のある第3楽章は、陽気で軽快なリズムのポロネーズの音楽。四重奏曲はウィーン古典様式にならい、トリオのあるメヌエットを含む4楽章の形式をとる。協奏曲と同様、ウィットと知的なひらめきの感じられる、楽しい音楽。

 ホーカン・ルーセングレン Håkan Rosengren (1963-) はスウェーデンの奏者。独奏者として欧米を中心とするコンサート活動を行いながら、多数の録音も行っている。クルーセルの曲は、すでに《序奏とスウェーデンの旋律による変奏曲》とクラリネット協奏曲第2番 (ヘ短調) を録音している (Musica Sveciae MSCD527)。四重奏曲のヴァイオリニスト、ペール・エーノクソン Per Enoksson (1961-) はヨーテボリ交響楽団の第1コンサートマスター。ルーセングレン、マッツ・ロンディン、ステファン・ボイステンと共演したメシアンの《世の終わりのための四重奏曲》の録音がある (Caprice CAP21481)。オイヴォル・ヴォッレ Öyvor Volle はヴェルターヴォ弦楽四重奏団のヴァイオリニスト。この録音ではヴィオラを弾いている。レオ・ヴィンランド Leo Winland はストックホルムの王立オペラとヨーテボリ交響楽団の首席チェロ奏者。

Caprice CAP21612
ベーラ・バルトーク (1881-1945) ヴァイオリンソナタ第1(1921)
エルンスト・フォン・ドホナーニ (1877-1960) ヴァイオリンソナタ 嬰ハ短調 作品21 (1912)
  セシリア・シリアクス (ヴァイオリン) ベンクト=オーケ・ルンディン (ピアノ)

◇セシリア・シリアクス Cecilia Zilliacus (b.1972) は、シーグルド・フォン・コック、ルーセンベリ、H・メルケル・メルケシュのヴァイオリンソナタを演奏したディスク、“スウェーデンのヴァイオリンソナタ” (Phono Suecia PSCD705) でスウェーデン・グラミー賞 (2000年) を受賞した。今回、スウェーデン内外のオーケストラとの共演、室内楽活動 −− テンメル四重奏団、 (名前のない) 弦楽三重奏団の一員として −− そしてソロ・リサイタルなど、スウェーデンを代表する若手ヴァイオリニストとしての活動が評価され、2001/02年のシーズンの “Rising Stars (新進スター)” のひとりに選ばれた。この新しいディスクはそれにあわせての企画。

 引き締まった、純度の高いヴァイオリンの響きと、作品に素直に向き合った演奏がひろく支持されている。バルトークの第1番のヴァイオリンソナタは、第一次大戦後、シェーンベルクの十二音音楽の誘惑などもあって、バルトークが自分の音楽を再吟味した時期に書かれた作品。ハンガリーの響き、シマノフスキの影響ともいわれるロマンティシズムなど、さまざまな要素が混在した、バルトークの音楽のなかでももっとも把握しにくいとされる作品のひとつ。シリアクスは、ことさら強弱を強調することも、(第1楽章など) ロマンティシズムに耽溺することもせず、音楽の内面を追求しながら曲の形を整えていく。大ホールでの大柄な演奏とは対極にある、真摯な音楽づくり。リサイタルのパートナーとして信頼関係にあるベンクト=オーケ・ルンディン Bengt-Åke Lundin (b.1963) が、この録音でも共演している。

dacapo 8.224173 フィニ・ヘンリケス (1867-1940) 管弦楽作品集
 ロマンス (Romance) (1894) 蚊の踊り (Myggedans) 作品20-5 (1899) 悪魔の踊り (Djavledans) (1920)
 Tata (1932) 劇音楽《鍛冶屋のヴェロン (Vølund Smed)》組曲 (1896) 組曲 ヘ長調 作品12 (1894)
 バレエ《人魚姫 (Den lille Havfrue)(1909)
  クリスティナ・オストラン (ヴァイオリン) マックス・アートヴェズ (オーボエ) ヘルシングボリ交響楽団
  ジョルダーノ・ベリンカンピ (指揮)

◇ピアノ三重奏曲《子供の三重奏曲 (Børnetrio)(dacapo DCCD9310) や歌曲 (dacapo DCCD9114) など、チャーミングで暖かみのある音楽で人気のあった、デンマークのヴァイオリニスト、作曲家のフィニ・ヘンリケス Fini Henriques (1867-1940) が管弦楽や劇のために書いた作品集。ヘンリケスは、ヴァイオリンをヨーゼフ・ヨアヒムに、作曲をスヴェンセン Johan Svendsen (1840-1911) に学んだ。バレエ《人魚姫 (Den lille Havfrue)》と劇音楽《鍛冶屋のヴェロン (Vølund Smed)》は、ヘンリケスの管弦楽作品のなかでももっとも成功をおさめた作品。

EMI - Classics for Pleasure CDZ5 75566-2 ジャン・シベリウス (1865-1957)
 ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 作品47 《カレリア (Karelia)》組曲 作品11
 音詩《ある伝説 (En Saga)》作品9 音詩《フィンランディア (Finlandia)》作品26
  ウジェーヌ・サルビュ (ヴァイオリン) ハレ管弦楽団 オーレ・シュミット (指揮)
  ロイヤル・スコットランド国立管弦楽団 サー・アレクサンダー・ギブソン (指揮)


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© Nordic Sound Hiroshima

CD artwork © Alba (Finland), Alice Musik Produktion, STIM (Sweden)