アルヴェ・テレフセンのショスタコーヴィチ

 

 2002年10月16日、広島交響楽団第223回定期演奏会でエドゥアルド・トゥビンの交響曲第3番が日本初演された。この機会に、トゥビンの子息、ジャーナリストのエイノ・トゥビン夫妻も来日。両親とともにエストニアからスウェーデンに亡命するという辛い体験を経ただけに、悲しい出来事に見まわれた広島で父親の交響曲が演奏されることは、氏にとって重要な意味をもっていた。このコンサートではショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番もプログラムに加えられ、ノルウェーのヴァイオリニスト、アルヴェ・テレフセンがソロイストに迎えられた。

 テレフセン Arve Tellefsen は1936年、中部ノルウェーの中心地、トロンハイム Trondheim の生まれ。当時のノルウェーは、民俗楽器ハリングフェレの音楽や、ヴィルトゥオーゾとして内外で活躍したウーレ・ブル Ole Bull (1810-1880) 以来のヴァイオリン音楽の伝統がありながら、大学レベルの教育機関はなかった。そのため、テレフセンは海外に留学。デンマーク王立音楽アカデミー (コペンハーゲン) ではヘンリー・ホルスト Henry Holst 教授に、その後、ニューヨークでガラミアン Galamian に師事した。1959年にオスロでデビュー。1970年からスウェーデン放送交響楽団のコンサートマスターを務め、退団後の1977年には指揮者ジュリーニ Carlo Maria Giulini に乞われてコンサートマスターとしてウィーン交響楽団に加わる。しかし、ジュリーニがロサンジェルスに移ったために、2年間在籍した後にソロイスト活動に移った。

 オスロにノルウェー国立音楽アカデミーが設立された際には初代のヴァイオリン科教授に選任され、教育者としての重要な役割を与えられることになる。1989年には、カザルスのマールボロ音楽祭に倣ってオスロ室内楽フェスティヴァルを創設。ノルウェーで行われる室内楽フェスティヴェルの先駆けとなった。このフェスティヴァルでは、子供や青少年によるコンサート、民俗音楽のコンサートなど、音楽の普及と活性化のためのいろいろな試みが行われる。

 ノルウェーを代表するヴァイオリニストとして、テレフセンは自国の現代の作曲家たちの作品の紹介にも力を入れる。アーネ・ヌールハイム Arne Nordhaim (b.1931) のヴァイオリン協奏曲 (1996) とファッテイン・ヴァーレン Fartein Valen (1887-1952) のヴァイオリン協奏曲 (作品37, 1940) の2曲はCD録音も行った (Sony (Norway) 501 394-2) (ヴァーレンは PSC1173 でも演奏)。

 スタンダードな曲の演奏や録音も行い、カール・ニルセン Carl Nielsen (1865-1931) のヴァイオリン協奏曲 (PSC1144)、ベートーヴェンとブルッフ (第1番) のヴァイオリン協奏曲 (PSC1171)、シベリウス Jean Sibelius (1865-1957) のヴァイオリン協奏曲 (PSC1173) (スーテンハンマル Wilhelm Stenhammar (1871-1927) の〈2つの感傷的なロマンス〉とヴァーレンの協奏曲が組み合わせ) など、Grappa レーベルのために行った録音は、“インテルメッツォ (Intermezzo)(Grappa GRCD4051) をのぞき、Simax レーベルで再リリースされた。ヨハン・ハルヴォルセン Johan Halvorsen (1864-1935) の〈若い娘の歌 (Veslemøys sang)〉、映画〈シンドラーのリスト〉のためのジョン・ウィリアムズ John Williams (b.1932) の音楽、スティーヴン・ソンドハイム Stephe Sondheim (b.1930) のミュージカルナンバーなど、ヴァイオリンのための小品を集めたアルバム、“アルコ (Arco)(PSC1158) では、おどろくほど新鮮で気品のある音楽を響かせる。エヴァ・クナルダールとの録音があるグリーグの3曲のヴァイオリンソナタ (NKF NKFCD50004-2) は、ノルウェーでもっとも優秀なピアニストと彼が評価するホーヴァル・ギムセ Håvard Gimse (b.1966) と共演して再録音を行った (Sony (Norway) SK89085)

 広響のコンサートで演奏したショスタコーヴィチの協奏曲をテレフセンはもっとも得意とする作品のひとつに挙げる。この曲との出会いはデンマークでの学生時代にさかのぼり、作曲者から作品を献呈されたダーヴィド・オイストラフ David Oistrakh (1908-1974) の演奏をコンサートで聴き、心を揺さぶられたテレフセンは、この曲を演奏することにある種の使命感を覚えたという。美しく、暗い《夜想曲 (Nocturne)》 (第1楽章) の内省。激しい動きの中に風刺もこめられた《スケルツォ (Scherzo)》 (第2楽章)。美しい旋律をもち、壮大で、悲しみにみちた《パッサカリア (Passacaglia)》 (第3楽章)。精密な技巧を求められるカデンツァから、エネルギーが解放される《ブルレスク (Burlesque)》 (終楽章)。テレフセンのことばによれば、この協奏曲は“あらゆる時代を通じて、もっとも偉大な協奏曲のひとつに位置づけられる”。

 コンサートの前日、広響の練習場で行われたリハーサルから、テレフセンは大変な集中力を聞かせた。楽団員に簡単な挨拶をした後、すぐに演奏に。“誰なのか知らない” ヴァイオリニストに、ややリラックスした気分だった練習会場の空気は、テレフセンのヴァイオリンの最初の音が聞こえると同時に、引き締まったものに一変した。テレフセンにとって、リハーサルも本番もない。常に自分のすべてを出し尽くす。リハーサルは、ほとんど中断することなく行われた。技術と経験に裏打ちされたテレフセンの音楽が、この曲を演奏するのは初めてという、ほとんどの楽員に伝わったのではないか。演奏が終わった後、団員の間から湧いた拍手は、決して儀礼ではなかった。練習場の一般に公開された客席から起きた (してはいけないはずの) 拍手も。

 コンサートでのテレフセンはトップ・コンディションだったのだろう。集中と熱意と愛情。ゆったりしたテンポの旋律は、美しくはあっても、いささかも耽溺を感じさせず、速い動きの音楽で聞かせる激しい音楽が胸に突き刺さる。

 イギリスの音楽ジャーナリストのマーティン・アンダーソン Martin Anderson は、1970年代の終わりにテレフセンがレイモンド・レッパード指揮BBC ノザーン交響楽団と共演した、この協奏曲の演奏について、「テレフセンのクルミの音色の美しいヴァイオリンが、オーケストラの上をしっかりと泳いでいく」と書いた (Gramophone Explorations 1, 1997)。それはそのまま、10月16日のテレフセンの演奏に、あてはめることができる。

 テレフセンの演奏で面白いことのひとつは、ヴァイオリンを弾く姿勢にノルウェーのフィドル演奏の伝統のようなものが感じられること。足の開き具合、足を延ばした状態での体重の移動のしかたなど、独特のものに思えた。テレフセンの演奏の1ヶ月後に接する機会のあった、ノルウェーの若手、ヘンニング・クラッゲルードの私的コンサートでの彼のスタイルにも共通するところがあった。ノルウェーのヴァイオリン演奏の伝統と考えていいのだろうか。何かの機会に確かめておきたい。

 ヴァイオリンの演奏では、単なる技巧のひけらかし、マンネリズム、あるいはクセにすぎないものが “個性” と呼ばれがち。テレフセンは、そういったことととは無縁に、自分が感じた音楽をそのまま聴き手に伝えることに集中する。テレフセンの音楽から聞こえる豊かなものは、単に “誠実” ということばで片づけるには、あまりに深い。

 ショスタコーヴィチの協奏曲第1番は、パーヴォ・ベリルンド (ベルグルンド) Paavo Berglund (b.1929) 指揮ロイヤル・フィルハーモニック管弦楽団と共演した録音が Simax からリリースされている (PSC1159)。1991年12月27日と28日にロンドンのアビーロード・スタジオでセッションが行われた。演奏の時期が大きく異なり、ライヴと録音という違いはあるものの、この演奏から聞かれる音楽の豊かさには、なお、他にかえがたい魅力を感じる。

 この録音でもテレフセンのヴァイオリンの音は、はっきりととらえられている。ノルウェー、そして北欧の空気によって培われた、高い透明度をもった、人間の温もりを感じさせる、あの音。イギリスのオーケストラと共演していることもあって、北の国の音楽家に固有の音がはっきりわかるということも、あるかもしれない。

 広響とのリハーサルの後、テレフセンはノルディックサウンド広島に足を運んでくれた。建物の4階にある、どこかのリビングルームのような店に驚きながらも、彼が愛する北欧音楽のCDが棚に並んでいる様子に感慨深げだった。東京のノルウェー大使館のハウスコンサートでも演奏した、彼の愛好曲、ウーレ・ブルの〈孤独な時に (メランコリー) (I ensome stunde "La Mélancolie")〉 (NKFCD50008-2 に収録) のこと、共通の友人でもある、Simax レーベルを傘下にもつ Grappa グループのオーナー、ヘルゲ・ヴェストビ Helge Westbye のこと、ホーヴァル・ギムセのこと、そして、彼と再録音したグリーグのソナタがノルウェー国外では入手がむずかしいことなど、話がはずんだ。帰りがけには、トゥビンのヴァイオリン協奏曲のディスク (第1番、BIS CD286) を。それまで一度も店頭で見かけたことがなかったという。その日、テレフセンは、翌日の演奏に備えて、ホテルの部屋で、もういちどショスタコーヴィチの曲をさらうと言った。知り尽くしているともいえる作品に対する彼のひたむきさが彼の演奏から聞きとれるのは当然だろう。

 1960年代以降、しばらくの間、“テレフセンで始まり、テレフセンで終わる” (マーティン・アンダーソン) という時代がつづいた。しかし、今、ノルウェーの音楽シーンは魅力あるヴァイオリニストたちに事欠かない −− テリエ・トネセン Terje Tønnesen (b.1955)、ステファン・バラット=ドゥーエ Stephan Barratt-Due (b.1956)、トロン・セーヴェルー Trond Sæverud (b.1962)、ペーテル・ヘレスタール Peter Herresthal (b.1970)、マリアンネ・トゥーシェン Marianne Thorsen (b.1972)、ヘンニング・クラッゲルード Henning Kraggerud (b.1973)、ソルヴェ・シーゲルラン Sølve Sigerland (b.1969) (グリーグ三重奏団)、エリセ・ボートネス Elise Båtnes (ヴェルターヴォ弦楽四重奏団)。テレフセンがノルウェー音楽に果たす役割は大きい。

 2002年の秋、ノルウェーではテレフセンと夫人の間に初めて生まれた子供のことに話題が集まったという。「インタヴューでも息子のことばかり。音楽のことをきいてくれない」。テレフセンはそう言いながら苦笑したが、音楽とともに彼の人柄が愛されていることがうかがえ、彼につられて笑ってしまった。

 

Simax PSC1159
ドミートリー・ショスタコーヴィチ (1906-1975)
 ヴァイオリン協奏曲第1番イ短調 作品99
  アルヴェ・テレフセン (ヴァイオリン) ロイヤル・フィルハーモニック管弦楽団
  パーヴォ・ベリルンド (ベルグルンド) (指揮)
  [録音 19911227日−28日 アビーロード・スタジオ (ロンドン)]
JS・バッハ (1685-1750) ヴァイオリン協奏曲第2番ホ長調 BWV1042
  アルヴェ・テレフセン (ヴァイオリン)
  オスロ室内楽祭弦楽アンサンブル パーヴォ・ベリルンド (ベルグルンド) (指揮)
  [録音 1992210日−11日 ノルウェー国立音楽アカデミー (オスロ)]
  [制作 アンドリュー・キーナー 録音 マーク・ヴィガーズ、トリスタン・パウエル (ショスタコーヴィチ)
       アルネ・アクセルベルグ (バッハ)]

(15.4.2003 TT)


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