Newsletter No.45   15 July 2002

 

時代楽器で演奏するヴァイセの交響曲

 CEF・ヴァイセの交響曲の新しいディスクがリリースされました (Classico CLASSCD399)。第1番と第7番の交響曲を、時代楽器による演奏団体、コンチェルト・コペンハーゲンと、現在の芸術監督ラース・ウルリク・モーテンセンによる演奏。ミケール・シェーンヴァント Michael Schønwandt 指揮の王立管弦楽団による全7曲の演奏 (dacapo 8.224012/8.224013/8.224014) 以来の録音です。

 クリストフ・エルンスト・フリートリヒ・ヴァイセ Christoph Ernst Friedrich Weyse (1774-1842) は、フレゼリク (フリートリヒ)・クーラウ Frederik (Friedrich) Kuhlau (1786-1832) とともに、19世紀初期のデンマーク音楽を代表する作曲家。1774年、デンマーク領だったホルステン (ホルシュタイン) 公国の首都アルトナに生まれました。CPE・バッハのもとで学ぶことを望んでいながらそれは実現せず、王立オペラの芸術監督、ドイツ出身の JAP・シュルス (シュルツ) J. A. P. Schulz (1747-1800) に師事するため、15歳のときにコペンハーゲンに出てきます。ヴァイセは、ピアノ、ヴァイオリン、作曲とともにオルガン演奏も学び、1792年には改革教会 (Reformert Kirke) 副オルガニストの職に就きました。同じころ、シュルスの紹介で、ヴァイセは、いくつかあった音楽家たちの協会のひとつ“ハーモニエン (Harmonien)”の一員に迎えられます。

 ヴァイセの7曲の交響曲が書かれたのは、ちょうどこの時期、1795年から1799年にかけてのこと。この7曲が、こういった協会で演奏することを目的に作曲されたのは、ほぼ間違いないと考えられています。1801年にヴァイセは作曲活動をいったん中断、その後1807年にふたたび作曲を始めながらも、新しい交響曲は1曲も書いていません。しかし、第7番をのぞく6曲については改訂を行い、楽章のいくつかを劇音楽に転用することも行っています。

 ヴァイセの交響曲にはウィーン古典主義の作曲家の影響が色濃く、楽器編成や管弦楽の大きさもハイドンやモーツァルトの時代の作品に似ています。このディスクで演奏されている2曲では、第1番が、弦楽5部、フルート (1)、オーボエ (2)、バスーン (2)、ホルン (2)。第7番では、それに、フルート1本、トランペット (2)、ティンパニが追加されます。

 第1番 (DF117) はト短調で書かれています。これが、短調という調性の表現力ある和声感を活かすために (1770年代に) 始まった試みに倣ったものなのか、それともヴァイセがCPE・バッハの様式に親しみをもっていたためなのかは、はっきりしていません。が、結果として、軽やかな序曲風のシンフォニアではなく、“表現”ということを強く意識した音楽になっていることは確か。といっても、“ト短調”から連想されるモーツァルトの交響曲のような (アンリ・ゲオンや小林秀雄ら、モーツァルトの音楽を熱愛した作家たちの手垢のついた) 悲愴味と無縁なのは救いでしょう。第1楽章アレグロ・コン・スピリトでは、大きく跳躍する音型のリズミカルな動きと、木管楽器の緊張のほぐれた旋律の対比が音楽に陰影をつけ、そのドラマティックな色彩は第2楽章メヌエットにも引き継がれます。しかし、トリオでは、弦楽器に乗って木管楽器が旋律を歌い、くつろいだ気分をつくります。第3楽章アンダンテは歌曲のような旋律による主題と4つの変奏とコーダ。終楽章は、短調の気分を残しながらも軽快に流れていく音楽に特徴がありそうです。

 第7番 (DF123) の交響曲で感じられるのは、(初めての交響曲のせいか) 展開にどことなくぎこちなさがある第1番に対して、トランペットとティンパニが加わって華麗な響きになったにもかかわらず、音楽がすっきりとしていること。全曲を通じて木管楽器の独奏が目立ち、主題と変奏という形式をとった第2楽章アンダンテの第4変奏のオーボエの歌は、とりわけ印象的です。ヴァイセと言えば歌曲。メロディメーカーとしてのヴァイセのインスピレーションが感じられる、古典的な枠組みで支えられた交響曲。そしてヴァイセの第7番は、愛らしい音楽ということでは、19世紀デンマーク音楽のなかでも指折りの作品ではないかというような気がします。

 なお、作品につけられた DF 番号は、トーベン・スコウスボー Torben Schousboe (b.1937) といっしょにカール・ニルセンの作品目録 (FS 番号) を作成した音楽学者ダン・フォウ Dan Fog (b.1919) による、未出版作品も含めたヴァイセの作品目録による番号です。デンマークからの情報によると、フォウは、ほかにもクーラウ、ハートマン、ロンビ、ゲーゼ、ハイセの作品目録も作成しているということです (ヴァイセとクーラウ以外は出版された作品のみ)。

 コンチェルト・コペンハーゲンとシェーンヴァント指揮の王立管弦楽団の演奏は、編成の大きさと楽器の違いのために、同じ交響曲でも受ける印象がまるっきり違います。コンチェルト・コペンハーゲンの編成では弦楽器の数がおさえられていて −− たとえば第1ヴァイオリンは5人 −− そのために弦楽器と管楽器のバランスが自然。透明感のある管弦楽の響きがさわやかです。時代楽器で演奏しているため、調律はイ音 (a') = 430Hz。現代の楽器 (通常、442Hz) による演奏とでは、実質的に半音ほど低いことになります。実際、王立管弦楽団のすぐ後でコンチェルト・コペンハーゲンのディスクを聴くと、かなりのショックを受けます。それなのに、「これでなきゃ!」と言いたくなるような落ち着きのいい音楽に感じられるのは、これが、ヴァイセの音楽を再現するのに適した楽器と編成だったということでしょうか。

 コンチェルト・コペンハーゲン Concerto Copenhagen の創設は1990年。"CoCo" のニックネームで知られ、今では、時代楽器で演奏する室内管弦楽団としてスカンディナヴィアを代表するグループのひとつとまでいわれるようになりました。デンマークと南スウェーデンの演奏家が主要なメンバー。ホルン奏者のひとりにノルウェーのフロイディス・レー・ヴェクレ Frøydis Ree Wekre (b.1941) が加わっているのには驚きました。1965年から1990年にかけて、オスロ・フィルハーモニックの副首席奏者を務め、1991年にノルウェー国立音楽アカデミーの教授に就任した女性奏者です (プラッゲ、マドセン、ニューステットのホルン協奏曲を録音したCD (Simax PSC1100) がリリースされています)。コンチェルト・コペンハーゲンの代表的なディスクとしては、アグレル、セルベル、ヨンセンの協奏曲 (Musica Sviciae MSCD411) と、ハッセ、アグレルらのフルート協奏曲 (Chandos CHAN0535) が挙げられます。彼らの演奏に (時代楽器を使った現代の演奏にありがちな)“鋭い”といった不快な響きがないのは、かならずしも録音のためだけではないはずです。

 ちなみに、このディスクの録音は、王立図書館の新しい建物 "The Black Diamond (黒ダイヤ)" の中にあるホール、“女王の間 (Dronningesalen) ”で行われました。このホールはコンサート、会議、講演のために使われ、最先端のテクノロジーによる設備が自慢だとか。デザインも、歴史を感じさせる名前とは対照的に、ずいぶんと現代的です (王立図書館のホームページに写真が掲載されています)。さすが北欧、というところでしょうか。

 芸術監督のラース・ウルリク・モーテンセン Lars Ulrik Mortensen (b.1955) は、ハープシコード奏者として名高い演奏家です。コペンハーゲンの王立音楽アカデミーでハープシコード演奏と通奏低音を学び、後にロンドンでトレヴァー・ピノックにも師事しています。"Diapason d'Or (ディアパゾン・ドール)" を受賞した JS・バッハの《ゴルトベルク変奏曲》(Kontrapunkt 32023) をはじめ、ブクステフーデのハープシコードのための作品集 (Kontranpunkt 32069, dacapo 8.224116/8.224117/ 8.224118) や声楽のための作品集 (dacapo 8.224062) など、録音活動も活発。コンチェルト・コペンハーゲンの芸術監督としては、このヴァイセがはじめての録音となるはずです。

 このあと第2番から第6番の交響曲が録音されるかどうかについては予定が立っていません。最近の選挙の結果、デンマークでは保守政党に政権が移り、文化行政の点で後退が見られるようになったとのこと。音楽に対する補助も大幅にカットされているらしく、ちょっと望み薄でしょうか。このディスクが魅力的なだけに、かなり残念。CoCo の演奏でゲーゼの交響曲あたりも聴いてみたいところなのですが……。

Classico CLASSCD399 CEF・ヴァイセ (1774-1842)
 交響曲第1番 ト短調 DF117 交響曲第7番 変ホ長調 DF123
  コンチェルト・コペンハーゲン ラース・ウルリク・モーテンセン (指揮)
  [録音 2000年9月6日− 7日 (第1番) 2001年3月23日− 24日 (第7番) 王立図書館 女王の間 (コペンハーゲン)]
  [制作 ヴィゴ・マンゴ]

 

夏のスケッチ − 1910年−1945年スウェーデンのピアノ作品集

 “群島のスケッチ (Skärgårdsskisser/Sketches of the Archipelago)(Phono Suecia PSCD715) につづく、1910年から1945年のあいだに作曲されたスウェーデンのピアノ作品集の第2作。ディスクの最初に収められたヴィリアム・セイメルの曲集《夏のスケッチ (Sommarcroquiser)》が、アルバムタイトルになっています。紹介されている作曲家は6人。シェーグレン Emil Sjögren (1853-1918)、ペッテション=ベリエル Wilhelm Peterson-Berger (1867-1942)、ステーンハンマル Wilhelm Stenhammar (1871-1927) らが19世紀から橋渡しをした近代スウェーデン・ピアノ音楽を受け継いだ人たちです。

 ヴィリアム・セイメル William Seymer (1890-1964) は、ハラルド・フリュクレーヴ Harald Fryklöf (1882-1919) に学んだ後、ドイツとイギリスに留学。帰国後は音楽批評家としての活動に力を入れたこともあって、作品の数は限られています。《夏のスケッチ (Sommarcroquiser)》は、組曲ホ長調などとならび、彼の代表的ピアノ曲のひとつ。《六月の朝の歌 (Junimorgonsång)》、《孤独:孤独な歌 (Solitude: Den ensammes sång)》、《キンポウゲ (Solöga)》、《森の精が踊る (Skogsnymfen dansar)》の4曲に分かれ、流れるような旋律から生まれる抒情が特色の作品です。第3曲の《キンポウゲ》は単独でも演奏され、他の楽器のための編曲もあることから人気の高さがわかります (フルート奏者のヤン・ベンクトソン Jan Bengtson"Bengtson in Action" (nosag CD037) で演奏)。

 イングマル・ミルヴェーデン Ingmar Milveden (b.1920) は、グレゴリオ聖歌と中世音楽研究の音楽学者として知られています (1972年にウプサラ大学音楽学部の助教授に就任)。《ソナティナ (Sonatin)》は、第1楽章 "Allegro molto fresco (アレグロ・モルト・フレスコ) (きわめてさっそうと)" と第3楽章 "Rondo: vivamente assai; con ritmo (ロンド:ヴィヴァメンテ・アッサイ;コン・リトモ) (充分熱烈に、リズミカルに)" が新古典的な音楽。それに対して、第2楽章 "Andante contemplativo, all' arabesca (アンダンテ・コンテンプラティーヴォ、アル・アラベスカ) (瞑想するように落ち着いて、アラベスク風に)" では、静けさの底に流れる情熱が対照的な音楽を聞かせます。

 オラーリョ・モラーレス Olallo Morales (1874-1957) はスペイン生まれ。7歳で家族といっしょにスウェーデンに移住。オルガン奏法などを学んでストックホルム音楽院を卒業。その後、作曲をユーセフ・デンテ Joseph Dente (1835-1905) と、(ベルリンで) ハンス・プフィツナーに師事し、帰国後は、ヨーテボリ交響楽団の第1音楽監督、音楽批評などの活動を経て、母校で指揮法を教えるようになります。初期の作品はブラームスの、後期は、北欧ロマンティシズム、フランス印象主義、スペイン民謡の影響を強く受けた作風といわれます。1920年の《ピアノのための2つの幻想曲 (Två Fantasier för piano)》は、その中間にあると言えそうな作品。第1曲《郷愁 (Nostalgia)》、第2曲《マリーナ (Marina)》。どちらも、遥かなるスペインとでも呼びたいような柔らかな情緒と、急激に燃え上がる情熱の交差が独特です。

 テューレ・ラングストレム Ture Rangström (1884-1947) の《スペルマン (フィドル弾き) の春 (Spelmansvår)》は、作曲者自身が“若き日の北欧ロマンティシズムへの後戻り (återfall)”と呼んだ作品。後に弦楽オーケストラのための版も作られました (カメラータ・ルーマンが録音 (Intim Muski IMCD041))。

 ヘンニング・マンケル Henning Mankell (1868-1930) は、ストックホルム音楽院でオルガンなどを学んだものの、作曲は独学。リストの弟子、 ヒルダ・テーゲルストレム Hilda Thegerström (1838-1907) に師事しており、技巧をもったピアニストとして高名で、主にピアノのための曲を書いています。印象主義と表現主義の両方の要素をもった独自のスタイルを確立したとされ、そのことは、《2つの夜想曲 (Två Nocturner)》(作品33) にもはっきりと表れています。インスピレーションの感じられる音楽。マンケルの音楽は、出版の関係もあって、その評価に見合うほどには知られていないといわれます。今後さらに作品の紹介が待たれる作曲家のひとりです。

 クヌート・ホーカンソン Knut Håkanson (1887-1929) は、後期ロマンティシズムの作風から出発し、その後、古典的、ポリフォニックな語法による、同時に、スウェーデンの民俗音楽の影響も受けた作風に変わっていったといわれます。主に管弦楽曲とピアノ曲を作曲。最晩年の曲、《スウェーデン民謡による10の変奏曲とフーガ (10 Variationer och fuga ver en svensk folkvisa)》は、《En gång i bredd med mig (一度だけわたしと並んで)》を主題にする15の変奏曲と3声のフーガからなる、ホーカンソンのピアノ曲の中で、もっとも規模の大きい作品です。

 第1集のハンス・ポールソンにかわり、第2集のピアニストは、作曲家でもあるニクラス・シヴェレーヴ Niklas Sivelöv (b.1968)。これまでにも、ペッテション=ベリエルの《フローセの花 (Frösøblomster)(Naxos 8.554343)、シューマン作品集 (《クライスレリアーナ》、《アラベスク》、4つの変奏曲、ソナタ) (Caprice CAP21518) など、ソロイストとしての評価を得た録音を行っています。

Phono Suecia (Musica Sveciae Modern Classics) PSCD718
夏のスケッチ − 1910年 - 1945年 スウェーデン・ピアノ作品集 第2
ヴィリアム・セイメル(1890-1964) 夏のスケッチ (Sommarcroquiser) 作品11 (1917-20)
イングマル・ミルヴェーデン (1920-) ソナティナ (Sonatin) 作品10 (1943)
オラーリョ・モラーレス (1874-1957)
 ピアノのための2つの幻想曲 (Två Fantasier för piano) 作品15 (1920)
テューレ・ラングストレム (1884-1947) スペルマン (フィドル弾き) の春 (Spelmansvår) (1943)
ヘンニング・マンケル (1868-1930) 2つの夜想曲 (Två Nocturner) 作品33 (1918)
クヌート・ホーカンソン (1887-1929)
 スウェーデン民謡による10の変奏曲とフーガ (10 Variationer och fuga över en svensk folkvisa) 作品37 (1929)
  ニクラス・シヴェレーヴ (ピアノ)
  
[録音 2001618日 − 20日 スウェーデン放送局第2スタジオ]
  [制作 アン=シャルロット・ラーション 録音 ルネ・アンドレアソン]

 

国王フレゼリク七世のための狩りの音楽

 「フレゼリクスボー城の国王陛下フレゼリク七世の狩の音楽 (Hans Majestæt Kong Frederik VIIs Jagtmusik på Frrederiksborg Slot)」(全135曲) は、現存するもっとも古いデンマークの金管楽器のための曲集といわれます。デンマーク国立軍隊古文書館 (Rigsarkivet i Hærens Arkiv) に所蔵されていた楽譜を、コペンハーゲン金管五重奏団のトランペット奏者マーティン・コーフィクス Martin Corfix が新たに見つけ、オリジナルどおりに演奏したのがこのディスクです。

 この曲集の楽器編成は、キービューグル (D flat)、コルネット (A flat)、トランペット (D flat) (2本)、フレンチホルン (D flat) (2本)、テナートロンボーン (B flat)、テューバ (F)。キービューグル (klaphorn) は信号ラッパにキー (鍵) がついた古楽器。現代楽器を使った演奏なので、このディスクではソプラノコルネットで代用しているのではないかと思われます。

 「狩りの音楽」集の編纂に携わったのは、アンドレアス・フレゼリク・リンケ Andreas Frederik Lincke (1819-1874) とアウゴスト・オトー・デーン August Otto Dehn (1815-?) のふたりの音楽家。リンケはユラン連隊音楽隊 (Jydske Regiments Musikkorps) と王立護衛兵音楽隊 (Livgardens Musikkorps) を経て、ティヴォリ公園の HC・ロンビ Hans Christian Lumbye (1810-1874) のオーケストラで20年間にわたってヴァイオリン奏者を務めました。王立宮廷劇場 (Hofteatret) と、フレゼリクスベアにある演芸場“アルハンブラ (Alhambra)”では指揮者としても活動しています。フレゼリク七世の友人でもあったことが、第1次スレースヴィ戦争 (1848年から1850年) の時代に書かれた、国王の狩りの音楽の収集と編曲を依頼されるきっかけとなりました。この曲集のために、リンケは、編曲だけでなく、自身のオリジナル曲も提供しています。彼はロンビと同じく、 "Krigsråd (参謀会議員)" にも任命されました。もうひとりの編曲者デーンは、1862年から1875年の間、王立護衛兵音楽隊 の指揮者を務めた人です。

 温厚な性格のフレゼリク七世 Frederik VII (在位 1848年 − 1863年) は北シェランでの狩りを愛好し、同行した友人音楽家バンドの演奏する狩りの音楽や“スカンディナヴィアのヨハン・シュトラウス”ロンビの曲などを楽しんだといいます。このコペンハーゲン金管五重奏団 Copenhagen Brass Quintet と友人たちの演奏が醸し出すのは、まさに、そういった“デンマークの黄金時代”の雰囲気。1988年の結成以来、上質の音楽をレパートリーとする腕利きのアンサンブルとしての評判を築いてきたことがこのディスクの演奏からも想像できます。

 一般的に言って、縦の線の整った、いわば規律と統制にしばられた演奏が“コンクール受けする”らしい日本の吹奏楽。そのせいか、吹奏楽や金管アンサンブルの音楽を敬遠する“音楽ファン”も多いという。デンマークのミュージシャンたちの (確実な技術は当然のこととして) リラックスした演奏ぶりは、風土と文化の違いとはいえ、まるで別世界のよう。柔らかい響きのブラスミュージック! この録音は王立武器博物館 (Tøjhusmuseet) という物騒な名前の場所で行われました。コペンハーゲンのクリスチャンスボー宮殿の隣にあるこの博物館には、大砲や剣などの武器とともに、金管楽器や太鼓といった楽器類も展示されているということです。

 全25曲のうち、ハンス・マティソン=ハンセン Hans Matthison-Hansen (1807-1890) の《1848年の戦いの歌「フレゼリク王は間に合った (Krigssang 1848 "Kong Fred'rik kom i rette Tid!")」》だけはバリトンが勇ましい歌を歌い、金管アンサンブルは伴奏。ロンビのポルカ=マズルカ《大晦日 (Nytårsnat)》では楽しい趣向が待ち受けています。ブックレットの個々の曲目の解説はデンマーク語だけ。友人たちと気楽に楽しんでほしいという意味でしょうか? そう、デンマーク・ビールでも飲みながら。

Classico CLASSCD391 1848年のデンマーク金管楽器のための音楽
アンドレアス・フレゼリク・リンケ (1819-1874)
 国王フレゼリク七世のスコーネ騎兵行進曲 (Kong Frederik VIIs Skånske Husarers Marche)
 1849年の勝利行進曲 (Triumph-Marsch 1849)
 国王フレゼリク七世の起床ラッパ (Kong Frederik den Syvendes Reveille)
ヘアマン・セヴェリン・レーヴェンスキョル (1815-1870) ファンファーレ 1848 (Fanfare 1848)
 ジングシュピール《クーリ山の洞窟 (Hullen i Kullajeld)
  − ロマンス (Romance) 狩人の行進曲 (Jægermarsch)
H・C・ロンビ (1810-1874) ポルカ《リトアニア娘 (La Lithuanienne)
 ローセンボー・ポルカ・マズルカ (Rosenborg Polka Mazurka) 演習ギャロップ (Maneuvre Galop)
 ポルカ=マズルカ《大晦日 (Nytårsnat)》 軍隊ポルカ (Militærpolka)
 行進曲 (Marsch) 新年ギャロップ (Nytårsgalop)
J・フォン・ヴィツレーベン 護衛騎兵ポルカ (Garde Husar Polka)
フレゼリク・クーラウ (1786-1932)
 劇音楽《妖精の丘 (Elverhøi)》 − 狩人の合唱 (Jæger chor)
ハンス・マティソン=ハンセン (1807-1890)
 1848年の戦いの歌「フレゼリク王は間に合った」 (Krigssang 1848 "Kong Fred'rik kom i rette Tid!")
フォルクマー・ブッシュ (1812-1893)
 国王フレゼリク七世に捧げる行進曲《国王万歳 (Vive le Roi)
 戦争行進曲 (March Guerriere)
ヨハネス・ペーター・ランゴー (1811-1890) ポルカ《階段をのぼって (Op ad Trappen)
作者不詳
 3つの狩りの曲 (Tre Jagtsykker)  狩人と狩り (Jæger og Jagt)
 狩人の生活 (Jægerleben) 鹿狩り (Jagt auf Hirsch)
 シチリアの行進曲 (Marsch fra Sicilien) シュトラウスのワルツ (Marsch af Strauss)
  コペンハーゲン金管五重奏団
   シャーロット・ホイロン・シモンセン (ホルン) マーティン・コーフィクス (トランペット、コルネット)
   ニルス=エーリク・モーエンセン (トランペット) ラース・ハストロプ (トロンボーン)
   オーレ・シモンセン (テューバ)
  ラース・アイリフ・ハンセン (ソプラノコルネット) ビアギッテ・レート (トランペット)
  マイク・コレヴァ (ホルン) イアン・ジョフリー・プライス (トロンボーン)
  ラース・スコウ (打楽器) ゲアト・ロストク (打楽器)
  ラスムス・トフテ・ハンセン (バリトン)  [録音 2000年 王立武器博物館 (コペンハーゲン)]
  [制作 ルネ・ホイロン・ラスムセン、オーレ・コフォーズ=ニルセン 録音 トーベン・クローウ 他]

 

受け継いだもの (Arven) − ヴォルフガング・プラッゲ作品集

 “アルス・ノーヴァ − 中世からのインスピレーション”(2L5) につづく、ノルウェーの作曲家ヴォルフガング・プラッゲ Wolfgang Plagge (b.1960) の作品による“アルス・ノーヴァ”の第2作。前作と同じく、中世の音楽からインスピレーションを得た作品が演奏され、“アルス・ノーヴァU − 受け継いだもの (Arven/The Legacy)”(2L6) というタイトルがつけられました。

 プラッゲの自作集のタイトル "Ars Nova (新芸術)" は、“新星 (nova)”と呼ばれる天文学上の現象に由来します。星が突然、巨大な爆発を起こし、しだいに熱をうしなって消滅していく。このとき、大量の星くずが散らばっていき、その星のかけらから新しい星が生まれると考えられる。

 プラッゲは宇宙のこの現象に関心を持ち、芸術をはじめとする人間の創造活動についても、同じことが言えるのではないかと考えています。作曲家プラッゲにとっての“星くず”とは、言うまでもなく、過去の音楽です。「宇宙に住むものとして、時の法則に支配されているにもかかわらず、われわれは、たえず新しい体験や冒険を追い求めているうちに、自分たちの過去を忘れてしまいがちになる。過去が未来の基礎であり、過去がなければ未来は意味がないということが、われわれには全然わかっていない」(ヴォルフガング・プラッゲ、2L6 ブックレットから)。この文章からも、プラッゲが過去の遺産と自分の創作活動の関わりを真剣に考えていることがわかることと思います。

 ヴォルフガング・プラッゲは敬虔なカトリック信者でもあります。そのことは彼の音楽にとっては大きな意味をもち、彼の作品の多くで、宗教的法悦と音楽的快感が表裏一体になっていることが感じられます。昨年、わたしの友人たちが、プラッゲがテューバとピアノのために書いた《ムジカ・サクラ (Musica Sacra)》(1993) という曲を演奏しました。真空を思わせる沈黙の中から聞こえはじめるピアノの右手の弱音の旋律。ほどなくしてテューバが加わり、ふたつの楽器が共鳴しながら音楽はしだいに高揚していく。神とテューバの対話と考えることもできるカデンツァ。カデンツァが終わると、ふたたびピアノが最弱音で加わり、テューバとともにはじめの音楽を回想した後、沈黙の世界にもどっていく。“聖なる音楽”というタイトルにふさわしく、さまざまな宗教的感情を聴き手の心のうちに喚起するとともに、異なった音色と色彩をもったふたつの楽器が生み出す、美しく、時ととして激しい響きが感覚的な快感も与えてくれます。この曲では教会旋法が用いられ、それが過去の音楽との接点となっていることが特徴的です。

 新しいアルバムの2曲も、過去から“受け継いだもの”と信仰を基礎にして生まれた作品と言うことができます。合奏協奏曲 (Concerto Grosso) 第2番は、(過去の遺産のひとつ) バロック音楽の時代に多くの作品が書かれた合奏協奏曲という形式をとりながら、宗教的な色彩が強く出た作品です。素材となったのは、ニダロス大司教区で歌われたグレゴリオ聖歌。引用されたミサ曲、続唱、ハレルヤ独唱、応唱からの旋律が音楽の基調となり、更に、それらの素材が、複調、セリアル、複合リズムなどの現代音楽の手法によって自由に処理されることで、新しい音楽が創造されていきます。全曲は、《Tranquillo (静かに)》、《Rigido (剛直に)》、《Allegro molto (きわめて快活に)》、《Religioso (敬虔に)》、《Genitor Deus - Allegro (創造主たる神 − 快活に)》("Genitor Deus" は、10世紀グレゴリオ聖歌) の5つの部分にわかれ、それぞれが、通常ミサの《キリエ》、《グローリア》、《クレド》、《サンクトゥス》、《アニュス・デイ》に対応しています。

 第2番の合奏協奏曲の作曲は、1997年のバスーン、ピアノと管弦楽のための合奏協奏曲第1番が好評だったおかげでノルウェー作曲家基金の援助を受けることができ、その結果、実現したといういきさつがあります。この曲の、2台のピアノ、ティンパニと金管五重奏 −− ホルン、トランペット (2本)、トロンボーン、テューバ −− という楽器編成は、きわめて独創的。この編成で作曲することは、はじめて管弦楽のための作品を書いて以来のプラッゲの願い。独奏者であり、アンサンブルの一員である8人の奏者が展開する音楽は、それが作曲者の心から生まれた音楽だということを強く感じさせます。

 この作品の録音に関して、プラッゲが“運命の皮肉”として紹介しているエピソードがあります。終曲《アニュス・デイ》の、4世紀のグレゴリオ・ミサの「アニュス・デイ」 (『神の子羊よ、世の罪を除きたもう主よ、われらをあわれみたまえ』) が引用された部分の録音が行われたのは、2001年9月11日火曜日 (グリニッジ平均時) 午前2時。この何時間か後に起きたのが、あのニューヨークの世界貿易センタービルの悲劇です。

 《2台のピアノのための音楽 (Music for two Pianos)》は、この録音で演奏しているコロリョフ・ピアノデュオ Koroliov Piano Duo のために書かれた作品。プラッゲが中世の旋法を現代的な表現手法として探ることを試みた最初の曲といわれます (1987年から何度も改訂作業が行われ、1989年になって完成)。素材となったのは、ニダロスの交唱聖歌集「Antiphonarium Nidrosiensis Ecclesiae」です。しかし、グレゴリオ聖歌が使われていながら、この曲は、合奏協奏曲第2番や《ムジカ・サクラ》ほどには、宗教的な色合いを感じさせません。より強い印象を残すのは、音楽から発散される豊かな響きとエネルギー。作曲の目的が2台のピアノによる交響曲を書くことにあったためと考えるべきでしょうか。

 息の長い静かな旋律と8分の7拍子の躍動するテーマが対照的な第1楽章《序曲 (Overture)》。第2楽章は ABA の形式による《間奏曲 (Intermezzo)》。プラッゲによると、オマージュの意味をこめて、ルトスワフスキの《舞踊前奏曲 (Dance Preludes)》の断片を引用してあるということです。第3楽章《フーガ (Fugue)》では、第1楽章の主題のひとつが二重フーガの第2主題として使われています。交響曲のフィナーレのひとつのあり方といっていい、壮大な音楽です。

 コロリョフ・ピアノデュオのエフゲニー・コロリョフ Evgeni Koroliov (b.1949) はモスクワ生まれ。チャイコフスキー音楽院でレフ・オボーリンとレフ・ナウモフに師事。1976年から、リュプカ・ハジ=ゲオルギエワ Ljupka Hadzi-Georgieva とデュオとしての活動を始めています。アークティック・ブラス Arctic Brass は1983年に結成された金管五重奏団。"Made in England" (Kudos KUCD103) などの録音を行った後、若干のメンバーの異動はあったものの、北欧諸国、イギリスなどで活動を続けています。ティンパニのロルフ・レンナート・ステーンソー Rolf Lennart Stensø はソロイストとしてだけでなく、打楽器アンサンブル "SISU" のメンバーとしても活動しています。

 彼らの自信にあふれた演奏は、プラッゲの音楽に対する共感に支えられています。一面的な音楽でないだけに、他の解釈、あるいは異なった響きによる演奏も聴きたくなりますが、このディスクの演奏がひとつの典型となっていることは間違いないところです。2L の録音の質の高さはいつもの通り。楽器のイメージ、大きさ、音のインパクトなどを、自然な響きで楽しめます。《2台のピアノのための音楽》の録音を担当しているアーネ・アクセルベルグ Arne Skselberg は、Simax レーベルの数々の録音で有名なベテラン・エンジニア。音楽というものを録音で再現することのお手本のような録音になっています。

2L 2L6 アルス・ノーヴァ (Ars Nova) U “受け継いだもの (Arven/The Legacy)
ヴォルフガング・プラッゲ (b.1960)
 合奏協奏曲第2番 作品87
  (2台のピアノ、ティンパニと金管五重奏のための) (1997/2001)
 2台のピアノのための音楽 (Music for two Pianos) 作品17 (1989)
  エフゲニー・コロリョフ (ピアノ)
  リュプカ・ハジ=ゲオルギエヴァ (ピアノ)
  ロルフ・レンナート・ステーンソー (ティンパニ)
  アークティック・ブラス
   アーネ・ビョルハイ (トランペット) ボッレ・ビルケラン (トランペット)
   カリ・クナルダール (ホルン) ガウテ・ヴィークダール (トロンボーン)
   ヤン・エーリク・ルンド (テューバ)
  [収録時間 53分28秒] [録音 2001年 ヤール教会 (ベールム、ノルウェー) (合奏協奏曲) 1992年 サーレン (シー)]
  [制作 モッテン・リンドベルグ (合奏協奏曲) ヴォルフガング・プラッゲ
  録音 ハンス・ペーテル・ロランジュ (合奏協奏曲) アーネ・アクセルベルグ]

 

春を見つけた! − イソコスキのシュトラウス

 フィンランドのソプラノ、ソイレ・イソコスキ Soile Isokoski (b.1957) の歌を初めて聴いたのは、ロベルト・シューマンの作品39の《リーダークライス》と《女の愛と生涯》のCD (Finlandia 0630-10924-2) でした。マリタ・ヴィータサロ Marita Viitasalo (b.1948) と共演したこのディスク、Gramophone 誌の批評が好意的だったことが頭に残っていて、レコード店で見つけた際にすぐに購入しました。そのときの批評を開いてみると、確実な歌唱技術をもって作品に正面から向き合う結果生まれた飾り気のない音楽的な演奏という論調が展開されており、声については、“フラグスター (フラグスタード) の豊かさとアーメリングの気取りのなさとマーガレット・プライスの正確な発声をあわせもった” (アラン・ブライズ Alan Blyth (Gramophone, March 1996)) と、ほとんど手放しの褒めようです。

 イソコスキの最新録音、リヒャルト・シュトラウスの管弦楽伴奏による歌曲集のディスク (Ondine ODE982-2) を聴いてまっさきに感じたのは、音楽に対する共感の深さはそのままに、シューマンの演奏のときよりも、さらに声が磨かれていたこと。細かいヴィブラートの表現への活かし方など、シューマンのときよりもいっそう巧みになっているのではないでしょうか。ディスクの最初で歌われる《バラの花輪 (Das Rosenband)》からすでに、イソコスキでなければ歌えないシュトラウスの世界……愛の告白、心のやすらぎ、メルヒェン、(シュトラウスにしてはめずらしい) 敬虔な歌、そして人生の黄昏の《4つの最後の歌》。イソコスキがそれぞれの曲から感じ取った、さまざまな心の動きが、“ただただ美しい響き (sheer beauty of sound)”(アラン・ブライズ) の声で歌われます。精巧なレガートと息の長いフレージング、というのもブライズ氏の言うとおり。イソコスキがもてる声と歌唱技術をすべて使って聴かせる、もっとも美しいシュトラウス歌曲。

 イソコスキの歌と一体になったマレク・ヤノフスキ Marek Janowski の指揮と、これが (?) と思わせるような透明な響きで演奏するベルリン放送交響楽団。響きが無駄にふくらんだり、必要以上に陶酔的な音楽になっていないことがすばらしい。そこにもってきて Ondine の録音の音質が、それはもう……。適度の距離をおいて、イソコスキをつつむように管弦楽の音像がひろがります。録音セッションは、2001年1月、ベルリンのイエス・キリスト教会で行われました。

 このCD、実は、定期購読しているフィンランドの音楽雑誌から“感謝の気持ちをこめて”という手紙つきで送られてきました。この雑誌からのプレゼントなど、初めてのことです。もともと、イソコスキはフィンランドの人たちにもっとも愛されている歌手。以前、フィンランドの音楽関係の人たちと話した際、シベリウス・アカデミーのコンサートで彼女が歌ったシベリウスの《大気の娘 (Luonnotar)》を、みんなが口をそろえ、嬉しそうに褒め称えていたことがあります。イソコスキの歌は聴く人を幸せにする、ということなのでしょう。このシュトラウスのCDもフィンランドの人たちの心をしっかりととらえてしまっているに違いありません。

 イソコスキの録音のおかげで、北欧のソプラノによる《4つの最後の歌》の魅力的な演奏がふたつ揃うことになりました。もうひとつ? デンマークのエリサベト・マイヤー=トプセー Elisabeth Meyer-Topsøe (1953-) が、ハンス・ノルベルト・ビールマイアー指揮コペンハーゲン・フィルハーモニック管弦楽団と共演したディスクです (Kontrapunkt 32156)。リリカルな声のイソコスキとドラマティックな声のマイヤー=トプセー。声質の違いはあれ、若々しい声で歌われるシュトラウスの音楽の素敵なこと。ふたりとも、過度に感傷的になったり、作り物に聞こえたりする歌を歌っていないので、清々しい印象が残ります。“われらのうえに幸せの沈黙のとばりが…”。《あすの朝 (Morgen!)》の最後の詩が、彼女らの歌を聴く喜びにそのまま通じるような気がします。

 イソコスキは、シュトラウスの録音に先立って、エルッキ・メラルティン Erkki Melartin (1875-1937)、オスカル・メリカント Oskar Merikanto (1868-1924) らフィンランドの作曲家たちの歌曲を集めたアルバムも録音しており、これも味わい深いディスク。とりわけ、イルマリ・ハンニカイネン Ilmari Hannikainen (1892-1955) の《平安 (Rauha)》のように、旋律のはっきりした民謡風の曲では、しっとりとした彼女の歌が作品の魅力を美しく引き出しています。

 イソコスキには、もうひとつ、彼女がフィオルディリージを歌った、モーツァルトのオペラ《コジ・ファン・トゥッテ (Cosí fan tutte)》の録音がありました (Accent ACC9296/98)。ドラベッラを同じフィンランドのモニカ・グループ Monica Groop (b.1958) が歌い、グリエルモはノルウェーのバリトン、ペール・ヴォレスタード Per Vollestad (b.1959)。ジギスヴァルト・クイケン指揮ラ・プティート・バンドによる、フェレンツ・リスト音楽院 (ブダペスト) でのコンサート (1992年) のライヴ録音。快適なテンポと明るい気分……。歌手の自主性を尊重した、クイケンの伸びやかな演奏が評価されており、イソコスキの声と歌もこの演奏の大きな魅力のひとつとなっています。

Ondine ODE982-2  リヒャルト・シュトラウス (1864-1949) 管弦楽共演の歌曲集
 ばらの花輪 (Das Rosenband) 作品36-1 花束を編みたかった (Ich wollt ein Sträusslein binden) 作品68-2
 ささやけ、愛らしいミルテよ (Säusle, liebe Myrte) 作品68-3
 あなたの歌が私の心に響くとき (Als min dein Lied erklang) 作品68-4 解き放たれた心 (Befreit) 作品39-4
 憩え、わが魂 (Ruhe, meine Seele!) 作品27-1 子守歌 (Wiegenlied) 作品41-1
 わが子に (Meinem Kinde) 作品37-3 献身 (Zueignung) 作品10-1 あすの朝 (Morgen!) 作品27-4
 東方の聖なる三博士 (Die heiligen drei Könige aus Morgenland) 作品56-6
 4つの最後の歌 (Vier letzte Lieder) (1948)
  ソイレ・イソコスキ (ソプラノ) ベルリン放送交響楽団 マレク・ヤノフスキ (指揮)
 [録音 20011月 イエス・キリスト教会 (ベルリン) 制作 セッポ・シーララ 録音 アンリ・タオン]

参考ディスク

Ondine ODE963-2 フィンランド歌曲集
エルッキ・メラルティン (1875-1937) 森の小道にそって (Minä metsan polkuja kuljen)
 ミリアムの歌 I (Mirjamin laulu I) ミリアムの歌 II (Mirjamin laulu II)
アハティ・ソンニネン (1914-1984) わたしを花と呼ばないで (Älä kutsu kukkaseksi)
イルマリ・ハンニカイネン (1878-1951) 平安 (Rauha) おお愛しいおかあさん (Oi äiti armas)
 岸辺にすわり (Rannalla istuja)
ヴァイノ・ハンニカイネン (1900-1960) マルヤ=リーサ (Marja-Liisa)
ヘイノ・カスキ (1885-1957) 遠くで彼らがまた歌っている (Taas kaukaa laulavat lauluaan)
 あなたが去ってから (Lähdettyas)
フレードリク・パーシウス (1809-1891)
 バラード (Balladi) (オペラ《カール王の狩り (Kaarle-kuninkaan metsästys)》から)
 フィンランドの子 (Lap's Suomen)
ユルヨ・キルピネン (1892-1959) 夕べに (Illalla) 夏の夜 (Kesäyö) 岸辺から I (Rannalta I)
 恋人は土の中に横たわる (Maassa marjani makaavi)
オスカル・メリカント (1868-1924) ねんねん坊や (Pai, pai, paitaressu) 野鳩 (Metsäkyyhkyset)
 太陽が輝くとき (Kun päivä paistaa) リンゴの花 (Omenankukat)
 祈り (アヴェ・マリア) (Rukous (Ave Maria)) 金のかたまり (Kullan murunen)
 火が消え入るように (Kuin hiipuva hiillos tummentuu) わたしは生きている (Ma elän)
 ムクドリ (Kottarainen) 歌ってくれ、娘さん (Laula, tyttö)
 南の国の春の鳥に (Kevätlinnuille etelässä)
カレルヴォ・ハマライネン (1917-) ラップランドの母の子守歌 (Lapin äidin kehtolaulu)
  ソイレ・イソコスキ (ソプラノ) マリタ・ヴィータサロ (ピアノ)

Accent ACC9296/98 3CD's WA・モーツァルト (1756-1791) オペラ《コジ・ファン・トゥッテ》 K588
  ソイレ・イソコスキ (ソプラノ)  モニカ・グループ (メッツォソプラノ) ナンシー・アージェンタ (ソプラノ)
  マルクス・シェーファー (テノール) ペール・ヴォレスタード (バリトン) スープ・クレッセンス (バス)
  ラ・プティート・バンド 合唱団 ジギスヴァルト・クイケン (指揮)

Kontrapunkt 32156
リヒャルト・ワーグナー (1813-1883)
 歌曲集《女声のための5つの詩 (ヴェーゼンドンク歌曲集)》(1857-58)
リヒャルト・シュトラウス (1864-1949) 献身 (Zueignung) 作品10-1 あすの朝 (Morgen!) 作品27-4
 4つの最後の歌 (Vier letzte Lieder) (1948)
  エリサベト・マイヤー=トプセー (ソプラノ)
  コペンハーゲン・フィルハーモニック管弦楽団 ハンス・ノルベルト・ビールマイアー (指揮)

(TT)

新譜情報

BIS CD1146 アルトゥルス・マスカッツ (b.1957) 作品集
 ラクリモーザ (Lacrimosa) (涙の日よ) (1995) (合唱、弦楽とオルガンのための)
 合奏協奏曲 (Concerto Grosso) (1996) (ヴァイオリン、チェロ、弦楽と打楽器のための) 
 ヴェルレーヌの3つの詩 (Tri Pola Verlena dzejoli) (1996)
  (ヴォーカルアンサンブル、オーボエとチェロのための)
 チェロ協奏曲 (1992)
 サルヴェ・レジーナ (Salve Regina) (元后あわれみの母) (1996)
  (メッツォソプラノ、チェロと弦楽のための)
  サンディス・ステインベルグス (ヴァイオリン) レイニス・ビルズニェクス (チェロ)
  エドガルス・サクソンス (打楽器) アイヴァルス・カレイス (オルガン)
  アントラ・ビガーツァ (ソプラノ) アグネセ・ルゲーヴィツァ (メッツォソプラノ)
  ラトヴィア放送合唱団 リガ室内プレイヤーズ シグヴァルズ・クラヴァ (指揮)
  ノルムンズ・スネ (指揮、オーボエ)

◇ラトヴィアの作曲家、アルトゥルス・マスカッツ Arturs Maskats (b.1957) は“個々の聴き手に語りかけるためには、まず音楽は美しくなければならない”と確信しており、そのため、彼の音楽は聴き手の世界に素直にとけ込んでくるといわれる。「20世紀の後半、音楽は破壊的なものになった。21世紀、われわれはそれとは反対の方向に向かわなければならない」と語るマスカッツの世界を、さまざまの角度から体験するアルバム。

BIS CD1184 ジークフリート・カルク=エーレルト (1877-1933) オルガン作品集 第2集
 交響的コラール「わが喜びなるイエス」作品87-2 カンツォーネ 変ト長調 作品46b
 グレゴリオ聖歌による6つの小品《大聖堂の窓》 作品106 交響曲 嬰ヘ短調 作品143
  ハンス・ファーギウス (オルガン)

BIS CD1299 セルゲイ・ラフマニノフ (1873-1943) 交響曲第3番 イ短調 作品44
 交響曲の楽章 ニ短調 (1891) ヴォカリーズ 作品34-14 (管弦楽編曲 (1912) 版)
  ロイヤル・スコットランド国立交響楽団 オーウェイン・アーウェル・ヒューズ (指揮)

BIS CD1345 JS・バッハ (1685-1750) (リチャード・グウィルト 編曲) トリオソナタ集
 第1番 ヘ長調 BWV525 第2番 ハ短調 BWV526 第3番 ニ短調 BWV527
 第4番 ホ短調 BWV528 第5番 ハ長調 BWV529 第6番 ト長調 BWV529
  ロンドン・バロック

◇オルガンのためのトリオソナタを、ロンドン・バロックのヴィオラ奏者リチャード・グウィルトが弦楽三重奏用に編曲。

BIS Northern Lights CD5018 グンナル・イーデンスタム (1961-) 大聖堂の音楽 − オルガンのための15の楽章
 トッカータT スケルツォ (ポルスカ) アリアU ダンスU トッカータU 行列 間奏曲
 トッカータW コラールU トッカータV ファンファーレU スケルツォU ダンスV 晩祷 讃歌U
  グンナル・イーデンスタム (オルガン)

◇スウェーデンのオルガニスト、グンナル・イーデンスタム Gunnar Idenstam (1961-) の自作自演。純クラシカル音楽ではなく、シンフォニック・ロック、アルゼンチン・タンゴ、キャット・スティーヴンズ、ラップ、ヘヴィメタルの手法を使った作品。

Fuga FUGA9148 2CD's ニルス=エーリク・フォウグステット (1910-1961) 男声合唱作品全集
 ナイチンゲール (Näktergalen) ちっちゃなスペルマンが行く (Det går en liten speleman)
 たそがれのアダージョ (Skymingsadagio) 農家のタンゴ (Gårdstango)
 創造主の姿 (Skaparegestalter) 単純なこと (Enkla ting)
 道に迷うと草が歌ってくれる (För vilsna fötter sjunger gräset) 姉妹の歌 (Syster visa)
 静かな夕べに歌う (Sjunger i stilla kvällar) フェスティーヴォ (Festivo)
 マルジョレーヌの仲間たち (Les Compagnons de la Marjolaine) しあわせの瞬間 (I lyckans ögonblick)
 サウナが暖まるのを待ちながら (Löylyä outtaissa) 三月の白樺 (Marsbjörkar)
 神殿 (Templet) 夜になると消える雲のように (Som molnen till natten skingras)
 遠くで (Bort) 愉快な春 (Den lustiga våren) 第3音 (Tersen)
 スウェーデン合唱団の歌の挨拶 (Sångarhälsning av Svenska Sångare)
 ヴァーサの名 (Vasanamnet) さあ、僕のところにおいで (Så kom du till mig) 歌 (Sången)
 3つの愛の歌 (Tre sånger om kärleken)
  じっと見ている仲間たち (Spanande kretsar) 熱愛 (Tillbedjan)
  だから僕らの愛は続くだろう (Så skall vår kärlek dröja)
 2つの小曲 (Två miniatyrer)
  饗宴 (Symposion) 入り江 (Vik)
 僕は行く (Jag vill gå) われらの心の歌 (Sång ur vår själ)
 自由の兄弟の号令の歌 (Lystringssång av Frihetsbröder)
 夜のマドンナ (Nattlig madonna) 大いなる喜び (Stor glädje)
 ヘッペネッペテップ (Heppeneppetepp) ライラックの香り (Syreners doft)
 スペルマンのペール (Per spelman) メルベリの歌 (Mellberg-visan)
 船乗りが船を操っている (En sjöman seglar) 結社の規定 (Ordensregel)
 エピローグ (Epilog)
  アミチ・カントゥス カリ・カールナ (指揮) [録音 2000年 ロイフヴオリ教会 (ヘルシンキ)]
  [制作 カリ・カールナ、エーリク=オーロフ・セーデルストレム 録音 ミカ・コイヴサロ]

◇ニルス=エーリク・フォウグステット Nils-Eric Fougstedt (1910-1961) は、1940年代から1950年代のフィンランド音楽界でもっとも活躍したひとり。オーケストラ指揮者としての活動 (1944年から1961年にかけてフィンランド放送交響楽団を指揮) で知られるが、合唱指揮者、合唱指揮と音楽理論の教師、批評家としても活躍した。作曲家としては、伝統的な作風により、混声合唱曲《白樺のアーチ (Björkarnas valv)》をはじめとする合唱作品を中心に作曲した。男声合唱のための作品も手がけ、エーディト・セーデルグラン Edith Södergran のテクストによる男声合唱曲《夜のマドンナ (Nattlig madonna)》(1933) は作曲家としての彼の最初の成功作となった。

 このアルバムはフォウグステットの男声合唱作品をすべて集めたもの。歌詞は、1曲をのぞき、すべてスウェーデン語。《自由の兄弟の号令の歌 (Lystringssång av Frihetsbröder)》はフィンランド内戦が終わった1918年に結成された、愛国的男声合唱団“自由の兄弟 (Frihetsbröder)”のための歌。《ヘッペネッペテップ (Heppeneppetepp)》は意味のない押韻詩による同名のスウェーデン民謡をフォウグステットが編曲したもの。唯一、フィンランド語歌詞の《サウナが暖まるのを待ちながら (Löylyä outtaissa)》は、サヴォ方言によるサウナ歌。"löyly" は、熱した石に水をかけて発生する蒸気の熱のこと。《ライラックの香り (Syreners doft)》は、混声合唱版もある (Alba NCD4, BIS CD721)

 アミチ・カントゥス Amici Cantus は1983年にヘルシンキで結成された男声ヴォーカルアンサンブル。ラウタヴァーラ Einojuhani Rautavaara の男声合唱作品を集めたアルバム“人生の書 (Elämä Kirja)(Finlandia 3984-21444-2) (ハンヌ・ノルヤネン指揮) がこれまでの代表的録音。フォウグステットのアルバムの指揮者カリ・カールナ Kari Kaarna (b.1956) は、シベリウス・アカデミーを卒業後、カリフォルニア大学でポール・ヒリアーの助手を経験。カンタービレ合唱団を率いて、1984年モントルーのコンペティションで優勝した。現在はオウル音楽院とオウル大学で教鞭をとり、ヴァンマラで毎年開催されるサスタマラ・グレゴリアーナ Sastamala Grenoriana 古楽週間では指導的な役割を果たしている。


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CD artwork © Olufsen Records/CoCo (Denmark), Lindbeg Lyd (Norway)